二〇、真夜中の戦い
二〇、真夜中の戦い
アルカーナ達は、早足で、ニホセとゴーエを繋ぐ土手を進んだ。しばらくして、欄干の無い橋が見えて来た。すると、かなり先で、月明かりに照らされながら、渡ろうとしている大・中・小・チビの四つの影と布袋をしこたま積んでいる荷車の影を視認した。
その途端、「あそこに、チビハゲ達が居るわね」と、フィレンが、右手で、前方を指しながら、憎々しげに、言った。
「姐さん、追い付きやしたぜ! しっかりと掴まってて下せぇ!」と、ヤースーが、ラーサを背負いながら、更に、加速した。
その直後、ラーサが、怯えながら、しがみつくなり、「は、はい…」と、弱々しく返事をした。
間も無く、二人が、先行を始めた。
「あいつ、無茶するわね」と、アルカーナは、ヤースーの強引さに、溜め息を吐いた。後先を考えた行動ではないからだ。そして、「ラーサも、とんでもない奴に、気に入られたものね…」と、表情を曇らせた。ヤースーの強引な行動に付き合わされるラーサが、気の毒だと思ったからだ。
「娘、お前も、ジャン・カーズと急ぐんじゃ」と、カ・ズサン・コが、後押しするように、急かした。
その直後、「おう! おかーやん!」と、ジャン・カーズが、返事をした。
少し後れて、「うん」と、アルカーナも、頷いた。ヤースーとラーサだけでは、足止めになりそうもないからだ。そして、ジャン・カーズと共に、駆け出した。
間も無く、「あ、あたしも!」と、フィレンも、付いて来た。そして、左隣へ並ぶなり、「抜け駆けなんて、ずるいわよ!」と、文句を言った。
「ふん、あんたの許可なんて、必要無いでしょう。あたしが、いつ動こうと自由じゃない!」と、アルカーナも、すかさず言い返した。示し合わせていた訳でもないからだ。
「娘達、喧嘩、止めろ」と、ジャン・カーズに、窘められた。
「そうね。あたし達の敵は、あの橋の所に居るんですものね」と、アルカーナは、すんなりと聞き入れた。フィレンのいちゃもんに、いちいち腹を立てている場合じゃないからだ。そして、「フィレン、あたしにばかり突っ掛からないで、チビハゲ達に、突っ掛かって行ってよね」と、告げた。
「分かったわ。今だけ、あなたの言う事を聞いてあげるわ」と、フィレンが、歯切れの悪い返事をした。
少しして、アルカーナ達は、ラーサとヤースーに、橋の袂で、追い付いた。すると、ヤースーと一番背の高い大男が、向かい合っているのを視認した。
「ヤースー、何をそんなに、怒っているんだよ? あのような事が起きなければ、お前に、大金が、転がり込んでいたんだぜ。でも、ヨーシとケーシは、最初から金なんて、誰にもやる気は無かったようだけどな。あの騒動を理由にして、自分達の物にする気満々だったからな。だから、俺達が、手切れ金の代わりに、全てを貰って、町を出た所なんだよ」と、大男が、都合の良い言い訳をしている最中だった。
「だったら、俺様達まで、屋敷ごと丸焼きにしようとしたのは、どういう了見なんだ?」と、ヤースーが、苛立ち混じりに、問い掛けた。
「べ、別に、故意でやった訳じゃないぜ。マルンの奴が、灯り用の松明をうっかりと油壺へ落としちまったもんでな。火の勢いが凄まじくて、知らせに行く事が、出来なかったんだよ」と、大男が、たどたどしく語った。そして、「あれは、事故だよ。まあ、お前が、無事だったから、良かったぜ。だから、そんなに怒るなよ」と、悪びれる風も無く、宥めた。
「ほう、よくもまあ、白々しい事が、抜かせるな。お前とお前の親分さんが居なくなってから、すぐに、火が点くなんて、不自然なんだがな。お坊っちゃん達ならば、言い含められるかも知れないけど、俺様は、騙されねぇぞ!」と、ヤースーが、怒鳴った。
「どうやら、話し合いは、決裂だな…」と、大男が本性を露にした。そして、振り返り、「ゲオ様、この野郎とおんぶしているバニ族の女を殺っちゃいやしょう!」と、問い合わせた。
その直後、「うむ。これ以上、付き纏われても、邪魔くさいだけだからな。始末しろ!」と、ゲオが、冷ややかに、指示した。
「だとよ! おい、このブヒヒ野郎共を片付けるぞ!」と、大男が、意気揚々に、声を発した。
その刹那、丸顔の男が、剣を抜くなり、「へ、どの道、生かしておく気なんて、無いけどな」と、半笑いで、口にした。
少し後れて、無精髭の男も、呆れ顔で、頭を振るなり、「やれやれ。俺達に楯突くからな。出来損ないは…」と、溜め息を吐きながら、小剣を抜いた。
そこへ、アルカーナは、ヤースーの前へ進み出ながら、細い剣を抜いて身構えた。そして、「あんた達、ヤースーだけだと思ったら、大間違いよ!」と、大見得を切った。自分も、むかっ腹が、立っているからだ。
