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陶(すえ)も人も土に還(かえ)る

あなたにこの小説を楽しんでいただけますよう祈ってます。



 僕の両親は変人だったらしい。二人とも友人もおらず、周囲からも疎まれていたそうだ。他人とコミュニケーションをとるのが不得手で、それを改善させようという気が微塵もなかったようだ。我が強く、他人の忠告に耳を貸さなかったそうだ。僕は両親と一度も話したことがなく、両親に関わることは全て伝聞だ。母は日本人で、日本語と科学論文が辛うじて理解できる程度の英語力しかなかった。父は中国人で、生まれてから一度も福建省から出たことがなく、高等教育も受けていなかった。そんな二人に僕という息子が生まれたのだから、僕の祖父母は驚いた。「どうして結婚したの?」しかし二人は結婚さえしてはいなかった。


 二人を引き合わせたのは、心を奪われた共通の事物、天目茶碗。中国では製造は周の時代にまで遡れる鉄釉を用いた黒磁。白磁や青磁と異なり、比較的容易に製造されるため、日常の陶器として各地の窯で焼かれてきた。天目茶碗のうち、最上級とされるものは、曜変天目茶碗と呼ばれ、現存するものは世界でわずか3点しかなく、そのすべてが日本にあり、国宝に指定されている。漆黒の器で内側には星のようにも見える斑紋が散らばり、斑紋の周囲は藍や青で、角度によって虹色に光彩が輝き、「器の中に宇宙が見える」と評される。


 21世紀になって、複数の日本人陶芸家が曜変天目茶碗を再現した。国宝とまったく同じものではないが、完全再現だとの評価も得ている。また中国で破片となった曜変天目茶碗が発掘された。それにより科学的な調査が以前にも増して行われている。だが僕の両親にそんな事実は関係ない。二人は二人だけの曜変天目茶碗を抱いて死んだ。そして今も曜変天目茶碗に包まれて眠り続けている。


 僕は生まれてすぐから母方の祖父母に育てられた。母は幼い頃からかわいげのない風変わりな性格だったようで、家族とも愛情や愛着といった感情を共有できなかったようだ。その原因は僕の祖父母、つまり母の両親にあるのかもしれないが、原因を探ってみたところで仕方のないことだ。若い頃の母は変わり者ながら勉強だけはできて、高校を卒業すると、大都市の大学の理工学部に奨学金で行ける資格を得た。そこからは実家に近況を報告することも帰省することも一切なく、研究に没頭したらしい。祖父母の方もこれまた娘の様子を見に行くわけでもなく、放置していた。大学入学から十年も経ったある日、母は大きなお腹をしてスーツケースにすがるように実家の玄関に立ち、「産まれそう」と一言言ったという。実際その時母は破水していて、足元には水たまりができていたという。後に祖母は「私がたまたま家にいたから、お前たち親子は命が助かったんだ」と僕に何度も恩着せがましく話して聞かせた。あきれたことに母は、中国で結婚もせずに妊娠して、妊娠検査も妊婦検診も一切受けず、いよいよこのままではいられないと自覚してようやく帰国したのだそうだ。

 そうやって僕は産まれた。名前は、『二十』と付けられた。にと、と読む。祖母が母に命名の理由を尋ねると、「この子が産まれた年や季節は忘れるかもしれないけど、二十世紀であることは間違えようもないから」としゃあしゃあと答えたそうだ。

 母は出産が済むと、また性懲りもなく中国へと旅立った。祖父母は親戚や近所に「娘は中国で結婚した。夫婦ともに病気がちで、とてもこどもを育てられそうにないからこっちで預かっている」と苦しい言い訳を続けた。祖母の言ったことは、あながち全て噓というわけでもない。僕の両親は揃って重度の曜変天目茶碗中毒症だった。曜変天目茶碗は、世界の陶芸史上最も美しく、そして最大の謎に包まれた幻の茶碗だ。何百年にも渡り、日本でも中国でも多くの陶芸家や科学者が再現に挑み、敗れ去った。「曜変に手を出したら身上をつぶす」という警告が言い伝えられてきたが、曜変を追うものは後を絶たなかった。父はそうした陶芸家の一人であり、母はそうした科学者の一人であった。


 幼いころから僕は、自分の家族が普通でないらしいと感じてきた。友逹にも、テレビや本の登場人物にも、明るく元気なお父さんとお母さんが必ずいるが、僕には両方いなかった。両親と暮らしていないのは、僕だけだった。祖父母の家で僕は金銭的には苦労なく育った。しかし、家で両親に関することを話題にすることはタブーだった。祖父母が留守の時に、母の古い卒業アルバムをこっそり探し出して、母の姿を探した。「お母さん」と話しかけるにはその少女の姿はあまりにも若すぎて不機嫌そうで、僕にとっての母はますますとらえどころのない存在になった。


 小学生の僕にはイチコちゃんという友達ができた。青森からの転校生で、はみ出し者同士が一緒にいたのだ。イチコちゃんは軽い斜視の女の子でいつも誰かをいじめてやろうとしている顔をしていた。実際にはイチコちゃんはいじめられっ子で、そのいじめの反撃に相手を怖がらせる発言をするのだった。「おまえはのろわれている」、「おまえはとりつかれている」というのがイチコちゃんの決まり文句だった。

 ある時イチコちゃんはしつこく蹴ってくる男子に「おまえはネコの霊にとりつかれている。ネコはおまえに仕返しをする」と言ってすごんだ。男子は一瞬ひるんだが、最後に飛び蹴りをしてイチコちゃんを地面に倒し「バーカ」と言って立ち去った。その男子はその日の下校中に車にひかれて足にけがをした。住宅街の中の車が一台しか通れない狭い道でほかの男子達と『走ってる車にタッチできるかゲーム』をやっていて、近づきすぎてひかれたそうだ。

