午後のお散歩
「きゃわわ、きゃわいい~」
若い男性がアーヤを見て、震えながら変な声を出している。
可愛いと言っているのか? 僕が言うのも何だけど、アーヤはぶっちゃけマジで可愛い。
事態を飲み込めていないアーヤが、きょとんとしている。
「パパ~、へんなひと~」
「アーヤ、ストレートに言っちゃダメでしょう。あっ、人に指さしちゃダメだよ」
「は~い。じゃあ、あぶないひと~」
「うん、さっきより破壊力があるねぇ。思っても口に出しちゃダメだよ?」
子供というのは残酷だ。思ったことを素直に口にしてしまう。
この男性もきっと心に深手を負っているに違いない。目を向けると、まだ震えたままアーヤを凝視していた。
どうやら、届いていないようだ。
「あの」
「ふぇぇぇぇぇ……」
「あの!」
「はっ!? んっ、んんっ! 失礼いたしました。あまりにも可愛かったもので……。自己紹介が遅くなりました。私はユーグリット・ソーディアスと申します。守護騎士として警備を務めております」
乙女のように震えていた男性、ユーグリットはまた爽やかな顔に戻った。
さっきは何だったんだろうか。結構、気持ち悪かった。この人が怪しい人なのではないかと思ってしまう。
不審者と思しき人物を注意深く見ていると、クラトスが声を上げた。
「あぁ~、ソーディアスって最近、ここいらに赴任してきた隊長さんがそんな名前だっなぁ。どうして、そんな人が?」
「怪しい人物がいるとの通報を受けて来たのです。どうやら、当てが外れたようですが」
「それはご苦労様です。ユージンは怪しくないよなぁ。これが怪しいって言ってたら、城下町の人間の大半が危険人物だよ」
クラトスがからからと笑った。
嬉しい言葉だ。こんなに信頼されているとは思ってもいなかった。
「てことで、ユージン、お酒ちょうだい」
「……なんか色々と台無しになっちゃったなぁ。ちょっと待ってください。今日の残りがあるはずです。そういえば、今日は子供集まりました? 最近、参加者が多くなっているんですよね?」
戸棚からお酒を取り出して振り返った時、ユーグリットがクラトスを険しい目で見つめていた。
「子供達を集めている? まさか、あなたが怪しい人物か!?」
「えぇ!? なんで、そうなんの!? 青空教室を開いているだけだって」
「怪しい! お話を伺わせてもらいましょうか!」
「いやいやいや。ユージン、助けてぇ!」
悲痛な声を上げたクラトスと、今にも掴みかかろうとしているユーグリットの間に入った。
「はい、そこまでにしてください。クラトスさんは、文字や計算を教えているだけで、怪しい事はしていません」
「とは言いましても、通報の内容によれば、杖を持った人物が子供達を集めて何やら怪しげなことを……。はっ! まさか、二人が」
「だから、違いますって。じゃあ、聞きますけど、どこからの通報だったんですか? ここら辺の話ですよね?」
「もちろんです。ここにしっかりと書かれております」
ユーグリットは胸に忍ばせていた紙を取り出して、僕達の前で広げた。
その内容をじっくりと読む。ユーグリットの言う通り、怪しげな人物の話が載っているが、決定的に違っている点がある。
「これ、通報のあった地区って、サイアンですよね? ここ、バランですよ。二つ離れた地区なんですが?」
城下町は城壁をぐるりと囲むようにできているため広大で、いくつもの地区に分かれているのだ。その中で僕が住む地区はバランというところである。
ユーグリットが持っている紙のサイアンとは、それなりに離れているので、ここら辺の人が容疑者になるとは考えづらい。
「んんっ!? そ、そうなのですか? ……確かにサイアンでの通報のようですね」
「魔法使いで僕の名前が出たからでしょうか? 何にせよ、僕達は無実ですよ?」
「そうですね。また、私の早合点でした。本当に申し訳ありません」
自分の非を認めたユーグリットは深々と頭を下げたので、慌てて顔を上げさせる。
ちょっとした間違いなので、そこまで謝ることではない。
「本当に申し訳ありませんでした。それでは、私はサイアン地区に行ってきます。ご迷惑をお掛けしました」
「はい。お気をつけてくださいね」
背中を見せたユーグリットが、またくるりと回って僕を見つめた。
「すみません。サイアン地区には、どう行けば良いのでしょうか?」
・ ・ ・
アーヤとユーグリットを伴って、通報のあったサイアン地区に向かっていた。
クラトスは面倒事だと悟ったようで、お酒を持って早々に退散していった。その姿を見て、今後はお酒を分けてあげないと心に決めた。
「ユージンさん、申し訳ございません。お付き合いしてくださいまして」