少し後れて、ジャン・カーズも、右隣へ来るなり、「悪党、許さんぞ!」と、石斧を構えた。
間も無く、「姐さん、ここで、じっとしていて下せぇ」と、ヤースーの声が、して来た。
その直後、「は、はい」と、ラーサが、返事をした。
程無くして、ヤースーも、左隣に来るなり、「さあて、思う存分、暴れさせて貰うとしようか!」と、左手の指の関節を鳴らしながら、告げた。
その直後、大男も、向き直り、「野郎共、やっちまいな!」と、けしかけた。
次の瞬間、丸顔の男と無精髭の男が、揃って、斬りかかって来た。
その途端、「ヤースー、あの二人は、ジャン・カーズと相手をするから、大きい方を頼んだわよ!」と、アルカーナは、指示した。ほぼ等身大の二人の男ならば、何とかなりそうだからだ。
「ふん!」と、ヤースーが、鼻であしらうかのように、返答した。
「ここまでおいで~」と、アルカーナは、踵を返して、土手の脇に在る繁みへ、小走りに向かった。まともに、剣を交えるよりも、繁みの中から攻め立ててやろうと思ったからだ。
その直後、「俺ら、なめられているみたいだな?」と、無精髭の男が、不快感を露にした。
「そうみたいだな。先に、生意気な猫耳族の女から殺っちまおうぜ!」と、丸顔の男も、語気を荒らげた。
その間に、アルカーナは、繁みの中へ突入した。少しして、中程まで入り込むと、すかさず、身を低くして、反転した。そして、臨戦態勢をとった。機先を制するしかないからだ。
間も無く、「小娘め、何処へ隠れやがった!」と、丸顔の男も、怒鳴りながら、侵入した。そして、少し手前で、歩を止めるなり、剣を振るって、薙ぎ払った。その刹那、ざわついた。
その直後、アルカーナは、左手で、わざと眼前の草を揺らして、居場所を教えた。いつでも、戦闘準備が、万端だからだ。
その瞬間、丸顔の男が、勇み足で、真っ直ぐ、近寄って来た。そして、足音が止まるなり、「そこだな!」と、意気揚々に、言った。その直後、草を掻き分けて、顔を覗かせた。
「えい!」と、アルカーナは、間髪容れずに、丸顔の男の喉元へ、切っ先を突き付けた。そして、口元を綻ばせた。機先を制する事に、成功したからだ。
その刹那、「ひっ!」と、丸顔の男が、面食らった表情で、動きを止めた。
「これ以上来ちゃうと、喉に、穴が開いちゃうもんね~」と、アルカーナは、にこやかに、言った。動きを完全に、封じたからだ。そして、「これ以上、やるって言うのなら、突き刺しちゃうわよ~」と、告知した。返事一つで、どうにでもなるからだ。
「わ、分かった…」と、丸顔の男が、表情を強張らせながら、応じた。
「じゃあ、武器を棄てなさい」と、アルカーナは、促した。勝負は、ついているからだ。
程無くして、「くっ…!」と、丸顔の男が、剣を手放した。
少しして、鈍い金属音がした。
次に、「じゃあ、あたしの言う通りに、して頂戴」と、にこにこしながら、要求した。そして、「さあ、ゆっくりと下がって」と、指示した。
丸顔の男が、素直に、後退を始めた。
その直後、アルカーナは、微妙な距離を保ちながら、移動を始めた。しばらくして、橋の中程まで、巧みに誘導した。そして、右手の上流側の縁へ、追い込んだ。
その途端、丸顔の男が、意図に気付くなり、「お、おい! まさか…!」と、表情を強張らせながら、瀬戸際で、足を止めた。
「そのまさかよ」と、アルカーナは、冷ややかに、答えた。川へ落としてしまえば、一番、楽に倒せるからだ。そして、「あんたの喉に、穴が開くか、そのまま、飛び込むか、どちらかを選ぶしか無いわよ」と、笑顔で、選択肢を提示した。
「横へ移動ってのは、無いかなぁ…」と、丸顔の男が、苦笑しながら、提言した。
「それは、無いわね」と、アルカーナは、あっさりと却下した。そのような甘っちょろい選択肢など、考えていないからだ。そして、「じゃあ、穴を開けちゃおうか?」と、にやりとしながら、切っ先を近付けた。
その直後、「や、止めろ!」と、丸顔の男が、必死の形相で、身を引きながら、上体を反らした。次の瞬間、その弾みで、後ろへ均衡を崩すなり、橋から身を投げ出した。そして、しまったと言う顔をするなり、「うわぁぁぁー!」と、絶叫しながら、真っ逆さまに、落ちて行った。
少しして、水飛沫が、高く上がった。
「ふん、先ずは、一人ね」と、アルカーナは、満面の笑みを浮かべながら、勝利の余韻に、浸った。思い通りに、事が運んでくれたからだ。
突然、「寝坊助! 後ろ!」と、フィレンの尋常じゃない声が、ニホセ側からして来た。
その瞬間、アルカーナは、何気に、右を向いた。その刹那、「あっ!」と、面食らった顔をした。いつの間にか、無精髭の男が、小剣を低く構えながら、切っ先を向けて、数歩先まで迫って来ているのを視認したからだ。
