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 空は青く、薄い雲が流れている。

 穏やかな日差しが心地よい。心地よいはずなのに。心は冷たく震えている。


 ヴィヴレットに拒絶された僕は、魔法大学校の中庭のベンチに腰かけていた。

 思い出したくない光景が、脳裏からも、まぶたの裏からも離れてくれない。


 取り付く島がなかった。

 何を言おうとも、意志は変わらない。そう言わんばかりの硬い表情だった。

 その顔を見せられた僕は、ただ絶望した。


 涙を流し、嗚咽が口から洩れた。そして、異常に恥ずかしくなった。

 僕は何て甘い考えをしていたのだろう。あんなに魅力的な人が僕のことを男として見てくれるわけがないのに。

 分不相応。まさしく、その通りだ。


 どうしようもない男に成り下がった時、アーヤがヴィヴレットにしがみついて抱っこをせがんだのを幸いに、僕はその場から逃げ出した。

 こんな所で僕は何をしているのだろう。空を見たり、地面を見たり。いや、どれも見ていない。強いて言えば、虚空を見つめている。


 今までの関係は何だったのか。家族ごっこのようなものだったのか。

 ヴィヴレットは僕とアーヤを家族だと思っていると言ってくれた。

 でも、僕を受け入れはしてくれなかった。じゃあ、僕は何だ? 僕はヴィヴレットにとって、何だったんだ?


 手間のかかる息子だとでも思われていたのかもしれない。

 確かにヴィヴレットに比べれば、不出来な男だ。できない事ばかりの男だ、僕は。

 そんな僕だったから、面倒見の良いヴィヴレットは優しくしてくれたのかもしれない。


 すべては僕の思い違い。身の丈に合わないことをした、しっぺ返し。

 こんな思いをするくらいなら、初めから好きにならなければ良かった。どうして、僕はこんなに好きになってしまったんだろう。

 理由を探しても、見つからなかった。


 好きになるのに理由はいらない。本当にそうだ。

 勝手に好きになってしまうのだ。どうしようもなく、好きになってしまう。好きになって、思い違いをし、傷ついた。

 結局は僕のせいだ。僕の勝手が招いた結果なのだ。


 ヴィヴレットが悪い訳ではない。僕が悪かった。すべては僕が。


「横、よろしいかしら?」


 声に反応して、顔を上げる。

 そこには、僕を校門で助けてくれた副校長の姿があった。

 顔を伏せて、静かに頷く。


「失礼しますね。どう? お話はできた?」


 副校長の問いに、力なく頷く。


「えぇ、できました……。できましたけど」


 それ以上、口にできなかった。

 まだ、現状を受け入れられないのか? 僕はどうしようもない男だ。


「あなたとヴィヴレット教授の間には、とても良い縁が見えたわ。でも、それがあなたの求めた縁とは違ったということなのね」

「縁……ですか? そんなの……。縁があるなら、何でこんなことに」

「縁も愛の形と同じように様々なの。良縁でも、それが恋とは限らない。家族愛もそうだし、友への愛もそうよ? でも、綺麗なものには違いないわ」

「綺麗……? 綺麗だから、何だって言うんですか? 僕は拒絶されたんですよ!? 縁なんて、そんなのないですよ! いりませんよ!」


 憤りをそのままぶちまけた。

 この人にぶつけても仕方がないことは分かっている。

 だけど、言わなければ気が済まなかった。


「縁を捨ててはダメよ」

「捨てたのはヴィヴレットさんですよ!? 僕じゃない!」

「違うわ。縁をあなたが切ってしまえば、二度と繋がらなくなる。あなたが彼女を捨ててはダメなの」

「じゃあ、僕にどうしろって言うんですか!? 捨てた人に対して、僕はどんな顔をして会えば良いんですか!? 何を言えって言うんですか!?」

「あなたの想いを、想いのまま伝えれば良いわ。あなたの想いに嘘はないはずよ?」


 嘘はないだって? 嘘なんかない。好きだ。大好きなんだ。好きだから、ここまで来た。


「大好きですよ! だけど、僕とは! 一緒に……」

「なれないかもしれないし、なれるかもしれない。想いは時と共に変わって行くわ。あなたの想いも、彼女の想いもね」

「僕の想いが変わるって言いたいんですか?」

「そうよ。新しい形に変わるの。あなたが導き出した形にね。それがどうなるかは、分からないわ。でも、縁を切ってしまえば、想いは消えてしまう。だから、捨ててはダメなのよ」

