七、開会式、そして、初戦
七、開会式、そして、初戦
陽が沈み、辺りが暗くなり、リーン邸の中庭の至る所に設置された篝火が焚かれた。
その頃、アルカーナは、闘舞台のほぼ中央の位置に、他の七名の参加者と共に、屋敷の方を向いて、並んで居た。
間も無く、小柄で体格の良い無精髭の男が、開会式の挨拶を始めた。少しして、次々に、左側から出場者の名前を呼び上げた。
その直後、呼ばれた者は、右手を上げたり、一礼したりと、反応した。
その都度、歓声が上がった。
やがて、アルカーナは、四番目に名を呼ばれた。その瞬間、得意満面の笑顔で、左手を突き上げた。印象付けたいからだ。
次の瞬間、観衆の反応が、前の三人と違って、冷ややかだった。
その刹那、アルカーナは、恥ずかしさあまり、萎縮した。自分だけ浮いたからだ。そして、「あはは…」と、苦笑いを浮かべながら、左手を下ろした。
程なくして、無精髭の男が、何食わぬ顔で、出場者の紹介を再開した。
その間に、アルカーナは、気持ちを切り替えて、出場者達を見回した。どんな顔ぶれなのか、気になったからだ。そして、左隣の厳つい顔をした半裸で腰簑を巻いた男が、やる気満々と言わんばかりに、そわそわしている姿が視界に入った。
突然、「おい! きょろきょろ見てんじゃねぇ!」と、ヤースーが、右側から凄んで来た。
アルカーナは、すくずさま振り向くなり、「あんたなんか、眼中に無いわよ」と、素っ気無く答えた。気に入らないのは、お互い様だからだ。そして、屋敷へ向き直った。
その直後、「お前達、私語は慎め。これから、ゲオ様とヨーシ様の開会の御挨拶が、始まるからな」と、無精髭の男が、偉そうな物言いで、注意して来た。
「はいはい」と、アルカーナは、神妙な態度で、返事をした。失格になりたくないからだ。
間も無く、チビ・デブ・ハゲの黒ずくめの身形の中年男と黒髪で、後頭部が異様に突出した金糸仕立ての背広姿の色白の若い男が、左側から現れた。
その途端、無精髭の男が、二人へ恭しい態度となり、「ゲオ様、ヨーシ様、御挨拶の御言葉を」と、やんわりとした口調で、促した。
程なくして、二人が、中央に並んだ。そして、向き合った。
「ヨーシ様、私から、御先に挨拶をさせて頂いて、宜しいかな?」と、黒ずくめの男が、若い男に向かって、御用聞きのように、低姿勢で、伺った。
「ゲオ殿、善きに計らえ」と、ヨーシが、棒読み口調で、応えた。
「では」と、ゲオが、向き直るなり、「諸君、よくぞ、リーン邸に集まってくれた。今宵の武術大会を盛り上げてくれる事を期待する」と、声高らかに、挨拶をして来た。そして、「続いて、ヨーシ様の開会の御言葉が有る」と、告げた。
その直後、「けっ!」と、ヤースーが、悪態をついた。
次の瞬間、ゲオと無精髭の男が、何かに怯えるかのように、顔を強張らせた。
その間に、ヨーシが、ヤースーの悪態など気にする風も無く、何食わぬ顔で、挨拶を述べた。しばらくして、「君達、これから頑張ってくれ」と、最後まで棒読み口調で終えた。そして、すぐに、踵を返した。
少し後れて、「ヨ、ヨーシ様、御待ちを!」と、ゲオが、慌てて、追い掛けた。
間も無く、二人が、闘舞台から下りて行った。
少しして、「では、これより、抽選を始めます」と、無精髭の男が、場を取り繕うように、苦笑しながら、仕切り直した。そして、「同じ数字が書かれた紙切れを引いた方が、対戦相手となります。一から四までの数字を書いてあります。数字は、試合の番号です」と、説明した。