間も無く、無精髭の男が、距離を詰めるなり、「この下等種族が! なめた真似しやがって!」と、更に、勢いを付けた。
「あ、ああ…」と、アルカーナは、その場に、立ち尽くしてしまった。防御も、回避も、不可能な距離だからだ。そして、目を瞑った。覚悟を決めるしかないからだ。
不意に、「娘、大丈夫か…?」と、ジャン・カーズの押し殺した声がして来た。
「あ、うん…」と、アルカーナは、すぐさま、返事をした。そして、徐に、目を開けた。次の瞬間、ジャン・カーズの背中が、視界に入るなり、「あ…!」と、言葉を失った。身を挺して、腹で、無精髭の男の小剣を受け止めていたからだ。
「ぐ…」と、ジャン・カーズが、苦痛の声を漏らした。
その間に、無精髭の男が、小剣を引き抜抜こうと躍起になっていた。そして、「くっ! 何で、抜けねぇんだよ!」と、ぼやいた。
そこへ、「おのれ! わしの息子に、何て事を!」と、カ・ズサン・コが、語気を荒らげながら、杖で、無精髭の男の背後から殴り掛かった。そして、頭頂部を殴打した。
「いてて…」と、無精髭の男も、小剣を手放すなり、すぐに振り返った。その直後、「ババア! よくもやりやがったな!」と、カ・ズサン・コを突き飛ばした。
その刹那、「ぎゃあ!」と、カ・ズサン・コが、その拍子に、突っ伏した。
その途端、ジャン・カーズが、全身を震わせるなり、「よくも…おかーやんを…!」と、激昂した。
無精髭の男が、向き直り、「何だ? ババアを突き飛ばしたくらいで、怒ったのかよ?」と、悪びれる風も無く、せせら笑った。
「こいつ!」と、アルカーナは、無精髭の男の言動に、腹を立てた。あまりにも、見下しているからだ。そして、進み出ようとした。
突然、ジャン・カーズが、右腕で、行く手を阻んだ。そして、「娘…。任せろ…」と、声を絞り出して、告げた。
「でも、そんな状態では…」と、アルカーナは、表情を曇らせながら、口籠った。今の状態で戦うのは、どう見ても、無理だと思ったからだ。
「はは、そこの下等種族の女の言う通りだぜ。痩せ我慢して、良い格好をしないで、交代しても良いんだぜ」と、無精髭の男が、笑みを浮かべながら、右手で、ジャン・カーズの左の頬を叩いた。
「こいつ…!」と、アルカーナは、憤った。深手を負って動けないジャン・カーズを、笑顔でいたぶる行為が、憎たらしいからだ。
「俺は、良いんだぜ。まあ、どっちが来ても、負ける気なんて、しねぇけどな」と、無精髭の男が、おどけた。そして、「おら! 来な!」と、左手で、ジャン・カーズの反対側の頬を叩いた。
その瞬間、「く…!」と、アルカーナは、歯軋りをした。もう、我慢の限界に到達するくらい、頭に血が上っていたからだ。
突然、「ウガー!」と、ジャン・カーズが、吠えた。
その刹那、無精髭の男が、驚くなり、「な、何だ?」と、目を瞬かせた。
ジャン・カーズが、無精髭の男に組み付くなり、「ムガー!」と、雄叫びを上げながら、抱え上げた。
「お、おい! や、止めろ!」と、無精髭の男が、先刻の態度から一転して、うろたえ始めた。
「ジャン・カーズ、川へ放り投げちゃいなさい!」と、アルカーナは、後押しするように、煽った。情け無用で、投げ落としてやるのが、一番だからだ。
「おう!」と、ジャン・カーズが、足早に、縁まで歩を進めた。間も無く、際で立ち止まり、「えいやあ!」と、間髪容れずに、放り投げた。
その直後、「うわあぁぁぁー!」と、無精髭の男が、空中遊泳をするかのように、手足を動かしながら、落ちて行った。そして、瞬く間に、見えなくなった。やがて、水飛沫が、上がった。少しして、浮き沈みをしながら、橋を潜り抜けて、流れて行った。
その直後、「うぐ…」と、ジャン・カーズが、跪いた。
「おお! ジャン・カーズ!」と、カ・ズサン・コが、すぐに、駆け寄った。
その間に、アルカーナも、周囲を見回して、ラーサを捜した。ジャン・カーズの傷の治療を急がせなければならないからだ。間も無く、先刻の場所に居るラーサを視認するなり、「ラーサァー! 早く来てぇ!」と、叫んだ。ジャン・カーズが、かなり危うい状況になっていると感じたからだ。
その直後、「は、はい!」と、ラーサが、全速力で、駆け寄って来た。
少し後れて、アルカーナも、歩み寄った。一刻も早く、ジャン・カーズを楽にさせてあげたいからだ。程無くして、ラーサの右隣へ寄り添うなり、「ラーサ、早く回復魔法を掛けてあげて!」と、要請した。身代わりになってくれた者を見す見す死なせる訳には、いかないからだ。
「分かりましたわ」と、ラーサも、力強く頷いた。
間も無く、二人は、ジャン・カーズの右側に立った。
「ジャン・カーズ、もう少し待っててね」と、アルカーナは、声を掛けた。今は、これくらいしかしてやれないからだ。
