実技、初歩魔法
この世界に来て、二年が経過しようとしていた。
ヴィヴレットに頼んで魔法を学び始めて、半年。今日は、今までの成果を発表する場だ。
そよ風で、森がささやく。優しい日差しによって、森の緑が更に鮮やかに見える。
大樹の下、僕はヴィヴレットが作ってくれた四体の案山子と向き合っていた。
「良し、今まで学んだことを存分に発揮するのじゃ! 先ずは炎の魔法からじゃ!」
腕組みをしたヴィヴレットが、僕に指示を出した。
僕は手にした木の杖を握り締める。
この杖はヴィヴレットのお下がりだ。
塩基配列のように捻じり合った杖で、そこそこの値打ち物らしい。
僕みたいなド素人には勿体ない物だ。だが、それに相応しい者にならなければならない。
ヴィヴレットの横に並ぶというのは、そう言う事だ。
目を閉じて深呼吸をし、緊張を緩める。
魔法は呪文を唱えれば発動する訳ではない。
頭の中で発したい魔法をイメージし、魔力を手に乗せて呪文と共にイメージを放つ。
このイメージが正しくできていないと、魔力、呪文が申し分なくても、魔法は発動しない。
魔法はまず、このイメージだ。イメージ、燃え盛る炎の矢を放つ。
目を見開き、イメージを呪文と共に解き放つ。
「レッド・アロー!」
杖の先端が赤く染まる。
一体の案山子に向けて、杖を突き出す。
一筋の赤い光が、杖から放たれた。
光は案山子の胸に突き立つと、火を上げた。
マッチ程度の火を。
「しょっっっっぼいのぉ」
ヴィヴレットが盛大に呆れてくれた。
かくいう僕も、がっかりしている。
「学んでいる時から分かってはおったが、炎系はてんでダメじゃな」
「うっ……。つ、次は頑張ります」
「ならば、見せてもらおう。氷の魔法を使え」
「はい!」
落ち着け。冷たく、硬い氷をイメージするのだ。
吐く息すら冷たくなるような。
「アイス・ロック!」
杖の先が白い煙を上げる。
煙の中心から氷が飛び出した。ピンポン玉程度の塊が。
「ぶふっ!」
ヴィヴレットが噴き出した。
それに対して、怒る気にもなれない。僕は曖昧な笑みを浮かべる。
「わ、笑わせてくれるわい。あ、ある意味、衝撃的な魔法じゃ」
必死に笑いを堪えている。
笑いたくなるのも分かるが、笑っていい場面じゃないと思う。
「ヴィヴレットさん。僕は魔法を学んで、まだ半年ですよ? これぐらいが普通じゃないんですか?」
「甘ったれた事を言うな。センスがあれば、この案山子くらい容易に破壊できるわ」
要は、僕にセンスがないという事だ。
「分かりました。次は頑張ります」
「うむ。これ以上、笑わせるなよ。腹筋がつったら大変じゃからのぉ」
ここまで言われると、盛大な笑いを取れる魔法を放ちたくなってくる。
腐ってはダメだ。神経を集中させる。風をイメージするのだ。吹き抜ける風を。
「ハイ・ブラスト!」
杖の先に風が収束し、景色を歪ませた。
突き出した杖に留まっていた風が、一陣の風となって吹き抜けた。
突風は四体の案山子を軋ませると、風はそのまま森の奥に消えて行った。
「む? 風はそこそこできるようじゃな。ギリギリ合格点じゃ」
「本当ですか!? やった!」
魔法に厳しいヴィヴレットから合格の印を押してもらった。
気分が良くなってきたので、次の呪文に嬉々として取り掛かる。
「最後は土の魔法ですよね? 頑張ります!」
「う、うむ。では、見せてみよ」
若干、ヴィヴレットが引いているように見えたが、気にしない。
今は魔法に集中だ。硬い大地を突き破るような力をイメージするのだ。
「アース・ブロウ!」
呪文を唱えて、地面を叩く。
一体の案山子の前の地面が盛り上がった。
地面から飛び出るように、一本の土の腕が伸び、案山子の顔面を殴りつけた。
伸びた手はもやしっ子のように細い。
案山子は首を傾げているだけで、痛撃を与えたようには見えない。
「……コメントに困るわい」
「炎と氷に比べたらマシだと思ってください」
「まぁ、使えるかというと、微妙なところじゃな。さて、一通り、攻撃魔法については見せてもらったが……」
固唾を飲んだ。何と言われるのだろう。
「攻撃はあまり向いてないようじゃのぉ」
「……ですよねぇ」
「まぁ、風は磨くに値するし、土もないよりはマシじゃ。鍛えるならば、この二つじゃな」
「分かりました。あとは回復魔法ですよね? 使ってみても良いですか?」
「うむ。では、わしの体を癒してみよ」
ヴィヴレットが腰に手を当てて胸を張った。
元気な人を癒すことができるのだろうか?