間も無く、丸顔の男が、上面に、片手が余裕で入るくらいの円い穴を開けた小鳥の巣箱大の立方体の木箱を抱えながら、現れた。そして、無精髭の男の左隣に、立った。
「では、ブヒヒ族の方から引いて下さい」と、無精髭の男が、指示した。
その直後、ヤースーから順に、引いていった。
やがて、アルカーナが、前へ進み出て、右手を木箱へ入れた。そして、適当に、折り畳まれた紙切れを取り出すなり、元の場所へ戻った。
次に、隣の厳つい顔をした半裸で腰簑を巻いた男が、進み出た。そして、「うがー!」と、吠えるなり、木箱に、右手を突っ込むのだった。
その後も、残りの参加者達が、入れ替わりに、紙切れを引いた。
しばらくして、全員の抽選が、終わった。
間も無く、「では、各自、それぞれ引き当てた紙を開いて下さい」と、無精髭の男が、促した。
その直後、アルカーナは、言われるがままに、紙を開いた。すると、一という数字が、黒い顔料で、記されているのを視認した。その瞬間、動揺した。まさか、いきなり、最初の試合とは、想定外だからだ。
「皆さん、こちらに、数字を見せて下さい」と、無精髭の男が、指示した。
アルカーナは、紙をひっくり返して、無精髭の男の方へ、数字の面を向けた。
少しして、「では、一と記された紙を持った人以外は、闘舞台から下りて下さい。審判は、この私が、引き続き務めさせて貰います」と、無精髭の男が、声高らかに、宣言した。そして、「猫耳族の方とその隣の半裸の方は、残ってて下さい」と、声を掛けて来た。
その直後、丸顔の男を先頭に、他の参加者達が、移動を始めた。
突然、ヤースーが、眼前で歩を止めるなり、「お前、命拾いをしたな」と、薄ら笑いを浮かべながら、意味深長な発言をした。
「あんたこそ、あたしと戦う前に、初戦敗退なんて、勘弁してよね」と、アルカーナも、負けじと、すまし顔で言い返した。言われっぱなしなのは、癪だからだ。
次の瞬間、「な、何おぅ!」と、ヤースーが、憤怒した。そして、「お、お前、この場で、ぶっ殺してやる!」と、凄い剣幕で、突っ掛かってこようとした。
そこへ、「止めろ!」と、ヨーシの棒読み口調の声が、割り込んだ。
その瞬間、ヤースーが、寸前の所で、動きを止めた。そして、背を向けた。
その直後、「お前、僕に楯突くと、今すぐに、失格にしちゃうぞ」と、ヨーシの迫力の無い声がした。
「ヤースー、ヨーシ様に楯突くのは止せ。ここは、黙って引き下がるのが、得策だぞ」と、無精髭の男が、宥めるように、囁いた。
その途端、「へいへい。ヨーシ様、すいやせんでした」と、ヤースーが、投げやりな態度で、謝罪した。
その刹那、「おう、分かれば良い」と、ヨーシの偉そうな声が、返った。
次の瞬間、場内が、称賛の声で、沸いた。
ヤースーが、再び、向き直り、「てめぇ、必ず殺してやるからな…」と、物騒な言葉を吐いた。
アルカーナも、すぐさま、返事代わりに、あかんべーをした。いちいち受け答えするのも、面倒だからだ。
「ふん、短い人生を、精々、楽しむんだな」と、ヤースーが、捨て台詞を吐いた。そして、悠然と、闘舞台を下りて行った。
間も無く、闘舞台の上には、アルカーナ、無精髭の男、半裸の男だけとなった。
「二人共、そこの赤い線の所に立て」と、無精髭の男が、二本の足下の赤い塗料で引かれた線の真ん中を、右手で指しながら、指示をして来た。
アルカーナは、右へ一歩移動して、右側の赤い線の外側に、立った。
少し後れて、半裸の男も、同様に、反対側の線の外側に、立った。
その直後、「では、二人共、向かい合って」と、無精髭の男が、促した。
