ドッキリとドキドキ
ドッキリ誕生日会の計画を進めて、三週間が過ぎた。
その間、ヴィヴレットに付いて行った村の人達に、ドッキリ誕生日会の計画を話して協力できないか相談していた。
皆、ヴィヴレットのためならばと、二つ返事でOKしてくれたので、誕生日会の規模がドンドン大きくなっている。
あとは計画を実行に移すだけだ。
移すだけなのに。
「腰が痛い!?」
思わず椅子から立ち上がった。
朝食の時間にヴィヴレットからビックリ発言が飛び出したのだ。
「でかい声を出すな。ちょっと痛めているだけじゃ。じゃが、今日の往診は中止にしようと思う」
中止だって? 今から中止を伝えるのは無理だ。すでに多くの村からウーベルト村に向かっている人達がいるのだ。
なんとしても今日はウーベルト村に行かねばならない。
「あ、あの、今日はアーヤの誕生日会をウーベルト村で」
「うむ。じゃから、薬だけでも持って行ってくれんか? 残念じゃが、わしは欠席ということで頼む」
「そ、そんな……。ま、魔法! 自分に魔法を掛けたら?」
そうだ。魔法がある。魔法を使えば傷は治る。
腰の痛み程度、治るに違いない。
僕の問いに、ヴィヴレットが首を横に振った。
「わしの不調は魔力の使い過ぎじゃからじゃ。昨日は霊薬を作りだめしたからのぉ。ペース配分を間違ってしもうたわ」
「ま、魔力の使い過ぎで、腰が痛くなるんですか?」
「人それぞれじゃが、体の疲労や頭痛に眼精疲労、関節痛と不調の類は様々じゃ。それがわしは腰痛という形ででてくるのじゃ」
魔力を使い過ぎたら腰に来るなんて、初めて聞いた。
戦いの最中に発生したら、大ピンチ間違いないリスクに衝撃を受けた。
「あれ? だったら、魔力が回復するのを待てば良いんじゃないんですか?」
「そうじゃな。今日、一日寝れば元通りじゃろう」
一日じゃダメだ。せめて、夕方までに着かないとダメだ。
何とかして、ヴィヴレットを連れて行かなければ、皆の思いが台無しになってしまう。
「あの、それなら、僕がヴィヴレットさんを背負って行きますから」
「何を言うとるのじゃ? そんなことは無理じゃろう」
「む、無理じゃないです! ヴィヴレットさんは小柄だから背負えます!」
「そんなにわしと密着したいのか? むっつりスケベも、ここまで堂々としておると気持ちが良いのぉ」
「むっつりじゃありません! とにかく、今日はヴィヴレットさんにも出席して欲しいんです。僕が準備しますから、ギリギリまで休んでいてください」
食事を切り上げて、いそいそと出発の準備を始める。
持って行く薬はどこにあるか分かる。ヴィヴレットの部屋の掃除は僕がしているのだ。
今から出発したら、誕生日会に間に合うだろう。何があっても、ウーベルト村にいかなければ。
・ ・ ・
「ぐぅ……ふぅ……はぁ……」
額から溢れた汗が頬を伝う。
森の中を僕はヴィヴレットを背負い、前にはアーヤを抱っこ紐で縛って歩いている。
いくらヴィヴレットが軽いからといっても、人一人分の重さはあるのだ。
その上、アーヤを抱えていることもあって、足取りは更に重くなっていた。
「おい、ユージン。無理をするな。お主の気持ちは嬉しいが、やはり無理じゃ」
「い、いえ、大丈……夫です。それにもう、引き返せ……ないですから」
「そうじゃとしてもじゃ。そんなに無理をする必要はなかろう? 今回は諦めるのも」
「いやです!」
諦めてたまるか。僕だけじゃない。皆が楽しみにしているんだ。
この程度で諦めてどうする。今まで掛けてもらった恩に報いる時なのだから。
歯を食いしばって、一歩一歩大地を踏みしめる。
「え~い! 人の言う事を聞かぬ奴じゃ。とにかく、わしを下ろせ。逃げぬから、下ろすのじゃ」
ヴィヴレットが肩を叩いて言ってきた。
言う通りにして、ヴィヴレットをゆっくりと下ろした。
「そんなにわしを連れて行きたいのなら、これを使え」
言うと、杖で地面を叩いた。
ヴィヴレットの魔法が発動する。地面から木が生えてくると、木は体をねじって一つの椅子を作った。
見れば車椅子であった。
「これなら、多少は楽に行けるであろう?」
「ヴィヴレットさん、ありがとうございます。また魔力を使わせてしまって、すみません」
「気にするでない。ユージンの気持ち、本当にありがたいぞ。さ、しっかり押していくのじゃぞ」
