勇者、生まれました
「起きなさい、元喜 優仁」
まどろみの中、甘く艶っぽい声が聞こえた。
「起きるのです、さぁ今すぐ」
次第に声がはっきり聞こえてきた。
どうやら、僕は仰向けに寝転がっているようだ。
意識が明瞭になってくると、うっすらと目を開け。
「起きろって言ってんのよ!」
「ごふっ!?」
腹に重いものが圧し掛かったことで、痛みと共に息を噴き出した。
「ぐううぅぅぅ、重いぃぃ!」
「失礼ねぇ。女神に対して、その口の利き方はないんじゃない?」
「め、女神?」
顔を起こすと、プラチナブロンドを長く伸ばした甘い目元の美しい女性が、僕に馬乗りになっているのが見えた。
純白のドレスは女性の豊満な胸を強調しており、曲線を描いた双丘から目が離せない。
まさしく、女神。女神としか思えない。
と、魅了されている場合じゃない。
今、僕はどうしてこうなっているんだ。
とびきりの美人が僕の腹の上に乗って、甘くとろけるような目を見せている。
これは妄想? 夢? 夢か。随分といやらしい夢を見るものだ。僕はこの女神様のような女性がタイプだったのか。
女神様をじっくりと見つめていると、女神様が体を倒して僕の顔に急接近してきた。
「ち、近い! 近いですって!」
目と鼻の先で女神様が優しく微笑んだ。
「夢……じゃないわよ」
「えっ? いや、だって、こんなこと……」
「なんなら触ってみる? 夢ならお触りし放題じゃない?」
「何か、おじさん臭くないですか?」
「ぼったくらないから、大丈夫よ。ちなみに美人局でもないから、安心して」
「いちいち怖いフレーズを入れないでくださいよ!」
変な方向に話が進んでいく。
話の本題はここが夢の中かどうかだ。
女神様の瞳から目を離して、周りを見る。
雲のような、霞のようなものが地面から浮かんでいた。その上に僕は寝転がっているのか。雲の上にいるような気分になってきた。
今度は掌で体が接する面を探る。土の上のような硬さだった。こうなると、益々、夢とは思えなくなってきた。
「やっと、事態を理解してきたみたいね。ここは夢じゃない。ここは天国」
天国? 何で僕は天国にいるんだ。
「あら? 覚えていないのも無理はないわね。あなた、子供を助けて死んだのよ」
「あ!」
思い出した。増水した川で流されそうになった少年を助けに行った。
川岸にいた人に少年を託したところまでは覚えている。そこから先は思い出せない。
「あなた、すごいのねぇ。子供のために命を省みないなんて」
「あ、あの時は夢中で。……僕は死んじゃったんですね」
「そ。でも、そんなあなただからお願いしたいことがあって、こっちの世界に呼んだのよ」
「こっちの世界?」
僕の問いに、女神様が嬉しそうに頷いた。
「あなたの世界とは別の世界。魔王が世界征服を目論む世界。あなたを呼んだのは他でもないの。私達の世界を守って欲しいの」
「僕が!?」
僕が世界を救うだって。そんなことができるのか。こんなファンタジーな展開があるなんて、妄想すらしたことが……ない訳じゃない。
中二病には誰だって掛かるじゃないか。高校二年生になっても、まだ若干残っていることは人には言えないけど。
「あなたしかいないわ。消え行く命を見捨てなかった、あなただから……」
「女神様……。やります……。僕、やってみます!」
世界の危機を僕が救う。できるかは、分からない。でも、僕は小さな命を救うことができた。
そんな僕に女神様は願いを託してくれたんだ。
決意をして、女神様に向けて大きく頷いた。女神様がとびきりの笑顔を見せると、立ち上がって僕に手を差し伸べた。
その手を取って、立ち上がる。
「元喜 優仁。世界を救うための力は、どのようなものが良いか聞かせてくれませんか?」
世界を救うための力。何が良いだろう。色々考えても、ピンと来ない。
それなら、流行りのアレで行こう。
「滅茶苦茶強くて、モテモテになりたいです!」
言い切った。やっぱりこれでしょ。だって、みんな憧れるじゃん。妄想のトップランカーと言っても過言じゃない。
