本当の家族
ぼやけた意識が次第に明瞭になってきた。
うっすら開けた瞳に映るのは、木の梁がむき出しの天井だった。
背中に伝わる感触は少し硬く、寝心地はあまり良くはない。
寝返りを打つと、僕が寝ているベッドとは別に、もう一つのベッドがあった。
寝室なのだろうと、ぼんやり考えていると、部屋のドアが静かに開いた。
入ってきたのは知らない女性だ。
僕の顔を見て、目を大きくさせている。
「目が覚めたのね! あなた! 魔法使い様が目を覚ましたわ!」
女性は慌てた声で呼びかけた。
魔法使い様。僕のことだろうか。そんなに偉い身分になったつもりはない。
どこか遠くから自分を見ているような気がしていると、部屋に見たことある男性と、クーンとアミ―が入ってきた。
「おぉ! 目を覚ましたのか! 良かった!」
「ユージン兄ちゃん! 大丈夫!?」
クーンが僕に駆け寄ってきた。
「うん、大丈夫だよ。僕は、一体?」
「急に倒れちゃって。魔法を使ったからなんでしょ?」
そういえば、そうだった。
回復魔法を何度も何度も使用したのだ。その前にも魔法を使用していたので、限界に達してしまったということか。
魔法を使った。何に使った?
「クーン! おばあちゃん! おばあちゃんは!?」
「目を覚ましてくれたんだ! ユージン兄ちゃんのお陰だよ! ありがとう!」
「そっか、良かった……。本当に」
諦めなくて本当に良かった。僕がしたことは無駄ではなかったのだ。
これ以上ない結果に、心からの笑みがこぼれた。
「お袋が礼を言いたいって言っているんだ。すまない、立てるか?」
クーンの父親が僕に手を差し出した。
倦怠感はあるが、動けないことはなさそうだ。手を掴んで、ベッドから起き上がる。
少しよろけたが、魔力を限界まで使った割には元気だ。
父親の後に付いて、一つの部屋に入った。
そこは祖母が寝ていた部屋だった。今は目を覚ましており、中に入ってきた僕達を見ている。
「あぁ、魔法使い様。ありがとうございます。私のような者に魔法を使っていただき」
「あ、いえ、僕はそんなに偉い者じゃないです。気にしないでください、本当に」
「いえ、素晴らしい魔法使い様だと思います。聞きました。倒れるまで魔法を使ってくださったこと……。老い先短い私に、勿体ない限りです」
「そんなこと言わないでください。長生きできます。きっと、もっと元気になれますよ」
僕の言葉に祖母は優しく微笑んだ。
「そうですね。もっと元気にならないと……。本当にありがとうございました」
「あ、いえ、じゃあ、僕はこれで」
頭を下げると、部屋を後にしようとした。
その僕の服を引っ張って足を止めたのは、アミ―だった。
「ユージンお兄ちゃん、帰っちゃうの?」
「うん。皆はおばあちゃんと一緒にいてあげて。僕、帰らないといけないから」
「え~、ユージンお兄ちゃんも一緒にいようよ~」
アミ―が駄々をこねていると、クーンがこつんとアミ―の頭を叩いた。
「アミ―、ユージン兄ちゃんを困らせたらダメだろう? ねぇ、ユージン兄ちゃん、また会えるかな?」
「うん。また、おばあちゃんに魔法を掛けに来るから」
「本当!? ありがとう! おばあちゃん! また治しに来てくれるって! もっと元気になれるね」
嬉々とした声色でクーンは祖母に言った。
言われた祖母は顔をほころばせている。周りを見れば、皆が微笑んでいた。
あれだけ暗かった顔が、今では明るく眩しい笑みを浮かべている。
それがとても心地よかった。
苦労が報われた瞬間だと思った。一つの家族の笑顔を守ることができたのだ。
お金でも、食べ物でもない。この人達の笑顔が一番の報酬だ。
心が幸せで満たされた僕は、皆と同じように輝いた笑みを浮かべているだろう。
次第に幸せが僕の心からあふれ出ると、目頭が熱くなってきた。
涙はこの場には相応しくない。
「では、また」
手短に挨拶をして、部屋を後にした時、涙が流れて頬を伝った。
流れた涙は、幸せの温かみ持ったものだった。
・ ・ ・
「おっっっっそい! 何をしておったのじゃ!? 昼はとっくに過ぎておるぞ!?」
魔法大学校の寄宿舎の食堂で、ヴィヴレットに力いっぱい怒鳴られた。
クーン達の家で僕は数時間寝ていたようで、気づけばお昼の時間を過ぎていたのだ。
そのため昼食の準備をしてくれていたヴィヴレットは、ご立腹している。
「すみません。ちょっと、色々とありまして」
「ほぉ~? わしとの約束をすっぽかしたのじゃ。さぞかし大層なものなのじゃろうなぁ」
完全に怒らせている。言った方が良いのだろうか。
でも、ここで言うのも言い訳臭い気がする。ヴィヴレットとの約束を破ったことに変わりはないのだ。
「……ごめんなさい」
「うむ、分かれば良い。さて、温めるから少し待っておれ。そうじゃ、食材を買い過ぎたのじゃ。夕食もわしが作ってやろう」
「え、良いんですか?」
「普段のお主の食事ではアーヤも満足できておらぬようじゃしのぉ。のぉ、アーヤ?」
ヴィヴレットは横にいるアーヤに言った。
言われた本人は顔を輝かせた。
「ばぁば、ご飯ちゅきぃ!」
「おぉ、そうか。ユージンの食事は顔と同じように、あっさりしておりそうじゃからのぉ」
失礼な言葉だが、否定しづらい。
子供に濃い味付けは良くないと思ってのことだ。いや、料理の腕がないせいで、丁度良い味付けができていないだけか。
「アーヤのことを思っての食事です。じゃあ、夕食、お願いしても良いですか? 次は僕も手伝わせてもらいます」
「それは良いのぉ。家族一致団結して、食事を作るとしよう」
高らかにヴィヴレットは笑った。
それをアーヤが真似て笑う。その二人が可笑しくて、僕も声を上げて笑った。
その時、気が付いた。
僕達は本当の家族なんだ。家族だから皆で笑えるんだ。同じ時間を過ごせているんだ。
今までは、なんとなくとしか思っていなかったが、今日のことがあったせいで本当に理解できた。
ヴィヴレットとアーヤがいて、そこに僕がいて。皆で温かな空間を作っている。これが本当の家族なんだ。
そして、僕の想いがはっきりした。
「ヴィヴレットさん」
「なんじゃ?」
「僕、ヴィヴレットさんのことが大好きです。愛しています、家族として。これから先も、家族でいてくれませんか? ばぁばがいないと、寂しいですから」
「ユージン……。ふんっ、何を今更。お主がわし等は家族と言うたのじゃろうが。それは変わらぬ。わしは、ばぁばじゃ。お主とアーヤを見守る、ばぁばじゃ」
「ありがとうございます。僕、二人が大好きです。もっと、もっと笑いましょう。楽しい時間を過ごしましょう。嫌という程、幸せを感じましょう。家族みんなで一緒に」
僕達は幸せになる必要がある。だって、家族なんだから。
辛い時もあるだろう。悲しい時もあるだろう。でも、それを皆で受け止める。
そして、乗り越える。そうして、僕達は幸せになって更に絆を深めていくのだ。
血の繋がりでもなく、交わした愛の誓いでもない。
それよりも固く強い絆を僕達は作れる。いや、作って見せる。
僕は大切な家族を前に決心した。




