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先生、やっちゃってください

 木々が風に揺れ、森が囁いているようだ。


 いや、囁くと言うよりも、笑っているように感じる。

 なぜなら。


「もういやだー! モンスターに殺されるー!」


 後ろから猛追してくる殺気から必死に逃げ続ける。

 息が上がり、脇腹が痛くなってきた。

 木と木の間を縫うように走り続けると、森が開けた場所に出た。そのまま足を止めずに進むと、後ろからモンスターの慟哭が響いてきた。


「ユージン、お疲れ様ぁ。上出来だったよ」


 振り替えると、クラトスが僕に手を振っていた。


「はぁ、はぁ、なんで、僕まで、はぁ、囮に、はぁ」

「こういうのは皆で均等にやらないとね。ユージンにやらせるのは心が痛かったんだけどねぇ」


 とても、そうは思えないほどに軽快な口調で言った。


 クラトスの言う通り、不平不満がでないようにするには良い案かもしれないが、僕という狩りの初心者を囮にするのはどうだろうか。

 いや、初心者だからか?


「んじゃ、そろそろ狩りは止めにして、山菜や野草を取りに行こうか」


 あらかた、モンスターの解体が済んだでいたようなので、数名を残して森の奥へと向かった。僕も残りたいとは言い出しづらかった。


 下草を踏みしめて、森の奥に入って行く。

 途中途中で目を凝らして草むらに薬草や山菜がないかを探していく。

 ヴィヴレットと一緒になって、山菜取りはやったことがあるので、見覚えがあるものをむしって行く。


 腰にぶら下げた袋に野草を入れていると、遠くから悲鳴が聞こえた。


「クラトスさん、何かあったんでしょうか?」

「俺達以外の誰かが、この森に来ているんだろうなぁ。触らぬ神に祟りなし。って言いたいところだけど、行って確かめないか?」


 僕は頷くとダナンと一緒にクラトスの後を付いていく。

 周りに注意をしながら声のした方角に進んでいく。あの悲鳴以降、何も響いてこず、風が止んだこともあり森の中は静まり返っていた。


「ク、クラトスさん、何か怖くないですか? モンスターが出たらどうしましょうか?」

「そりゃ、ユージンに頑張ってもらうさ」

「ぼ、僕に丸投げしないでくださいよ」

「ごめんごめん。冗談だよ。そんなに震えた目で見るなって」


 冗談に聞こえない。この人は何かやらかしそうだ。

 疑念が湧きだした時、木々が軋む音が聞こえたので、音のした方に目を向けると、蠢く影が見えた。


「ひぇっ!」


 思わず声を上げてしまった。

 何かの影は、青い体に、体が長く、周りの木々の胴回りに負けない太さをしていた。あれはまるで、大蛇だ。


「おいおい。あれは、エルバウォルムじゃないか?」


 ダナンが顔を強張らせて言った。

 その言葉にクラトスも険しい顔をして頷いた。


「本物は初めて見るけど、間違いないだろうね。しかし、もっと森の奥にいるって聞いていたけど」


 顎に手を当ててクラトスが呟いている。

 あんなモンスターに襲われてはたまらない。悠長に考え事をしているよりも、早くこの場から去ろう。

 クラトスに逃げると提案しようとした時、また森の中に絶叫が響いた。


「ひぇっ!」

「まいったね。これは誰か襲われているな。でも、あんまり狂暴って聞いたことはないけど」

「ど、どうしますか? 逃げて、誰かを呼びに行った方が」

「それが良さそうだが」


 クラトスの声を遮って、更に悲鳴が上がった。

 苦々しい顔をしたクラトスは、影が消えた方角に向かって駆け出した。


「ちょ、クラトスさん!? う~……。ダナンさん、他の人達に伝えてください!」


 慌てて追いかける。

 走るクラトスは腰に佩いた剣を鞘から抜き放った。


「クラトスさん!? あれと戦うんですか!?」

「見逃すのは性に合わないからね。まぁ、本当に無理そうだったら、一目散に逃げるから、そのつもりでいてくれよ」


 いつも通り軽く笑ったが、どこか暗い声だった。

 普通なら逃げたくなるのに、危険を承知で向かっている。クラトスは尊敬に値する人物だ。こんなに勇敢で優しい人は知らない。


 その瞬間にゾッとした。恐怖に体が凍り付くと、大地を蹴ろうとした足が止まった。

 木の陰から姿を見せたのは、蛇だった。蛇とは言っても、顔の大きさは僕の上半身ほどはある。

 舌を出して、こちらをじっと見つめている蛇は、その体をぬっと現した。


 巨大な蛇は木々の合間をゆっくりと滑るようにして、こちらにじわじわと近づいてきた。

 圧倒的な力に押されるように、一歩後ろに下がると、背中に何かが当たった。振り返ると、クラトスが僕を盾にするように、後ろに回り込んでいた。


