助ける心
「メディク」
傷だらけの男性の傷を癒すために魔法を使った。
あの蛇からつけられた傷ではなく、逃げる際に枝などに引っ掛けてついた傷らしい。
話に聞けば、男性は僕達と同じ城下町から来た人とのことで、偶然にも同じ森に山菜取りに来たとのことだった。
「すまない。本当に助かった」
「いえ、お気になさらずに。傷も浅くて良かったです。もう、大丈夫ですよ」
「ありがとう。優しい魔法使いでびっくりだよ。雇った魔法使いとは大違いだ」
「魔法使いを雇ったんですね。その人もしかして、逃げちゃったんですか?」
「あぁ、高い金を出したのに役に立たないヤツだった」
男性は顔をしかめた。
「魔法使いギルドの連中は拝金主義もいいところだからねぇ。口先ばかりのヤツが多いのさ」
クラトスが吐き捨てるように言った。
拝金主義か。ヴィヴレットとは大違いだ。このような所でもヴィヴレットの偉大さを知らされた。
傷が治った男性は頭を下げると仲間と合流するために、僕達の前から去って行った。
「じゃ、俺達も戻るとするか。あ、帰るついでに山菜や薬草がないか探して行こう」
「分かりましたよ。色々と見つかると良いですね。でも、もうモンスターはこりごりですよ?」
「何を言ってんだよ。俺を助けてくれたじゃん。あの意気だよ」
「あなたが逃げただけじゃないですか……。次はクラトスさんの番ですからね? 均等にしないとですね」
「ぐっ! 分かったよ。ちゃんと魔法を使ってくれよ? ホント、頼むよ!?」
念を押してくるクラトスに適当に頷くと、渋々歩き出した。
頼りになるのか、ならないのか、よく分からない人だ。でも、良い人には違いない。酷いことをされたが、好感の持てる人物だ。
「嫌だなぁ。怖いなぁ。どうせ来るなら、後ろからモンスター来ないかなぁ……」
やっぱりこの人はダメな人かもしれない。
・ ・ ・
森の開けた場所で一日キャンプをして、城下町に帰ってきた。
ダナン達と別れると、クラトスと一緒に宿屋に向かう。
もうクタクタなため、宿屋で一泊させてもらうことにしている。
早く、布団にもぐり込みたい。
宿屋のドアを開けると、アーヤが小走りで僕に向かってきた。
「パパ~、おかえりなさ~い」
満面の笑顔で出迎えてくれたアーヤを抱きしめて持ち上げる。
「ただいま、アーヤ。良い子にしてた?」
「うん! アーヤ、いいこ! パパは~?」
「パパも良い子だよ。レモリーさん、お世話になりました」
アーヤと共に出迎えてくれたレモリーに言う。
相変わらず、破壊力のある微笑みを見せた。
「良い子だったわよ。パパが恋しかったみたいだけど、我慢していたわ」
「そうですか。アーヤ、良い子だねぇ。じゃ、ご褒美に魔法を掛けてあげるよ」
「まほ~!? やったー!」
喜びを爆発させたアーヤを見て思う。
本当に帰ってこれて良かった。とびきりの笑顔を曇らせるようなことはしたくない。
あの蛇の気持ちが痛いほどに分かった時であった。
・ ・ ・
外が騒がしい。
眠りの世界から叩きだされた僕は、寝ぼけ眼をこすって、大きくあくびをした。
一体、何を騒いでいるのだろう。
確かめに行こうと思い、隣にいて穏やかな寝息を立てているアーヤを起こさないように静かにベッドを後にした。
階下に向かうと足音に気づいたのか、レモリーが僕に声を掛けてきた。
「ユージンくん、大変よ。火事が起きたみたい」
「か、火事ですか!? どこで!?」
「隣の地区みたいよ。皆、火消しに向かったわ。ユージンくん、もし良かったら」
「はい。魔法でお手伝いできるかもしれませんから。すぐに支度しますね」
言うと、すぐさま部屋に戻り、杖を手にして宿屋を飛び出した。
場所は人の波に乗って行けば分かる。野次馬達と共に、火事場に向かう。
空を焦がす明かりが見えた。火事場のすぐそこに来ているようだ。
野次馬をかき分けて進むと、ダナンとクラトスがバケツを持ってせわしく動いているのが見えた。
「クラトスさん、ダナンさん!」
「ユージン!? 良かった、頼みたいことがあるんだ!」
切羽詰まった顔で僕に迫ると、手を握って僕を引っ張りだした。
有無を言わさぬ、その行動に僕はなされるがままに付いていった。
連れていかれたのは、教会であった。中に入るとあまりの光景に息を飲んだ。
大勢の人が横たわって、悲痛なうめき声を上げている。
体は焼けただれており、生きているのが不思議なくらいな人が何人もいる。
「ユージン、魔法でこの人達の傷を癒してくれないか? 頼む。このままじゃ、大勢の人が死んでしまう!」
クラトスの言葉に気圧される。
言っていることに嘘はない。ヴィヴレットと共に、人の傷や病気を癒してきたから分かる。
だが、助けることができることも分かる。
覚悟を決めて、しっかりと頷く。
「やります! やってみせます!」
「ありがとう! ユージン、お前が頼みだ。俺は火消しに戻る」
後を託された僕は、すぐに重傷の人を探して魔法を掛けて回り、次から次に運ばれる怪我人を癒し続ける。
それでも、教会には苦痛を訴える声で満ち溢れている。
癒しても癒しても癒しても、終わらない。どれだけ魔法を使っただろう。目眩がしだした。
これは不味い。一度、魔法を多用し過ぎて倒れたことがあったから分かる。
このまま魔法を使い続ければ、間違いなく倒れてしまう。そうなってしまえば、治療ができなくなってしまう。
だが、助けを求める人はまだいる。その人達を放っておくのか?
