九、ラーサの勇気
九、ラーサの勇気
ラーサは、屋敷の向かい側の客席の後方より遠巻きに、自分の優勝予想に賭けた猫耳族の娘の二回戦を固唾を飲みながら、見守った。心境としては、賭け金よりも、同性として、勝ち上がって欲しいと思ったからだ。
しかし、待てど暮らせど、対戦相手が、現れなかった。
やがて、観客が、苛々を募らせ始めた。
突然、無精髭の男が、猫耳族の娘の左腕を上げるなり、「勝者! 猫耳族の娘!」と、勝ち名乗りを上げた。
その途端、場内が、ざわついた。
その間に、無精髭の男が、猫耳族の娘の腕を下ろして、放した。
間も無く、猫耳族の娘が、移動を始めた。しかし、すぐに、歩を止めた。
ラーサは、眉をひそめた。どうして、階段を下りないのかが、解せないからだ。少しして、背広姿のイナ族の優男と貧相な体つきのウルフ族の男と横縞の服を着たラット族の男に、行く手を阻まれているのを確認した。
程なくして、猫耳族の娘とイナ族の優男達が、口論を始めた。
「いけませんわ」と、ラーサは、闘舞台へ上がる決心をした。多勢に無勢で、看過出来ないからだ。そして、観客の中へ身を投じた。しかし、すぐに、押し戻されて、思うように、進む事が出来なかった。
少しして、観客が、どよめいた。その瞬間、動きが止まった。
その瞬間、ラーサは、ここぞとばかりに、分け入った。闘舞台へ近付ける好機だからだ。そして、闘舞台へ視線を向けた。すると、猫耳族娘が、背にしながら、手前の縁まで追い込まれているのを視認した。
突然、「いってぇぇぇ!」と、男の声が、響き渡った。
その直後、ラーサも、足を止めた。そして、注視した。猫耳族娘の邪魔をしてもいけないと思ったからだ。
しばらくして、「うがあぁぁぁぁ!」と、荒々しい雄叫びがしてきた。
次の瞬間、「うわあぁぁぁ!」と、ラット族の男が、浮かび上がり、闘舞台の左側へ滑空するように消えた。
少しして、猫耳族娘が、細い剣を抜いた。
その瞬間、「どうやら、私の出番は無いようですね」と、ラーサは、安堵した。何者かが、加勢に現れたのだと察したからだ。そして、引き返そうと、背を向けた。
その刹那、観衆が、ざわめき始めた。
程なくして、ラーサは、向き直った。嫌な感じだったからだ。
その途端、ウルフ族の男と猫耳族娘が、初戦で破った半裸の男が、次々に、闘舞台から排斥されるように、宙を舞いながら、落ちて行った。
間も無く、巨漢のブヒヒ族の男が、猫耳族娘の前までやってきた。そして、問答無用で、引っ張り始めた。
やがて、猫耳族の娘が、見えなくなった。
その瞬間、ラーサは、我に返り、少し先に有る階段を目指した。このままでは、猫耳族の娘が、危険だと察知したからだ。だが、再び、観衆に、行く手を阻まれた。間も無く、細い剣が、屋敷側へ飛んで行くのが、視界に入った。そして、「退いて下さい! 急いでいるんです!」と、叫んで、手提げ鞄を押し込むなり、強引に体を割り込ませながら、前進した。急を要するので、遠慮をしている場合ではないからだ。少しして、階段へ到着した。間髪容れずに、上がった。やがて、闘舞台へ上がり込んだ。次の瞬間、中央で、猫耳族の娘の上で、巨漢のブヒヒ族の男が、馬乗りになりながら、顔面を張っているのを確認した。その途端、足を向けた。程なくして、その前で、立ち止まった。
その瞬間、「ん? 何だ? お前は?」と、巨漢のブヒヒ族の男が、顔を上げた。
「退いて下さいませんか?」と、ラーサは、毅然とした態度で、申し出た。見て居られないからだ。
「嫌だね」と、巨漢のブヒヒ族の男が、頭を振りながら、拒んだ。
「そうですか…。仕方ありませんね…」と、ラーサは、溜め息を吐いた。話にならないからだ。そして、「待ってて下さいね…」と、呟いた。その直後、手提げ鞄を持ったままで、右へ腰を捻った。ブヒヒ族の男を退かすには、この方法しか思い付かないからだ。間も無く、振り切れる位置で止めた。その刹那、「えい!」と、力一杯振るった。一瞬後、巨漢のブヒヒ族の男の鼻っ柱へ直撃させた。
次の瞬間、「うごっ!」と、巨漢のブヒヒ族の男が、もんどりうって吹っ飛んだ。そして、卒倒するように、数歩先で、鼻血を流しながら、動かなくなった。
その間に、「止めて下さあぁぁぁい!」と、ラーサも、勢いの付いた鞄の重さにつられながら、その場で、自転するのだった。