 一緒にいた男子の話によると、ひいた車はそのまま走り去ってしまったそうだ。車のナンバーは誰も覚えていないが、黒い猫のステッカーが貼ってあったという。

数日後、登校してきたその男子はイチコちゃんにこっそり近づいてきて小声で聞いた。「まだネコのユウレイいる?」イチコちゃんは自信たっぷりに答えた。「あと三匹いる」男子はイチコちゃんの下手したてに出た。「おそなえとかしたらさ、ユウレイいなくなる?」イチコちゃんは返事をしなかった。男子は「段ボール箱に子猫が四匹入ってて、家に連れて帰ったら、お母さんが元の場所に置いてきなさいって言って、オレ、箱を道に置いたら、トラックが来て、箱を轢いて、オレ、怖いから、逃げた。だから?」イチコちゃんは黙ったままだった。男子はムッとして松葉杖を振りかざしたが、何もせずに下ろして、イチコちゃんから離れた。


 担任の女性教師はえこひいきをする人だった。家がお金持ちで性格が明るくて活発で勉強ができて教師を慕う生徒を好きな教師だった。イチコちゃんはその条件のすべてに外れていた。

 ある日授業中にイチコちゃんは一人立たされて女性教師からくどくどと怒られていた。イチコちゃんはいつもの無言無表情でこたえる様子もなくぼんやり立っていた。教師のヒステリーはひどくなり、今の授業内容について怒っているはずが、前もああだったこうだったと言い始めた。教師がはあはあと息継ぎしたとき、イチコちゃんはおもむろに口を開いた。「先生に赤ちゃんの霊がとりついている。赤ちゃんはさかさまになって、おなかにしがみついてる」教室全体がシンとなり、ザワッとなった。教師は「何をぉ」と言ってイチコちゃんに近づこうとし、教壇でたたらを踏み、横倒しに激しく体を床に打ち付けた。

 その日から、先生とイチコちゃんはお互いに存在が見えないようにふるまい続け、その学年を終了した。


 ある放課後、僕とイチコちゃんは校区外をうろついていた。ぼろ屋敷から中年のおじさんが出てきて、すれ違った。イチコちゃんは「ガイコツが背中に乗ってた」と言った。僕には全然見えなかった。僕は言った。「ガイコツなら庭に埋まってるけど」今度はイチコちゃんが驚いた。「ニトくん、何言ってるの?」

 それからずいぶん経って、その家で火事が起こった。家の中で住人の中年男性の焼死体が見つかり、庭から身元不明の白骨体が見つかったと報じていた。テレビでニュースを見ていて、僕はずっと前にイチコちゃんとその家の前で交わした会話を思い出した。同じくイチコちゃんも思い出していた。お互いに、「イチコちゃんは本当に霊が見える」、「ニトくんは本当に地下が見える」と確信した。


 僕はイチコちゃんに尋ねた。「死んだ人ってさ、全部足すと、いま生きてる人よりずっと多いと思うんだけど。イチコちゃん、ユウレイにぶつかりながら歩いてるの?」

 イチコちゃんは下を向いたまま、ぼそぼそとしゃべった。「そんなにいないよ。着物を着た人めったにいないし、ちょんまげの人とか一回もない。原始人も見たことない。」

「そうなんだ」

「うん。見たくないときはスイッチ切るみたいにできるし」

 今度はイチコちゃんが僕に質問してきた。「ニトくんは、地面の下が見えるの?」

「うん。僕もスイッチ入れたときだけにね。勝手にスイッチ入ってる時もあるけど。」

「ニト君てさ、たまに道路を平均台の上を歩くみたいに歩くよね、あれって地面の下をみながら歩いてるの?」

「へへ、水道管から落ちないようにしてたの、ばれた?」

「ふうん」


 そのイチコちゃんは、中学の入学式に現れなかった。同級生たちと、その親たちは「あの家は夜逃げした」とうれしそうに眉をひそめて噂しあっていた。僕が一番イチコちゃんと仲が良かったのに何も知らず、イチコちゃんを嫌っていた人達がイチコちゃんの家について詳しかった。



 僕が大学生になったある日、突然中国から家に手紙が届いた。宛名は祖父母と僕、三人の連名になっていた。差出人は田代倫子たしろりんこ、母だった。住所は書かれていなかった。


『 倫子です。三人がまだこの住所に住み続けているのか、そもそも生きているのかわかりませんが、書いておきます。私はすでに死んでいますが、自殺であり、事件性はありません。捜索したりしないでください。私は中国で不法滞在者でした。今は不法に埋葬されていることと思います。したがって、中国当局から死亡通知書等の書類が送られてくることはありません。行方不明者扱いだと思われます。』


 内容はそれだけだった。家族への謝罪の言葉、ねぎらいの言葉、心配する言葉、少しでも愛情を感じられる言葉、それらは一切なかった。肉筆であることだけが母の存在を示していた。

 僕は手紙を読んで、じっとしていられなくなった。中国で母が暮らしていたであろう場所へ行ってみることにした。祖母は、母が僕を産んですぐに中国へ戻ろうとするのを見て、住所だけはかろうじて書いて残させていたのだ。二十年前の色褪せた紙に書かれた住所と今回の手紙の消印は同じ地域だった。中国福建省。僕は、その住所に行く決心をした。


 日本から、福建省の廈門アモイ国際空港までは直行便が出ていた。僕はそれまで海外旅行をしたことが一度もなかった。中国語も学んだことはなかった。空港から鉄道で書かれた住所に一番近い駅に一人立った時には心細くて後戻りしたくなった。しかしここまで来たのだからと自分を奮い立たせ、タクシー乗り場へ歩き、運転手の一人に母がかつて書き置いた住所を見せた。運転手はわかったというそぶりで、僕のスーツケースを車に乗せた。僕は全然違う場所に連れていかれたり、危害を加えられる可能性について考えそうになったが、考えるのをやめた。車窓の景色は、やせた土地がどこまでも続いているようなわびしいものだった。がたついたタクシーが止まったのは田舎の万屋よろずやの前だった。

 まごつきながら支払いを終え、タクシーを降りると、観光客も来ることのない田舎で外国人が珍しいのか、僕は遠巻きにじろじろ見られた。意を決して、笑顔で万屋のおばさんに話しかけた。「你好ニーハオ。Do you know Rinko Tashiro ? (リンコ タシロ を知ってますか)」おばさんは、怒ったような口調で何か話しながら近づいてきた。そして僕に手を出した。僕ははっとした。同じ漢字でも、中国と日本では読み方が違う。きっとリンコタシロでは、通じないのだ。僕は紙に書かれた母の名前を指さして見せた。するとおばさんは何か独り言を言って、そばにいた息子らしい少年に何か言いつけた。

