一四、三人娘、意気投合
一四、三人娘、意気投合
アルカーナ達は、無事に、リーン邸を抜け出した。そして、その足で、メギネ族の娘が、昼間の時間潰しに過ごしていた酒場へ駆け込んだ。
その途端、「おや? メギネ族のお嬢さん、まだ居られたのですか?」と、ウルフ族の男店主が、面食らった表情で、問い掛けた。
「ええ。リーン邸へも行ってましたわ」と、メギネ族の娘が、何食わぬ顔で、即答した。
「よく、無事に戻られましたねぇ。話を聞かされると、寿命が縮まる思いですよ」と、ウルフ族の男店主が、苦笑した。そして、「そちらの猫耳族とバニ族のお嬢さん達も、あなたのお連れですか?」と、更に、尋ねた。
「ええ。リーン兄弟と揉めちゃって、投獄された所を助けてあげたのよ」と、メギネ族の娘が、得意げに、恩着せがましく、言った。
「何よ、偉そうに」と、アルカーナは、口を尖らせた。メギネ族の娘の言動が、気に入らないからだ。
「まあまあ、アルカーナさん」と、ラーサが、宥めて来た。
アルカーナは、左隣のラーサを見やり、「ラーサ、あんな事を言わせておいて良いの?」と、同意を求めるように、問うた。意見を聞きたいからだ。
「良いんじゃないのですか。あの方が、私達を牢屋から出してくれたのは、事実なんですし…」と、ラーサが、肯定した。
「そりゃあ、あんたの言う通りだけど、どうも、信用なら無いのよねぇ」と、アルカーナは、訝しがった。縁も所縁も無い者が、得にもならない事をする事が、解せないからだ。
「アルカーナさん、他人を疑っていても、埒が明きませんわよ」と、ラーサが、窘めた。
「そりゃあ、そうだけど…」と、アルカーナは、不満顔で、言葉を詰まらせた。ラーサの言う通り、メギネ族の娘の素性は、どうあれ、牢から出して貰った事に変わり無いからだ。
「あなた達、何をごちゃごちゃ立ち話をしているの? 早く席に着いたら、どうなの?」と、メギネ族の娘の声が、割り込んだ。
その刹那、アルカーナは、前を見やった。次の瞬間、メギネ族の娘が、振り返りながら、カウンターの丸椅子に腰を掛けているのを視認した。そして、再び、ラーサを見やり、「行こうか」と、声を掛けた。いつまでも、突っ立って居る訳にもいかないからだ。
「はい」と、ラーサも、微笑みながら、力強く頷いた。
程無くして、アルカーナとラーサも、カウンターへ、足並みを揃えながら、歩を進めた。
間も無く、アルカーナは、メギネ族の娘の左隣の席に、腰掛けた。
少し後れて、ラーサも、手提げ鞄を足下に置いて、アルカーナの左側の席へ腰を下ろした。
その直後、「あなた達、ぼさっとしているから、あのお坊ちゃん達に、良いように、扱われちゃうのよ」と、メギネ族の娘が、皮肉って来た。そして、「ここで、提案なんだけど、あの二人に、仕返ししない?」と、持ち掛けて来た。
その瞬間、「お、お嬢さん! な、何を言っているんですか! 命を粗末にしてはいけません!」と、ウルフ族の男店主が、取り乱した。
「一人じゃあ無理だから、二人に申し込んでいるのよ!」と、メギネ族の娘が、語気を荒らげた。
「あたしは、あんたの提案に、乗ってあげても良いわよ。あのお坊ちゃん連中を張り倒してやりたいくらい頭に来ているからね」と、アルカーナは、賛同した。今思い出しても、リーン兄弟の理不尽なやり方が、腹立たしいからだ。
「私も、あのような不当な裁決には、少々、怒りを覚えてますわ」と、ラーサも、笑顔とは裏腹に、厳しい口調で、同調した。
「決まりね」と、メギネ族の娘が、にやりとした。
「はぁ~。私からは、これ以上、何も言える事は、ありませんね」と、ウルフ族の男店主が、諦めるように、溜め息を吐きながら、ぼやいた。
アルカーナは、右を向くなり、「で、あんたは、どうして、あの兄弟に、仕返しをしてやりたいのか、教えて貰えないかしら? あたし達をけしかけておいて、自分だけ、高見の見物って訳じゃないでしょうね?」と、怪訝な顔で、問い掛けた。それなりに、納得の行く説明を聞いておきたいからだ。