細かいことは考えないようにしよう。
木漏れ日のような光をイメージする。
心を癒すような温かな光が、傷ついた人を包む。そんなイメージを。
「メディク!」
杖の先から緑色の光が発せられる。
光がヴィヴレットの体を包むと、炭酸のような泡が湧き上がった。
「お? おぉ?」
緑色の光が宙に散り散りに消えて行った。
癒されたと思われるヴィヴレットを見ると、頬を緩めていた。
「うむ、なかなか気持ち良かったぞ。回復は良い線いっておるわ」
「やった!」
天に拳を突き上げて、喜びの声を上げた。
攻撃魔法よりも、僕は回復に向いていたのだ。
裏方に徹することが多かった人生で、またもや裏方に近い適正だが、認められると嬉しい。
「さて、今日はもう良かろう。休むとしようか」
「え? まだ行けます。もうちょっと、魔法を使いたいです」
「む? 疲れてはおらぬのか? 何か体に不調はないのか?」
「えっと……。特には」
言われて思い出した。
魔力の使い過ぎは、体に不調をきたすということを。
ヴィヴレットは魔力を使い過ぎると、腰痛を訴えていた。
そのことを考えれば、僕にも何がしかの不調が現れても良いのかもしれない。
ただ、使った魔法は五つだ。たった、それだけで疲れるのか?
ヴィヴレットは僕の顔をまじまじと見つめてきた。少し照れくさい。
「ふむ……。ちょいと手を貸せ」
「え? はい」
差し出した手をヴィヴレットは掴んだ。
目を閉じて、真剣な表情をしている。何をしているのだろう。緊張してきた。
「ほぉ。お主は魔力の貯蔵量だけは人の倍以上あるようじゃな」
「えっと、それは喜んでいい事ですよね?」
「うむ。魔法使いは魔力がなければ無力じゃ。それが多いに越したことはない。人よりも多く魔法が使える。魔法使いとして、その点では優れておる」
「そうなんですね。そうなんだ……」
空いている手を強く握りしめた。
僕は魔法使いとして優れているところがある。
それはすなわち、魔法使いとしてやっていけることを意味している。
このまま勉強を続けて行けば、一人前の魔法使いになれるのだ。
そう思うと、更に意欲が湧いてきた。
「僕、もっと頑張ります!」
「その心意気や良し。じゃが、焦りは禁物じゃぞ? 一足飛びも良いが、一歩一歩着実に進むことが大事じゃ」
「分かっています。日々、精進します」
「うむ。それで良い。さて、昼食にしようぞ」
ヴィヴレットの言葉に頷き歩き出した時、一羽の鳥が舞い降りてきた。
鷹のような大きさで、凛々しい顔立ちをしている。
「む? どいつからの文じゃ?」
ヴィヴレットは鳥に近づくと、その足に着けられている筒に手を伸ばした。
筒を開けて、中から丸めた紙を取り出し広げた。
「ふむ」
「ヴィヴレットさん? どうかしたんですか?」
「面倒な話が来たものじゃわ」
「面倒?」
「魔法大学校の教授になって欲しいとの誘いじゃ」