 少年は身軽にパッと走り出し、すぐに姿が見えなくなった。おばさんはもう僕に話しかけなくなり、僕はすることもなくなって、万屋の中のほこりをかぶった雑多な商品を眺めたり、少年が走り去った方向を眺めたりして立ち続けた。

 どれくらい時間がたっただろうか、少年が走って戻ってきた。店内のおばさんに何か大声でしゃべって、またどこかへいってしまった。おばさんは僕のほうに向きなおり、「ここにいろ」という身振りを示した。僕は大きくうなずいた。誰かが来るのだ。僕に会いに。父か。母か。誰かが。

 僕は少年が戻ってきた道を凝視し続けた。ずいぶん経って、舗装されていない道を痩せた少女が(から)の手押し車を押しながら歩いてきた。万屋の前で止まったので、僕は客だろうと思った。しかし少女は僕の目を見て「ニト?」と尋ねた。僕はうろたえてしまって「えっ、あっ、はい、ニトです。」と答えた。少女はおばさんと二言三言(ふたことみこと)言葉を交わし、僕のスーツケースをひょいと手押し車に乗せ、来た道を戻り始めた。僕はあわてておばさんに「謝謝シェーシェー」と言って頭を下げ、少女の後について行った。この辺りは赤茶けた乾燥した泥の地面がどこまでも続いていた。何となく頭のスイッチを入れ、地下を覗いても、どこまでも同じ赤っぽい土が広がっているだけだった。道路には時々車も通っているが、舗装されていないので、道路の表面は凸凹(でこぼこ)だった。僕は少女が手押し車をもって来た意味がようやく分かった。ここではスーツケースのキャスターは全くの役立たずだった。万屋の前の道がこの村のメインストリートだったのだろう。歩くにつれ、道はますます悪くなり、あたりに家もほとんどなくなってきた。さらに進むと、古い窯に行きつき、少女はそのそばの粗末な作業小屋兼住居と思われる建物に入った。僕も後に続いた。

 

「ニト、何をしに来た?」少女は日本語を話した。

「ぼ、僕は田代倫(たしろりんこ)の息子です。母から手紙が来て、それで会いに来ました。あなたは誰ですか?」

「私の名前は・・・・・・アァシイー。田代倫子は死んだ。」

「しょ、証拠はあるんですか?」

「生きている証拠、会わせる。死んでいる証拠、ない。」

「そ、それはそうですけど」僕は言葉に詰まった。しかし思ったことをどんどん口にしていく。

「アァシイーさんは、どうして日本語が話せるんですか?」

「私は倫子の話し相手。村に日本語わかる人、他にいない」

「どうして母はあなたに日本語を教えたのですか?」

「私は倫子の娘。自然に覚えた」

 驚いた。そして()に落ちた。母はそういう性格だったはずだ。

「じ、じゃあ、僕たちはきょうだい、ですよね?」

「そう。でも証拠はない。」

「ち、父親は?」物心ついたころからどうしても知りたかったが、誰にも聞けなかった究極の質問をぶつける。

「死んだ。でも証拠はない。」

 僕は思った。アァシイーのぶつ切りの日本語は、流暢でないというのではなく、きっと母の口調そのままなのだろう。冷たい、平坦な口調。

「ここでどうやって暮らしているんですか?ほかに家族は?」僕はそれからアァシイーを質問攻めにした。両親は父の生家であるこの場所で長年作陶していたそうで、アァシイーは幼少期から学校にも行かず雑用をこなす毎日で、両親が立て続けに亡くなった後は、近所の畑などで仕事をもらい食いつないでいるという。僕は会ったこともない両親に強い怒りを覚えた。身勝手すぎる。アァシイーの幸せなんか、これっぽっちも考えてなかったんだ。僕は、母を恋しく思うよりも、妹を哀れに思う気持ちでいっぱいになった。

「アァシイー、ちゃん・・・アァシイー、さん・・・僕は」

「アァシイーだけでいい」

「アァシイー、僕と日本で暮らそう。おじいさんもおばあさんもまだ元気だよ。日本の学校に行こう。これだけ日本語が話せたら、すぐ友達もできるよ」

「できない」アァシイーは薄く笑いながら言った。

「なぜ?お金のことなら心配しなくていいよ。中国に孫がいるとわかったらおじいさんもおばあさんも大喜びするよ」僕はアァシイーの気を楽にしようと、祖父母の偏屈な性格を伏せ、明るく断言した。

「私は、ヘイハイツ」

「ヘイハイツ?何?英語?中国語?」

アァシイーは紙に『 黒孩子   black children 』と中国語と英語を並べて書いて僕に見せた。

「黒いこども・・・・・?黒い・・・・・暗い・・・・・暗部・・・・・闇・・・・・あっ、闇っ子!?」

「そう。ニト、知っていたか?」

「一人っ子政策の弊害で戸籍がなくて学校に行けないって、テレビで見たよ」

「学校だけじゃない。病院にも行けないし、交通チケットも買えない。他にも色々」

「そんな!お金さえ払えば誰だって・・・」

「もちろんパスポートも作れない」

「僕がいるからか?アァシイーが二人目のこどもだからか?」

「違う。媽媽(ママ)が不法滞在者だからだ。媽媽(ママ)に中国国籍はない。だから私にも戸籍がない。」

「まさか、そんな。親は何をやっていたんだ!アァシイーも僕と同じように日本で産まれたらよかったんだ。」

「そうすれば、媽媽(ママ)は二度と中国に入国することは許されなかっただろう。ニトを日本で産めたのはたまたまうまくいっただけだ。それもかなり危ない賭けだった。媽媽(ママ)にはここですることがあった。ここを離れることはできなかったんだ」

「だからと言って・・・そうだ!僕とアァシイーのDNAを調べてもらって、きょうだいだと役所に証明を出せば?」

「中国はそんなに親切な国じゃない」アァシイーは僕を一蹴した。

  


