乙女?参上
「パパ~、ときときして~」
アーヤが椅子に座って、髪を指差している。
伸ばした桃色の髪の毛には寝癖がついており、ボサボサになっていた。
櫛を持って、アーヤの髪の毛を優しく撫でる。
艶のある髪は、櫛を通す度に綺麗なストレートヘアに整っていく。
「はい。アーヤ、可愛くなったよ」
「パパ、ありがと~。サラサラ~」
自分の髪の毛を手で触ると、ご満悦な笑みを見せた。
アーヤももう五歳になる。優しく、明るい性格はそのままで、どんどんしっかり者に育っている。
これも僕とヴィヴレットの教育の賜物だろう。
なんとなく、ヴィヴレットの影響が大きそうな気がするが、そんなことはないと自分に言い聞かせている。
城下町に診療所兼家を開いて、もう半年になる。
人の住んでいない空家を、町の人々が協力してリフォームしてくれたお陰で、新築のように綺麗な診療所になった。
診療所は二階建てで、一階はベッドを二つ置いた診療スペースで、二階は僕達の居住区である。
二人で住むには十分すぎるほど広く、アーヤと僕用の部屋を使っても、まだ一室ある。
これだけ立派なものを作ってくれた人達の期待に応えるべく、日々を過ごしている。
物思いに耽っていると、アーヤが服を着替えていた。
「パパ~、がっこういくよ~」
「うん。じゃあ、お見送りするよ」
アーヤの手を引いて階段を下りて、玄関の扉を開けるとアーヤが元気よく外に飛び出していった。
「いってきま~す」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
手を振るアーヤに、僕も手を振り替えして見送った。
アーヤはクラトスが開いている青空教室で勉強をしている。飲み込みが早く、文字の読み書き、計算もどんどん覚えており、周囲を驚かせている。
今日も頑張って勉強をするであろうアーヤに負けないように、僕も気合いを入れて診療所に戻った。
・ ・ ・
「おぉ~、先生、いいのぉ~。あ、もうちょっ右」
ベッドにうつ伏せになったお年寄りの腰を優しく揉むと、気持ち良さそうに声をあげている。指示通りに手を少し右にずらす。
「ふぉ~、これはたまらん。極楽極楽」
「それは、ありがとうございます。はい、もう終わりです」
お年寄りはベッドから立ち上がって、腰をひねると満足そうに頬を緩めた。
「いやぁ、さすがは魔法使いですなぁ。神の手と言っても過言ではありませんなぁ」
「マッサージに魔法は関係ないですよ。ていうか、うちは診療所であって、マッサージ屋ではありませんよ?」
「いやいや、魔法のような手ですよ。ありがたや、ありがたや」
お年寄りは大袈裟にいうと、待ち合い用の椅子でお酒を飲んでいる二人のお年寄りの元へ行った。
「先生も一杯やりますか?」
早速、お酒を飲み始めたお年寄りが、僕に向けてコップを差し出した。
「もう……。昼間っから飲みませんよ。だいたい、普段もあまり飲まないんですから」
「残念ですなぁ、ならば、この酒はわし等がいただくとしよう」
「診療代の代わりに持ってきたお酒を、ここで飲むのはどうなんですか?」
治療代はお金以外にも食べ物などで払えるようにしており、患者の多くはお金よりも食べ物を持ってくるのだが、診療所に通い詰めているこの三人のお年寄り衆はお酒をマッサージ代としていつも持ってくる。
僕がお酒をあまり飲まないことを知っていながら。
「いやぁ、お酒を腐らせるのも何ですからな。ありがたく、いただいております」
全然、有難味を感じさせない言葉に、思わず口からため息が漏れた。
「飲んだら帰ってくださいね?」
「先生は厳しいですのぉ。まぁ、この一杯で最後にしましょう」
大口を開けて笑い、ぐいっとコップを傾けて酒を一気に飲むと満足そうに顔を緩めて診療所を去って行った。
