五、擦れ違い
五、擦れ違い
フィレンは、リーン邸の正門から、遊歩道を左へ、足を運んだ。屋敷の裏から回って、準備のどさくさに紛れて、一足先に、給仕用の衣装を入手しておきたいからだ。少しして、裏庭に出た。その瞬間、足下の赤レンガの目地からは、草が伸び放題で、壁には、蔦が蔓延り、奥は、密林の如く、鬱蒼と枝葉を繁らせた木々が、視界に入った。
突然、「ウガーァァァ」と、雄叫びがして来た。
次の瞬間、「ひっ!」と、フィレンは、身を竦めた。そして、足早に、歩を進めた。しばらくして、古びた長椅子に、差し掛かった。すると、猫耳族の娘が、その上で、涎を垂らしながら、呑気に眠っているのを視認した。その途端、立ち止まるなり、「こんな気味の悪い所で、呑気に、寝ていられるわね…」と、溜め息を吐いた。
その直後、「ウフフフ…。ヤースー、賞金は、あたしの物よ…」と、猫耳族の娘が、ニヤニヤしながら、ご機嫌な寝言を口にした。
「どうやら、参加者みたいね」と、フィレンは、見解を呟いた。恐らく、夢の中で、優勝賞金を手にした所だと察したからだ。そして、「一回戦で、負けなきゃ良いけどね~」と、皮肉った。武術大会などに、興味など無いからだ。
その刹那、猫耳族の娘が、転がり落ちた。だが、何事も無かったかのように、寝息を立てていた。
「相当な寝坊助ね。不戦敗にならなきゃ良いけどねぇ~」と、フィレンは、呆れ顔となった。全く起きる気配が、無さそうだからだ。そして、再び、歩き始めた。やがて、手洗い場へ行き着いた。その途端、真っ赤に染まっているのに、目を見張った。まるで、物騒な血塗れの現場に見えたからだ。少しして、安堵した。赤い顔料だと判明したからだ。程無くして、右手の半開きの扉から、屋内へ侵入した。すると、埃を被った厨房だった。その瞬間、「あのチラシは、嘘だったのかしら?」と、訝しがった。あまりにも、不衛生だからだ。少しして、奥へ進んだ。間も無く、衣装棚に突き当たった。その直後、引き出を引いた。そして、数着の色褪せた給仕服一揃えが、畳まれた状態で、収納されていた。それを見るなり、「こんなので、接客するの? 着られるもんじゃないわね。取り敢えず、前掛けだけでも、拝借させて貰おうかしら?」と、ぼやくなり、一つ下の前掛けを抜き出し始めた。しばらくして、それを抜き出すなり、右手で叩いた。次の瞬間、埃が、舞い上がった。その刹那、「臭いが移っちゃいそうだから、一万の報酬は、諦めるしかないわね」と、年季の入ったカビ臭さに、眉根を寄せた。お金の為と言えども、生理的に、無理だからだ。間も無く、前掛けを引き出しへ戻すなり、踵を返すのだった。




