二、ラーサ、老婆に怯える
二、ラーサ、老婆に怯える
掲示板の右端のチラシの前に立って居るバニ族の娘は、ラーサ・ロメナズ。実家から、店の商品の占い関連の道具を詰め込んだ焦げ茶色の手提げ鞄を携えていた。そして、中身を売りさばいて、当座の路銀を稼いで、自分探しの旅を続けていた。占いならば、簡単に稼げると思ったからだ。しかし、占いは、からっきしなので、思ったほど、儲けは無かった。気が付けば、ここへ行き着いたのだった。間も無く、その紙面の文言を、目で追った。
『リーン邸武術大会の優勝者を予想しよう。本命、大穴、何でもござれ。掛け金は、あなたのお小遣いから全財産まで、上限は、ありません。億万長者か、一ヨーシ無しとなるかは、あなたの力量です。
受付場所 リーン邸入口 ヨーシ像前
受付時間 夕方より、試合開始まで
優勝者予想的中配当金の払い戻しは、優勝者表彰後、受付場所にて。
但し、騒動・事故等で、武術大会が、中止になっても、賭け金の払い戻しは出来ませんので、悪しからず。
リーン邸武術大会運営委員会』
少しして、兎耳を直立させた。優勝者を的中させる事で、自分の存在意義を見出だせるかも知れないと、直感したからだ。そして、背を向けるなり、休めそうな場所を探し始めた。受け付け時刻まで、かなり、時間が有るからだ。間も無く、雄々しく聳える青々と枝葉の繁った巨木が、視界に入った。それと同時に、右方向へ立ち去る猫耳族の娘を視認した。程無くして、巨木の根元まで、歩を進めた。休憩するには、十分過ぎるくらいの大きさなので、一目で気に入ったからだ。そこへ着くなり、背を向けて、腰を下ろした。その直後、幹へ身を預けるように、寄り掛かった。やがて、足を伸ばして、太ももへ、鞄を乗せた。しばし、寛ぎながら、空をぼんやりと眺めていた。次第に、想像以上に、快適なので、心地好くなり、うとうとと、微睡んだ。枝葉が、良い具合に、陽射しを遮り、穏やかに吹き抜ける風も、人肌に近い温かさだからだ。だが、至福の時間を邪魔するかのように、乾いた木々のぶつかり合う耳障りな奇妙な音が、正面から近付いて来た。その音で、目を覚ました。すると、ぼさぼさの白髪頭で、首に、木彫りの黒ずんだドクロを繋げた首飾りをぶら下げており、右手にも、ドクロの装飾を施した杖を突きながら、古びた長衣を纏った呪術師風の老婆を視認した。その刹那、ぎょっとするなり、表情を強張らせた。身形が、禍々しく感じたからだ。しばらくして、何事も無く、左側を通り過ぎたので、安堵した。
少しして、「よっこらせ!」と、反対側から、嗄れ声がして来た。
その瞬間、ラーサは、震え上がった。反対側へ居座られるとは、思いもしなかったからだ。そして、恐怖のあまりに、この場から動く事が、出来なかった。腰を抜かしてしまったからだ。間も無く、落ち着きを取り戻した。すると、反対側で、会話が繰り広げられているのを耳にしたからだ。程無くして、老婆とやや、どすの効いた男の声とのやり取りだと判別出来た。間も無く、聞き耳を立てた。興味がそそられたからだ。
「婆さん、一族を再興させるには、金だよ、金!」と、男が、捲し立てるように、言った。
「あたしゃ、金に興味は無いよ。ヨーシの奴に奪われた森さえ戻れば、それで良いんじゃからな」と、老婆が、素っ気なく返答した。
「だから、俺達が、あんたに協力してやろうっていうんじゃないか」と、男が、にこやかに、申し出た。
「ふん。確かに、お前達の申し出は、ありがたいし、金の勝ちは、分かるが、気に入らんな」と、老婆が、難色を示した。
「何がだ?」と、男が、訝しがった。
「我が息子、ジャン・カズの配当金が低いのがな」と、老婆が、理由を述べた。
「それは、あんたの息子が、見た目からして、強そうだからさ。だから、配当金が、低いのさ。俺達、いや、ゲオ様が、認めていらっしゃるのでね。ま、大会では、何が起こるか分からんから、配当金の高いヤースーって奴に、賭けておいても、損は無いって事さ。ヨーシに奪われた森を取り返したいのなら、それくらいの高額な配当金じゃないと、無理って事だな。とにかく、夕方までに、考えておいてくれよ。じゃあ、俺は、今晩の準備が有るから、行くぜ」と、男が告げた。
「分かった…」と、老婆が、承知した。
その途端、ラーサは、口元を綻ばせた。真偽は、定かではないが、ヤースーという者へ賭ければ、高額配当が得られるという儲け話を、思わぬ形で、耳にしたからだ。そして、嬉しさのあまりに、天を仰いだ。今日は、特別な日になりそうな予感がするからだ。少しすると、眠気に襲われて、そのままの姿勢で、眠ってしまうのだった。