「昼間、ここで、ケーシに、自尊心を傷付けられたのよ! 商売女だってね! 初対面の女性に対して、失礼しちゃうでしょ!」と、メギネ族の娘が、腹を立てた。そして、「その上、チビハゲのおっさんと手を握り合って居たわ! ああ、気持ち悪ぅ~!」と、毒づいた。
「へぇ~。ケーシって、男色家だったんだぁ~。だから、あたし達には、刑を科しても、ヤースーは、あのまま闘舞台で寝かせて、お咎め無しって事かしら?」と、アルカーナは、ケーシの人物像を想像しながら、見解を述べた。その方が、辻褄が、合うからだ。
「アルカーナさんの仰られるように、そのような節が、随所に、見受けられましたわね。紳士ならば、非が有るのは、乱入された方々の方ですからね。ジャン・カーズさんの方が、リーン家の方々よりも、男らしい方でしたわ」と、ラーサが、口添えした。
「そうね。ジャン・カーズのお陰で、あの時は、助かったけど、ヤースーにやられた後、伸びていたけど、大丈夫だったかしら?」と、アルカーナは、身を案じた。ヤースーを相手にしていて、ジャン・カーズの事まで、気が回らなかったからだ。そして、「次に会ったら、お礼をしなくちゃあね」と、言葉を続けた。
「じゃあ、先に、あたしに、御礼をしてくれる?」と、メギネ族の娘が、にこにこしながら、謝礼を頂戴と言うように、右手を差し出して来た。
「厚かましいわね!」と、アルカーナは、右手で、払い除けた。リーン兄弟への仕返しの助太刀で、差し引き無しだからだ。
「何よ、ケチ! あ~あ、助けて損したわ!」と、メギネ族の娘が、口を尖らせながら、ぼやいた。
「御礼でしたら、私が、幾らか…」と、ラーサが、申し出た。
「ええ! 話が解るじゃないの!」と、メギネ族の娘が、急に、上機嫌となった。
アルカーナは、即座に、ラーサへ振り返り、「ラーサ、安易に、お金を払おうとしないの。金の亡者の要求に付き合っていたら、お金が幾ら有っても、足りないわよ」と、窘めた。メギネ族の娘のような損得でしか動かない者には、お金を全て搾り取られて、見限られるのが、オチだからだ。
「いちいち、勘に障る事を言うわねぇ。今は、あなたと話をしているんじゃないんだから、邪魔をしないで!」と、メギネ族の娘が、ムッとなった。
アルカーナは、メギネ族の娘へ向き直り、「お金が欲しければ、リーン兄弟から、幾らか貰っちゃえば良いんじゃないの? あたし達のような貧乏人から小銭を巻き上げるよりも、大金が、手に入れられるんじゃないの?」と、提言した。自分も、慰謝料代わりに、リーン兄弟から優勝賞金分くらいは、ふんだくってやりたいからだ。
「それもそうねぇ。あなた達から小銭を貰うよりも、どうせ、リーン邸へ行くのだから、慰謝料代わりに、金庫から頂戴するのも、悪くないわねぇ」と、メギネ族の娘も、柔和な笑みを浮かべながら、同調した。そして、「あなた、間が抜けていると思えば、意外と気の利いた事も言えるのね」と、感心した。
「間が抜けていると言うのは、余計だけど。あたしも、先立つ物が要るからね。どうせ、あの屋敷の中には、今晩の武術大会の賭け金や優勝賞金とかが、置いて有る筈だからね」と、アルカーナは、得意顔で、憶測を述べた。そして、「ヤースーの暴走を理由にでもして、自分達が、着服する気なんでしょうね」と、憎々しげに、言葉を続けた。リーン兄弟の独り勝ち状態なのが、癪に障るからだ。
「そうよねぇ。権力を笠に着て、やりたい放題ってのが、大体、気に入らないわよね」と、メギネ族の娘も、頷いた。
「私も、今回は、アルカーナさんに、賛成ですわ。お金を取り返しに行くんですから、あの方達に、遠慮する事はありませんわね」と、ラーサも、自分に言い聞かせるように、同調した。
「ええ? 何に使ったのよ?」と、メギネ族の娘が、興味津々に、問い掛けた。
「アルカーナさんに、賭けていたもので…」と、ラーサが、苦々しく答えた。
「ええ! そうなの!」と、メギネ族の娘が、素っ頓狂な声を上げた。そして、「因みに、幾ら賭けたの?」と、更に、尋ねた。
「百リマ金貨を一枚ほど…」と、ラーサが、答えた。
次の瞬間、「え…」と、メギネ族の娘が、信じられない面持ちで、言葉を失った。そして、「あなたの金銭感覚って…」と、常軌を逸していると言わんばかりに、苦笑いした。