 僕は何も言えなくなった。しばらく沈黙が続いた。

「アァシイー、両親のお墓に連れていってほしい」

 僕のその言葉にそれまでほぼ無表情だったアァシイーの顔に驚きと緊張が見て取れた。しかし拒絶することはなく、うなずき、立ち上がった。僕は後に続いた。

 墓は村の中心部から離れたアァシイーの家から、さらに奥の人気ひとけのない丘の荒れ地にあるそうだ。

「村の共同墓地、とかじゃないんだね?」

爸爸(パパ)の一族は嫌われている。だから離れている。狂い死ぬ家系。呪われている血。誰も近づかない」

「じゃあ父さんが早死にしたのも、病気で?」

「そう。きっとニトと私も、死ぬ。一族の最後の二人」

「迷信だ。日本は世界有数の医療大国だ。呪いなんて存在しない」

「日本に帰ったらこれを調べて」アァシイーは立ち止まり、紙に何か書き付けると、僕に差し出した。

 そこには『 致死性家族性不眠症 Fatal Familial Insomnia 』と書かれていた。遺伝的に不眠によって死に至る病?そんなの聞いたこともない。でも僕は質問も反論もせずにその紙をポケットに入れた。そしてまた歩き出した。なんとかアァシイーを日本に連れ帰るんだと心に決めて。


赤茶色の殺風景な丘の目立たない片すみに、人が作ってそれほど時間も経ってないとおぼしき小山があった。アァシイーは立ち止まった。僕は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。墓標も供花も何もない。直径数メートルの土まんじゅう。勇気を振り絞って地中に焦点を合わせた。

「こ、これが?これが父さんと母さん?どうして、どうして昨日死んだような顔をしてるんだ?アァシイー!?」僕は歯がガチガチと鳴り、手も脚もガクガクと震えた。救いを求めるようにアァシイーの顔を見ると、彼女も真っ青になって目を見開いてこちらを見返していた。

「ニトも、地下が見えるのね?」

「ア、アァシイーも?」

「そう」

「どうして、顔が、体が、こんなに、きれいに」

「腐らないようにした」

 そう言ってアァシイーは僕に『 尸体防腐   embalming 』と書いてよこした。

「そんなこと、できるの?」

爸爸(パパ)が死んで、媽媽(ママ)と二人で死体の処置した。墓穴を二人で大きく掘った。茶碗とパパを運んで埋めた。媽媽(ママ)が死んで、私一人で死体の処置した。媽媽(ママ)を運んで埋めた。土をいっぱいかぶせた」

 なんてことだ。狂っている。母さんも、アァシイーも。そして、そう指示したであろう父さんも。両親の遺体を取り巻くように、土中にはおびただしい数の茶碗が並べられており、それらは二人を包み込み守っているようでもあり、外界との接触を一切拒んでいるようでもあった。茶碗はすべて曜変天目茶碗であり、一つとして同じ色や模様のものはなく、暗黒の宇宙に浮かぶ無数の銀河を思い起こさせた。曜変天目茶碗の虹彩が、この世とあの世とを結びける奇跡の触媒のようだった。僕は生まれて初めて両親と会った。すでに死亡している両親の姿をしたタンパク質を見た。魂は曜変天目茶碗にすでに移っていると確信した。そうでなければ、茶碗がこんなに美しく輝き、両親がこんなに(おだ)やかな表情をしているはずがない。陶然(とうぜん)たる面持ちで、曜変天目茶碗から聞こえる(たえ)なる調べに耳を傾けているかのようだった。二人はすでに二人だけの世界を閉じていた。僕は入り込めなかった。泣いた。泣いた。立っていられなくて、両手を地について泣いた。大量の土を間に挟み、(ひつぎ)の中の両親と向かい合って泣いた。手を伸ばして触れたかった。できなかった。素手で地面に爪を立てて掘り始めた僕の腕をアァシイーが止めた。泣いた。泣いた。過呼吸で意識が遠くなった。


アァシイーに連れられて、小屋に戻って来た。アァシイーは僕を座らせると、白湯(さゆ)を持ってきてくれた。

「アァシイー、話してほしい。ここで三人はどんな生活をしてきたのか」

「ニトは曜変天目茶碗を知っているんだな?」

「昔の美術品で、同じものは作れないとか、中国で作られた茶碗なのに日本にしかないとか、その程度の知識しかないよ」

「十分だ。ニト、両親は若い頃からずっと曜変天目茶碗を作ろうとしてきた。爸爸(パパ)は昔ながらの製法で再現できると思っていた。媽媽(ママ)は科学の力で解明できると信じていた。二人は偶然でしか生まれないと言われてきた曜変天目茶碗を、必然にまで引き上げたのだ」


 帰国の前日、僕は帰りの交通費だけ残して、持っていたお金を全てアァシイーに渡そうとした。そしてアァシイーに断られた。

「お金は、ある」

 貧しい村の中でも、特に貧し気なアァシイーの小屋の中で、その声は空々しく聞こえた。

媽媽(ママ)の、見る力、知ってる?」

「やっぱり、母さんも地下が見えたの?」

媽媽(ママ)は、モノの価値の行き先が見えた」

「どういうこと?」

「株の、将来の価値が、見えた」

「まさか」

媽媽(ママ)は、小学生の頃に、すでに自分の力に気づいていた」

 アァシイーの説明によると、小学生の母は、両親に100万円の借金と株式投資をする口座の開設とを要求したそうだ。それ以外で一生何の世話にもならないと宣言して。そして両親は応じた。ほどなくして、母は100万円の借金を返し、さらに自分の学費や生活費を作り出したのだという。長じては中国での生活費も研究費も作り出したのだという。

「ニト、マンションあるだろう」アァシイーは僕に尋ねた。僕が住んでいる家は古い一軒家だが、市内に賃貸マンションを一棟所有していた。

「それは、媽媽(ママ)がニトを日本で産んだときに、買ったのだ。株を渡しても運用できないとわかっていたから」

「そんな」

「ニトはずっと貧しくなかったろう?」

 確かに、田代家には不動産収入があった。そのことは知っていた。しかし、どうやってマンションを所有したのかなんて、考えてみたこともなかった。僕は精神的に幼すぎた。愚かすぎた。

