一九、闘舞台下へ集う者達
一九、闘舞台下へ集う者達
アルカーナ達は、橙色に染まった闘舞台下の屋敷側へ来た。
そこでは、ヨーシとケーシが、燃え盛る屋敷を呆然と見つめていた。
その背後に、ヤースーが、腕組みをしながら、険しい表情で、立っていた。
その左側には、ジャン・カーズとカ・ズサン・コが、並んで身構えながら、威嚇していた。
ヤースーが、いち早く気付くなり、「あ、姐さん、二人は、見付かったのですね」と、声を掛けた。そして、「あんまり心配をさせないで下さいよ~」と、下僕のように、恭しい態度で、安堵した。
ラーサが、その場で歩を止めるなり、「ご心配をお掛けしましたわ」と、頭を下げた。
少し後れて、アルカーナも、立ち止まり、「ええ! あの凶暴なヤースーが…」と、素っ頓狂な声を発しながら、我が目を疑った。乱暴で粗野な猛獣のような男が、ラーサにかしずく光景を信じられないからだ。
「ラーサ、やるわね」と、フィレンが、左隣で歩みを止めて、感心した。
突然、「おうおう! 見世物じゃないんだよ!」と、ヤースーが、食って掛かって来た。
「えー! 何で、あたしにばっかり!」と、アルカーナは、ヤースーの態度の豹変振りに、口を尖らせた。どうして、自分だけが、目の敵にされるのか、さっぱりだからだ。
「あなたは、そういう星の下に生まれたのかもね」と、フィレンが、追い討ちを掛けるように、囁いた。
その瞬間、「くぅ…!」と、アルカーナは、歯噛みをしながら、フィレンを睨み付けた。今の言葉は、カチンと来たからだ。
「怖い怖い」と、フィレンが、おどけながら、背を向けた。
そこへ、「猫耳族の娘よ」と、嗄れ声に、呼び掛けられた。
「今度は、何よ!」と、アルカーナは、憮然とした顔で、ぶっきらぼうに言い放った。また、難癖を付けられると思って、苛立ったからだ。
「猫耳族の娘よ、何をそんなに、腹を立てておる?」と、嗄れ声が、穏やかに、問い返した。
その途端、「え?」と、アルカーナは、はっとした表情で、右を向いた。次の瞬間、カ・ズサン・コを視認した。その刹那、「ち、違うのよ…」と、取り繕った。カ・ズサン・コに、腹を立てている訳ではないからだ。
「わしは、お前の事を気に入っておるんじゃぞ。そう苛々するでない」と、カ・ズサン・コが、宥めた。そして、「お前達が、牢屋に入れられた後、助けに行ったんじゃが、一足違いで、居らんなっておったので、処刑されたと思っておったが、無事で、何よりじゃ」と、涙ぐみながら、言葉を続けた。
「そうだったの? 嬉しいわ。でも、そこの意地の悪いメギネ族の子に助けて貰ったのよ」と、アルカーナは、フィレンに、わざと聞こえるように、嫌味ったらしく答えた。こうでも言っておかないと、気が治まらないからだ。
その直後、フィレンが、振り返り、「何よ! 寝坊助が、一人前に、生意気な事を言ってくれるわね!」と、突っ掛かって来た。
間髪容れずに、「相手になってやるわよ!」と、アルカーナも、呼応して、息巻いた。我慢の限界だからだ。
「上等よ! 寝坊助、あたしに歯向かった事を後悔させてあげるわ!」と、フィレンが、語気を荒ららげた。
「あんたこそ、あんまり、あたしを見下してんじゃないわよ!」と、アルカーナも、怯まずに、怒鳴り返した。気持ちで、負ける訳にはいかないからだ。
次の瞬間、二人は、取っ組み合いの喧嘩を始めた。そして、上になり、下になり、引っ掻いたり、髪を引っ張り合ったり、顔を平手打ちし合った。
そこへ、「ふ、二人共、止めて下さーい!」と、ラーサが、悲鳴に近い声を発した。
しかし、二人の喧嘩は、止むどころか、激しさを増した。
「姐さんを困らせるんじゃねぇ!」と、ヤースーの声が、唐突に、割って入った。
その刹那、アルカーナは、強い力で、襟首を引っ張られるなり、瞬く間に、フィレンから引き離された。そして、宙吊りとなった。
少しして、フィレンも、同様に、宙吊りとなっていた。