とりあえず、いつもの治療? は終わったので、他の患者が来るまで薬学書に目を通す。
ヴィヴレットから借りた本で、魔法では治療できない腹痛や熱などの病気に効く薬の調合方法を時間を見て勉強しているのだ。
本を読み進めていると、扉がゆっくりと開いた。
そこには小さな男の子が二人おり、足を引きずっている男の子が、もう一人の肩に手を回していた。
「せんせぇ~、ケガなおしてぇ~」
肩を貸している男の子が言う。
足を引きずっている男の子は顔を歪めており、右足首が腫れていた。
「良いよ。少し我慢してね。……メディク」
光が男の子を包むと、痛みで歪んでいた顔が穏やかなものに変わる。
「いたくない。せんせい、ありがと~!」
「どういたしまして。怪我しないように気を付けてね」
「は~い。せんせい、じゃあねぇ」
笑顔の二人が外に出て行ったので、改めて本に目を通す。
トントンとドアがノックされた音が聞こえた。招く言葉を発するとドアが開けられ、マントを羽織った涼やかな顔つきの若い男性が入ってきた。
綺麗な銀髪を横に流した男性は、おとぎ話で出てきそう王子のように輝いている。
その姿に目を奪われていると、男性が語り掛けてきた。
「失礼します。魔法使いがここにおられると聞いたのですが、あなたがそうでしょうか?」
声も良く通っていて爽やかだ。聞きほれていたことに気づくと、すぐに男性の問いに応える。
「はい、そうですが。何か御用ですか?」
「はい。怪しげな人物が、良からぬことを企んでいるとの通報がありまして」
「怪しげですか?」
はて、そのような人がこの界隈にいただろうか。
男性はこくりと頷くと話を続けた。
「その人物は杖を持ち、子供達を集めて何やら怪しげなことをしているとか……。ずばり、伺います。それはあなたのことではないでしょうか?」
「えぇっ!? 僕ですか!?」
僕が怪しいだって? 確かに異世界から来たことがバレていれば怪しげな人物だけど、今は一介の魔法使いだ。怪しい人物なんて思われないはずだ。
すごく心外なことに、一言抗議してやろうと思った。
「……すみません。僕、怪しく見えますか?」
男性に向けて、恐る恐る問う。ヘタレ全開だ。
眉間にしわを寄せた男性は、僕の顔をまじまじと見てきた。僕は無実だと伝えるために、強い眼光から目を逸らさずいると、男性が首を横に振った。
「確かに、怪しいかと言われると違いますね。私の早とちりだったかもしれません。杖を持った怪しげな人物と聞いて、魔法使いと思ってしまいました」
納得してくれたようで、男性は口元を緩めてくれた。
男性の言い分も理解できる。魔法使いの中には、見るからに怪しい人物がいるのは否定できないからだ。
僕への嫌疑が晴れたようで一安心したところで、開いたドアからクラトスとアーヤが姿を見せた。
「パパ~、ただいま~」
「よっ、ユージン。酒余ってる?」
駆け寄ってきたアーヤの頭を撫でて、お帰りと言う。
クラトスは診療代で貰った酒を目当てにして来たようだ。老人衆といい、クラトスといい、周りに酒好きが多いので困る。
「パパ~、しらないひと~」
アーヤが男性を見て言った。
「お客さんだよ。あっ、自己紹介まだでしたね。僕はユージン・モトキ。この子は娘のアーヤです。ほら、アーヤ、挨拶して?」
「はじめまして、アーヤです」
お行儀よく挨拶をしてくれた。これも教育の賜物だ。
親バカかもしれないが、可愛いアーヤが更に可愛く見えてしまう。
「アーヤ、よくできました。あっ、あなたのお名前……?」
問いかけが止まってしまった。
男性が口に両手を当てて、瞳を潤ませていたからだ。
「ふぇぇぇ、なにこの子~、きゃわいぃぃぃ」
男性が甲高い声で、変な言葉を発した。