「ありがとうございます! 行きましょう!」
車椅子を押す手に力を込めて、森の中を進む。
誕生日会をしたら、どんな顔をしてくれるだろう。楽しみが僕に力をくれたのか、いつも以上に体が軽く感じた。
・ ・ ・
村に到着して、村長の家にヴィヴレットを連れて行った。
僕はノルドの家に行ってアーヤを預けた時、ノルド達が駆け寄ってきた。
「ユージン、すまん。まだ準備が終わってない」
「えっ!? ど、どうしましょう?」
「とにかく、時間を稼ぐんだ。その間に準備を済ませる。頼んだぞ」
言うが早く、ノルド達は去って行った。
残された僕は言われた通りに動く事しか、選択の余地はなかった。
重責を背負って村長の家に戻ると、ヴィヴレットが村長と話し込んでいた。
ナイスだ、村長。
と言いたくなった。これなら、僕は見守るだけで良い。
肩から荷が下りた気がした。
「それでは、魔女様。わしはちょっと席を外します。ごゆっくりとしてください」
村長はヴィヴレットに一礼すると僕の方に近づいてきた。
もしかして。
「誕生日会、楽しみにしておりますからなぁ」
伝わってないぃ。準備の途中なのに。
僕の思いは伝わることなく、無情にも村長は外に出て行った。
手筈通りならば、ここで僕がヴィヴレットを外に出るように促すのだが、今出られては不味い。
何とかここで足止めをしなければ。
「ユージン? どうかしたのか? 険しい顔をしておるが?」
杖をついたヴィヴレットが近くまで来ていた。
「ヴィヴレットさん!? い、いえ、何でもないです」
「そうか? ならばいいのじゃが。さて、わしは誕生日か」
「うわぁーーー!」
とにかく声を上げて、ヴィヴレットの会話を封じた。
「なんじゃ? ビックリするじゃろうが。わしも誕生日会の準備ぐらいは見ておきたいのじゃ」
「い、いえ、ヴィヴレットさんは、ここでゆっくりしていてください」
「ん? ん~?」
ヴィヴレットが僕の顔をまじまじと見つめてきた。
思わず目を逸らしてしまった。
「ん~~~~?」
「な、何ですか?」
「いや、それなら良いのじゃ……が!」
ヴィヴレットが突然、僕の横をすり抜けようとした。
慌てて阻止する。
「むむ? 怪しい。怪しいぞ、ユージン。お主、何を隠しておる?」
「な、何もないです。本当に」
「ほほぉ……。ならば!」
また、僕の脇を抜けようとした。
腰を痛めた人間とは思えぬ速さだ。それでも、僕の方が反射速度は良かったようだ。
動きを阻んだ僕を、ヴィヴレットが恨めしそうな顔で見つめてくる。
「何じゃ!? 何を隠しておる! 気になるじゃろうが!」
「何でもありません! とにかく休んでください!」
「断る! わしは外に出るぞ! どけ、ユージン!」
どけ、どかないの押し合いをしていると、僕の視線の先にある窓から、ノルドが顔を見せた。
顔の前で、手を交差している。
まだ、準備が終わっていないということか。
ヴィヴレットを抑えることができるのも時間の問題だ。
もし、更に勢いよく押されてしまえば、突破されてしまうこと間違いない。
どうする。年甲斐もなく、荒ぶっているヴィヴレットをどう止めるか。
「ユージン、どくのじゃ!」
僕にヴィヴレットが詰め寄る。
一歩引きそうになった。だが、ここで引き下がる訳にはいかない。
僕も一歩前に出る。
「な、なんじゃ、急に?」
ヴィヴレットが動じた。
あれ? これって、意外に行けるのでは?
無言で、更にヴィヴレットに近づく。
僕の歩みに合わせて、ヴィヴレットは押されるように後ろに下がって行く。
遂には、壁際まで追い込むことに成功した。
「ユ、ユージン?」
少し、うろたえた顔をしている。
「こ、怖い顔をするな。分かった、外に出なければ良いのじゃろう? そこを退いてくれ」
その言葉に首を横に振る。
「う、うぅ……」
さっきまでの勢いがどこへやら。
ヴィヴレットは、萎んだように肩を小さくしている。
これなら、外に出ることは。
「隙ありじゃ!」
「あっ!」
立ちふさがる僕の横を抜けようとした。
思わず壁に右手を着いて、ヴィヴレットの行く手を封じた。
「むむむ~、厄介な奴じゃ」
ふてくされた表情のヴィヴレットが、急に目を見開いた。
と思っていると、目を逸らして頬を赤らめた。
「か、壁ドン……とは、意外に……できる男じゃ……な」
壁ドン!?




