一五、いざ、リーン邸へ
一五、いざ、リーン邸へ
夕暮れ時、アルカーナ達は、リーン邸への坂道の中腹を進んでいた。
突然、アルカーナは、立ち止まるなり、右側のフィレンを向いた。そして、「何も、あんな起こし方は無いじゃないの!」と、食って掛かった。酒場で小突かれた頭頂部が、未だに痛むからだ。
フィレンも、歩を止めるなり、「あなたが寝坊助だから、いけないんじゃないの!」と、受けて立つと言うように、語気を荒らげた。
「あ、あの…」と、ラーサが、どっち付かずで、おろおろと右往左往していた。
「寝坊助、寝坊助って、あんたねぇ、起こし方にも、もっと優しく起こすべきじゃないの!」と、アルカーナは、意見した。言動から腹立たしいからだ。
「うるさいわねぇ。あなたの寝相が悪いから、小突いて起こしてあげたのよ」と、フィレンが、冷ややかに、答えた。
「ふ~ん。そうかしらねぇ。あたしには、いきなりにしか思えないんだけど」と、アルカーナは、睨み付けた。話していると、益々、腹が立って来たからだ。
「信じて無いのなら無いで良いわよ。あたしは、本当の事しか言ってないから」と、フィレンも、素っ気無い態度で、正当性を主張した。
「綺麗事を言わないで頂戴! 寝込みを襲うような人の言葉を真に受けるほど、お人好しじゃないわよ!」と、アルカーナは、怒鳴った。自分が正しいと言う物言いが、気に入らないからだ。
「あっそう。これ以上の言い合いは、不毛だわ。次からは、あたしの得意の爆炎魔法で、起こしてあげようかしら? 小突くくらいじゃあ、お気に召さないようだからねぇ」と、フィレンが、不敵な笑みを浮かべた。
「ふん、あんたに起こして貰わなくても結構よ。爆炎魔法なんて、冗談 じゃないじゃない! ラーサ、行きましょう!」と、アルカーナは、フィレンに背を向けて、再び、上り始めた。確かに、埒が明かないからだ。
「は、はいっ!」と、ラーサも、即答するなり、続いた。
少し後れて、「逃げる気? あたしの話は、終わってないんだけどねぇ」と、フィレンが、ぼやいた。
「この件が済んだら、思いっきり相手をしてあげるわ。それまでは、お預けよ」と、アルカーナは、振り向かずに、淡々と答えた。フィレンの物言いは、癪に障るが、本来の目的を果たすまでの間、この喧嘩の決着な、先送りにしておきたいからだ。
「それもそうね。ヨーシとケーシに仕返しをする前に、あたし達が消耗しても、意味が無いからねぇ。ここは、あんたの言う通りにしてあげるわ」と、フィレンも、同意した。
その後、アルカーナ達は、無言のまま、坂道を上った。しばらくして、昨日、賑わっていた受付会場となっていた庭園へ、辿り着いた。
「で、あなた、ヨーシ達の居所を知ってるの?」と、フィレンが、問い掛けた。
アルカーナは、振り返り、「知らないわよ」と、仏頂面で答えた。そして、「あんたこそ、あいつらの居所が、判るって訳?」と、問い返した。自分にも、見当が付いていないからだ。
「知る訳無いじゃない! あなたが、知っていると思って、付いて来ただけよ。もしも、留守だったら、無駄足ね」と、フィレンが、皮肉った。
「あっそう。別に、あんただけ引き返しても良いのよ。付いて来るのは勝手だけど、あんまり、あたしの所為にしないでよね」と、アルカーナは、冷ややかに、告げた。文句を言われるくらいなら、勝手に帰ってくれた方が、マシだからだ。
突然、「アルカーナさんも、フィレンさんも、いい加減にして下さい!」と、ラーサが、堪り兼ねてか、割り入った。そして、「喧嘩をする相手を間違えてますよ。リーン兄弟を懲らしめに来た私達が、心を一つにしないで、どうするのですか。仲直りをして下さい」と、強い口調で、取り成した。
「分かったわ。ラーサの言う通り、あたし達は、ヨーシ達を懲らしめる為に来たんだもんね。ま、ラーサの顔を立てて、頭だけ下げておくわね」と、アルカーナは、聞き入れた。その直後、「ちょっと、言い過ぎたわね」と、フィレンに、頭を下げた。ラーサに、こうまで言われると、何もしない訳にはいかないからだ。そして、頭を上げた。次の瞬間、フィレンの右手の人差し指が、迫るなり、鼻先を突き上げられた。その途端、面食らった顔をした。