媽媽(ママ)はお金を持っていたが、誰にも気付かれないように注意していた。今も私は大金を隠している」

 アァシイーは、無戸籍であるために、転居も、出国もできず、株取引も、銀行口座を作ることさえできずにいた。犯罪被害者になっても、警察は取り合ってくれないという。親戚も友人もなく、自分の身は自分で守るしかない。こんなか細い少女が、たった一人で。僕はこれから定期的にアァシイーを訪ねて、力になると約束したが、直後に断られた。

「きっと、ニトが帰った直後、お金があると思われて狙われる」と笑われた。

 僕は言葉に詰まった。

 アァシイーが、こどもに(さと)すように語る。

「ニト、私は墓守(はかもり)として生きる。アァシイーというのは日本語で『21』という意味だ。媽媽(ママ)は21世紀の間中、墓を守れと言った。この場所から離れること、できない。地下が見える私のために遺体が腐らないようにと考えたのも、媽媽(ママ)だ」

「墓なんか、捨ててしまえ。死んだ人の言うことなんか、聞くな」

「できない」

「なぜ?」

爸爸(パパ)が発病の直前にやっと完成させた茶碗を、誰にも(けが)させない」

「父さんのこと、僕は何も知らない。どんな人だったの?」

「代々貧しい窯工。曜変天目茶碗をずっと再現したかった。研究したかった。でもお金が無い。ノートに記録していくだけ。爸爸(パパ)媽媽(ママ)と出会った。媽媽(ママ)は大学院生で、福建省の土壌調査に来ていた。爸爸(パパ)媽媽(ママ)は運命だった。爸爸(パパ)媽媽(ママ)の言葉が分かった」

「ちょっと待って、アァシイー。父さんは日本語がわかったの?」

「違う。日本語わからない。でも、媽媽(ママ)の話している意味が分かった」

「もしかして、テレパシー?」

「違う。声に出すと、意味が分かった」

 そんなことってあるだろうか?母が一方的にしゃべり、父が肯定か否定かのジェスチャーをする。その繰り返しの中で二人は愛し合うようになったのだ。あの、暗い土の下で人形のように並んで横たわる二人が、若々しく、生き生きとして、目を輝かせ、身振り手振りを加え、熱のこもった様子でやりとりしている姿が見えたような気がした。



 僕は数日をアァシイーと過ごし、日本へ帰国した。成田空港に着いたとき、気分は浦島太郎だった。何年分も泣いて疲れて歳をとった気がした。大きなスーツケースをゴロゴロ押しながら歩いていると、大きなつばのある帽子を被り、サングラスをかけた若い女性が僕の前に立っていた。そばを通り抜けようとすると「ニトくん?」と声をかけられた。驚いて顔を見たが、誰なのかわからない。するとその女性はサングラスをずらし、漆黒の瞳で僕を見つめた。軽い斜視で僕を見上げるのは、イチコちゃんだった。


「ずいぶん重いものを背負ってる人がいるなぁ、と思って見てたら、それがニトくんだったのよ」イチコちゃんは言った。

「重いものって、幽霊?」僕は並んだ両親の遺体を思い出しながら口にした。

「んんん、泥みたいに見えた」

「そっか。イチコちゃん小学生の頃と変わらないね。今から旅行?」

「違う。このスーツケースには商売道具が入ってるの。ここが私の職場」

 聞けばイチコちゃんは『成田イチコ』と名乗る占い師になっていた。イチコちゃんの軽そうでお洒落なスーツケースには、占いで使う道具が入っているという。

「私と、もっと話したい?なんだか泣き出しそうな顔してるよ」イチコちゃんは遠慮がちに尋ねた。

「誰かと話したい気持ちは、すごくあるんだ。家族の事なんだけど、家族には話しにくい。でもまずは落ち着いて冷静に一人で考えるべきなんだと思う」

「そうだね、それがいいよ。じゃあね、ニトくん、バイバイ」

「バイバ・・・・イチコちゃん連絡先を」声に出したとき、もうイチコちゃんはいなかった。



 帰宅すると、祖父母は在宅していた。「どうだった?」と尋ねられ、「母さんのお墓を見てきたよ」と答えた。話はそれきりだった。二人ともそれ以上質問してこなかった。僕は二人がほっと小さな安堵の息を漏らすのを見逃さなかった。僕は自室のベッドに倒れ込み、目を閉じた。中国での事がスライドショーのように次々と際限なく現れ、僕は、ひとりぼっちのアァシイーが危険な目にあっていやしないかと不安に襲われた。自分は豊かで安全な日本のベッドにぬくぬくと寝転んで、おしゃれどころか栄養も十分でなさそうな妹を心配するなんて、大したきょうだい愛だと涙が滲んだ。アァシイーを助けたい。そして僕は無力だ。そしていつの間にか眠っていた。



 目が覚めて、頭がはっきりとした僕は、自分のすべきこと、できることを整理した。

 アァシイーからもらった紙切れを取り出した。『 致死性家族性不眠症   Fatal Familial Insomnia 』と書かれている。まず、これについて調べた。

 この病気は、実在した。遺伝性があり、男女差はなく、中年以降に多く発症し、重度の不眠症となり、精神機能が悪化し運動障害がおこる。発症後の余命は多くの場合二年以内。早ければ、数ヶ月で悶絶しながら死に至る。治療法はない。この家系に属していても発症していない人もたくさんいる。一方で、若くして死亡した例もあり、僕とアァシイーが持たされている爆弾がいつカウントダウンを開始するのか、まったくわからない。絶望的な気分だった。

 僕はまだ20歳で、結婚のことなんて、ずっと先だけどいつかするんだろうな、、くらいの考えしかなかった。しかし、この病気のことを知った今では、とても前向きな気持ちにはなれなかった。

 そして、両親を思った。どんな気持ちで、どんな覚悟で、こどもを持とうと決心したのだろうか。


 なんとしてもアァシイーを日本に呼び寄せたいと思った。参考になりそうなものを読み漁った。黒孩子(ヘイハイツ)が戸籍を得る方法はないのか。探しても、探しても、なかった。大学で、全く面識のない中国語の教授の部屋も訪ね、中国国内で無国籍のこどもがどうなっているのかも教えてもらった。中国人の両親が揃っていても、この問題は解決されないのだ。中国の制度上、不可能なのだ。よほどの重要な地位に就いた人物が例外的にしかできないことなのだ。

