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星の光に負けない思い出を

 城下町にお昼の時間を告げる鐘の音が響く。

 多くの人で賑わう公園の中にある噴水の前で、僕はエミリアが来るのを待っていた。


 見回せば、家族や恋人達で憩いの時間を過ごしており、明るい声が公園に満ちている。

 その人達の中で、僕は不思議な思いを抱えて立っている。僕はここにデートをしに来たのだ。

 デートと言っても、相手はまだ十二歳の子供だ。まだ子供なのだ。変に気負う必要はない。


 なのに、妙に緊張している。

 思い返せば、女性と出掛けることなどヴィヴレットの往診以外にまったくなかった。

 そう思えば、緊張するのもう頷ける。意識すればするほど、緊張が激しくなってきた。


「ユージーンさん!」

「おわっ!?」


 不意の声に驚きの声を上げた。

 振り返ると、不満そうに頬を膨らませているエミリアがいた。


 頭にカチューシャをしており、普段は三つ編みにしていた髪を真っ直ぐに下ろしている。

 フリルが多いピンク色の服が、とても似合っていた。


「そんなに驚かなくても良いじゃないですか? 少し傷つきましたよ?」

「ご、ごめん。ちょっと考え事をしていたからさ。髪、下ろしたんだ。似合っているよ」


 思ったことを素直に言った。

 普段の三つ編みも子供らしくて似合っていたが、ストレートも少し大人びて可愛らしい。

 エミリアは少し顔を背けて、もじもじしだした。


「お、お世辞を言っても、何もでませんよ」

「お世辞じゃないよ。本当に可愛いと思う」

「褒め殺し方がイケメン風!」

「イケメン風!?」


 なかなか失礼な言葉だ。いや、イケメンじゃないから的を射ているか。

 自分で自分を落として、気分が下降してしまった。気持ちを切り替えよう。


「とりあえず、どこかに行こうか。お昼だし、ランチにしようよ」

「はい! ユージンさん、おすすめのお店とかありますか?」


 エミリアの問いに、低く笑って返す。


「パスタが美味しいお店を知っているんだ。どう? 行かない?」

「パスタ大好きです! あ、でも、私、あまりお小遣いなくて」

「大丈夫。僕に任せて。せっかくのデートなんだから、変な気は使わないでいいよ」

「大人の余裕が素敵! 押し倒して!」


 興奮しているようで、エミリアの鼻息が荒い。

 とんでも発言のせいで、周囲からの視線が刺々しい。僕の肌にチクチク刺さる。

 このロリコンが、と言わんばかりの目の色だ。


 ここに居続けるメンタルは持ち合わせていない。

 早くランチに行こう。


「と、とりあえず、エミリアちゃん、行こうか」

「あ、はい。……あの」

「ん? どうかした?」


 目を伏せたエミリアが、頬を赤らめてそわそわとしている。


「その、手を……。手を繋いで……もらえませんか?」

「手?」


 エミリアが僕に手を伸ばした。

 その手を見ると、微かに震えているのが見えた。

 恥ずかしいのだろうか。いや、恥ずかしいだろう。言われた僕も緊張しているのだから。

 

 手に変な汗をかいてきた。服で汗を拭うと、小さな手を取った。


「もちろん。さ、行こうか」

「は、はい! 行きましょう!」


 小さな手は柔らかく、温かった。エミリア自身のことをよく表している手だと思った。

 そう思うと、どこか愛おしさが湧いてくる。少しだけ、手をぎゅっとした。

 それに応えるように、エミリアも微かに力を入れた。


 心が繋がる。安っぽい言葉だけど、そう思えた。

 二人で顔を見合って笑うと、エミリアの小さな歩幅に合わせて、僕達は公園を後にした。


      ・       ・       ・


 ランチを終え、街を散策し、大道芸を見て二人の時間を過ごした。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、もうすぐ夕方になる。

