エルフの住む森2
シダさん宅で一泊した僕たちは石英、彼らが言うところのアブソーブマジック鉱石について聴く前に一つある事を尋ねた。
「この辺りにはワイバーンの住処があるのですか?」
かつて大量のワイバーンの襲撃を受けあわや亡国の危機となったルクス神国にとって、ワイバーンの出現情報は敏感な話題である。
しかし、あれから今まで国内でワイバーンに襲われたという話は聞いたことがない。これはなにか裏がある、そんな気がしたのだ。
「やはりそこに気付きましたか。噂で聞いたとおり貴女は聡明な方でいらっしゃる」
「一体この森で何があるのですか」
「貴女は魔族の存在を信じますか? あの、おとぎ話に登場するような魔族です」
おとぎ話の魔族というのは僕にはわからないが、魔族の存在は認知している。
「ええ、信じます。というより、僕たちは魔族に会ったことがあるのです」
「なんと、それは本当ですか? それなら話が早いですね。じつは今この森には二人の魔族がいるのです。」
「二人の魔族……まさかその二人が争っているとか? それでその争いに巻き込まれているとか?」
ネオンちゃんが予想を口にする。
「いやあ、あながち間違ってはいないのですが、何方かと言えば逆ですね」
「というと?」
僕は聞き返すが、帰ってきたのは意外な答えだった。いや、ある意味では予想してしかるべき事態だったのかもしれないが。
「タカ派を名乗る魔族が私たちの森を狙い、一方の魔族は私たちの森を守ってくださっているのです」
タカ派の魔族、まさか彼らが既に僕たちの世界に進出していたとは……。
人界と魔界を繋ぐ門が鍾乳洞のものだけとは限らない。きっと別の箇所の門からやってきたのだろう。
魔界で襲撃を仕掛けてきたタカ派もワイバーンを使役していた。もしかしてワイバーンとは航空兵器の一種として扱われているのだろうか。そのような疑問が浮かぶ程ワイバーンとの接触が多い気がする。
「実は僕たち、魔界という場所に行く機会がありまして。そこで僕たちはタカ派とハト派の魔族が争う場面を見たのです」
僕は魔界の存在を打ち明けた。ソティスさんには悪いが、こうなっては魔界が認知されるのも時間の問題である。
「魔界が実際にあったとは驚きです。しかしタカ派とハト派ですか。この森を守ってくださる魔族の方もそうですが、魔族というのも一枚岩ではないようですね」
「どうやらそのようです。それで、この森を守っている魔族とはどのような方なのでしょうか」
メイさんが尋ねる。確かにそれは気になる。魔族にとってはこの森は無関係なはず。無視しても責められることはないだろうに、一体どのような人物なのだろうか。
「そうですね、それではこれから案内いたしましょう。ついてきてください」
それから昨夜のように森の中を歩き、今度は集会所なのだろうか、広場へと辿り着いた。そこには複数人のエルフに混ざり、明らかにエルフとは異なる種族の女性がいた。
肌の色は樹木を思わせるようなダークブラウン、皮膚には年輪のような文様が浮かび上がっており、その姿はまるで生きた木のようであった。魔界にいた魔族とは姿が異なるが、彼女がこの森の守護者たる魔族なのだろうか。
「マギナ様、彼女がこの森を守っている魔族のカズラさんです。……色々と訳ありの方なので失礼があるかもしれませんが、どうか気にしないでいただければ幸いです」
訳あり? それは一体どういうことだろうか。
「貴女がこの森を守ってくださっている魔族の方ですね。この森もルクス神国の一部、国を代表して礼を申し上げます」
「あら~、貴女が噂の現人神様ね~。新しいものを発明するなんて尊敬しますわ~」
「そ、それはどうも」
なんというか、おっとりした人なのだろうか。立場を気にせず森を守るのだから、もっと凛とした人だと思っていたのだが意外である。
「ところで、貴女は魔族ですが、何故この森を守ってくださっているのでしょうか」
「う~ん、実は私、記憶喪失なのよね~。自分が魔族で、カズラという名前がある。わかるのはそれだけなのよ~」
カズラさんは困ったような表情で答えた。
「それで、行く場所に困っていたらね、記憶が戻るまでこの森にいてもいいっていうから恩返しに用心棒の真似をしているの。それにどういう訳か相手は私を狙っているみたいだから私が戦わない訳にはいかないわ〜」
記憶喪失で人界にいる魔族、それにカズラっていう名前か。もしかしたら……
「もしかして貴女、ハト派の魔王の四天王ではないでしょうか。たしか鈍のカズラと呼ばれていたはずですが」
「そう、なの? ……だったら魔王様には悪いことをしていたわね。この一件が落ち着いたら一度会ってみないとね」
カズラさんと話していると、突然森の西の方から爆音が聞こえてきた。カズラさんは表情が変わる。口調もどこか剣呑さがある。
「来たわね」
「え?」
「悪いけど続きは後よ、タカ派の魔族がやってきたわ」
言うと、すぐに彼女は爆音のした方角へと走り出した。僕も彼女の後について行く。




