着実なる進歩
魔法大学校のスタジアムには僕と、ヴィヴレットが作ってくれた五体の木人が立っていた。
観覧席にはヴィヴレットと、その膝の上にアーヤが乗っている。
「よし! 今日はちと強いぞ。覚えた魔法を存分に発揮せよ!」
「はい! お願いします!」
僕が杖を構えたのを皮切りに、五体の木人が一斉に動き出した。
全員、真っ直ぐ僕に向かってくる。先ずは相手の動きを封じなければ。
「ハイ・ブラスト!」
杖から放たれた突風が木人達を襲う。
足を踏ん張らなければ吹き飛ばされる風圧に、何とか耐えようとしている。
二体が堪えきれず、後ろに引かれるように倒れると、床を転がった。
風が治まると、三体は迷うことなく、僕に駆けてきた。
「アース・バインド!」
一体の木人がいる方向の床を杖で叩く。
地面が盛り上がると、四本の土の細い腕が絡んだ。
行動阻害魔法が成功したことに安堵する暇はない。
残り二体が僕に迫っているのだ。高ぶりそうな呼吸を静めて、頭の中を空っぽにする。
その中に風が荒れ狂うイメージを浮かべる。触れれば切れてしまいそうな風を。
「エアリアル・ブレイド」
詠唱すると、杖を横に構えて木人達に向けて振るう。
杖の先端から飛び出したのは、空間を歪める空気の球だ。
その球が木人達の近くまで飛んだ時、球が弾けた。
弾けた風は円を描き、竜巻を起こした。二体の木人は竜巻に飲まれており、動きを止めている。
竜巻が治まると、傷だらけの木人が姿を見せた。地面に崩れ落ちて、動くのを止めた。先ずは二体。
一体の木人が土の腕を振り払おうとしている。こちらを確実に仕留めよう。
「アース・スパイク!」
杖を木人に向けると、茶色の光弾を放った。
光弾が木人の足元に当たった時、土が盛り上がり、尖った岩が飛び出した。
木人は尖った岩にくし刺しにされて、だらりとしている。
これで残り二体。
目を向けると、僕と距離を置いて、にじり寄ってきていた。
隙を伺っている。どちらかに魔法を使えば、魔法が向かなかった方が襲い掛かる算段だろう。
意外にいやらしい。ヴィヴレットが手を抜いていない証拠だ。
「来ないなら、僕から行く! エア・スマッシュ!」
一体に向けて風の集束弾を高速で飛ばした。
魔法を向けられた木人は反応したが間に合わず、はじけ飛んだ風によって壁に叩きつけられた。
一体は始末した。残りの一体は。
目を向けた時には、拳を振り上がて殴りかかろうとした。
「アース・ウェーブ!」
振り返りざまに詠唱し、地面を杖で叩く。
地面は僕の声に反応して、うねりを上げて土の波が発生した。
波に足をすくわれて、木人がこける。立ち上がろうとした時、僕の杖を木人の頭に向ける。
「エア・スマッシュ」
風の球が弾けて、木人の顔が床に叩きつけらると動きを止めた。
五体の木人を倒し終えたのだ。安堵の息を吐くと、小さな拍手が聞こえた。
「パパ~、まほ~、かっこいい~」
四歳を過ぎたアーヤが拍手をして、僕を労ってくれた。
娘の声援に手を振って応える。
「うむうむ。良い魔法じゃったぞ。初歩とはいえ、詠唱からの発動に遅延がない。魔法使いとして名乗るには十分じゃろう」
「本当ですか!? やった!」
攻撃魔法については、なかなか褒められなかったが、やっと認めてもらえた。
腐らずに勉強したかいがあった。
僕が学んでいる攻撃魔法は、風と土の初歩魔法だ。単体、範囲、行動阻害と一通りの魔法は使えるようになっている。
回復については更に一歩進んでいる。中級魔法も学んでいるのだ。まだ思うように使えてはいないが、これも学び続ければ習得できそうな気がする。
とはいえ、中級で躓く魔法使いが多いと聞くので、気を抜かず勉強を続けていかなければ。
「今日はユージンの一端の魔法使いになったことを祝って、美味い料理をふるってやろう」
「それは嬉しいです。僕も手伝いますよ」
「不要じゃ。並みの魔法使いに比べて倍以上の魔力を持っていても、疲れは来るものじゃ。のんびりしておれ」
「じゃあ、散歩がてら街にでますね。食事、楽しみにしてますね」
「うむ、任せておけ。アーヤ、手伝いをしてくれるか?」
ヴィヴレットは膝の上にいるアーヤに問いかけた。
「うん。おてつだい~」
快諾したアーヤを連れて、ヴィヴレットはスタジアムを後にしていった。
その背中を見て思う。
僕はヴィヴレットのことが好きだ。好きなんだ。でも、何か違う。
ヴィヴレットといて、今も幸せだ。ずっと、この時間が続けばと思っている。
だが、何かが違う。
言葉にはできないが、好きな気持ちが変わっている気がする。
前に魔法大学校の副校長から言われた、想いの変化だろうか。
では、どのような変化なのだろうか。分からない。分からないが、今、僕は満たされている。
自分自身の想いが分からなくなってきた。
杖で頭をこつんと叩き、気を取り直してスタジアムから街へと向かった。
・ ・ ・
街の商店街は相変わらず人通りが多い。
食料品や薬局、雑貨屋や刃物屋など、生活に欠かせない物が満ち溢れている。
そういえば、ヴィヴレットが新しい包丁が欲しいと、ボヤいているのを思い出した。
普段からお世話になっているので、プレゼントするのも良いか。
何かないかと店頭を覗いていた時、泣き声が聞こえた。
「ちっ。ちょろちょろ動いてんじゃねぇ!」
大柄な男が吐き捨てるように言うと、雑踏の中に消えていった。
泣き声は相変わらず聞こえる。気になるので、人波を縫って声のする方に近づく。
そこには二人の子供がいた。
泣いているのは女の子で、それを慰めようとしているのが男の子だ。
どちらもまだ小さい。小学生低学年くらいか?