少しして、ジャン・カーズが、振り向くなり、「お、おう…」と、額に汗を滲ませながら、険しい表情で、声を絞り出した。
その間に、ラーサが、ジャン・カーズの正面に立つなり、「ま、まあ…!」と、驚きの声を発した。
アルカーナは、ラーサを見やり、「ど、どうなの?」と、深刻な顔で、不安げに、問うた。回復魔法でも、助けられないかも知れないからだ。
「やってみないと、何とも…」と、ラーサが、冴えない表情で、ジャン・カーズを見据えながら、言葉を濁した。
「で、あたしは、どうすれば、良いのかしら?」と、アルカーナは、尋ねた。居ても立っても居られないからだ。
「そうですね。私が、回復魔法を掛ける直前に、ジャン・カーズさんのお腹の剣を引き抜いて下さい」と、ラーサが、指示した。
「わ、分かったわ…」と、アルカーナは、真顔で、息を呑んだ。重要な役目だと直感したからだ。
「お願いしますね」と、ラーサが、柔和な笑みを浮かべた。その直後、手提げ鞄を足下に置くなり、両手の手の平を胸の前で向かい合わせながら、精神を集中させ始めた。
アルカーナも、注視しながら、神経を研ぎ澄ませた。一発勝負だからだ。
その間、ジャン・カーズが、苦悶の表情を浮かべながら、肩で息をしていた。そして、力無く両膝を着いた。
しばらくして、ラーサが、緑色の光を纏った両手を、ジャン・カーズへ向けた。
少し後れて、アルカーナも、両手で、小剣の柄を握った。そして、「ジャン・カーズ、もう少しで、楽になるからね。あたしが、声を掛けたら、お腹の力を抜いて。でないと、剣を抜けないから…」と、段取りを告げた。ジャン・カーズの腹筋の力みが、伝わって来ているからだ。
「う…」と、ジャン・カーズが、呻くように、返事をした。
間も無く、ラーサの両手の光が、更に増した。
その瞬間、「今よ!」と、アルカーナは、声を発した。今が、その時だからだ。
その直後、「ぐは…」と、ジャン・カーズが、息を吐いた。
その刹那、アルカーナは、思いっきり引いた。ここが、抜き所だからだ。一瞬後、一気に引き抜いた。
そこへ、ラーサが、間髪容れずに、両手を患部へ当てるなり、「上回復魔法!」と、呪文を唱えた。
その途端、傷口が、見る見るうちに塞がって行った。そして、跡形も無くなった。
間も無く、「終わりましたわ」と、ラーサが、安堵の表情で、告げた。
少しして、ジャン・カーズも、穏やかな表情となり、息遣いも落ち着いた。そして、「あ、ありがとう…」と、信じられない面持ちで、礼を述べた。
「あたしの方こそ、助かったわ」と、アルカーナも、目を細めた。自分も、助けられたからだ。
「上手く行って、良かったですわ」と、ラーサも、微笑んだ。
「フィレンとヤースーは、どうなっているのかしら?」と、アルカーナは、二人を捜した。どういう状況なのか、さっぱりだからだ。すると、橋の手前で、フィレンが、立ち尽くして居り、先刻の場所では、ヤースーと大男が、拳を交えているのを視認した。
突如、「おお! ジャン・カーズ! 大丈夫か?」と、カ・ズサン・コの気遣う声がした。
その直後、アルカーナは、ジャン・カーズへ、視線を戻した。そして、「後は、あたし達が、あいつらをやっつけちゃうから、あんた達は、ここに居ると良いわ」と、口にした。ジャン・カーズの傷口が塞がったとはいえ、怪我の影響が無いとは、否めないからだ。
「うむ。そうさせて貰うとしよう。息子の代わりに、あやつらを懲らしめておくれ」と、カ・ズサン・コが、了承した。
「ラーサ、フィレンの所へ行きましょう」と、アルカーナは、呼び掛けた。
「はい」と、ラーサも、即答した。そして、手提げ鞄を持った。
その直後、二人は、フィレンの所へ、歩を進めた。その途中、ヤースーと大男が、荷車の横で、殴り合っている所に、差し掛かった。その為、先へ進めなくなっていた。そして、付き合うように、足を止めた。
「俺達に楯突いて、無事で居られるなんて、思っちゃ居ねえよな! オラア!」と、大男が、ヤースーの腹部へ、右の拳を打ち込んだ。
その刹那、ヤースーが、歯を食い縛り、「よく言うぜ…。最初っから殺る気満々のくせによ! ウリャッ!」と、負けじと、左手の拳擊を返した。
次の瞬間、「む…!」と、大男が、息を呑んだ。そして、「やってくれるじゃないか! 丸焼きになり損ねた豚野郎がっ!」と、罵った。
「へ、他人の命を何とも思わないお前達よりは、マシだぜ!」と、ヤースーが、語気を荒らげた。
「さあて、いつまでも、お前の相手をしている訳にもいかないから、そろそろ決着をつけるとしようかな」と、大男が、示唆した。
「へ、望むところだぜ!」と、ヤースーも、応じた。
