二一、山分け
二一、山分け
アルカーナ達は、意気投合した酒場の前まで戻った。
「あたしが、話をつけるから、あなた達は、ここで、待ってて頂戴」と、フィレンが、言い残すなり、中へ入った。少しして、出て来るなり、「良いって!」と、にんまりとしながら、告げた。
間も無く、アルカーナ達は、速やかに、店内へ、布袋を運び始めた。
しばらくして、「これで、最後ね」と、フィレンが、戸口の前に立ちながら、口元を綻ばせた。
「何が、最後よ! 自分は、何もしないで、あれこれ偉そうに、指図して!」と、アルカーナは、布袋を抱えながら、指摘した。手伝いもしないで仕切っている態度が、イラッとなったからだ。
「ふん。これでも、仕分けしやすいように、頭を使っているのよ!」と、フィレンも、上から目線で、言い返した。
その刹那、「ムカつくぅ~」と、アルカーナは、口を尖らせた。体の良い言い訳だからだ。そして、覚束無い足取りで、店内へ入った。間も無く、入ってすぐの所で、下ろした。
その直後、「こ、これは、いったい、どうなされたのですか?」と、ウルフ族の男店主が、怪訝な顔で、尋ねた。
「昨日の武術大会の賭け金よ」と、フィレンが、間髪容れずに、しれっと答えた。
次の瞬間、「な、何と!」と、ウルフ族の男店主が、面食らった顔をした。そして、「よく、これだけの数を運んで来られましたね…」と、感心した。
「まあ、危うく、持ち去られる所だったけどね」と、フィレンが、得意顔で、言った。そして、経緯を語った。
しばらくして、「ケーシ様と話をされていたあの男達が、その一味だったという訳ですか…」と、ウルフ族の男店主が、理解を示した。そして、「つまり、ここに有るお金の所有権は、誰の物でもない状態ですね」と、言葉を続けた。
「そう言う事ね。つまり、落とし物拾ったんだから、あたしの物となるのよね?」と、フィレンが、得意満面の笑顔を浮かべながら、告げた。
「あんた、都合の良い方向へ、話を持って行ってるんじゃないわよ」と、アルカーナは、冷ややかに、指摘した。魂胆が、見え見えだからだ。
「じゃあ、どうするって言うの? お金は、使ってこそ、価値が有るものよ」と、フィレンが、しれっと言い返した。そして、「じゃあ、持ち主の一人一人に、返してあげるつもりなの?」と、詰った。
「そ、それは…」と、アルカーナは、言葉を詰まらせた。持ち主を見つけて返すのは、不可能だからだ。
「まあ、悪銭身に付かずだし、山分けにすりゃあ良いじゃねぇか。俺様は、メギネ族の娘に、賛成だな」と、ヤースーが、支持した。
「あなたよりも、ラーサの子分の方が、物分かりが良いようね」と、フィレンが、にんまりとした。
「確かに、その娘の申す事も一理有るが、わしは、金など要らん」と、カ・ズサン・コが、辞退した。
「おかーやんの言う通り、金、無くても、ここ来るまでは、やって行けた。町を出たら、森、帰る。だから、金、要らない」と、ジャン・カーズも、口添えした。
「私も、賭けた金貨だけ戻れば、上等です」と、ラーサも、告げた。
「ほらぁ、あんたとヤースーくらいよ。そんな卑しい事を言うのは…」と、アルカーナは、溜め息を吐いた。そして、「それに、山分けにするにしても、お財布に入り切らないし、ただのお荷物にしかならないじゃない」と、言葉を続けた。持ち切れないお金を持ち歩いても、盗賊のような良からぬ輩を引き寄せるだけの事だからだ。
「でも、お金は、幾ら有っても、困る物じゃないでしょう」と、フィレンも、反論した。
「確かに、この量を持ち歩くのは、邪魔になりそうだな。それに、両替屋へ預けようにも、訳有りだから、預けられねぇしな」と、ヤースーも、眉間に皺を寄せた。