 どこかに行くのなら、あと一か所ぐらいだろう。エミリアに要望がないか聞こう。


「エミリアちゃん、どこか行きたい場所ある?」

「あります! 行きたい所!」

「どこに行きたいの?」

「プラネタリウム! プラネタリウムに行きたいです!」

「へぇ、そんなのあるんだ。よし、じゃあ、行こう」


 場所を知らない僕の手をエミリアが引いて行く。

 場所は街中の一角にあり、ドーム型の建物であった。プラネタリウムの中に入ると、柔らかな芝生が引かれていた。

 そこに座るようだ。人によっては寝転んでおり、そのまま星を眺めるのだろう。

 スペースの空いた場所に二人で腰を下ろす。


 その時、部屋が暗転した。

 部屋の中央にある球体から光が発せられると、天井に満点の星空が広がった。

 美しい星々を眺めていると、僕の手を温かなものが包んだ。


 エミリアの手だ。

 顔に目を向けると、星空に負けないぐらいに目を輝かせているのが見えた。

 僕も目を星空に戻した。星座について、解説がなされていく。


「あ……。あの星座」


 エミリアが呟いた時、解説が始まった。

 その星座は白鳥のつがいというものだった。

 内容は、雌の白鳥が死んで星になった。その白鳥を追って、雄は天高く上り、星となって再会したというものだ。


 ロマンチックな解説が終わると、次の星座の解説が始まった。

 皆が解説にしたがって目を移す中、エミリアの目だけは一つの星座を追い続けていた。


      ・      ・      ・


 プラネタリウムを見終えた僕達は、夕暮れに染まった街中を歩いていた。


「今日は楽しかったね。エミリアちゃん、楽しかった?」

「すっごく楽しかったです。本当に今日はありがとうございました」

「ううん。僕がお礼を言う方だよ。エミリアちゃん、ありがとう」


 二人で他愛のない会話を続ける。

 気が付けば、エミリアが住む住宅街の近くの公園に着いていた。

 陽も暮れて、空には月が昇っている。夜空を眺めていると、エミリアがおもむろに声を掛けてきた。


「ユージンさん、ちょっと良いですか?」


 エミリアを見ると、手招きをしている。


「何? どうかしたの?」

「良いから、良いから。耳を貸してください」


 よく分からないが、少し屈んでエミリアに耳を近づける。

 その時、頬に手が当てられた。と同時に、エミリアが僕の視界に入った。


「ん!?」


 唇に柔らかなものが重なった。

 目の前には目を閉じたエミリアの顔がある。

 もしかして、いや、もしかしなくても。


 僕はエミリアとキスをしているんだ。

 時が止まったかのように、僕達は動くことなく温もりを交わした。

 吸いついていた唇が離れると、時が刻みだしたように、胸の鼓動が激しく鳴りだした。


「エ、エミリアちゃん!?」


 狼狽する僕を見て、エミリアが小さく笑った。


「キス、しちゃいましたね。……ユージンさん、大好きです。だから……、だから、お別れを言います」

「え!? ど、どうして!?」

「巡導師は世界各地を旅してまわります。そうなったら、ユージンさんともう会うことはないでしょう。……私、ユージンさんと離れたくなかったんです。だから、ドリちゃんに覚悟が足りないって言われたんです」