「想いがあれば、僕達は切れない。そう言いたいんですか?」


 副校長は微笑んで頷いた。

 僕はヴィヴレットが好きだ。その想いは拒絶されても変わらない。むしろ、拒絶されたからこそ、余計に強調されている。

 この想いが変わってしまうというのか。僕自身によって、変えてしまうと。


 そして、その想いがある限り、僕とヴィヴレットは離れることはない。

 どんな形であれ、傍にいることができる。僕が想いをそのままに伝えれば。


 僕はヴィヴレットと共に生きたい。一緒に愛を育みたい。それは叶わぬ夢なのかもしれない。

 でも、僕が縁を捨てなければ、もしかしたら叶うかもしれないし、新しい夢が生まれるかもしれない。


 僕とヴィヴレットを繋ぐ縁があると、副校長は言った。

 本当かどうかは分からないが、僕が捨ててしまえば、今から先はない。

 まだ、自分の想いを告げていないのだ。告げた先の形がどうなるのか。それを確かめずに逃げてしまった。

 

 また絶望するかもしれない。正直、言うと怖い。

 だが、僕の想いは伝わる。本当の想いを。それなら、僕は。


「僕、もう一度、会ってきます。あの、失礼なことを言って、ごめんなさい。ありがとうございました」

「いえいえ。あなたには面白い縁が色々と絡まっているわ。人との出会いを大切にしてね」

「はい、ありがとうございます。では、行ってきます」


 副校長に一礼して、ヴィヴレットのいる二番棟に向かった。

 僕が言い残した言葉を伝えるために。


     ・     ・     ・


 ヴィヴレットの部屋のドアをノックする。


「誰じゃ?」

「ユージンです。失礼します」


 ドアを開けると、ヴィヴレットと、その胸で寝息を立てているアーヤがいた。


「あの、僕」

「アーヤも重くなったものじゃのぉ。持ち上げるのに苦労するわ」

「はい。本当に大きくなりました。ヴィヴレットさんのお陰です」

「そう思うてくれておると嬉しいのぉ。最後に良い土産ができたわ」

「いえ、最後じゃありません。もっと続きがあります」


 ヴィヴレットが目を鋭くして、僕を見つめた。

 また僕を拒絶しようとしている。でも、それでいい。まだ、僕は想いを告げていないのだから。


「もうよい。聞きとうないわ」

「いえ、言います。言わせてください」


 深く息を吐いて、腹に力を入れる。

 情けなく歪みそうな顔を引き締めて、僕の想いに染まった目を見せる。


「ヴィヴレットさん、僕はあなたのことが大好きです。一緒にいたいです。ずっと、ずっと。笑いあっていたいです。最後を迎える、その時まで」

「……じゃからなんじゃ? わしはお主の気持ちには報いれぬ。この想いに変わりはないぞ?」

「それでも良いです。僕はあなたのことを想っている。それが分かってもらえたのなら」

「そうか。気持ちだけは受け取っておく。明日、森に帰ると良い。宿の手配はしておこう」

「帰るつもりはありません」

「なに?」


 深呼吸をして、ヴィヴレットを見つめる。

 僕の気持ちはまだ終わっていない。まだ続きがある。


「僕とヴィヴレットさんとアーヤは家族です。家族なんです。家族としての時間も過ごしたい。これも僕の想いです」

「家族ごっこじゃ。本当の家族ではない」

「本当の家族って何ですか? 夫婦になることですか? 一緒にいた時間ですか? 違います。そう思えた時に家族になるんです。ヴィヴレットさんが、家族ごっこと思った時、僕達は家族になったんです」

「そ、それは」

「ヴィヴレットさんとは、家族としての繋がりがあります。だから、僕とアーヤは離れません。だって、家族なんですから」


 言えた。僕の想いを全て伝えることができたのだ。

 ヴィヴレットへの想いに嘘はない。恋もしているし、家族としても大好きだ。

 だから、一緒にいたいと思う。家族だから、一緒にいないとダメなんだ。


「家族……か。参ったのう。そう言われると、断りづらくてかなわんわ」

「ヴィヴレットさん……」

「勘違いするでないぞ? わしらは家族。ただ、それだけの関係じゃ。それ以上はない」

「それでも構いません。ヴィヴレットさんと一緒にいられるなら」

「お主は本当にしつこい奴じゃのぉ。付き合いきれんわ」

「まだ、魔法も教えてもらいますよ? お師匠様?」


 僕の意地悪な問いに、ヴィヴレットが一歩引いた。


「ぐっ。そこまで言うか……。もう、勝手にしてくれ」

「はい。勝手にします。これからもよろしくお願いします」


 笑顔で言うと、ヴィヴレットは顔をしかめて、そっぽを向いた。

 それがとても面白くて、笑いがこみ上げてきた。


 僕の想いが実った訳ではない。僕達を繋いだ家族としての絆が残ってくれたことが嬉しかった。

 この先、どんな結果になるかは分からない。ただ、間違いないのは、僕はヴィヴレットが好きだという事だ。

 想いが形を変えるにしても、好きな想いは変わらないと思う。


 では、どのような形になるのか。

 多分、今よりも良いものに変わるに違いない。

 だって、ヴィヴレットが少し笑っているから。

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