「そうねぇ。金貨を賭けるのは、異常よね」と、アルカーナも、溜め息混じりに、同調した。投資の額が、庶民の感覚を外れているからだ。
「おかしいですか?」と、ラーサが、しれっと、問い掛けた。
アルカーナは、再度、ラーサを見やり、「うん」と、すんなり頷いた。ラーサの為に、はっきりと意思表示をしておいた方が、良いからだ。そして、「次からは、大金なんか、賭けない方が良いわよ」と、忠告した。やってしまった事は、仕方の無い事だからだ。
「はい…」と、ラーサが、神妙な態度で、聞き入れた。
「じゃあ、リーン邸へ行く事も決まったから、今夜は、飲みましょう!」と、メギネ族の娘が、意気揚々に、提言した。
その直後、アルカーナは、メギネ族の娘をじろりと見やり、「あんた、何を一人で盛り上がっているのよ?」と、冷ややかに言った。まだ、信じた訳じゃないからだ。そして、「先ずは、名前から教えて貰おうかしら?」と、要求した。
「フィレン・ソホシーラよ」と、メギネ族の娘が、さらりと名乗った。
「じゃあ、フィレン。どうして、ケーシなんかに、言い寄ったのかしら?」と、アルカーナは、更に、質問した。ケーシに近づくには、それなりの意図が有ったと考えられるからだ。
「あたしは、仕事をやり易くしたかっただけよ。リーン家の方とお近づきになったら、仕事もかなり楽になるでしょ?」と、フィレンが、もっともらしく理由を述べた。
「ふ~ん。それだけかしら?」と、アルカーナは、訝しがった。いまいち、信じられないからだ。そして、「あんた、牢屋を開けた手口からして、手先が、相当、器用みたいね。盗賊の方の経験が、有るんじゃないの?」と、右手の人差し指を鉤状に曲げながら、核心を突いた。フィレンには、盗賊の技量が有ると見受けられたからだ。
「ええ。あなたの言う通りよ」と、フィレンが、素直に、認めた。そして、「生きて行くには、必要だからね」と、悪びれずに、告げた。
「フィレンさん、ご苦労なされているのですね…」と、ラーサが、気の毒だと言うように、同情した。
「ま、あたしも、あんたの技量に助けられたんだから、咎めはしないけどね。ありがとう」と、アルカーナは、礼を述べた。盗賊の技量で助けられたのは、事実だからだ。
「今度は、あなたが、名乗る番よ」と、フィレンが、促して来た。
「あたしは、アルカーナ・ルキノフス。剣士よ」と、アルカーナは、得意顔で、名乗った。
「ふ~ん。剣士にしては、いまいち、パッとしなかったみたいだけどねぇ~」と、フィレンが、皮肉った。そして、「で、そこのバニ族の方は、何て名前なの?」と、ラーサに、問い掛けた。
その途端、「あ、わ、私は、ラーサ・ロメナズと申します!」ラーサが、慌てて、返答した。
その直後、「ロ、ロメナズって、あなた、ロメナズ商会と何か関係が有るって、言うの!」と、フィレンが、面食らった表情で、素っ頓狂な声を発した。
「何よ? そのロメナズ商会って?」と、アルカーナは、冴えない顔で、小首を傾いだ。何の事だか、さっぱりだからだ。
「はぁ~。まさか、ライランス大陸で、ロメナズ商会を知らないのが、居たなんて…」と、フィレンが、溜め息を吐いた。
「ロメナズ商会は、私の実家で、ライランス大陸随一の豪商ですわ」と、ラーサが、淡々と言った。
アルカーナは、三度、ラーサを見やり、「どうして、豪商の娘のあんたが、独りで度を続けているのかしら?」と、尋ねた。大陸随一の豪商の娘が、一人旅というのが、解せないからだ。
ラーサが、真顔になり、「私、黙って家を飛び出して来ましたの。何不自由の無い暮らしに、生きている実感が無くて…」と、吐露した。
「へぇ~。あたしは、何不自由の無い暮らしに、憧れちゃうけどね」と、フィレンが、羨むように、言った。
その刹那、アルカーナは、振り向き、「あんたは、単に、大金持ちの暮らしが羨ましいから、お気楽な事が言えるんじゃないの? ラーサにとっては、独りで旅に出るって、大きな決断だった筈よ」と、アルカーナは、ツッコミを入れた。ラーサが考えた末に、出した結論だと考えられるからだ。