「気にしないでください。城下町のことに詳しくないんですから、仕方がありませんよ」
ユーグリットとの会話を思い出す。
王都に来たのは一月前で、城下町の警備隊長に任命されたのはつい先日とのことだった。
どうして城下町に不慣れな隊長が一人で来たのかというと、部下の模範となるようにという信念からだったそうだ。
歳は二十歳とのことで、僕より一つ下で、いわゆる貴族の出とのことだ。
若いのに警備隊長に就任するほどの剣の腕前を持っており、王都に来る前はモンスターの討伐隊のエースで『晴天の剣士』と言われていたそうだ。
多分、ものすごく爽やかな人物だから、そんな名前がついたのだろう。
容姿端麗で武勇に長けているユーグリットは、非の打ちどころのない人物のように思える……が。
アーヤが小走りで僕達の前に行くと、振り向いて手を振る。
「パパ~、おそいよ~」
「アーヤ、走ると怪我しちゃうよ」
言いつつ、ちらりと横を見る。
「はぁぁぁん……。きゃわぃぃぃ……」
これだ。これがユーグリットの欠点だ。
可愛いものを見ると、途端に乙女になってしまうそうで、完全にアーヤの可愛さの虜になっている。
親として誇れることだが、怪しい人に好かれるのもどうかと複雑な気持ちになってしまう。
ただ、この点を除けば良い人のようなので、一緒に行動していても嫌な気にはならない。
「ユーグリットさん、サイアンに入りましたが、どこら辺が通報された場所ですか?」
「はっ!? えぇっと、住宅街の路地のようですね。地図だと、この通りを右に入って行けば良さそうです」
ユーグリットが広げた地図を見ながら、路地を進んでいく。
住宅街は思いのほか複雑で、道に迷いそうになったが、なんとか目的の場所に到着した。
ユーグリットと二人で辺りを見回すが、これといって怪しげな雰囲気は漂っていない。
「ん~、何もなさそうですけど?」
僕の問いに、ユーグリットも不安げに答える。
「そうですね……。通報が虚偽のものだった可能性もありますね」
「ですね。じゃあ、帰りましょうか。アーヤ~、帰るよ~」
少し離れた場所で、僕達と同じようにキョロキョロと周りを見ていたアーヤが、路地の奥を指さした。
「パパ~、にゃんにゃ~ん! にゃんにゃんがいるよ~」
「にゃんにゃん?」
アーヤの指さした方向に向かうと、猫が一匹路地の陰に消えていった。
「にゃんにゃん、いっちゃった」
しょげたアーヤの頭を撫でると、手を繋いだ。
「ちょっと見に行こうか。ユーグリットさん、アーヤが猫を見たいようなので」
「はふ~ん、きゃわゆい……」
「……勝手に行きます」
乙女モードに入ったユーグリットを置いて、猫の後を追っていく。
一本道を入った先は、家と家の間の狭い道で、僕とアーヤが並ぶと人とすれ違えない程の幅しかない。
その道を猫がゆっくりと歩いている。と、どこからか、また一匹。また一匹と猫が姿を見せた。
道を進むに連れて、猫がどんどん増えていく。
少し道が広くなってきた。更に道を進むと、住宅街の中の開けた場所が見えた。
そこには子供達が集まって何かをしている。
見れば、皆、猫と戯れていた。
「パパ、にゃんにゃんがいっぱい~」
アーヤの言う通り、猫がいっぱいいる。
どうして、こんなに猫が集まっているのだろうか。
見回す目が止まったのは、杖を持った一人の老人だった。
何匹もの猫が老人の周りに集まっており、老人はそんな猫達に何かを与えている。おそらくは餌だろう。
「ん? この状況……」
思わず声がこぼれた。
杖を持った人が、子供達を集めて怪しげなことをしているという通報内容だったが。
隣にいつの間にか来ていたユーグリットが、僕を怪訝そうに見つめていた。
「ユージンさん、どうかされましたか?」
「いやぁ、まさかとは思うんですけど……。これが通報の内容では?」
「へっ?」
ユーグリットは呆気に取られているようで、目をパチクリさせている。
でも、通報の内容と一致しているとしか思えない状況だ。全く怪しくはないが。
ほんわかする猫の集いの中にアーヤがいつの間にか、溶け込んでいた。
「パパ~、にゃんにゃんかわいいよぉ」
人懐っこい猫の背中をアーヤは撫でて、ご満悦な表情で言った。
キラキラな笑顔を見て、思わず頬が緩む。そして、一つのことを思い出した。
「はうぅぅぅ……」
口に手を当てて震えるユーグリットに呆れて肩を落とす。
悪い人ではないけど、アーヤの言う通り変な人ではある。
「パパもおいでよぉ~」
アーヤにお呼ばれされたので、うち震えるユーグリットを置いて行く。
猫と戯れる我が子の笑みが、今日一日の疲れを癒してくれた。そんな穏やかな午後を過ごせて良かったと思う。
「はふ~ん……。はわわ……」
この人のことは捨て置こう。