「ええ~? あんたも、考えを変えるのぉ~」と、フィレンが、口を尖らせた。
「まあ、要る分だけにしておいたら良いんじゃないの?」と、アルカーナは、助言した。自分も、少しくらいは、財布に入れておきたいという気持ちも、有るからだ。
「そうね。まあ、財布一杯には、詰め込んでおきたいわね」と、フィレンも、妥協するように、同調した。
「そうと決まれば、山分けをしようじゃないか!」と、ヤースーが、意気揚々に言った。
そこへ、「ひょっとすると、思われる程の金額は、分けられないかと思いますよ」と、ウルフ族の男店主が、意味深長に、口を挟んだ。
その直後、フィレンが、ウルフ族の男店主を見やり、「それは、どう言う意味かしら?」と、怪訝な顔で、問うた。
「恐らく、袋の中身の大半が、ヨーシ札じゃないかと思うのですよ」と、ウルフ族の男店主が、理由を述べた。
「ヨーシ札が、どうしたのかしら?」と、フィレンが、小首を傾いだ。
「つまり、この町でしか通用しないお札なんですよ」と、ウルフ族の男店主が、淡々と答えた。
「じゃあ、ほとんどの袋の中身が、紙屑同然ってことね…」と、フィレンが、嘆息した。
「え、ええ…。そうなりますね…」と、ウルフ族の男店主が、申し訳無さそうに、神妙な態度で、小さく頷いた。
その瞬間、フィレンが、気落ちするなり、「そ、そんな~」と、情けない声を発した。その直後、手品のように、服の中から、両手一杯のヨーシ札を取り出した。次の瞬間、ばら撒いた。その途端、紙吹雪のように、宙を舞った。間も無く、店内のあらゆる所へ降り積もった。その間に、その場に、へたり込んだ。
「ちっ! ヨーシの肖像画の刷られたいけ好かない紙切れがっ!」と、ヤースーも、吐き捨てるように、言った。そして、「この野郎!」と、憎々しげに、右足で、足下へ舞い降りたヨーシ札を踏みにじった。
「その代わりと言っては、何ですが…」と、ウルフ族の男店主が、含みの有る物言いをした。
「何かしら?」と、フィレンが、間髪容れずに、冴えない表情で、問うた。
「ヨーシ札以外のお金なら、幾らでも、持って行かれて構いませんよ」と、ウルフ族の男店主が、にこやかに、告げた。
次の瞬間、「え?」と、フィレンが、信じられない面持ちとなった。そして、すぐさま立ち上がり、アルカーナの前へ、覚束無い足取りで、歩み寄って来た。間も無く、立ち止まった。
その途端、「な、何よ…?」と、アルカーナは、戸惑った。気味が悪いからだ。
程無くして、フィレンが、右手を伸ばして来るなり、左の頬をつねった。
その刹那、「痛いじゃないの!」と、アルカーナは、左手で、払い除けた。
その直後、「夢じゃないわよね?」と、フィレンが、尋ねた。
「あたしのほっぺをつねらないで、自分のをつねりなさいよ!」と、アルカーナは、膨れっ面で、抗議した。自分の頬で、確認されたのが、腹立たしいからだ。
その瞬間、フィレンが、満面の笑みを浮かべるなり、「夢じゃないんだ…」と、口にした。
「やれやれ。どれが、ヨーシ札以外の金の袋か、判らないぜ」と、ヤースーが、ぼやいた。
「そうね」と、アルカーナも、うんざりと言うように、溜め息を吐いた。これ以上、面倒臭い事は、したくないからだ。
「あんた達、もう少し、頭を使いなさいよ」と、フィレンが、上から目線で、言った。
その直後、「何よ! 偉そうに!」と、アルカーナは、語気を荒らげた。引っ掛かる物言いだからだ。
少し後れて、「んだと!」と、ヤースーも、凄んだ。
「怒らない、怒らない」と、フィレンが、小躍りしながら、宥めた。