程無くして、アルカーナは、ヤースーに、持ち上げられている事に、気が付いた。だからといって、止められなかった。怒りが治まらないからだ。そして、尚も、単発的に、手や足を繰り出した。しかし、届く事は無かった。
少し後れて、フィレンも、すかさず、応戦するように、手足を突き出した。だが、虚しく、空を切るだけだった。
やがて、双方の動きが、止まった。
そこへ、「へ、気が済んだか?」と、ヤースーが、冷やかすように、問い掛けて来た。
「済む訳無いでしょ!」と、アルカーナは、憮然とした顔で、ぶっきらぼうに、答えた。まだ、気が静まらないからだ。
「そうよ! そうよ!」と、フィレンも、間髪容れずに、相槌を打った。
その途端、ラーサが、間へ立つなり、「そのお怒りを、別の方へ向けては、如何でしょうか?」と、意味深長に、提案した。
「それって、どう言う意味?」と、アルカーナは、きょとんとなった。まるで、謎掛けみたいだからだ。
「あたしは、解ったわよ!」と、フィレンが、得意満面で、誇らしげに言った。そして、「寝坊助には、解らないかもねぇ」と、からかった。
「く…」と、アルカーナは、歯を食い縛った。自力で、答えを導き出さないと、余計に、フィレンを増長させかねないからだ。間も無く、「あ、ひょっとして…」と、言葉を発した。
その瞬間、「あなた、本当に解ったの?」と、フィレンが、怪訝な顔で、ツッコミを入れた。
「わ、解ったわよ!」と、アルカーナは、剥きになって答えた。リーン兄弟の裏で、暗躍していたゲオというチビハゲオヤジしか居ないからだ。そして、「あんたこそ、本当に、解っているのかしら?」と、胡散臭そうに、問い返した。フィレンの考えが、正解とは限らないからだ。
その刹那、「あたしを疑う気っ!」と、フィレンが、語気を荒らげた。
「じゃあ、答え合わせをしましょうよ」と、アルカーナは、したり顔で、強気に、持ち掛けた。フィレンが、デタラメを言う可能性も有り得るからだ。
少しして、「せーの」と、二人は、掛け声を発した。
その直後、「チビハゲオヤジ!」と、アルカーナは、自信満々で、力強く言った。
少し後れて、「チビハゲ!」と、フィレンも、告げた。
「本当に、そう思っていたのかしら?」と、アルカーナは、疑った。どうも、信用ならないからだ。
「あなたねぇ。少し後れたからって、良いじゃないの。あなたと答えは、合っているんだから」と、フィレンが、冴えない表情で、言い返した。
「ふ~ん。自分には、とことん甘いのね。あたしが、同じ事をやれば、ここぞとばかりに、詰るくせにね」と、アルカーナは、意地悪く指摘した。やり返せる時に、やり返しておかないと損だからだ。
「わ、悪かったわよ…」と、フィレンが、渋々詫びた。
その瞬間、アルカーナは、右手を右の耳へ添えるなり、「聞こえな~い。ちゃんと、大きな声で、はっきり言って~」と、アルカーナは、催促するように、要求した。いつも、やられている事を、やり返しているつもりだからだ。
「はいはい! あたしが、悪うございました!」と、フィレンが、ぶっきらぼうに、言った。
「分かったわ。じゃあ、これで、休戦よ」と、アルカーナは、間髪容れずに、提案した。この辺で切り上げないと、再び、不毛な喧嘩を生じさせそうだからだ。
「言いたい事を言って止めさせて、あなただけすっきりだなんて、気に入らないわね」と、フィレンが、不快感を露にしながら、拒否した。
「じゃあ、チビハゲを見す見す取り逃がしても良いのね?」と、アルカーナは、含み笑いをしながら、受け流した。フィレンが、やられっぱなしで居られるほど、おしとやかな性格でない事ぐらい、お見通しだからだ。そして、「あたしと喧嘩を続けて、チビハゲ達を逃がすか、休戦を受け入れて、チビハゲ達を、追い掛けるかだけどね」と、選択肢を提示した。
「わ、分かったわ。休戦して、チビハゲ達を、追い掛けましょう。あなたと喧嘩をしても、不毛だからね」と、フィレンが、聞き入れた。
そこへ、「へ、どうやら、話は、まとまったようだな」と、ヤースーが、口を挟んだ。その直後、「ふん」と、手を放した。