その直後、二人が、防御無視の殴り合いを始めた。そして、双方の拳が、激しく行き交った。間も無く、近寄って来た。
少しして、アルカーナ達は、二人の戦闘に巻き込まれないようにと、後退りをした。
やがて、ヤースー達が、荷車の前で、動きを止めた。そして、肩で息をし始めた。
「派手にやっちゃったわねぇ~」と、アルカーナは、溜め息を吐いた。ヤースーの顔が、あまりにも、無惨な状態だからだ。
「また、回復魔法が、必要ですね」と、ラーサも、右隣で、頷いた。
「さあ、フィレンの所へ行きましょう」と、アルカーナは、仕切り直すように、言った。ようやく、通れるようになったからだ。
「そうですね」と、ラーサも、相槌を打った。
その直後、二人は、歩を進めた。程無くして、フィレンの所へ着いた。
その途端、「あなた達、遅いわよ」と、フィレンが、開口一番に、言った。
「仕方無いでしょ! 通せんぼされていたんだから!」と、アルカーナは、不機嫌に、言い返した。ヤースー達の戦闘に巻き込まれては、一溜まりも無いからだ。
「あのチビハゲが、お金を持ち逃げしちゃうから、早く、決着がつかないかしら…」と、フィレンが、ヤキモキしながら、ぼやいた。
アルカーナは、振り返り、「仕方無いでしょう。橋のど真ん中で、大喧嘩をされちゃあ、渡る途中で、巻き込まれちゃうわよ」と、アルカーナは、溜め息を吐いた。再び、橋の中央で、殴り合いを展開させているからだ。
「でも、ヤースーさんが、負けた時の事も、考えておかなければなりませんよ」と、ラーサが、指摘した。
「確かに、そうね。あの大男に勝たれちゃうと、戦わなければならないものね」と、アルカーナも、頷いた。最悪の事態も、想定しておかなければならないからだ。
「その時は、あたしが、爆炎魔法で、吹っ飛ばしてあげるわよ!」と、フィレンが、得意気に、力強く言った。
「橋まで吹き飛ばさなきゃ良いんだけどね」と、アルカーナは、頭を振った。先刻の威力を見た限りでは、橋ごと無くなってしまいそうだからだ。
「非力なあなたでは、大男を退かせられないでしょ! だから、あたしが、やってあげようって言ってるのよ!」と、フィレンが、喧嘩腰に、反論した。
「はいはい。分かりました」と、アルカーナは、背を向けたままで、生返事をした。これ以上、言い争う気は無いからだ。
「フィレンさん、その時は、頼みますね」と、ラーサが、にこやかに、一任した。
「ええ。任せておいて!」と、フィレンが、間髪容れずに、機嫌の良い返事をした。
「ラーサは、見ていないから、そう言えるのよね~」と、アルカーナは、冴えない表情で、溜め息を吐いた。そして、「そうならない事を祈るわ」と、口にした。気乗りしないが、ヤースーに、勝って貰う事を期待するしかないからだ。
三人は、殴り合いの行方を注視した。
次第に、ヤースー達の手数が、減っていった。やがて、動きが止まり、フラフラの状態で、立ち尽くした。
「人間の分際で、この俺様と、ここまで殴り合うとは…。やるな…」と、ヤースーが、称賛を口にした。
「へ、ブヒヒ族に褒められても、嬉しくも何とも無いぜ…」と、大男が、憎まれ口を叩いた。
「そろそろ、終わりにしようや…」と、ヤースーが、提言した。
「そうだな…。俺も、そう思っていたところなんだよ!」と、大男が、同意した。次の瞬間、渾身の一撃と言うように、ヤースーの顔面へ、右の拳を打ち込んだ。
その直後、ヤースーが、額で受け止めた。そして、「ふん! 効かねぇな…!」と、告げた。
「何…!」と、大男が、信じられない面持ちで、身を震わせた。
その刹那、「オラア!」と、ヤースーが、力任せに、右腕を大きく振るった。その一瞬後、大男の首へ、直撃させた。
その途端、大男が、下流側へ体勢を崩すなり、「わわわ!」と、縁へ向かってよろけた。程無くして、勢いそのままに、橋から落ちた。間も無く、着水した。そして、先の二人よりも、大きな水飛沫が上がった。
「やっと、通れるようになったわね」と、フィレンが、口にした。
「そうね」と、アルカーナは、相槌を打った。そして、ゲオが、視界に入るなり、「急ぎましょう! かなり進んでいるからね!」と、右手で、指した。手下達が、居なくなったと知れば、袋を手放してでも、逃走を図るかも知れないからだ。
「そうね。あいつを逃がすのは、癪よね。一番の悪党だからね」と、フィレンも、同意した。
「あの方だけは、逃がしてはなりません!」と、ラーサも、強い調子で、同調した。
その直後、三人は、足早に、橋を渡り始めた。間も無く、ヤースーの傍に、差し掛かった。
突然、「御二人は、先に行って下さい。私は、この方の治療をしますので…」と、ラーサが、申し出た。