「先生! まだ怪我人が。だ、大丈夫か!? 顔が真っ青だぞ!?」
「ダナンさん……」
「少し休め。先生に倒れられたら、誰も治す人がいないんだ」
「ま……、魔法使いギルドは?」
「あんなヤツ等が来るわけがない。俺達だけでやるしかないんだ」
ダナンの言葉で思い出した。魔法使いギルドはお金に汚い。
城下町の人達を助けても金にならないと判断されていれば、助けにくることはないということだ。
そうだ。僕達がやるしかないんだ。僕が助けないと、何人も死んでしまう。
助けるために思いついたのは一つしかなかった。
「ダナンさん、重傷の人が来たら起こしてください。少しだけ横になります」
魔力を使い過ぎて倒れないようにするために、少しでも寝てから魔力を回復させる作戦だ。
僕の魔力の回復は早いらしい。それなら、休息を取ることで、倒れることなく癒すことができるはずだ。
床に寝転がって、目を閉じる。
意識がすぐに遠退いていく。暗い海の底に落ちていく感覚を味わっていると、体が揺さぶられ目を覚ました。
「先生、すまない。こいつを見てやってくれ」
「はい、すぐに魔法を使います」
「すまない。延焼してしまっているようで、まだまだ怪我人が増えそうだ」
「大丈夫です。癒したら、また少し寝ますので、何かあったら起こしてください」
頷いたダナンはすぐに教会から外に出て行った。
担ぎ込まれた人もかなりの重傷だ。一度の魔法では治せない。心を静めて、魔法を唱える。
「メディク。ふぅ……。メディク」
二度唱えると、ただれた肌が元の色を取り戻した。
一息ついた時、目眩がした。たった二回しか使えなかった。すぐに休まないと。
また寝転ぶと、目を閉じて深呼吸をした。
「先生! おい、先生!」
ダナンの声で目を覚ました。
まだ眠気を引きずっているのか、頭が働かない。
「ダ、ダナンさん、次の人は」
「この人だ。すまない。あとは頼む」
駆け出したダナンを見ることなく、怪我人に魔法を唱える。
荒れた呼吸が静かなものへと変わった。これで一先ずは安心だ。
大きく息を吐くと、目を閉じた。
「先生! こいつもだ!」
もう来てしまった。だが、弱音を吐いてはいけない。
もし言ってしまえば心が挫けてしまう。自分を奮い立たせて、魔法を唱えるために目を閉じる。
「メディク」
一度の魔法では苦痛を取り除けなかったのか、怪我人はまだ呻いている。
火傷が酷い。まだ、魔法を使わなければ。
「メディク。はぁ、メディク」
そうだ。まだ、魔法を使わなければダメだ。
その後も何度も倒れるように寝ては、起こしてもらい魔法を唱え続けた。
何度繰り返しただろうか。朦朧とする意識では、まともな魔法にならないだろう。
それでも良い。少しでも人を助けることができるなら。
きっとヴィヴレットなら諦めない。それなら、僕も諦めない。
全力を尽くす。まだ終わっていないのだから。まだ、僕は戦える。まだ、戦えるんだ。
戦える。僕は戦って見せる。
意識が闇に染まろうとする中、必死に自分に言い聞かせた。僕はまだ戦えると。