「じゃあ、ちゃんと説明しなさいよ!」と、アルカーナは、喧嘩腰に、要求した。それなりの根拠を示して貰わないと、納得出来ないからだ。
「分かったわ。血の巡りの悪いあなた達に、分かり易く説明してあげるわ」と、フィレンが、得意満面に、応じた。そして、「あたしの推理だと、チビハゲが引き摺っていた袋が、恐らく、ヨーシ札以外のお金だと思うのよね~」と、語った。
「そうね。あの袋だけ、妙に、必死な感じで、運び出していたわね」と、アルカーナも、頷いた。そして、「それに、ラーサの鞄並みに、思たかったわね」と、感触を述べた。異様に、重たかったという記憶しかないからだ。
「じゃあ、その袋を開けりゃあ、済むんじゃねぇのか?」と、ヤースーが、口を挟んだ。
「そうよね」と、アルカーナも、相槌を打った。そして、戸口を見やり、「でも、どれが、どれだか…」と、無数の袋を見つめながら、溜め息を吐いた。一つずつ開ける作業が、ややこしいからだ。
「一つずつ持ち上げるしかないですね」と、ラーサも、表情を曇らせた。
「そんな面倒臭い事をしなくても、良いんじゃないかしら?」と、フィレンが、得意満面で、勿体振った。
その刹那、アルカーナは、フィレンへ視線を戻すなり、「何か、良い手でも有るって言うの?」と、尋ねた。いけ好かないが、考えを聞いても、損は無いからだ。
その直後、「ええ」と、フィレンが、力強く頷いた。そして、「チビハゲが、引き摺っていたんだから、底が汚れている筈よ」と、自信満々で、答えた。
次の瞬間、アルカーナは、はっとなり、「なるほど」と、感心した。確かに、袋の底を見れば、土埃が付着しているのが、一目瞭然だからだ。
「へ、じゃあ、俺様が、ひっくり返してやるとしよう!」と、ヤースーが、意気揚々に、申し出た。そして、袋の傍へ移動した。その直後、ラーサを見やり、「姐さん、底の方を見て下せぇ」と、要請した。
「はい」と、ラーサが、即答した。そして、歩み寄った。
間も無く、二人が、作業を開始した。
「あんたも、回りくどい事を言わないで、最初から、素直に教えてくれれば良かったのに…」と、アルカーナは、呆れ顔で、言及した。推理を聞かされても、時間の無駄でしかないからだ。
「何か癪だったから、あなた達をからかってみたかっただけよ」と、フィレンが、口元を綻ばせながら、理由を語った。
「悪趣味ね」と、アルカーナは、溜め息を吐いた。ただの腹いせでしかないからだ。
「てへ」と、フィレンが、ぺろっと舌を出した。
その直後、「これが、そうみたいですね」と、ラーサの声がした。
少し後れて、「この感触からしても、硬貨のようでやすよ!」と、ヤースーも、力強く同調した。
その瞬間、「ええ!」と、フィレンが、目を輝かせた。そして、足早に、二人の下へ向かった。
「やれやれ。あんな物の何が良いのか…」と、カ・ズサン・コが、理解出来ないと言うように、頭を振った。
「おかーやん、俺、肉、食いたい」と、ジャン・カーズが、口にした。
「まあ、考え方は、人それぞれね」と、アルカーナは、溜め息を吐いた。様々な人間模様の縮図を見せられているような気がするからだ。
「早く開けなさいよ」と、フィレンが、待ちきれないと言わんばかりに、急かした。
その直後、「へいへい」と、ヤースーが、生返事をした。程無くして、袋を雑に起こした。その途端、硬貨のぶつかり合う音がした。
次の瞬間、「待って居られないわ!」と、フィレンが、速やかに、移動した。そして、到着するなり、袋の口紐を解いた。その刹那、「わぁ~」と、歓喜の声を発した。