少しして、アルカーナも、立ち止まり、ヤースーを顧みた。そして、「確かに、見るも無惨な顔だわね」と、冴えない表情で、感想を述べた。ヤースーの痛々しく腫れあがった顔が、激闘を物語っているからだ。
そこへ、「ぼやぼやしていないで、さっさと行くわよ!」と、フィレンが、冷ややかに、促した。
「ええ」と、アルカーナは、すぐに、頷いた。いつまでも、ヤースーの顔を眺めている訳にもいかないからだ。
その直後、二人は、並んで、先を急いだ。間も無く、ジャン・カーズ達の数歩手前を進むゲオの背後まで、迫った。そして、歩を止めた。
その途端、「チビハゲ! もう、あなただけよ!」と、フィレンが、右隣で、意気揚々に、声を掛けた。
その瞬間、ゲオが、足を止めた。そして、担いでいる袋を下ろすように、手放した。少しして、振り返り、「あわわ…」と、表情を強張らせた。
「さあて、あたし達を焼き殺そうとした落とし前をつけないといけないわねぇ~」と、フィレンが、引きつった笑みを浮かべながら、告げた。
「あんたの爆炎魔法で、吹っ飛ばしちゃえば?」と、アルカーナは、半笑いで、提案した。その方が、手っ取り早そうだからだ。
「こんな奴に、爆炎魔法を使うのも、勿体無いわね」と、フィレンが、溜め息を吐いた。
「じゃあ、どうするのよ? ニホセの役人にでも、突き出しちゃう?」と、アルカーナは、眉間に皺を寄せながら、問うた。妙に、煮え切らない態度だからだ。
「このまま、蹴落としちゃおうかしら?」と、フィレンが、にやりとなった。
「そうねぇ。こんな奴に、魔法を使うのは、確かに、無駄かもね」と、アルカーナも、賛同した。そのまま、蹴落とした方が、魔法よりも早いからだ。
その刹那、ゲオが、前へ来るなり、跪いた。そして、両手を合わせるなり、「わ、わしは、泳げないんだ! か、勘弁してくれ! ここの金は、全部、くれてやるからさ!」と、必死の形相で、懇願した。
「は? そもそも、あんたのお金じゃないでしょ!」と、アルカーナは、ツッコミを入れた。ヨーシ邸から運び出した武術大会の掛け金なのは、察しがついているからだ。
「そうよ! 何でも、お金で解決出来ると思ったら、大間違いよ!」と、フィレンも、語気を荒らげた。そして、「見ているだけでも、虫酸が走るわ!」と、不快感を露にした。その刹那、「えい!」と、右足で、ゲオの鼻っ柱を踏み躙った。
その直後、「ぎゃっ!」と、ゲオが、悲鳴をあげた。そして、「何をする!」と、すかさず、両手で、押し返した。
その途端、「おっとっと…!」と、フィレンが、後方へよろけた。程無くして、数歩後退した所で、体勢を立て直した。
その間に、ゲオが、左を向いて、上流の縁へ移動した。そして、「わしの美しい顔に、よくも、こんな事を…!」と、両手で、鼻っ柱を擦った。
その瞬間、「ぷっ」と、アルカーナは、思わず吹き出した。美的感覚が、完全に、ズレているからだ。そして、「あんたねぇ~」と、呆れた。おこがましいにも、程が有るからだ。
その間に、フィレンが、ゲオの背後へ立つなり、「じゃあ、その美しい顔を、もっと近くで、拝ませてあげようかしら?」と、意味深長に、告げた。
ゲオが、徐に、首だけ振り向くなり、「お、お前…、まさか…!」と、危険を察した。
「お察しの通りよ!」と、フィレンが、口元を綻ばせた。そして、再度、右足を伸ばすなり、ゲオの背中を押し始めた。
その刹那、「お、押すな! 押すな!」と、ゲオが、語気を荒らげながら、必死に、留まろうと、抵抗した。
「誰が、あなたの言う事を聞くもんですか!」と、フィレンが、半笑いで、言い返した。
それから、一進一退の攻防が続いた。
しばらくして、「いい加減に、落ちなさい!」と、フィレンが、語気を強めて、一蹴した。
その瞬間、ゲオが、前のめりになった拍子で、勢いそのままに、飛び下りた。そして、「アァァーレェェー!」と、絶叫した。少しして、しょぼい着水音が、聞こえた。
その直後、「やる事なす事が、しょぼいわね~」と、フィレンが、溜め息を吐いた。
「確かに…」と、アルカーナも、同調した。しょぼい着水音が、ゲオの全てを物語っているような気がしたからだ。そして、細い剣を収めた。
その間に、ゲオが、何事かを喚きながら、流されて行った。
しかし、アルカーナ達は、気にもしなかった。
程無くして、フィレンが、振り向くなり、「あなた、そこの袋を積んで貰えないかしら?」と、指図して来た。
アルカーナは、左手の人差し指で、自分を指すなり、「え? あたしだけで?」と、冴えない表情をした。先刻のゲオの運ぶ様子からして、相当な重量だと判断出来るからだ。そして、袋の傍に立つなり、両手で、口を掴んだ。その瞬間、思いっきり、引っ張り上げた。しかし、持ち上げる事は出来なかった。
その刹那、「何をやっているの? 本気でやっているのかしら?」と、フィレンに、詰られた。