アルカーナは、左を向いた。
半裸の男も、やる気満々で、見据えていた。
「二人共、武器を構え!」と、無精髭の男が、告げた。
アルカーナは、細い剣を抜くなり、半裸の男へ切っ先を向けながら、身構えた。小技でも、機先を制しておきたいからだ。
半裸の男も、対照的に、石斧を振り上げて、一撃必殺を狙っているかのような構えを取っていた。
程なくして、「始め!」と、無精髭の男が、掛け声と同時に、両手を交差させた。
その途端、半裸の男が、一瞬の差で、速く反応した。そして、石斧を振り下ろして来た。
「きゃっ」と、アルカーナは、小さな悲鳴を発するなり、咄嗟に、後退した。一瞬後、石斧が、空を切りながら、眼前を通過して行った。その刹那、足下で、甲高い抜けるような音が、響き渡った。そして、足下を見やった。その瞬間、戦慄が走った。何と、先刻の一撃が、床石を砕いているからだ。その直後、半裸の男へ、視線を戻した。
その間に、半裸の男も、石斧を振り上げていた。そして、「うがぁ!」と、突進して来た。
アルカーナは、咄嗟に、右へ跳ぶなり、間一髪の差でかわした。一撃をまともに食らうと、絶対絶命だからだ。そして、反転するなり、攻撃をしにくいように、軽快な足運びで、撹乱戦法に出た。半裸の男が、一撃必殺を狙っているのは、見え見えだからだ。一時の間、半裸の男の攻撃をかわしまくった。
しばらくして、「うがぁ! ちょろちょろと!」と、半裸の男が、腹を立てた。そして、大振りから闇雲に振り回し始めた。
その瞬間、アルカーナは、半裸の男が、頭に血が上り、冷静さを失ったと察した。そして、今の位置と背後の縁までの距離を一瞥した。すると、約七歩くらいの距離だと視認した。そして、半裸の男に、気取られないように、縁へ向かって後退を始めた。半裸の男に勝つには、この手しか無いからだ。
半裸の男も、剥きになって、追撃して来た。
その間に、アルカーナは、攻撃を受け流した。少しして、縁へ辿り着いた。その途端、足を止めるなり、不敵な笑みを浮かべた。ほぼ、作戦は、上手く行ったようなものだからだ。
少し後れて、半裸の男も、釣られるように、半歩先で、動きを止めた。その直後、「うがぁ! 何がおかしい!」と、食って掛かった。
「別に」と、アルカーナは、何食わぬ顔で、返事した。特別、半裸の男が、おかしい訳ではないからだ。
「うがぁ! お前、これで、仕留める!」と、半裸の男が、激昂するなり、石斧を振り上げた。その直後、直線的に振り下ろしながら、襲い掛かって来た。
その瞬間、アルカーナは、口元を綻ばせながら、余裕を持って、左へ軽く跳んで、避けた。逆上して冷静さを欠いた半裸の男の行動が、手に取るように、想像出来たからだ。
一瞬後、半裸の男が、右側を通過した。間も無く、「うがぁぁぁ!」と、叫びながら、前のめりになった。そして、勢いそのままに、真っ逆さまに、落ちて行った。
アルカーナは、その様を見届けた。そして、満面の笑みを浮かべた。こうも、思い通りに、上手く行くとは、思いもしなかったからだ。
次の瞬間、半裸のが、頭から着地をするなり、勢い余って、でんぐり返った。そして、着席しているヨーシの前で、大の字になって、身動き一つしなくなった。
程なくして、何処からともなく、木彫りの髑髏の首飾りをした小汚い身形のぼさぼさした白髪頭の老婆が、半裸の男へ、駆け寄った。
少し後れて、ヨーシも、席を立った。そして、半裸の男に、歩み寄った。