その間に、アルカーナも、フィレンの右側へ立った。そして、中を覗き込んだ。滅多に見られない光景だと思ったからだ。間も無く、ぎゅうぎゅう詰めの銀貨や銅貨が、視界に入った。その瞬間、「こんなに一杯のお金なんて、見た事無いわ~」と、うっとりしながら、溜め息を漏らした。小銭も、数が集まれば、それなりに、見栄えするものだと感心したからだ。
そこへ、「好きなだけ持って行って下さい。今は、ヨーシ札が、この町では、必要ですので…」と、ウルフ族の男店主が、告げた。
その刹那、「じゃあ、遠慮う無く」と、フィレンが、嬉々として、右手を突っ込んだ。
突然、「ちょっと、待って下さい!」と、ラーサが、待ったを掛けた。
「どうしたの?」と、アルカーナは、問うた。ラーサにしては、珍しいからだ。
「先に、金貨を探させて貰えませんか?」と、ラーサが、申し出た。
「あたしは、良いけど、フィレンは、どうかしら?」と、アルカーナは、半笑いで、フィレンを見やった。どんな反応をするのか、気になるところだからだ。
「し、仕方ないわね。さっさと、金貨を見つけなさい!」と、フィレンが、右手を引っ込めながら、促した。
その直後、「あ、ありがとうございます!」と、ラーサが、礼を述べた。そして、金貨を探し始めた。
「意外ねぇ~」と、アルカーナは、含み笑いをした。まさか、フィレンが、聞き入れるとは、思いもしなかったからだ。
「う、うるさいわね!」と、フィレンが、語気を荒らげた。そして、「別に、あたしの取り分が、減る訳じゃないし…」と、言葉を詰まらせた。
「まあね」と、アルカーナは、鼻に掛けるように、相槌を打った。確かに、取り分は、減らないからだ。
しばらくして、「見つかりましたわ!」と、ラーサが、にこやかに、告げた。
その直後、アルカーナは、ラーサへ視線を向けるなり、「良かったね、ラーサ」と、目を細めながら、声を掛けた。何と無く、我が事のように、嬉しいからだ。そして、フィレンへ、向き直った。
その直後、「あたしの番ね」と、フィレンが、袋へ進み出た。そして、財布を取り出すなり、硬貨を掻き込んだ。やがて、溢れんばかりに、詰め込んだ。
「財布の口が、閉まらないじゃないの」と、アルカーナは、呆れ顔で、溜め息混じりに、指摘した。逆さまにでもしようものなら、全部が、飛び出しそうだからだ。
「ふん。こんな機会なんて、滅多に無いんだから、詰められるだけ、詰めておきたいのよ」と、フィレンが、冷ややかに、返答した。
「それは、そうだけど…」と、アルカーナは、言葉を詰まらせた。確かに、こんな機会など、この先、巡って来るとは限らないからだ。
「あなたは、お金は要らないの?」と、フィレンが、つっけんどんに、尋ねた。
その刹那、「い、要るわよ!」と、アルカーナも、返答した。そして、右手で、懐から取り出し、左手に持ち替えて、袋の口元へ寄せた。その直後、右手で、財布へ、流し込んだ。少しして、八分目くらいの両で、止めた。欲張っても、ろくな事にならないからだ。
「あなたって、損な性格ねぇ~」と、フィレンが、冷やかした。
その瞬間、「う、うるさいわねえ!」と、アルカーナは、両手で、財布の口紐を絞めながら、語気を荒らげた。とやかく言われる筋合いは、無いからだ。
そこへ、「アルカーナさん、フィレンさん。これで、お別れですのね」と、ラーサが、しんみりとした言葉を発した。
「そう言えば、そうね」と、フィレンも、間髪容れずに、相槌を打った。
少し後れて、アルカーナも、はっとなり、「せっかく知り合えたのに、もう、お別れなのね…」と、表情を曇らせた。この店を出れば、別々の道を歩む事になるからだ。
「私、もう少しだけ、お二人と旅を続けたいですわ…」と、ラーサが、吐露した。
「そうね。あたしは、特に、行く当ても、目的も無いか、一緒でも良いわよ」と、アルカーナは、即答した。一人旅というのも、味気無いものだからだ。