「や、やっているわよ!」と、アルカーナ達は、語気を荒らげた。自分では、全力でやっているからだ。
その刹那、「嘘仰い! 袋を持ち上げたくないから、非力な振りをしているのでしょう!」と、フィレンが、問い詰めた。
その途端、「じゃあ、あんたが持ちなさいよ!」と、アルカーナは、不貞腐れて、両手を離した。やってられないからだ。
「は? か弱いあたしに、力仕事をさせる気なの? 嫌よ!」と、フィレンが、冷ややかに、拒絶した。
その瞬間、「あっそう! あたしも運べないから、ここへ放置するしかないわね!」と、アルカーナも、喧嘩腰に、言い放った。自分の力で、動かすのは、到底、無理だからだ。
その刹那、「生意気ね! 猫耳族のくせに!」と、フィレンが、上から目線で、言った。
間髪容れずに、「メギネ族だからって、偉そうに、言っているんじゃないわよ!」と、アルカーナも、怒鳴り返した。物言いが、気に入らないからだ。
次の瞬間、二人は、今夜二回目の取っ組み合いの喧嘩を始めた。そして、上になり、下になりと、目まぐるしく動いた。
そこへ、「二人共、止めて下さーい!」と、ラーサの悲痛な叫びが、聞こえた。
しかし、二人の喧嘩は、止む事はなかった。
しばらくして、突如、アルカーナは、強い力で、フィレンから引き離された。そして、襟首から宙吊りとなった。だが、そのような事などお構い無しに、フィレンへ、掴み掛かろうと、敵意を剥き出しにした。
フィレンも、同様の格好で、手足を繰り出して、応じた。
不意に、「お前ら! 姐さんが困っているから、もう止めねぇか!」と、ヤースーに、一喝された。
その途端、アルカーナは、動きを止めた。そして、我に返った。
フィレンも、手足を繰り出すのを止めた。
間も無く、ラーサが、やって来た。そして、「二人共、何が原因なんですか?」と、不安げな表情で、問うた。
「袋を運ぶ事で、揉めていたのよ!」と、アルカーナは、無愛想に、答えた。まだ、腹の虫が、治まらないからだ。
少し後れて、「か弱いあたしに、重たい物を運ばそうとしていたから、頭に来たのよ!」と、フィレンも、ぶっきらぼうに、告げた。
その刹那、「嘘をつかないで!」と、アルカーナは、怒鳴った。運ぶ素振りなど、一切見せなかったからだ。
「あなたが、嘘を言っているんじゃないの!」と、フィレンも、間髪容れずに、言い返した。
「姐さん、川へ放り込んで、頭を冷やしてやりましょうか?」と、ヤースーが、進言した。
「乱暴は、止して下さい」と、ラーサが、即座に、拒んだ。
「しかし、こう、頭に血が上っていると、何ともなりませんよ」と、ヤースーが、苦言を呈した。
「でも、力では、何の解決にもなりませんよ」と、ラーサが、窘めた。
「う~ん」と、ヤースーが、押し黙ってしまった。
程無くして、アルカーナは、フィレンを見据えるなり、「あんたにはムカつくけど、これ以上、ラーサを困らせたくないから、止めましょう」と、アルカーナは、提言した。自分達の喧嘩で、ラーサを困らせるのも、心苦しいからだ。
「そうね。あなたと喧嘩をしていても、一リマの得にもならないものね」と、フィレンも、すんなり聞き入れた。
その瞬間、「良かったぁ~」と、ラーサが、安堵した。そして、「二人を放してやって下さい」と、ヤースーに、要請した。
「へい! 姐さん!」と、ヤースーが、即答した。そして、「次に、姐さんを困らせたら、川へ放り込むからな」と、押し殺した声で、警告した。その直後、同時に、両手を放した。
間も無く、二人は、尻餅を突くように、着地した。
「いたたた…」と、アルカーナは、顔をしかめながら、両手で、腰を擦った。少々、強く腰を打ち付けだからだ。
「あいたた…」と、フィレンも、同様に、顔を歪めながら、両手で、腰を押さえていた。
程無くして、「もっと、丁寧に、下ろしなさいよ!」と、アルカーナは、文句を言った。扱いが、雑過ぎるからだ。
「そうよ! そうよ!」と、フィレンも、相槌を打った。
「うるせえ!」と、ヤースーが、不機嫌に、一喝した。そして、「俺様に、文句を言う前に、姐に、筋を通しやがれ!」と、言葉を続けた。
その途端、アルカーナは、はっとなった。ヤースーの言う事に、一理有るからだ。そして、ラーサを見やり、「ラーサ、ごめんね」と、神妙な態度で、詫びた。
少し後れて、「ごめん。ラーサ…」と、フィレンも、拝むように、両手を合わせて、謝った。
「二人共、これからは、仲良くして下さいね」と、ラーサが、微笑みながら、窘めた。
その直後、「うん!」と、二人は、揃って、頷いた。
そこへ、二つの影が、並びながら、近寄って来た。やがて、橋を渡り始めた途端、ヨーシとケーシだと判明した。
