新しい出会い
うららかな日差しの下、僕は城門をくぐって城下町へと向かっていた。
街中とは違って、城下町も活気にあふれている。
どことなく粗野にも感じ取れるが、それだけ城下町には熱い力が溢れているのだろう。
僕は今、クーン達の家を目指している。
昨日、あれだけ魔法を使った割には、次の日に疲れを引きづることはなく、普通に仕事に行けた事に自分で少し驚いた。
もしかして、僕は魔力が回復しやすいのかもしれない。そう思うと、足取りが軽やかになってきた。
賑わいを見せる露店の通りから、一本脇道に入る。
入って少しだけ歩いた時に気が付いた。
「家が分からない……」
うかつだった。帰りは大通りに出れば家に帰れたが、行きについてはクーン達に連れられてのことだったので、はっきりとは覚えていない。
せっかく、ここまで来たのにどうしよう。とりあえず、歩くか。記憶を辿りながら歩こう。恐る恐る一歩を踏み出した。
「おや? 君、あんまり見ない顔だねぇ。どちら様?」
背後から掛けられた男性の飄飄とした声に振り返る。
あごに無精ひげを生やし、髪をだらしなく伸ばした男性がそこにはいた。
声同様に顔つきも、少し軽薄そうに見える。
「僕ですか?」
「そうそう、君。少し怪しい人のようだけど?」
「い、いえ、怪しくはないです。あ、クーンとアミ―の家を知りませんか? 僕、用事があって来たんです」
「あ~、ダナンさんの所ねぇ。いいよ、連れてってあげる」
「あ、ありがとうございます」
男性に連れられて、路地を進んでいく。
改めて見回すと、街中に比べて生活水準は良くはなさそうに見える。
「何か面白いかな?」
男性が首を回して、僕を見ていた。
面白がって見ていた訳ではない。慌てて首を振る。
「僕、ここに一回しか来たことがなくて。普段、街中にいるもので」
「ほぇ~、街に住んでいるのかぁ。そんな人がどうしてここに?」
「クーン達のおばあちゃんの治療に来たんです」
「治療? って、まさか……」
男性が足を止めて、目を見開いた。
「君が噂の魔法使いかい!?」
「え? う、噂ですか?」
「あぁ、ダナンさんが言ってたよ。おばあさんの命の恩人だってさ。そっかぁ、また来てくれたのかぁ」
クーン達の父親がダナンというのだろう。
命の恩人と言ってもらえるのは嬉しいが、少し負担にも感じた。
完全に治したかは分からないのだ。もし、また調子が悪くなったら。
その時、僕は助けることができるだろうか。
いや、考えても仕方がない。僕はできることをすると決めた。
自分に恥じない生き方をするだけだ。
再び歩き出した男性の後を付いていくと、おぼろげな記憶の中で合致する光景が見えた。
「あ、ここ、覚えてます」
「ダナンさんの家なら、そこだよぉ。んじゃ、俺は帰るから。じゃあねぇ」
男性が軽やかに去って行った。
不思議な人だが、いい人に違いない。話していて、どこか気持ちが良くなる人だ。
好感の持てる人物の背中から目を離して、ダナンの家のドアを叩いた。
・ ・ ・
「メディク」
淡い緑色の光が、クーン達の祖母を包んだ。
光が治まると、少し間をおいて精神を統一し、魔法を唱える。
「メディク」
魔力には限りがある。できるだけ多く魔法を掛けたいが、また倒れてしまえば迷惑を掛けてしまう。
それならばと、できるだけ精度を高めて、質の良い魔法を掛けようと思い、少し時間を置いているのだ。
次で最後にしよう。深く集中して。
「メディク」
「あぁ、癒されます。ユージンさん、本当にありがとうございます」
「いえ、昨日より調子が良さそうで安心しました」
「えぇ、とても気分が良いのです。ここ最近、体調がずっと悪かったので、こんなに清々しい気分は久しぶりです」
一先ず、元気なようで安心した。
土気色だった肌も、少しだけ血色が良くなっている。
このまま行けば、病気が治るかもしれない。