 それならばと、僕はアァシイーを日本に密入国させられないかと考えた。そして、蛇頭(じゃとう)という組織の存在を知った。スネークヘッドとも呼ばれる中国福建省を拠点とする密航請負組織。()しくもアァシイーが住むのも福建省だ。密航費用は一人300万円から400万円で、日本まで船で運ぶという。そのくらいのお金なら祖父母に相談すれば何とかなりそうだ。密入国後は、日本人の戸籍を別料金で買い、日本人になりすまして暮らす者もいるという。やってみたい。

 しかし、だからといって日本の一介の大学生が、通訳を雇い、チャイニーズマフィアの事務所のインターホンを押して、仕事を依頼できるのか?とても現実的とは思えなかった。僕もアァシイーも二人揃って誘拐され、人身売買や臓器売買される可能性も多いにあった。密入国に失敗し、日本や中国の警察に逮捕される可能性も高い。アァシイーを今以上に不幸な境遇に落とすことは絶対にできない。危険過ぎる賭けだ。

 打つ手がなかった。時間だけが過ぎていった。しかし僕はあきらめたわけではなかった。





朝、夢にアァシイーが出てきた。飛び起きた。尋常ではない胸騒ぎがした。アァシイーとすぐに連絡を取りたい。だが、あの小屋には電話がない。それどころか、アァシイーの小屋には住所すらなくて、村の万屋にあてて書かれた郵便物を受け取るのだと言っていた。

 突然、成田空港に行ったら会える気がした。この夢は何らかの方法でアァシイーが来日したことを告げているのか?だめでもともとと思い、急いで家を出る。アァシイーは日本語がわかるが、田舎の村から一度も出たことがないと言っていたから、さぞ落ち着かず、心細く思っているだろう。成田空港にいるうちに何としても捕まえなくては。

 成田空港に着いた瞬間、僕は人ごみの中からアァシイーを見つけだす気満々だった。しかし歩き回っているうちに、どんどん自信がなくなってきた。「寝ぼけたこどもか、僕は」独り言が口をつく。夢と現実の区別もつかないのか。そうは思いながらも国際線到着ロビー付近を重点的に見て回る。厦門国際空港からか?別の中国の空港からか?あるいはアジアの第三国を経由してか?家にいたときは、はっきりとしたアァシイーと成田空港のイメージがあった気がするのに、だんだんと薄れていっていた。僕はベンチに座って流れていく人々を眺めた。あきらめきれず、未練たらしく、無数の顔を目で追い続けた。 

 動きを止めた僕に向かって流れてくる一筋の線があった。

「ニトくん」イチコちゃんだった。「呼ばれたから、来たよ」

「呼ばれたって?」

「ニトくんの妹に」

「イチコちゃん、アァシイーに会ったの?」

「これから会うんだよ」

「どこ?どこに?どこに行けば会える?」

「ここは騒がしいから、移動しよう」イチコちゃんはこの前も持っていたおしゃれなスーツケースの向きをくるっと変え、先に立って歩きだした。僕も後ろにピタッとついた。アァシイーに会える!

「イチコちゃん、どうしてアァシイーを知ってるの?中国に伝手(つて)があるの?アァシイーはなぜ僕じゃなくてイチコちゃんに連絡を?」僕は質問を立て続けにしたが、イチコちゃんは、一つも答えなかった。僕ははっとした、何か違法なことが行われている可能性に行き当たった。僕は口をつぐんだ。空港内には監視カメラがたくさんある。警備の人員も多い。イチコちゃんと僕は電車で一駅の芝山千代田駅へ移動した。駅舎内にも、外にもほとんど人影がなく、閑散としていた。イチコちゃんはスタスタ歩いて行った。『芝山水辺の里』という看板が見えた。誰もいない自然がいっぱいの広々とした公園で、ここなら、何を話しても盗み聞きされる心配はないな、と考えていたら、イチコちゃんは地面に座った。

「ニトくん、来るよ。もう、来てるよ。ニトくんのいもう」突然沈黙。

 そして、

「ニト・・・」中国語の(なま)りで僕を呼び捨てにする少女の声。

「アァシイー?」

「私、死んだ」

「うそだ」

(かま)に入って毒を飲んだ」

「うそだ」

「前から決めていた」

「うそだ」

「証拠は、ない」

「信じないぞ」

拜拜(バイバイ)哥哥(グーグ)  (さよなら、お兄ちゃん)」

「待って、アァシイー!行かないで!ねぇ!ねぇ!アァシイー!」

 沈黙。そして、

「ニトくん、もう、いないよ」イチコちゃんが申し訳なさそうに言った。僕がいくら泣いても、懇願しても、アァシイーは二度度戻ってくれはしなかった。




 僕は再び中国へと飛んだ。アァシイー自身によってアァシイーの死を知らされた感覚はあったが、だからといってじっとしてはいられなかった。今回の旅行には大型のリュックサックを準備した。中国語も覚えようと努めた。

 一回目と同じルートでアァシイーの小屋に入った。人気(ひとけ)は全くなかった。入口の鍵は壊れていた。乱暴に壊されたようだ。入る前から恐ろしい予感しかしない。中は以前よりさらに物がなくなっていて、荒れ果てていた。これは、この小屋の住人が誰もいなくなったのをいいことに、悪意ある村人の誰かが、使えそうな物を持ち出したのだろう。母もアァシイーも、お金があることを必死に隠していた。僕は二人を守銭奴のようにちらりと思ったことを反省した。治安も日本と同様だと考えてはいけないのだ。二人の態度は正しかったのだ。

 そして窯へ近づいた。この前来たときも、曜変天目茶碗を作ることに成功したことを誰にも知られないように、失敗作も薬品も製作過程の記録も全て処分してあり、がらんとしていたが、さらに椅子や棚や時計までも持ち去られて、廃墟のようだった。窯だけがあった。僕は窯を覗き込んだ。何も、ない。誰も、いない。中に入って、()って進んだ。窯の一番奥にぼんやりと白く光る碗が見えた。近づいて、それが碗でないことがわかった。 