「アミ―、大丈夫か?」
「痛いよぉ~、うぇ~ん!」
「な、泣くな。大丈夫だから」
男の子は必死に女の子を慰めている。
女の子を見ると、膝に痛々しい擦り傷ができていた。
このまま放っておくのも性に合わない。近づいて、子供達の前で屈む。
「大丈夫だよ。僕が治してあげるから。メディク」
女の子に杖を向けると、緑色の光が発せられ、柔らかく体を包んだ。
膝の傷が見る見るうちに治って行く。光が消える前に完治していた。
光が治まると、女の子は自分の膝をさすった。
「痛くない。お兄ちゃん、痛くないよ!」
お兄ちゃんと呼ばれた男の子は、慌てて女の子の膝を何度も見た。
「すごい。治ってる。兄ちゃん、今のは魔法!?」
「そうだよ。痛いのが治って良かったね」
「ありがとう! アミ―、お前もお礼を言えよ」
お兄ちゃんに促されて、アミ―と呼ばれた子も頭を下げた。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。そういえば、お父さんやお母さんは?」
僕の問いかけに、男の子が首を振った。
「俺達兄妹だけで街に来たんだ。薬を買おうと思って」
「薬? なら、薬局はそこだよ。一緒に行こうか」
「本当に!? ありがとう、兄ちゃん。俺、クーン。兄ちゃんは?」
「僕はユージン。よろしくね」
座っていたアミ―が立ち上がると、二人を連れて薬局へと入った。
中には白衣を着たひげ面の男性がいた。
「いらっしゃい。何をお求めで?」
「あ、僕じゃないです。この子達です」
そう言うと、男性は訝し気に兄妹を見た。
クーンとアミ―は服のポケットを探っており、取り出したのは数枚のコインだった。
「これで、何か薬が欲しいんだ」
「たったこれっぽっちでか? 売れるものはないよ」
「そ、そんな! 何か買えるだろ!?」
「こちとら商売なんでな。とっとと帰んな」
男性は追い払うように言うと、奥に引っ込んでいった。
残された兄妹は顔をうつむけている。薬が欲しい事情があるのだろう。
「ねぇ? どうして、薬が必要なの?」
僕の問いに答えたのはアミ―だった。
「あのね、おばあちゃんが病気なの。だから、お薬を買いに来たの」
「そっか。優しいんだね」
優しく言うと、頭を撫でた。
暗かった顔が少し明るくなった。やっぱり、子供には笑顔が似合う。
「ユージン兄ちゃん。お願いがあるんだ」
「ん? どうかしたの?」
「俺達のおばあちゃんに魔法を掛けて欲しいだ。お願い。おばあちゃんの病気を治して」
「え!?」
急な頼みごとに一歩引いてしまった。
確かに回復魔法を使えば、治せる病気もある。
僕の魔法でどこまで治すことができるかは分からないが、体調不良ぐらいなら治せるかも。
兄妹が瞳を滲ませて僕を見つめている。
子供の純粋な願いに応えるのも大人の役割か。微笑んで頷く。
「良いよ。お兄ちゃん、頑張ってみるよ」
「ありがとう、ユージン兄ちゃん! じゃあ、行こう! ね、早く」
「うん、分かった。行こう」
クーンの手に引かれて薬局を出て行き、商店街を抜けていった。