間も無く、老婆が、半裸の男の傍へ着くなり、「おお! ジャン・カーズ!」と、半裸の男の名を呼びながら、しゃがんだ。
そこへ、ヨーシも、老婆の左隣に来た。そして、「お前達! よくも、僕の武術大会に、無断で参加したな!」と、棒読み口調で、言い放った。
老婆も、すぐさま見上げるなり、「ふん! それが、どうしたと言うんじゃ? 参加資格に、使用人は参加出来んとは、書いておらんかったぞ」と、見据えながら、言い返した。
「うぬぬ…」と、ヨーシが、顔面を紅潮させながら、歯噛みをした。そして、「使用人の分際で!」と、右手で、立派な細工が施された豪華な剣を抜くなり、振り上げた。
その刹那、ヨーシの席の右隣の席から銀糸仕立ての背広の男が、ゆっくりと立ち上がり、「兄上、剣を収めて下さい」と、穏やかな口調で、宥めた。
ヨーシが、振り返り、「ケーシよ、このように、使用人が、主人に逆らうような行為が許せないんだ」と、たどたどしく返答した。
「兄上、良いじゃありませんか。余興としては、存分な役目を果たしてくれた訳ですし、ジャン・カーズも、身をもって痛い目に遭ったのですから、今回は、大目に見てやって下さい。ここで、二人を斬ったところで、庭が汚れるだけですよ」と、ケーシが、取り成した。
「分かった…」と、ヨーシが、聞き入れた。そして、老婆に向き直り、「今回は、ケーシに免じて、許してやる! さっさと、ジャン・カーズを運んで、立ち去れ!」と、剣を収めながら、言い放った。間も無く、元の席へ踵を返した。
そこへ、ヨーシと入れ代わりに、つるつる頭の大男と先刻の丸顔の男が、ジャン・カーズの下へ来た。
「おお! しっかりするんじゃ、ジャン・カーズ!」と、老婆が、声を震わせながら、不安顔で、呼び掛けた。
少しして、「行くぞ、婆さん」と、大男が、ジャン・カーズの両腕を持ちながら、告げた。
丸顔の男も、ジャン・カーズの両足を掴みながら、急かすように、言った。
その直後、二人が、ジャン・カーズを持ち上げた。
老婆も、オロオロしながら立ち上がり、「死ぬんじゃないぞ、ジャン・カーズ!」と、半狂乱気味に、喚いた。
「婆さん、行くぜ」と、大男が、一声掛けた。
その刹那、「優しく運べ!」と、老婆が、注文を付けた。
「へいへい」と、大男が、いい加減な返事をした。
間も無く、大男達が、遊歩道へ向かって、移動を始めた。
同時に、老婆も、ジャン・カーズの耳元で、頻りに声を掛けながら付いて行った。
やがて、一団が、遠退いて行った。
不意に、アルカーナは、右肩を叩かれた。その瞬間、我に返り、息を呑んだ。そして、恐る恐る振り返った。すると、無精髭の男が、いつの間にやら、右隣に立って居るのを視認した。その直後、「もう、脅かさないでよ」と、安堵の笑みを浮かべた。
「猫耳族のお嬢ちゃん、勝ち名乗りを告げないといけないから、赤い線の所まで来て貰えるかな」と、無精髭の男が、やんわりと用件を告げた。そして、反転するなり、引き返した。
アルカーナは、細い剣を収めるなり、無精髭の男に続いた。そして、先刻の場所まで戻った。
その途端、無精髭の男が、左手で、いきなり掴んで来るなり、右手を高々と持ち上げられた。次の瞬間、「勝者! 猫耳族の娘!」と、勝ち名乗りを宣言した。
その刹那、四方から、歓声と拍手が、一斉に起こった。
アルカーナは、照れ笑いを浮かべながら、右回りに、四方へ頭を下げた。今までで、一番浴びる拍手喝采だからだ。
間も無く、無精髭の男が、手を放した。
アルカーナは、足取り軽やかに、階段へ、歩を進めるのだった。