 人の骨だった。アァシイーの頭蓋骨の一部だった。


 日も沈み、電気も通じていないこの小屋はすぐに真っ暗になった。寝具すらも奪われた小屋の床で、僕はリュックサックからアルミブランケットを取り出して体に巻き付けた。目の前にはできる限り拾い集めたアァシイーの骨。おもいっきり抱きしめることもできない軽くて(もろ)いアァシイーの骨。そっと指先で触れた。骨に向かって話しかけているうちに、眠っていた。


「ニト」夢の中で僕を呼ぶ小さな声が聞こえる。目の前にアァシイーがいる。

「アァシイー」

「ごめん」

「謝っても許さないよ。帰ってきて」

「ごめん。できない。私、発病した。時間がなかった」

「致死性家族性不眠症が?」

「そう。しなければならないことがあった」

「それが、それが、たった一人で死ぬことだって言うのか」

「そう決めていた」

「僕がいるじゃないか!?」

「ニトは哥哥(グーグ)。でも中国を知らなすぎる」


 そして夢の中で、いつしか僕はアァシイーになっていた。アァシイーの目線で過去をなぞる。

 日々眠れなくなってきた。体に異常が感じられた。筋肉が引きつって、体がこわばり、力が入らなかった。目が疲れて、ものが二重に見えた。脈が速くなり、呼吸は荒くなり、発熱し、汗や涙が出た。やる気が失われていき、やり()げるには準備を急ぐ必要があると感じた。父親にこれらの症状が出現してから間もなく動けなくなったからだ。父親は人事不省になっても、両手は作陶する仕草を繰り返していた。そうだ、泥土(でいど)から宝玉(ほうぎょく)を作り出した両親の遺志を守らなければならない。この身も自分で守らなければ、誰も守ってくれない。たとえ道端で倒れて死んだとしても誰が葬ってくれるだろう。村人は見て見ぬ振りで、遺体は野犬とカラスに食い散らかされるのがおちだ。私の遺体に土をかけてくれる人はいない。両親の作陶の痕跡も資産も完全に隠し通さなければならない。決して奪われてはいけない。父親が亡くなったとき、曜変天目茶碗を作り出した証拠を一切残さないように、母親と二人で注意深く廃棄していったが、まだ他人に不審に思われる点が残ってないか、何度も考えた。そして後始末を全てを済ませたとき、もう両親の墓まで歩く力は残っていなかった。もう一度だけ両親の顔を見たかったのだが。長年墓守をするはずの私が何度も地下を見て辛くならないように、両親に防腐処理を(ほどこ)したのに、その意味はあまりなかったな。いや、ニトがいる。ニトのためにやっておいてよかった。小屋には家族写真の一枚すらないのだから。窯に火が回るように準備をする。媽媽(ママ)が残してくれたお金も、ニトが書き残した日本の連絡先も窯に入れる。最後に自分が窯に入り、一番奥の壁にもたれる。やり遂げたことに満足して安心する。点火して、母さんが飲んだのと同じ毒を飲む。何も見えなくなる。何も感じなくなる。私の肉体は燃焼した。



 僕は目を覚ました。アァシイーの骨は夕べと変わらず目の前にあり、朝日によって、白く清潔に輝いていた。

「死んでからの方が、雄弁だな、アァシイー。僕らは、きょうだいなのに、一度しか会えなかったな。これから平凡な日常を一緒に暮らす方法を、考えて、いたのに、もう、何も、できない、な。」骨は返事してくれなかった。

僕はアァシイーの骨を布に包んで、両親の墓に向かった。地上の季節は変わっても、両親とそれを取り巻く曜変天目茶碗は変わらずに土中に変わらず(とど)まっていた。小山程もある土まんじゅうは、あれからさらに雨に打たれ草を生やし、一見しただけでは何か埋めてあるとはわかりにくくなっていた。僕は注意深く穴を掘り、アァシイーの骨の一部を埋葬した。人骨とわかるものを持っていたら、空港で拘束され、取り上げられるだろうから、大きな骨は両親のそばに分骨した。三人はもう寂しくないだろう。骨の欠片(かけら)や粉だけを僕は日本に連れ帰ることにした。もうこの墓に来ることは二度とないだろう。よそ者が度々(たびたび)訪れて、不審がられるような()を犯してはならない。僕は両親の姿を目に焼き付けた。当然だが、二人ともアァシイーに少し似ていた。きっと僕もそうなんだろう。自分ではよくわからないが。



 日本へ帰国しても、僕は大学にも行く気になれずにいた。アァシイーの骨は瀟洒(しょうしゃ)な蓋付きのガラスの容器に移し替えて、部屋に置いて、向かい合った。

 祖父母はそんな僕に何も言わなかった。僕は祖父母とほとんど口を()かなくなっていた。それまでは、暗くなりがちな家を明るくしようと、わざとふざけて笑わせようと気を使う孫だったのだが。遅れて始まった反抗期か、祖父母の機嫌など、どうでもいいことに感じられた。


 とうとう祖母がしびれを切らして声をかけてきた。祖父も後ろに立っていた。

二十(にと)、中国で何があった?」

「おばあちゃん、母さんって、どんな人だった?」僕は祖母の方を向かずに、アァシイーの骨を見ながら尋ねた。

「・・・お前に言ったことはなかったけど、実のところ怖かったよ。私は自分の娘が怖かった。こどもの頃から、他の子とは違っていた。頭が良すぎるんじゃないかと思った。親に甘えることもなかった。何を考えてるのかわからなかったよ」

「母さんが死んで、ほっとした?」

「そんなことは・・・でも、一緒に暮らしていると、値踏みされて、見下されているような、恐ろしい気持ちが、ずっとあったよ。我が子をかわいいと思えないなんて、異常だ、そうだろう?」