その刹那、「素直に、そうやって、頭を下げれば良かったのよ」と、フィレンが、含み笑いをしながら、上から目線で、言った。間も無く、指を離すなり、先立って、すたすたと屋敷へ向かって歩き出した。
少し後れて、「もう!」と、アルカーナは、憤慨した。自分が全面的に、悪いと言うような態度が、頂けないからだ。そして、食って掛かろうと反転した。
そこへ、「アルカーナさん!」と、ラーサが、間に入って来た。そして、その場で手提げ鞄を置いて、間髪容れずに、両肩を押さえられるなり、「落ち着いて下さい!」と、宥めた。
「くっ…!」と、アルカーナは、歯噛みした。やり切れないからだ。そして、大きく深呼吸をして、気持ちを静めた。
少しして、「アルカーナさん、落ち着きましたか?」と、ラーサが、覗き込んだ。
「ま、まあね」と、アルカーナは、仏頂面で、苦々しく答えた。気持ちは静まっても、フィレンに対する怒りが治まらないからだ。
「アルカーナさん、フィレンさんは、もう、大分先へ行ってますよ。私達も、追いましょう」と、ラーサが、告げた。
「そうね」と、アルカーナも、同意した。フィレンの後ろを行くのは癪だが、ここに立ち止まって居る訳にもいかないからだ。
二人は、すぐさま、追い掛けた。間も無く、玄関の手前で、フィレンに追い付いた。
その途端、「あなた達、遅かったじゃないの」と、フィレンが、あっけらかんと言って来た。
「遅いじゃないわよ。あんたが、先へ行ったんじゃない」と、アルカーナは、すぐさま、ツッコミを入れた。早いも、遅いも、待たせたつもりなど無いからだ。
「ふん、寝坊助のくせに、生意気ね。あなたと足並みを揃えちゃうと、いつ着くか分からないから、先に来ただけよ」と、フィレンが、憎まれ口を叩いた。
「あっそう。そう言う事にしといてあげるわ」と、アルカーナは、素っ気無く答えた。そして、「まあ、思ったよりも、早く着いたでしょ?」と、切り返した。幾ら、憎まれ口を叩かれようとも、聞き流す事にしたからだ。
「そうねぇ。寝坊助のあなたにしては、早い方かもね」と、フィレンが、右手を口に当てながら、欠伸をした。
「ありがとう」と、アルカーナは、作り笑顔で、礼を述べた。そして、「で、正面から堂々と乗り込む気なの?」と、尋ねた。また、牢屋へ入れられるのは、御免だからだ。
「そうよ」と、フィレンが、すんなりと頷いた。
「あ、あんた、何を考えているのよ!」と、アルカーナは、語気を荒らげた。正面切って入るなんて、正気の沙汰じゃないからだ。
その直後、フィレンが、先刻のように、鼻を突き上げて来るなり、「あなた、気が付いてないのね」と、意味深長に、言った。
「はあ?」と、アルカーナは、そのままの状態で、困惑した。鼻を突き上げられた事よりも、謎掛けのような物言いが、釈然としないからだ。
「そう言えば、来る途中で、誰とも擦れ違いませんでしたねぇ」と、ラーサが、代弁するように、答えた。
「ラーサ、その通りよ」と、フィレンが、満面の笑みで、力強く頷いた。
「そうなの?」と、アルカーナは、きょとんとした。頭に血が上っていたので、周りの事など気にもしていなかったからだ。
「はぁ~。そうなのってねぇ。ここまで来られたのが、何よりもの証でしょう」と、フィレンが、更に、ぐいぐいと押して来た。
その直後、アルカーナは、上唇までも上げられた。それに対して、イラッとなった。その刹那、「いい加減にして!」と、左手で、その手を払い除けた。
程無くして、「痛っ!」と、フィレンが、左手で、右手首を押さえながら、睨みを利かせた。
「何よ! あんたが、しつこく手を除けないから、払い除けたまでよ!」と、アルカーナも、負けじと睨み返した。いつまでも、やられっぱなしでは居られないからだ。
「言うわねぇ。あなたの鼻は、押し易いのよねぇ。それに、不細工顔が際立って、良かったんだけどねぇ」と、フィレンが、憎まれ口を叩いた。
「そりゃあどうも。今度やったら、剣を突き刺してあげるからね」と、アルカーナは、ひきつった笑顔で、答えた。無礼討上等だからだ。