 潤んだ瞳で語るエミリアを見て、胸がドキリとした。


 巡導師の役目はヴィヴレットに聞いていたから、多少は理解している。

 困った人達を助ける巡導師は、人々の声に応じて各地を転々とするのだ。

 その過酷な旅を続ける巡導師になるためには、自分の想いを殺さなければならない。


 それができるかどうか。ドリちゃんはエミリアを試していたのだ。

 そして、エミリアは決断した。恋をした僕と別れて、苦難が待つ巡導師の道へと。

 そんな子に僕は何ができるだろうか。思いついたことは一つだった。


「エミリアちゃん」


 屈んで、そっとエミリアの背中に手を回す。

 自分に引き寄せると、エミリアをしっかりと抱きしめた。


「ユージンさん……。嬉しいです」

「エミリアちゃんなら大丈夫。僕はずっと応援しているから。だから、大丈夫だよ」

「ありがとうございます。ユージンさんがそう言ってくれるなら、大丈夫な気がしてきました」


 二人で笑うと、抱きしめ合った体を離した。

 名残惜しい。素直にそう思える時間だった。エミリアもそうなのか、少し寂しげな笑みを浮かべている。

 僕はエミリアと離れたくない思いが湧いて来ていた。でも、望んだ世界に進むエミリアの姿も見たい。覚悟を決めた少女の姿を。


 ふと、エミリアが空を見上げたので、僕も見上げる。

 微かに光る星々の中に、今日見たつがいの白鳥の星座が見えた。


「私、この星座が大好きだったんです。それが、もっと好きになりました。……この星を見る度に私はユージンさんのことを思い出します。だから……、ユージンさんもたまには思い出してください。私のことを」


 エミリアはそう言うと、微笑んで一歩後ろに下がった。

 それは僕達の時間が終わったことを意味していることぐらいは分かった。

 二人の間を分かつ見えない線が引かれたのだ。


 それでも、今ならまだ声は届く。届くから。


「思い出すよ、絶対に。今日のこと、図書館で過ごした日々。忘れられない時間ばっかりだったんだから」

「私もです。……さようなら、ユージンさん。私の夢を支えてくれて、ありがとうございました」

「エミリアちゃん、さようならじゃないよ」


 僕の言葉にエミリアはきょとんとした。

 そう、さようならなんて寂しい言葉は、僕達に相応しくない。僕達はこの言葉で別れるべきなんだ。


「行ってらっしゃい。気を付けてね」


 自然と浮かぶ笑みで、エミリアに優しく言った。

 別れる言葉じゃない、見送る言葉だ。エミリアの幸せを願っての言葉。それを口にしたかった。


「ユージンさん……。はい! 行ってきます!」


 引き締めた顔で頷いたエミリアは、僕に背中を見せると家へと向かって歩き出した。

 小さな背中が、大きな背中に見えるのは何故だろうか。

 それはきっと、エミリアが覚悟を決めて、夢に向かって歩き出したからに違いない。


 僕の背中はどう見えるのだろう。

 エミリア程の覚悟を持っていない僕には、彼女の姿が星よりも輝いて見えた。


「良い旅を」


 そっと呟いて、僕も家路へと着いた。


      ・      ・      ・


 教授室でヴィヴレットが淹れてくれたお茶を飲みながら、エミリアとの話をした。


 巡導師になるためのエミリアの覚悟を見て、誰かにそれを伝えたくなったのだ。

 多分、口に出して、自分の中でも整理したいのだろう。静かに聞いてくれたヴィヴレットが口を開いた。


「その娘、幸せじゃろうな。好きな男との思い出は力に変わる。険しい道が続けば続くほど、思い出は輝き、力をくれるのじゃ」

「そうなんですね。そうだと良いな……」

「そうに違いない。お主を見れば分かる」

「僕ですか?」


 何で僕を見たら分かるのだろうか。


「お主の中で、その思い出は輝いておるのだろう? ならば、娘も同じじゃろう。お主達は共に力を与え合ったのじゃ。お主の顔、良い男の顔に変わっておるぞ」

「ヴィヴレットさん……。僕、エミリアちゃんのようにはなれないかもしれませんが、頑張ってみます。あの背中を見たら、頑張らないといけないと思うんです」

「うむ。良い事じゃ。人の成長は何度見ても良いものじゃのぉ。わしを楽しませてくれよ」

「はい。その時は……笑ってください」


 おどけるように言った。

 ヴィヴレットへの想いに嘘はない。恋の炎は尽きていないのだ。

 だが、今、言う事ではない。


 今はエミリアとの思い出に浸ろう。

 今日は星が出るだろうか。もし出たら、あの星座を探そう。

 仲睦まじく寄り添う、つがいの白鳥を。


 そして思い出そう。二人の時間を。

 僕達が繋いだ手は、どの星座の結びつきよりも強く、輝いていた。

 地上にある星のように、僕達は光り輝いていたはずだ。


 離れ離れになっても、この思い出があれば僕達は離れることはない。

 思い出の中にいるエミリアの笑顔に、僕も負けじと微笑んだ。きっとエミリアも今、笑っているだろう。思い出の中の僕と一緒に。

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