「何よ? あたしは、自分の感想を言っただけで、あなたに、いちいち、ツッコまれる筋合いは無いわよ」と、フィレンが、不機嫌に、言い返した。
「はいはい」と、アルカーナは、素っ気無く返事をした。言い争う気など、更々無いからだ。そして、「ラーサが、金貨を持っている理由が、何と無く判ったわ」と、納得した。ラーサが、豪商の娘ならば、金貨を持っていても、不思議ではないからだ。
突然、フィレンが、席を立った。
少し後れて、アルカーナも、フィレンを目で追った。
間も無く、ラーサへ歩み寄り、左側で、立ち止まった。次の瞬間、愛想の良い笑みを浮かべるなり、「ラーサ、あたしとあなたは、今から親友よ!」と、ラーサの両手を握り締めながら、告げた。
「はあ?」と、アルカーナは、フィレンの馴れ馴れしい態度に、呆れた。あからさまに、下心が、見え見えだからだ。そして、「ラーサ、あんまり、自分の名前を言わない方が、良いわよ。フィレンみたいに図々しいのが、言い寄って来ちゃうからね」と、溜め息混じりに、忠告した。
「え、あ、はい!」と、ラーサが、困惑しながら、返事をした。
フィレンが、落ち着きを取り戻すなり、「あなたの言う事も、もっともかも知れないわね。あたしも、ラーサの実家が、ロメナズ商会と判って、少しはしゃぎ過ぎたかも知れないわね」と、フィレンが、神妙な態度で、反省の弁を述べながら、手を放した。そして、「困らせちゃって、ごめんね」と、ラーサに、詫びた。
「へぇ~。意外と殊勝な所が有るのねぇ~」と、アルカーナは、フィレンの素直な態度に、感心した。非を認めるとは、思いもしたかったからだ。
「あたしは、幼い頃から、お金には色々と苦労させられていたから、ついつい、お金持ちと聞くと、言い寄っちゃうのよね」と、フィレンが、苦々しく言った。
「なるほど。だからね」と、アルカーナは、納得した。フィレンの異常な行動には、暗い過去が有ると解ったからだ。そして、「あんたに嫌味を言っちゃって、ごめんね」と、詫びた。フィレンが、根っからの金の亡者でない事を知ったからだ。
「アルカーナ、あなたとなら、上手くやって行けそうね」と、フィレンが、微笑みながら、右手を差し出して来た。
「そうね。あんたとなら、やっても良いわ」と、アルカーナも、右手で、握り返した。リーン兄弟に、仕返しをする協力者としては、最適だと認めたからだ。
ラーサが、そっと両手を握り合った手へ被せるなり、「私も、アルカーナさんとフィレンさんのお二人なら、何処へなりとも、付いて行けますわ」と、笑みを浮かべながら、告げた。
この瞬間、アルカーナ達は、リーン兄弟を懲らしめるという目標に向かって、意気投合した。
「じゃあ、今夜は、飲み明かしましょう!」と、フィレンが、提言した。そして、手を放すなり、席へ戻った。
その刹那、「そうね」と、アルカーナも、快諾した。自分も、今夜は、飲み明かしても良い気分だからだ。
少し後れて、「私も、お付き合いさせて頂きますわ」と、ラーサも、同意した。
「これは、私の奢りです。どうぞ、ご遠慮無く」と、ウルフ族の男店主が、口を挟んだ。そして、杯をカウンターの上へ、フィレンから順に置いた。
その間に、アルカーナも、カウンターへ振り向いた。そして、眼前に置かれた杯をしげしげと見つめた。その瞬間、「こんな色のお酒、初めて見るわね」と、見とれながら、溜め息混じりに、口にした。飲むのが惜しいくらい衝撃的な薄紫色だからだ。
「そうですわね。何だか、見ているだけでも酔いそうですわ」と、ラーサも、同調した。
「あたしは、お昼にも、ご馳走になったわ。これとは違うやつだけどね」と、フィレンが、やや自慢げに、割り込んだ。そして、「これは、何て言う名前のお酒?」と、ウルフ族の男店主に、尋ねた。
「そうですね。差し詰め、“深夜の来訪者”とでも名付けさせて貰いましょうか」と、ウルフ族の男店主が、答えた。
「ふ~ん。”深夜の来訪者“ね。取って付けたような名前だけど、悪くはないわね」と、アルカーナは、感想を述べた。そして、混合酒を一気に、飲み干した。その直後、一瞬、くらっと目眩がした。間も無く、酔いが回って、気を失うのだった。




