本には危険がいっぱい
本を乗せたカートを押して、図書館の中を回って行く。
書棚に本を戻していると、一つの書棚に目が向いた。
書棚の上の段から大きな本を取ろうと、背伸びをしているエミリアがいた。
そっと近づいて、エミリアが取ろうとしている本を手に取る。
「はい、エミリアちゃん」
手にした本を差し出すが、エミリアは手に取ろうとはしなかった。
いや、目が本に向いていない。目を見開いて、僕をガン見している。
「運命!?」
「えっ!? どういうこと?」
「さりげなく高い所の物を取ってくれるなんて、素敵!」
「あ、ありがとう」
何か褒められているので、とりあえずお礼を言った。
エミリアは鼻息を荒くして、僕に熱い視線を注いでいる。
「ユージンさん! 乙女心を鷲掴みですね!」
「そ、そう?」
「そうです、そうです! 前に迫ってきた時も、よく考えたらジェントルマンな誘い方でしたし!」
「記憶を改ざんしないで! と、ここは図書館だから、静かにね」
口に人差し指を当てると、エミリアは満開の笑みでうんうんと頷いている。
僕がしたことを褒めてくれているようだが、勝手に迫ったことにされても困る。
まだ初等部六年生の女の子だ。変なことを言われると、あらぬ疑いを掛けられる可能性が高い。
不名誉な称号が与えられないようにしなければ。
「あ、これ、エミリアちゃんが取ろうとした本だよね? はい、どうぞ」
「ありがとうございます。今回のはどうかなぁ」
エミリアが手にした本を軽くめくり始めた。
中身は辞書のようだ。言葉の説明が細かくされている。
「へぇ~、辞書? すごいね。分厚い本じゃないと載っていないの?」
「はい。神言は複雑で、辞書がないと読めないんです」
「あ、そうか。エミリアちゃんは、魔導書を勉強していたんだよね」
「え!? どうして、知っているんですか!? もしかして、覗きですか!? 愛ゆえの過ちですか!?」
「違う違う。この間、魔法大学校にいた時に見たんだよ。神聖魔法を使うんだって? カッコイイね」
ヴィヴレットの話によると、神聖魔法は魔導書を用いなければ、使用できないとのことだ。
魔導書に魔力を込めながら、書かれている神言を読み上げることで魔法を発動させるというものらしい。
僕が習っている魔法とは、異なる術式に感心させられた。
辞書を探していたという事は、エミリアはその神言を学んでいるのだろう。
エミリアがページをめくる手を止めると、ため息を吐いた。
「これには載っていると良いんだけど」
「え? どういうこと?」
僕の問いに、エミリアは鞄の中から一冊の本を取り出して見せた。
「これが私の魔導書なのですが……。難しい言葉が多すぎて読めないんです」
「えっ? そうなの? そんなに難しいものなんだ」
「はい。こんな感じなのですが」
本を開くと僕に見せてくれたので、文字に目を通していく。
「ふむふむ……。せやかて? ほんまか? どつくぞ?」
なんだ、これ? 関西弁のような言葉がつらつらと書かれている。
「エミリアちゃん、何これ? 下手くそな漫才みたいなことが書かれているんだけど?」
「え? よ、読めるんですか?」
「え? 読めるよ? 普通に」
大して面白くない漫才だけど。
字にすると、漫才って難しいのかも。と思っていると、またエミリアの目が輝きだした。
「す、す、すご~い~!」
「エミリアちゃん、静かにして。みんな見てるから」
「ユージンさん、すごい! 素敵! 抱きしめて!」
「誤解を生むような発言止めてよ!」
思わず、大声を出してしまった。
周りを見ると、全員が怪訝な顔をしている。このままでは不味い。
ロリコンの烙印を押されるのも時間の問題だ。
また、口に人差し指を当てて、エミリアに注意をする。
「エミリアちゃん、とりあえず静かにしてね。う~ん、あんまり難しいとは思えないけど。この魔導書に書かれている文字を調べているんだよね?」
「はい。学校にある図書館の本には載っていなくて」
「そっか。なら、学習室にいなよ。僕、今日は早上がりだから、少し勉強に付き合うよ」
「ロマンス、キタコレ!」
「きたこれ!?」
周りからの視線が更に刺々しくなった。
弁解したくなるが、下手にしても更に悪化しそうなので、エミリアに静かにするように言って、そそくさと仕事に戻った。
・ ・ ・
「この言葉って、どういう意味ですか?」
「ぺっぴんさん、だね。綺麗な人、って意味だよ」
「なるほどぉ。じゃあ、この……かめへん?」
「かめへん、か。構わないよ、って意味だね。気にしないでって感じ」
「へぇ~、何か面白い」
面白いか?