「また、治療に来ますね。ゆっくり休んで、早く元気になってください」
「ありがとうございます。何もお礼できず、本当に申し訳ありません」
「いえ、商売でやっている訳ではないので。それでは」
別れの挨拶を済ませると、ダナンが部屋の外に立っていた。
「魔法使い様、本当にありがとうございます」
「いえいえ、本当にお気になさらず」
「いやいや、お礼ができないのに、また治療してもらって。頭を下げても、下げたりない」
「大丈夫ですから。お気持ちだけ、受け取っておきます」
お礼が欲しくてやった訳ではない。
助けたい。その想いだけで、僕が勝手にやったことだ。
「あ、そうだ。飯を食いに行きませんか? 美味い食堂があるんです」
「食事ですか? そうですね……。じゃあ、行きます」
快諾すると、ダナンと共に家を出た。
・ ・ ・
城下町の路地を歩くと、少し開けた道へと出た。
道を歩くと、宿屋や酒場がいくつか見受けられた。ここは宿場なのかもしれない。
その一つの宿屋をダナンは指さした。
「あそこです。肉料理が絶品なんですよ」
「へぇ~、それは楽しみです。聞くだけでお腹が空いてきましたよ」
宿屋のドアを開けると、丸テーブルが六つとカウンターがあった。
食堂のようだが、酒場でもありそうだ。先客がいたようで、席の半分は埋まっている。
ダナンがカウンターに向かったので、僕も付いていく。
カウンターの奥には、一人の女性がいた。
長い黒髪に甘く緩やかに垂れた目。艶のある肌に、潤いのある唇をした美女が、そこにはいた。
「あら、ダナンさん、こんにちは。今日はお連れ様がいるの?」
「あぁ、レモリーさん。この人はユージンさんだ。魔法使いなんだぜ」
「あら、魔法使いなの!? すごい人を連れてきたものねぇ。ユージンさん、よろしくね」
麗しい瞳でウィンクをされた。
思わず、心が揺らぐ。これはすごい破壊力だ。ここの客の何人かは、この人に心を奪われた人に違いない。
頭を下げて簡単な自己紹介を済ませた。
ダナンがおすすめがあると言ったので、注文は任せた。
ダナンは早々にお酒を注文した。僕にも勧めてきたが、丁重にお断りして水を飲む。
乾いた喉を潤していると、一人の男性が階段を下りてきた。
「いらっしゃ~い。って、ダナンさんかぁ。いつも、ごひいきに。あれ? もしかして、君は」
見覚えのある男性だった。僕をダナンの家まで案内してくれた人だ。
「噂の魔法使いさんじゃないかぁ。いやぁ、縁があるねぇ」
「さっきはありがとうございました。まさか、また会うことになるなんて」
「運命かもねぇ。これから飲むの? なら、俺も混ぜてもらおっかなぁ」
男性は僕の横に座ると、レモリーにお酒を注文した。
レモリーは呆れ顔で、男性を見ている。
「もう、あなた。まだ、お仕事があるんだから」
「いいじゃないのぉ。魔法使いと話すなんてそうはないよ? レモリーも一緒に飲もうよぉ」
「私が飲んだら誰が料理を作るって言うの? 飲むのも良いけど、仕事もしっかりね」
「はいは~い。と、言う事で、よろしくねぇ。あ、俺はクラトス。よろしくぅ」
クラトスが歯を見せて笑った。
本当に不思議な人だ。さっき会ったばかりなのに、どこか親しみを覚えている。
こういう人もいるのか。人と簡単に親しくなれる人なのかもしれない。
「僕はユージンです。クラトスさん、よろしくお願いします」
「ユージンか、良い名だ。さて、飲も飲も。色々聞きたいからさ。お金はダナンさんが払ってくれることだし」
クラトスがからからと笑うと、ダナンも声を上げて笑った。
天性のようなものだろうか。自然と人を楽しませてくれる。
酒場内のあちこちから笑い声が聞こえた。アットホームな雰囲気とは、こういうものなのだろう。
来て数分しか経っていないが、この場所の居心地の良さに浸った。




