四、アルカーナ、声に驚く
四、アルカーナ、声に驚く
アルカーナは、貧民窟から北回りに、町のあらゆる場所を見て回る事にした。遠回りがてら、リーン邸の評判を聞いておきたいと思ったからだ。しかし、行く先々で、聞き耳を立てるが、口を揃えて、褒めちぎる者ばかりで、悪く言う者には、出会わなかった。陰口を叩かない事に、違和感が有ったからだ。そして、不自然に思いながらも、リーン邸へ足を向けた。しばらくして、順調な足運びで、坂を上り切り、リーン邸の門柱を通り抜けて、邸内へ進入した。少しして、左手に、外壁に、蔓草の蔓延っている屋敷が、見えた。その方へ、遊歩道沿いに、向かった。間も無く、屋敷の正面の庭へ出た。その直後、中二階建てで、石造りの立方体の鬪舞台が、視界に入った。少し先には、数名の参加者と思われる身形の者達が、列になっているのを視認した。程無くして、最後尾へ付いた。その途端、口元を綻ばせた。優勝賞金が、現実味を帯びて来たからだ。
不意に、「そこの猫耳族の娘、参加するんだろ?」と、聞き覚えの有る声に、問われた。
その瞬間、アルカーナは、我に返り、受付を見やった。その直後、丸顔の男を視認した。そして、「え、ええ…」と、平静を装いながら、小さく頷いた。廃屋の地下室で、ヤースーと話をしていた男の声に酷似しているからだ。
「お前、何をじろじろと見ているんだ? さっさと、受け付けを済ましてくれないか? 俺は、そんなに暇じゃないんでな」と、丸顔の男が、無愛想に、急かした。
「はいはい」と、アルカーナは、何食わぬ顔で、返事をした。そして、「どうすれば、良いのかしら?」と、尋ねた。イラッとなったが、優勝賞金の為に、堪えるしかないからだ。
少しして、丸顔の男が、台の上に、黄ばんだ半紙を置くなり、「この紙へ、手形を押してくれ。それで、参加手続きの完了だ」と、告げた。
「ふ~ん。そうなんだあ~」と、アルカーナは、承知した。そして、半紙の右側に置かれて有る朱色の塗料を染み込ませた綿へ右手を伸ばすなり、手の平へ付着させた。その刹那、半紙へ押し付けた。間も無く、手を離した。次の瞬間、くっきりと手形が残った。
「開始時間までは、もう少し時間が有るから、屋敷の中以外なら、何処でも、見て回ると良いだろう。それと、手洗い場は、屋敷の東側の厨房の入口脇に在るから、そこで、塗料を落としてくれ」と、丸顔の男が、淡々と言った。
「はいはい」と、アルカーナは、相槌を打つように、返事をした。用件さえ済めば、それで良いからだ。そして、屋敷の方へ、足を向けるのだった。