「あ…ああ…」と、ラーサが、声を震わせた。
アルカーナは、その声に気付くなり、ラーサを見やった。そして、「ラーサ、冗談に決まってるじゃない」と、取り繕うように、やんわりと言った。フィレンへの脅しのつもりが、逆に、ラーサを震え上がらせるとは思わなかったからだ。
「やあねぇ。殺気立っちゃって。この程度の事で、本気になっちゃうんだから。冗談と言っても、苦しいわね」と、フィレンが、他人事のように、涼しい顔で、指摘した。
アルカーナは、フィレンを見やり、「誰の所為だと思っているのよ」と、軽蔑するように、冷めた表情で、言った。そもそも、フィレンが発端だからだ。
「さあ、行きましょうかねぇ」と、フィレンが、視線を逸らした。そして、白い塗料が、所々剥げ落ちた両開きの木扉へ歩を進めた。少しして、勢いそのままに、押し開けた。その直後、すうっと入って行った。
少し後れて、アルカーナとラーサも、急ぎ足で踏み込んだ。間も無く、薄い廊下に行き当たった。そして、左へ曲がった。やがて、フィレンに追い付いた。しばらくして、突き当たりに差し掛かり、左手には、階段が在った。
突然、フィレンが、歩を止めるなり、「し! 誰か来るわ! 階段の裏へ隠れましょう」と、フィレンが、注意を促した。
その途端、三人は、階段の裏側に回り込んで、踊り場の下へ、そそくさと移動した。そして、息を潜めながら、聞き耳を立てた。
少しして、頭上で、複数の足音が、止まった。
「ゲオ様、いよいよ決行ですね」と、無精髭の男が、にこやかに、言った。
「うむ。そろそろ潮時だからな」と、ゲオも、上機嫌に、応じた。
「いやぁ、ヤースーのお陰で、配当金を払わなくて済んで、ゲハゲハ団が、そっくりそのまま頂けるんですからねぇ~。ガハハハ!」と、大男が、高笑いをした。
「静かにしろ! ヨーシ達に聞かれていたら、どうするんだ!」と、ゲオが、語気を荒らげた。
「す、すいやせんっ!」と、大男が、慌てて詫びた。
「ゲオ様、俺達は、例の準備をして来ます」と、丸顔の男が、申し出た。
「うむ」と、ゲオが、承諾した。そして、「わしとこいつは、ヨーシ達に、最後の別れの挨拶をさせて貰うとしよう」と、言葉を続けた。
「へへ、では、町の外で、落ち合いましょう」と、無精髭の男が、告げた。
「うむ」と、ゲオも、返事をした。
間も無く、ゲオ達が、二手に分かれた。そして、双方の足音が、遠ざかって行った。
少しして、「ふふ、これは、面白くなりそうね」と、フィレンが、含み笑いをした。
「でも、何だかきな臭いわよ。面白いと言うよりも、一波乱有るかも知れないわねぇ」と、アルカーナは、眉間に皺を寄せた。ゲオ達の介入で、場が荒れる事を懸念したからだ。
「私も、出来れば、穏便に、話し合いで済ませれば、宜しいかと思うのですが…」と、ラーサも、同調するかのように、意見を述べた。
「確かに、話を聞くような奴らなら、有無を言わさずに、あたし達を牢屋へ入れたりなんてしないわよね。多分、話し合いは、無理だと思うけど…」と、アルカーナは、消極的になった。自分も、ラーサには基本的に賛成だか、リーン兄弟は、他人の言葉に耳を貸さない傲慢な性格なので、話し合いは絶望的だと考えられるからだ。
「あたしも、寝坊助に賛成ね。それに、あの弟のケーシには、色々と…」と、フィレンが、言葉を詰まらせた。
「ふーん。あんたも、それなりに、あいつらに対しての思い入れが有るって訳なのね」と、アルカーナは、含み笑いをした。何にせよ、フィレンも、不快な事情を抱えている事が、分かったからだ。
「どうやら、連中は、居なくなったみたいね。あたし達も、上がるとしましょう」と、フィレンが、提言した。
「そうですね。文句の一つでも言ってあげませんとね」と、ラーサも、同調した。
「さあて、あのお坊っちゃん達が、あたし達を見て、どう出るかよね。少なくとも、土下座はさせないとね」と、アルカーナは、意気込んだ。聞く耳を持たなければ、力ずくでも謝罪させてやるつもりだからだ。
その直後、三人は、廊下へ出るのだった。