「よし、ユージン。あとは頼んだ」

「え~!? そんな無茶苦茶な!? これは無理ですって。絶対に無理!」


 二人で、できるできないの言い合いをしていると、思い返したように二人で蛇に目を向けた。

 蛇は相変わらず舌を出して、こちらの様子を伺っている。何となくだが、襲い掛かってくるような雰囲気ではない気がする。


 クラトスと一緒に、すり足で後退していると、蛇もゆっくりと後ろを向いて木の陰に消えていった。


「ふぃ~。いやぁ、流石は魔法使いだ。メンチの切り合いで勝つんだから。本当に尊敬するよ」

「僕はあなたにドン引きですよ。少しでも尊敬した僕がバカでしたよ」

「まぁまぁ、そう言うなって。何とかなったんだから、それを祝おう」

「もう……。でも、あの蛇、僕達を襲う感じじゃなかったですよね? 何ででしょうか?」


僕の問いに、クラトスは首を傾げた。


「う~ん……。ごめん、分からん。だが、ユージンの言う通り、襲う気満々ではなかった気がするな。何でかというと」

「ぎゃーーーーーーー!」


 また尋常ではない絶叫が轟いた。

 近い。ここから、そう遠くない。ということは、あの蛇が原因ではないか。

 クラトスと目を合わせると、静かに頷いた。逃げるを選択してくれる。そう信じていると、足を前に進めた。


「ク、クラトスさん!?」

「言っただろう? 性に合わないってさ。ユージンは逃げて良いよ。ありがとな、ここまで付き合ってくれて」


 そう言うと、クラトスさんは一歩前に進んだ。さっき幻滅したのは取り消そう。

 この人も誰かのために動くことができる人なんだ。その力強い背中を見つめて、戦いに向かう一人の男の無事を祈った。

 と、すぐに振り返った。


「ごめん。やっぱ付いてきて」

「え~!?」

「旅は道連れ世は情けって言うじゃないか。さ、行こう行こう」


 クラトスが僕の手首を掴むと、引っ張ってきた。


「い、嫌ですよ!」

「大丈夫だって。怖くないって」

「さっき、僕を盾にしたじゃないですかぁ! やだぁー!」


 引っ張るクラトスに必死に僕は抵抗をした。

 あんな蛇に勝てる気がしない。もし、会ってしまえば、逃げることができるかどうかも分からない。

 今なら逃げることができる。クラトスを引っ張って逃げよう。


 全力でクラトスを引っ張っていると、木陰から人影が姿を見せた。

 男性は籠を背負っており、こちらに向かって駆けてくる。


「た、助けてくれー!」


 男性の声だ。必死に声を上げて、僕達に近づいてくる。

 見れば、服はボロボロで、むき出しの肌にはいくつもの切り傷が入っていた。

 僕達の前まで男性は来ると、膝を着いて肩で息をしていた。


「た、頼む。助けてくれ」

「大丈夫ですか!? すぐに治療しまっ!? へ、へ、へ、蛇~!」


 木の合間をするすると抜けて、蛇が猛然と向かってくる。

 さっきとは違う。伝わってくるのは、明確な殺意。僕達は蛇の獲物になってしまったのか。

 硬直した体に、閉じることを忘れた瞳。死を覚悟した。


 なんで、この蛇はこんなに怒っているのか。

 前に会った時は、ここまでは怒っていなかった。

 蛇を怒らせるようなことを僕達はしていないはずだ。それなら、なんでだ?


 ふと、男性の籠に目が向いた。

 そこには籠の中にすっぽりと納まる程の大きさの白い物体があった。

 これは、もしかして。


「これ、あの蛇の卵じゃ!?」


 男性の肩を掴んで言うと、首を何度も縦に振った。

 これだ。あの蛇が怒っているのは、これに違いない。


 男性の籠から卵を取り出すと、そっと地面に置く。ゆっくりと卵から遠ざかって、蛇の様子を伺う。

 蛇の動きが変わった。スピードを緩めて、静かに近づいてくる。

 じりじりと僕達は後ろに下がって、距離を置いたところで足を止めた。


 蛇は卵の傍に来ると大きく口を開けて、卵を丸飲みにすると、僕達をじっと見つめた。

 ゆっくりと首を後ろに向けて、蛇は森の奥へと消えていった。


「ユージン、あれって」

「子供を守りたかったんでしょうね。もし、アーヤに何かがあれば僕も必死になります。例え、それが危険な事だったとしても……」

「そっか。そうだよな。守りたいよな。親って……そういうものなんだよな」


 二人で蛇の消えていった方角に目を向ける。

 僕達よりも強いとは言っても、戦うのは怖いと思う。それでも、子供のことを思って、あの蛇は戦った。

 自分の身を犠牲にしてでも、子供のために戦った蛇は親の鏡のように見えた。


 今、あの蛇はどういう思いをしているのだろうか。

 多分、こう思っているだろう。お帰りなさい、と。

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