「かわいそうだね。おばあちゃんも、母さんも」

二十(にと)、それは倫子(りんこ)の骨なんだろう?墓を掘り返して()って来たのか?」

「違うよ、おばあちゃん。これはアァシイーの骨だ。僕のたった一人の妹、おばあちゃんのもう一人の孫だよ」

「そうか。何も知らなかった。倫子らしいといえば倫子らしいな。中国では幸せだったんだろうか?二十(にと)、父親には会えたのか?」

「もう亡くなってたよ」三人とも黙り込む。

 やっと祖父が口を開いた。「二十(にと)、しっかりしろ。お前がショックを受けているのも、つらいのもわかる。でもな、中国へ行く前と今と、何も変わらんだろう?お前が生まれてからずっとこの三人家族だった。今からもそうだ」

「そうだね、おじいちゃん。でも、知ってしまってから、知らない振りはできないよ」

「死んでも倫子は田代家を引っ掻き回す。俺はあいつの性根を真っ当にしたかった。俺がオヤジやオフクロから教わったように、人生で一番大事なことはコツコツと真面目に働くことだとわからせたかった。こどもの頃から勝手ばかりしやがった。どうせ中国で不幸な目にあって早死にしたんだろう?そうに決まっている。」祖父の怒りは根が深そうだった。

「おじいちゃん、僕も母さんのことを100%理解できたわけじゃないよ。でも、母さんは普通の人以上に人生に真剣に向き合って努力し続けていたらしいんだ」なぜか僕は母さんを擁護した。

「そんなわけがあるか!そもそもこどもは親の言うことを聞くものだ。結婚は親の許しを得るものだ。子育ては母親がするもんのだ。親の介護は娘がするもんのだ。倫子は何一つまともにやっとらん」祖父は全否定だった。

「じゃあ、おじいちゃんは母さんの話をじっくり聞いてあげたことがあった?」僕はまた母さんの味方についていた。

「逆だ!倫子が親の言うことを聞かねばならん」祖父は過去の自分の言動に全く後悔はなさそうだった。そして祖父は性格に気難しい面もあったが、これほどの頑迷(がんめい)さを僕に表したのは初めてだった。自分の娘を仇敵(きゅうてき)と見なしているかのようだった。祖母が僕にもう口を開くなと目配(めくば)せしてきた。でも僕は止まらなかった。

「おじいちゃんとおばあちゃんには育ててもらって感謝してるよ。でも、おじいちゃんが(がん)になって仕事をやめた後も、僕たちがそれまで通りの生活ができたのは、母さんが買ったマンションがあったからじゃないの?」祖父は血相を変え、祖母を(にら)んだ。祖母は首を横に細かく振った。

二十(にと)誰に吹き込まれた?」

「アァシイーが話してくれた。母さんが日本語を教えてたんだ」

「倫子が自分に都合のいいようにしゃべってたんだな」

「おじいちゃん、母さんは僕を育てて、親孝行もしたんだ。そうは思えないの?」

「思えんわ!あんな奴」取り付く島がまるでなかった。祖父と言い争っても父母も妹も生き返ることはない。僕は会話をやめた。


 僕がアァシイーにできることは全てなくなった。祖父母に言いたかったことは全て吐き出した。何もやることがなくなった僕は大学に通い出した。久しぶりに講義に出席すると、軽い友人達は「遊んでさぼってたんだろう」と言い、僕は「遊んでさぼってたんだ」と軽く答えた。そして何事もなかったように日常は淡々と続いた。この世の誰も父さんと母さんとアァシイーの気持ちも居場所も知らないんだと思うと、大声で叫び出したく日もあった。でも、実際に声を出すことはない。講義に出て、レポートを書き、サークルで軽口を叩き、安い酒で盛り上がる大学生を続けた。


 ある夜大学から帰宅すると、祖母が「ナリタさんって女の人から、電話があったよ。二十(にと)は留守だって言ったら切れたよ」と教えてくれた。イチコちゃんだ。僕はすぐに入ったばかりの玄関を出て、成田空港に向かった。

 僕がこの前アァシイーを探しにきて座っていたベンチにイチコちゃんは座っていた。「小学校の電話連絡網がまだあったからかけてみたの。ニトくんはずっとあの家に住んでるの?」

「うん、ずっと三人で、ずっとあの家。イチコちゃんはもう働いてるんだね。占い師」

「占い師って言ってるけど、実は占ってないんだ。」

「そうなの?お客さんがいっぱいいるから仕事になってるんだろ?」

「私ね、お客さんのね、近くにいる、死んだ人の言葉をね、聞くんだ。そしてそれを、お客さんに、受け入れて、励まして、アドバイスになるようにちょっと変えて話してるんだ。・・・でもニトくんの時はそうじゃなくて、妹さんが直接話してたね」

「そっちの方が、占いよりずっとすごそうに聞こえるよ、イチコちゃん。きっとたくさんの人を救ってるんだね。僕もイチコちゃんに救われたよ。この前は本当にありがとうね。おかげで妹に会いに中国まで行けたよ。本当にありがとう。あの時は動転してお礼も言えてなかった気がする」

大人(おとな)ニトくんはいつも泣き顔だね」

「え?ほんとだ。涙が。恥ずかしいな。イチコちゃんには何度も見られちゃったな」

「いいんだよ。ここは泣いてたって、みんな気にしないでくれる場所だから」

「いい場所を職場にしたね」僕は(うつむ)いてそっと涙を落とした。




 1979年に始まった一人っ子政策は2016年に廃止された。そして、一人っ子政策に違反したことによる無国籍者もそれ以外の理由による無国籍者も同時に戸籍の登録申請ができるようになった。

 僕はアァシイーが2016年まで生きながらえていてくれたら、と思わずにはいられない。けれど、アァシイーの死は変えられない事実なのだ。

 僕は美術館へ行く。国宝の曜変天目茶碗に群がる人々の隙間から、その光彩を目にする。それが記憶への導火線の点火となって、中国の両親とともにある無数の曜変天目茶碗が脳内に展開される。僕は両親の目線になってそれらを見つめる。それは宇宙空間に漂い全方位を同時に見ている感覚だった。僕はしばし陶然(とうぜん)となる。曜変天目茶碗をこの世の何より美しいと思うのは、両親と同じく、僕も曜変天目茶碗中毒症だからだ。アァシイーに「君が命をかけた秘密は守られてるよ」と心のなかで話しかける。

 もうひとつの遺伝、致死性家族性不眠症は、まだ発症していない。今のところは。



お読みいただきありがとうございました。

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