2章
扉が開く。
その人は、私の前にやってきて、止まった。
「遅くなって、ごめん」
その声の主は、父だった。
「布団がしわになってる。直してやるよ」
どきりとした。
布団がしわになったのはきっと、私が動いたからだ。
そんなことに気づくわけもない父は、私の白い布団を直しながら話し続けた。
「……小さい時から元気で明るい子で、妹が出来てからは妹思いの優しい子になって……今までたくさん叱ってきたけど、でも、お前のことが、大好きだった……」
父はそっと、私の手を握った。
「今まで、ありがとな……」
私の手に、何かが落ちた。
涙だ。父が泣いている。
そう気付いた瞬間、プツリと何かが切れた。
もう、我慢の限界だった……。
閉じた目から熱いものが溢れ出した。それは、火傷しそうなぐらいに熱かった。
線香の匂いがする。
「……泣いてる……」
父が呟いた。
しまった。気付かれた。
「あの言い伝えは……本当だったんだ……」
父は呟き、私は内心首をかしげた。
『あの言い伝え』って、なんだろう?
父は小声で、私に語りかけた。
「まだ、少しだけ、話せない?」
私は、動かなかった。
あの涙は見間違いだと、気のせいだったと思われたいから。私がまだ動けて話せることに、気付かれたくないから。
だけど……
「ほんの少しだけでいい、話したいんだ」
震えた声で、父は言う。
こんな父の声……初めて聞いた。
その次の瞬間、勝手に口が動いた。
「……私も」
思わず口にしていた。
1番伝えたい一言を、たった一言だけを。
「私も、大好きだったよ……」
それっきり、私は何も語らなかった。
でも、多分父はもう確信しているだろう。私が動いたり話したりできるのは、気のせいではなく事実であると。
「……ありがとう」
父は言い、また、泣いた。
でも、泣いているところを見ていた訳ではなかった。近くでぼと、と涙が落ちる音がしたから分かっただけだ。
お線香の匂いがした。
そして、父はいなくなった。
父がいなくなった後、私は起き上がり、涙を拭った。