「兄上、あの者共に、ゴーエまでの護衛を頼むのは、如何でしょうか?」と、ケーシが、右を向きながら、にこやかに、提言した。
「そうだな。僕達だけじゃあ、ゴーエまで行くのは、心細いからね」と、ヨーシも、すんなりと同意した。
「好き勝手な事を言っているわねぇ~」と、アルカーナは、呆れ顔で、ぼやいた。都合の良い事ばかり語り合っているからだ。
「そうね」と、フィレンも、眉根を寄せながら、溜め息混じりに、相槌を打った。
「私も、あの方達と係わるのは、ちょっと…」と、ラーサも、冴えない表情で、口篭った。
間も無く、ヨーシ達が、数歩手前で、立ち止まった。
その直後、「お前達、僕達を、ゴーエまで連れて行って貰えないか?」と、ヨーシが、上から目線で、要請した。そして、「金なら、幾らでも、払ってやるからさあ」と、言葉を続けた。
その刹那、「嫌よ!」と、アルカーナは、毅然とした態度で、きっぱりと断った。不備が有れば、すぐに殺めようとする他人の命を軽んじる者達の護衛など、願い下げだからだ。
「あたしもよ!」と、フィレンも、間髪容れずに、素っ気なく告げた。
少し後れて、「わ、私もです! これまでの行いを見れば、あなた方の傲慢振りは、目に余るものが有りますからね」と、ラーサも、冷ややかに、理由を述べた。
「姐さんの言う通りだな。そもそも、町で、お前らに忠誠を誓っている奴なんて、誰一人居ねぇんだよ!」と、ヤースーも、口添えした。
「おイタが過ぎたようね。お坊っちゃん達。まあ、自業自得だけどね。評判も、当てにはならないわね」と、アルカーナは、冷やかした。町での評判の割に、有事の際、誰も気に掛ける者が、現れなかったからだ。
「商売女に、護衛を頼むなんて、落ちぶれたものね。ケーシ様ぁ~」と、フィレンも、ここぞとばかりに、鼻を鳴らしながら、皮肉った。
「くっ…!」と、ケーシが、歯噛みした。
「ここからなら、ゴーエまでは、一本道だしな。目と鼻の先だから、迷子になんてならないだろう。子供じゃないんだから、お前らだけで行けよな」と、ヤースーも、冷めた表情で、促した。
その直後、「兄上! こんな卑しい奴らの手を借りずとも、ゴーエへ参りましょう!」と、ケーシが、語気を荒らげた。
「そうだね。時間の無駄だから、行くとしよう」と、ヨーシも、不快感を露にしながら、頷いた。
間も無く、ヨーシ達が、足並みを揃えて、歩き始めた。しばらくして、振り返る事無く渡りきり、左へ曲がった。そして、夜の闇に消えた。
程無くして、アルカーナは、両手の指を組むなり、「さあて、あたし達も、町へ戻りましょうかねぇ~」と、手の平を天へ向けながら、頭上へ伸ばした。ここに留まって居ても、仕方が無いからだ。
「あなたが、何を仕切っているのよ!」と、フィレンが、ツッコミを入れた。
「別に、誰が言ったって、良いじゃない!」と、アルカーナも、即座に、両手を解くなり、言い返した。文句を言われる筋合いは、無いからだ。
「あなたに言われるのが、気に入らないだけよ」と、フィレンが、冷ややかに、告げた。
「おいおい。今度は、川へ放り込むって、言ったよな?」と、ヤースーが、ドスの効いた声で、口を挟んだ。
「別に、喧嘩じゃないわよ」と、アルカーナは、淡々と否定した。これ以上、取っ組み合いをするつもりは、毛頭無いからだ。
少し後れて、「そうよ。これが、あたし達の普段のやり取りよ」と、フィレンも、調子を合わせた。
「姐さん、本当ですかい?」と、ヤースーが、確認をするかのように、問い合わせた。
「ええ」と、ラーサが、すんなりと返事をした。
「ちぇ! 訳分かんねぇぜ!」と、ヤースーが、投げやりに、ぼやいた。そして、「ヨーシ達が、積み荷の中身に気付いて、戻って来ない内に、とっととずらかろうぜ! あいつらの金なんだからな」と、急かした。
「そう言えば、そうね。元々、チビハゲ達が、屋敷から持ち出して来た物だからね」と、フィレンも、同調した。そして、「寝坊助、ラーサ、気合いを入れるわよ!」と、意気込んだ。
「お金が絡むと、元気になるのね…」と、アルカーナは、呆れ顔で、溜め息を吐いた。お金が絡むと、別人のように、やる気を出すので、付いて行けない感が有るからだ。
「アルカーナさん、宜しいじゃないですか」と、ラーサが、目を細めた。
「そうね」と、アルカーナは、冴えない表情で、相槌を打った。ラーサが言うのであれば、何だか、許せる気になったからだ。
間も無く、ヤースーが、右手で、ゲオの担いでいた布袋を軽々と持ち上げるなり、荷車へ積み上げた。そして、荷車を土手まで押し戻すなり、反転させた。少しして、「うぬぬ…!」と、引き始めた。
程無くして、アルカーナ達も、歩調を合わせた。そして、ニホセの町へ、引き返すのだった。