しかし、神言まで読めるようになっていたとは、ある意味チートかもしれない。
授かった力をありがたく使わせてもらい、エミリアの魔導書に書かれている文字を翻訳していく。
エミリアが魔導書のページをめくると、何も書かれていないページに文字が浮かび上がってきた。
「これ、面白いよね。勝手に文字が浮かび上がってくるんだもん」
「魔導書は生きていますから。こうやって、言葉の意味を理解して、対話をしていくことで、本当の魔導書使いになれるんです」
エミリアから聞いた話によると、魔導書を持っているだけでは神聖魔法は使えないという。
本が語り掛ける言葉を理解して、意志の疎通を図る。魔導書と信頼関係を築くことで、神言に魔力を乗せることができるとのことだ。
本はエミリアが言葉の意味を理解すると、次の言葉を表示する。
それを何度も繰り返して、本と対話をしていくのだ。
「本が意思を持つなんて、本当にすごいよね」
「はい。魔導書は使い手を自分で決めるんです。だから、私はこの子に相応しい人にならないといけないんです」
「相応しいか。じゃあ、もっと本とお喋りしないとね。そうしたら、もっと仲良くなれるんじゃないかなぁ」
「そうですね。ユージンさん、勉強に付き合ってくれて、本当にありがとうございます」
深々とお辞儀をされたので、慌てて頭を上げさせる。
頑張っている姿を見て手伝ってあげたいと思っただけだ。そこまで、お礼を言われる程のことではない。
「神聖魔法、使えると良いね。そうしたら、幽霊とか成仏させられるんでしょ?」
「不浄なものを浄化する力に特化していますからね。呪いとかも解くこともできますよ」
「綺麗にする力って感じだね。カッコいいなぁ。これは、頑張らないとね。さて、次の言葉は何かなぁ」
「えぇっとぉ……みつ……つ?」
「せい!」
勢いよく本を閉じた。
危うく、卑猥な言葉を女児に読ませるところであった。
そっと、本をめくる。そこには、音読してはならない単語がしっかりと書かれていた。
「ユージンさん? どうかしましたか?」
「ううん、何でもないよ。あ、このページ、裂いても良いかな?」
「えっ!? それはダメですよ。本が可哀そうです」
「大丈夫、大丈夫。痛みを与えるぐらいが丁度いいから」
エミリアの静止を無視して、閲覧禁止のページを破ろうとした時、書かれていた文字に変化が起きた。
「あ、文字が!?」
変化した文字にエミリアが食いついた。
文字が途中で変わるなんて。多分、自己防衛だろう。僕の本気が伝わったに違いない。
これでまともな言葉が出るはずだ。
「えぇ~っと……だん……こ?」
「せぇあ!」
「ユージンさん!?」
もうダメだ、この本。汚れている。不浄な本だ。
「よし、燃やそう」
「えぇ!?」
「汚物は消毒っていうだろう? 燃やしたら、少しは綺麗になるよ」
「燃やしたら、灰になっちゃいますよ!?」
「はは、それぐらいが丁度いいかもね」
本に死刑宣告を告げていると、文字が変わった。
逃げやがった、この本。
「あ、文字が! えっと、もう、かんにん?」
「許してくれって意味だよ。本が悪乗りしたみたいだね」
「そうなんですね。あ、次の言葉が出ました。まぐ……わ?」
「よいしょお!」
子供に新たなわいせつ行為をする悪しき本を、力いっぱい叩きつけた。