次の瞬間、二人は、落下を始めた。間も無く、尻餅を突かされた。
「いたたた…」と、アルカーナは、両手で、臀部を擦った。石の路面は、腰へ、直に響くからだ。
「お尻に、痣が出来たら、どうするのよ!」と、フィレンも、即座に、文句を言った。
「ふん」と、ヤースーが、涼しい顔で、聞き流した。
そこへ、「二人共、立てますか?」と、ラーサが、容体を尋ねた。
「な、なんとかね…」と、アルカーナは、気を遣わせまいと、苦笑いしながら、大丈夫そうに振る舞った。また、ラーサに、要らない気を遣わせと、ヤースーが、うるさそうだからだ。
「ラーサ、痣になっているかも知れないから、後で、回復魔法をお願いね」と、フィレンが、要請しながら、立ち上がった。
「はい!」と、ラーサが、快諾した。
「ラーサ、手を貸して」と、アルカーナは、助力を求めた。先刻の衝撃で、腰に力が入らないからだ。
不意に、「もう!」と、フィレンが、ぶっきらぼうに、右手を差し伸べて来た。
その瞬間、「え…」と、アルカーナは、フィレンの思わぬ行動に、面食らった。まさか、手を差し伸べて来るとは、想像していなかったからだ。
「で、どうするの? あたしの手を持ちたくないのなら、引っ込めるけど」と、フィレンが、つっけんどんに、言った。
その直後、アルカーナは、両手で掴むなり、「あ、ありがとう…」と、よろよろと立ち上がりながら、礼を述べた。そして、「あんたも、良い所が有るのね」と、にこやかに、告げた。褒めてやっても、良いと思ったからだ。
その刹那、フィレンが、振り解くなり、「か、勘違いしないで! 少しでも早く、あ、あのチビハゲを追い掛ける為よ!」と、語気を荒らげた。
「ふふ、素直じゃないんだから」と、アルカーナは、目を細めた。フィレンの優しさを垣間見たからだ。
そこへ、「姐さん、急ぎやしょう。ゴーエへ逃げ込まれやすと、厄介な事になりかねやせんので…」と、ヤースーが、ラーサを急かすように、進言した。
「あの方達は、いかがいたしましょうか?」と、ラーサが、リーン兄弟へ、視線を向けた。
少し後れて、アルカーナとフィレンも、見やった。
すると、ヨーシとケーシが、呆然と立ち尽くしながら、炎上する屋敷を見つめていた。
程無くして、アルカーナは、ラーサへ視線を戻すなり、「あのお坊っちゃん達を誘うのは、かえって、足手纏いになるんじゃないかと思うのよ」と、率直な意見を述べた。実戦経験の無さそうな二人を連れて行っても、足を引っ張られた挙げ句に、ゲオ一味を取り逃がしてしまいそうだからだ。
「あたしも、寝坊助に賛成ね。今まで、権力の庇護の下で育ったお坊っちゃん達が、即戦力になる訳が無いし、連れて行っても、命を落とす事にもなりかねないわね」と、フィレンも、賛同した。
「姐さん、あっしも、あの二人は、そこに居る婆さんよりも、使い物にならないでしょうね。猫耳族やメギネ族の娘の言う通り、この町から一歩も出た事の無い世間知らず共ですから、遠足気分にしか捉えないでしょう。ですから、このまま出発しやしょう」と、ヤースーも、駄目押しとなる言葉を発した。
そこへ、「おい、話は、終わったか?」と、カ・ズサン・コが、割り入って来た。
「ええ、待たせたわね」と、アルカーナは、即答した。
「どうやら、話は、決まったようじゃな」と、カ・ズサン・コが、口元を綻ばせた。
「うん」と、アルカーナは、頷いた。リーン兄弟を除いた面々で、行く事が決まったからだ。
その途端、「俺、お前護る!」と、ジャン・カーズが、力強く告げて来た。
「うん。ありがとう。頼りにしているわね」と、アルカーナは、笑顔で、返答した。何とも、頼もしい言葉だからだ。
「それじゃあ! 出発じゃ!」と、カ・ズサン・コが、右手の杖を高く掲げて、掛け声を発した。そして、先立って、遊歩道へ向かって、勇ましく歩き始めた。
その直後、「おかーやん、待ってくれ!」と、ジャン・カーズも、後を追った。
少し後れて、アルカーナ達も、続くのだった。