少し後れて、「ラーサが、そう言うのなら、あたしも、付き合いましょうかね」と、フィレンも、口にした。
「じゃあ、何処へ行くの?」と、アルカーナは、問い掛けた。今のところ、自分の中では、これといった場所が、思い付かないからだ。
「でしたら、ワトレまで、どうですか?」と、ラーサが、にこやかに、提言した。
「ワトレかぁ~。買い物も、良いわね!」と、アルカーナは、目を細めた。ライランス大陸で、一、二と謳われる商都なので、買い物三昧を満喫出来そうだからだ。
「ワトレって、かなり、南に在るじゃない? 何で、わざわざ、そんな遠くへ?」と、フィレンが、眉をひそめた。
「私の実家が、在るのですよ」と、ラーサが、さらりと答えた。そして、「何も言わずに、飛び出して来たもので、一度、ケジメをつけたいと思いましたので…」と、理由を述べた。
「つまり、あたし達に、付き添って欲しいって事かしら?」と、フィレンが、核心を突いた。
「ええ…」と、ラーサが、小さく頷いた。そして、「どうですか?」と、上目遣いで、問うた。
その直後、「あたしは、良いわよ」と、アルカーナは、意思を表明した。ラーサの帰り辛い気持ちも、理解出来るからだ。
少し後れて、「分かったわ。でも、一つだけ、寄って欲しい所があるのよね~」と、フィレンが、含み笑いをしながら、勿体振った。
「何処よ?」と、アルカーナは、つっけんどんに、尋ねた。嫌な予感がしたからだ。
「チモネーカって言う一攫千金の街よ」と、フィレンが、しれっと答えた。
「ひょっとして、そのお金で、賭け事をする気なの!」と、アルカーナは、素っ頓狂な声を発した。正気の沙汰ではないからだ。
「こういう時こそ、勝負に打って出るべきなのよ」と、フィレンが、意気揚々に、言った。
次の瞬間、「はぁ~」と、アルカーナは、頭を振りながら、溜め息を吐いた。賭け事をしようという発想には、行き着かないからだ。
「分かりましたわ。ワトレの通り道ですし、構いませんよ」と、ラーサが、すんなりと承知した。
その直後、「やった!」と、フィレンが、右手を拳固にするなり、腕を引いて、喜びを表現した。
「まあ、フィレンのお金だから、どう使おうと、自由だけどね~」と、アルカーナは、呆れ顔で、言った。自分が、フィレンのお金の使い道をとやかく言う筋合いも無いからだ。
突然、「娘よ。わしらは、そろそろ出て行く。お前らも、達者でのう」と、カ・ズサン・コが、声を掛けて来た。
「そう。あんた達も、元気でね」と、アルカーナも、にこやかに、返答した。
「娘、お前、無事、ヤマヤマキ、先祖、祈る!」と、ジャン・カーズも、微笑んだ。
「あんたも、ヤマヤマキの戦士として、頑張りなさい」と、アルカーナも、柔和な笑みを浮かべながら、言葉を返した。
その刹那、「おう!」と、ジャン・カーズが、力強く返事をした。
程無くして、二人が、店を出て行った。
少しして、「さあて、俺様も、出て行くとしようかな」と、ヤースーが、唐突に、口にした。
「何処へですか?」と、ラーサが、尋ねた。
「昔の山賊仲間にでも、会おうかと思いやしてね」と、ヤースーが、憑き物が取れたように、清々しい表情で、やんわりと答えた。
「そうですか…」と、ラーサが、理解を示した。
「姐さん、困った時には、何処からでも、駆け付けて来やすよ。命の恩人でやすからね」と、ヤースーが、告げた。そして、「じゃあ、失礼しやす」と、一礼をした。その直後、悠然とした足取りで、立ち去った。
間も無く、「あいつが、来なくても、ラーサは、困らないでしょうに…」と、アルカーナは、溜め息混じりに、言った。ヤースーのような騒動を起こさないだろうからだ。
