感謝の思いを伝えよう
夜が訪れる前に、家のランプに火を灯していく。
陽の光とはまた違った柔らかい明かりが部屋の中を照らした。
「あ~。う~、う~」
アーヤがランプの揺らめく炎を見て、ご機嫌な声を上げた。
この炎を動きが好きなのか、火を点ける度に楽しそうにしている。
本当に子供は色々なことに興味を持つものだ。
アーヤとこの世界に来て、もう九ヶ月が経とうとしていた。
生まれた時から首が座っていたので、勝手に一歳ということにしており、すこぶる元気に育って相手をするのも一苦労だ。
だが、その苦労が大事なことだと、僕は理解している。
苦労を重ねることで、子供から大人へ。そして、親へ成長していくのだ。
僕はアーヤと向き合うことで、少しずつ成長している。それが分かると、多少のことでは苦労と思わなくなった。
まだまだ不慣れな事ばかりだけど、色々な人の助けをもらって子育てをしている。
特にヴィヴレットにはお世話になりっぱなしだ。手伝いはしているつもりだが、もっと感謝を伝えたいと思っている。何かいい機会があれば良いのだけど。
「食事ができたぞ~」
思案中の僕にヴィヴレットが声を掛けてきた。
返事をして、キッチンへと向かう。
ヴィヴレットの用意してくれた夕食を取っていると、ヴィヴレットが手を止めた。
「そういえば、アーヤの誕生日は祝わなくて良かったのか? 一歳になったのであろう?」
「え? あ、そうですね。ん~、何かした方が良いでしょうか?」
「うむ。誕生日は大切じゃからのぉ。子供の時なら尚更じゃ。記憶に残らなくても、愛されたことを心は覚えておる。祝ってやるべきじゃと思うぞ?」
「愛されたこと……ですか」
子供用の木の椅子に座るアーヤを見る。
僕の視線に気づいたのか、にんまりと笑った。
「そうですね。何か考えないとですね」
「それが良いじゃろう。さて、何が良いだろうかのう」
「う~ん……。お祝いなら、プレゼントか豪華な食事とかですかねぇ」
「むぅ……。木のおもちゃは、すでに与えておるしな。豪華な食事とはいっても、我が家の食糧事情は質素なものじゃぞ?」
「そうですよね。何が良いかなぁ」
二人で唸って考える。
誕生日の思い出かぁ。そういえば昔、友達とお祝いしたこともあったか。
あの賑やかな雰囲気は良かったと思う。
「他の人を呼ぶのはどうでしょうか?」
僕の言葉に、ヴィヴレットはぽんっと手を叩いた。
「おぉ、ユージン、冴えておるのぉ。じゃが、大勢をもてなすことはできんぞ?」
「じゃあ、ウーベルト村に行く時に食べ物を持っていって、そこで皆でお祝いしませんか?」
「うむ。では、次に行ったときに話をするとしようかのぉ」
「はい、そうしましょう。良かったね、アーヤ。誕生日会だよ」
僕とヴィヴレットを交互に見たアーヤは笑った。
僕達の気持ちが伝わったのだろうか。もし、そうなら嬉しいな。
初めての誕生日会。考える方もワクワクしてきた。
「楽しみになってきましたよ、誕生日会」
「じゃのぉ。わしが小さな頃は、そんな余裕はなかったからのぉ。わしの分も楽しんでもらいたいものじゃ」
「ヴィヴレットさんはしたことがないんですか?」
言って、失言だったと後悔してしまった。
過去に踏み入った話をしてしまったのだ。思い出させることで、辛い気持ちにさせてしまうかもしれない。
慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい! なんでもないです!」
「良い、気にするな。わしは貧乏な農家生まれでのぉ。そういったイベントはなかったのじゃ」
「そうなんですね。すみません、変な話をしてしまって……」
「気にするなと言うておろう。される側も良いが、する側も良いに違いない。楽しい誕生日会にしようぞ」
ヴィヴレットの言葉にしっかりと頷いた。
皆で楽しい誕生日会をしたい。ヴィヴレットにも喜んでもらえるような誕生日会を。
「アーヤよ、楽しいと良いのう」
微笑んだヴィヴレットを見て、一つの案が頭を過った。
思わず、口元が緩んだ。
「なんじゃ? いやらしい笑みを浮かべおって。思い出し笑いか? もしや、また、わしで変な妄想をしたのか?」
「どっちもしていません! 特に後者!」
「おぉ、怖い怖い。必死に否定するところが益々怪しいわい」
更にいじってくるヴィヴレットに必死に抗弁をし続ける。
だが、頭の中で別のことも考えていた。
誕生日会でアーヤだけじゃなく、ヴィヴレットも祝いたい。日頃の感謝を伝える良い機会ではないだろうか。
ウーベルト村に行くのが本当に楽しみになってきた。
・ ・ ・
ウーベルト村に到着すると、ヴィヴレットは村長の下へと向かった。
僕は別行動をし、ノルドの家でアーヤとヴィヴレットのドッキリ誕生日会の話をしていた。
「ほぉ、魔女様の誕生日会か。それは面白そうだな」
「ですよね。普段、お世話になりっぱなしなので、何かしたいと思っていたんです」
「俺達もお世話になっているから、もちろん協力するぜ。しかし、ドッキリか。色々と考えないとな」
ノルドは鋭い目をして、片側の口角を吊った。
色々、悪そうな考えをしているに違いない。僕も何が良いか考えなければ。
「何か、派手なことがしたいですよね。お祭りみたいな感じの」
「お祭りは毎年するから、準備は手慣れたもんだぜ。プレゼントとかはどうする?」
「そこら辺にお金を掛けると、ヴィヴレットさんが恐縮しそうですから、お金が掛からない物があれば、それにしませんか?」
「よし、分かった。子供達に何かを作らせよう」
良い考えだ。お金の掛かる物ももちろん大事だが、思いがこもったプレゼントが一番だろう。
「しかし、良い奴だとは思っていたが。ユージン、お前は本当に良い奴なんだな」
「あ、ありがとうございます。でも、ドッキリを仕掛けるんですから、結構悪い人間かも知れませんよ?」
「可愛い悪さじゃねぇか。その悪さに俺達も喜んで乗っかるぜ。そうだ、他の村の奴等も呼ぼう。こうなりゃ、どんちゃん騒ぎだ!」
歯を見せて笑うノルドを見て、ヴィヴレットは本当に愛されていることを改めて知った。
苦しんでいる人達のためにヴィヴレットは常日頃から慈悲深く、頑張っているお陰だろう。
そんな人に、きっと皆も感謝を伝えたいに違いない。盛大なドッキリ誕生日会を仕掛けることに、思わず笑みが零れた。