「う~ん……。まぁ、できると言えば、できるかなぁ」
「本当ですか!? やった!」
思わず、天に拳を突き出した。
世界は救えるし、周りからチヤホヤされる。最高の出だしだと思う。
「ありがとう。聞いて良かったわ」
「いえいえ。じゃあ、力をください」
「えっ? 何を言っているの??」
「んっ!? 僕が強くなるんですよね? そうなんですよね?」
「あ~……。そう思っちゃった?」
女神様は困り顔で笑った。
そう思ったって、どういうことだろう。僕が強くならないなら世界は救えないはずだけど。
女神様がすっと、手を前に出した。
その手を見て、女神様を見る。こくりと頷いた。この手を取れという事だ。
改めて、あの柔肌に触れると考えると緊張してきた。服で手の汗を拭い、女神様の手を握る。
その手は温かく、どこか心が安らいだ。
握った掌が熱くなってきた。それに合わせて、二人の結んだ手から光が溢れてきた。
光によって目を閉じた時、女神様の手が離れて行くのを感じた。
「おぎゃー、おぎゃー」
まぶたまで焼き付いた光のせいで、目を開けることができないでいると、子供の泣き声が聞こえた。
「よしよし、泣かないの。ほら、パパ。こっちに来て」
女神様の声が響く。
目を開けると、女神様の腕の中に白い布に包まれた赤ん坊がいた。
「え? いつの間に、赤ちゃんが?」
「あら? この子は、あなたと私の子供よ?」
「えっ!? どうして、そうなるんですか!? 僕は何もしてませんよ!?」
「ひどい! もう忘れたなんて!」
そういうと、女神様は顔を伏せ、肩を震えさせた。
そんなことを言われても、僕には何の覚えもない。誓って言おう、僕は無実だ。何かをできる根性がない。
「あの、本当に僕の子供なんですか?」
「そうよ。あなたとの子よ。さっき、作ったじゃない。手を繋いで」
「手を繋いで子供ができたんですか!? 小学生の発想ですか!?」
「まぁまぁ、落ち着いて。あなたはこの子の父親として、この世界で生きるの。力を与えたこの子が勇者として魔王に挑む、その日まで」
「えっ?」
この子供が魔王と戦うって。どうして、そうなるんだ。
「質問、良いですか?」
「却下」
「まだ、何も言ってませんよ!?」
「もう、冗談よ」
顔をニヤつかせている女神様を半目で見つめた。
「その子が勇者で、魔王と戦うんですよね?」
「そうよ。だから、あなたにどんな力が良いかって聞いたの」
「子供用の力だったんですか!? じゃ、じゃあ、僕には何かないんですか?」
「あなたはだいぶ育っているからぁ……。文字の読み書きができるようにしてあげる」
「現状とほとんど変わらないじゃないですか!」
力と言えるのか分からない力を授かることになってしまった。
こんな力で、どうやって父親になれって。父親だと?
「何で、僕が父親に!?」
「この子には、あなたの血が流れているのよ? あなたの子供なんだから、育てるのが普通でしょう?」
「もう半分は女神様のですよね!? じゃあ、女神様も一緒に育てるのも普通ですよね!?」
「あなたの普通を押し付けるのはどうかしら?」
「あなたにだけは言われたくないです!」
まともな会話にならない。疲れて来たけど、ここで引いてはいけない。ここで引いてしまえば、子供を押し付けられるのは間違いない。
「それなら、ここで一緒に暮らします」
「嫌よ。私にだって一人の時間が欲しいし、女でいたいのよ」
「ネグレクトだぁ!」
当然のように却下されてしまった。
どうしよう。この事態を打開するような言葉を思いつけ。思いつくんだ。
「はい、後はよろしくね」
「あ、ちょっと」
反抗する間もなく、子供を押し付けられた。
「じゃあ、後はよろしくね。元喜 優仁、世界はあなたに懸かってるわ」
「えっ? えっ!? 何、ちょっと!?」
僕の足元が光りだした。光がどんどん強くなっていく。
激しい光が僕を包んだ目が開けられない時、腕の中に小さな命の鼓動が響いた。
困惑し意識が遠退いていく僕を、柔らかな温もりが優しく包んでくれた気がした。