「そうね。逆に、来て貰う方が、迷惑ってもんよね」と、フィレンも、冴えない表情で、同調した。
「でも、あいつ、思ったよりも、良い奴なのかも知れないわね」と、アルカーナは、ヤースーを見直した。粗野だけど、義理と人情には、厚い者だと見受けられたからだ。
「そうね」と、フィレンも、相槌を打った。そして、「あのお坊っちゃん達も、ヤースーのように、人としての義理と人情くらいは、嗜んでくれていれば、家屋敷を失わなくて済んだかも知れないのにね」と、補足した。
「確かに」と、アルカーナも、頷いた。リーン兄弟の人望の無さは、義理と人情を欠いた事に、原因が有ったからだ。そして、「後の祭りだけどね」と、冴えない表情で、言った。過ぎ去った事を無かった事には、出来ないからだ。
「まあ、何にせよ、この町は、リーン家の支配から解放されたのですから、徐々に良くなると思いますよ」と、ウルフ族の男店主が、口を挟んだ。
「そうね。まあ、その様子を見られないのは、残念ね」と、フィレンが、眉根を寄せた。
「確かに、一眠りしたら、出発しちゃうからね」と、アルカーナも、口添えした。これ以上、町に留まる理由など無いからだ。
「いつになるかは、分かりませんが、用が有れば、立ち寄れば良いじゃありませんか?」と、ラーサが、提言した。
「それも、そうね」と、アルカーナも、同調した。何かの拍子に、立ち寄る事も有るだろうからだ。
「お金になる話でも有ったらだけどね」と、フィレンが、含み笑いをした。
「あなた達が、次に来る時には、きっと、良い町にしてみせますよ」と、ウルフ族の男店主が、満面の笑みで、告げた。
「まあ、第二のリーン兄弟やチビハゲみたいな連中をのさばらせない事が、条件だけどね」と、フィレンが、指摘した。
「たとえ、御二人が戻られても、恐らく、この町に、居場所は無いでしょうし、町の者達も、以前のような暴挙を許す者は、誰一人として居ないでしょうね。散々、思い知らされているでしょうからね」と、ウルフ族の男店主が、見解を述べた。
「だと良いんだけどね。でも、あの兄弟に取り入って、おいしい思いをしていた奴らが、反発するでしょうし…」と、アルカーナは、溜め息を吐いた。リーン家の権力で、甘い汁を吸っていた者達が、黙っていないだろうからだ。
「猫耳族のお嬢さんの懸念も、解ります。でも、それは、一時的なものでしょう」と、ウルフ族の男店主が、しれっと告げた。
「あの二人、反省の色も無かったから、復権は、無理でしょうね。あなたが、心配するだけ、取り越し苦労よ」と、フィレンが、あっけらかんと口添えした。
「そうでしたわね。お立場を理解なされてないようでしたし…」と、ラーサも、補足した。
「それもそうね。あの様子じゃあ、死んでも、気が付かないかもね」と、アルカーナは、皮肉った。橋の上での威張った態度が、思い返されたからだ。
「ですね」と、ウルフ族の男店主も、相槌を打った。そして、「私の新作の混合酒の“町の夜明け”で、祝杯を挙げましょうか」と、提言した。
「うん!」と、三人は、すぐさま、同意した。間も無く、カウンターへ、昨夜と同じように、並んだ。程無くして、杯が、前へ置かれた。そして、次々に、緋色の液体で、満たされた。
少しして、ウルフ族の男店主が、注ぎ終えるなり、「さあ、皆さん、どうぞ」と、にこやかに、勧めた。
アルカーナ達は、言われるがままに、手にした。
その途端、「では、ニホセの明るい未来に!」と、ウルフ族の男店主が、音頭を取った。
次の瞬間、「乾杯!」と、三人は、声を発した。そして、呷るのだった。




