鍾乳洞の怪9
対翼竜魔導防壁の試作品を作った次の日、この城下町総出で魔導防壁の設置工事を行った。
初めは皆魔導防壁の効果に半信半疑……寧ろ疑いの気持ちが強いくらいだったが、僕の推測するワイバーンの弱点の理論や、魔導防壁の仕組み、魔力が見える邪視を持った魔族による、魔導渦理論についての事実の確認により、この対翼竜魔導防壁に対して賭けてくれる程度には信頼してくれた。
そして、実際に遥か西の方角からやってきたタカ派魔王軍の翼竜隊は、この街に張り巡らされた対翼竜魔導防壁を突破できず、暫しの混乱の後、再び西へと帰還した。
「やった、やったぞ! ついにタカ派の翼竜隊に一矢報いたぞ!」
「これもマギナさんのお陰だぜ!」
「人間は今まで見たことがなかったが、こんな凄い人がいるんだな!」
「まるでこの街にガス灯を齎した伝説の旅人みたいだ!」
街中から僕の発明品を讃える歓声が聴こえる。正直どこまで効果があるかわからなかったが、街に一切の被害なくワイバーンを追い払うことができて良かった。
「マギナよ、この度は街を救ってくれて感謝を申し上げる。本当は礼をしたいところなのだが、何か欲しいものはないか」
魔王様が話しかける。欲しいもの、といってもマジカダイトは国産のものを使いたいし……そうだ、こうしよう。
「いなくなった門番たちがいますよね」
「そうであるな」
「きっと彼らがいなくなった理由はアセンションワイバーンの邪視能力にあると思うのです」
「アセンションワイバーンがこの近辺で活動していることが初耳なのだが」
しまった! 言ってなかったか。まあ、構わないだろう。奴は既にミラさんが倒した筈だし、今更何の問題もない。
「実は門の近くにアセンションワイバーンがいて、邪視を使って元々門周辺で暮らしていたスマートワイバーンとワイルドワイバーンを争わせていたのです」
「そのようなことになっていたのか。……忙しかったとはいえ領地付近の情勢を知らなかったとは我ながら情けない。儂も街の外に目を向けなければな」
「それで、門番たちがどこかへと消えた理由はアセンションワイバーンの邪視かと思われます。僕は邪視には詳しくはないのですが、邪視の力は使用者が死んだらどうなるのでしょうか」
「邪視によって発生した現象は全て消えるな。……なるほど、お前の望みが読めたぞ。自分の功績で他者に配慮した願いを希望するとはなかなかであるな」
「お褒めに預かり恐悦至極です」
実は恐悦至極の意味は分からないのだが、このシチュエーションのテンプレ回答だろうしこう言っておけばいいだろう。
「お前はどこかへと消えた門番たちが戻ってきたとき、責めずに赦すことを望むのだな?」
「その通りです」
「まあ、元々情状酌量の余地はあったのだが……とにかく、今後お前に困ったことがあったらなんでも相談するがいい。儂が力になろう」
「ありがとうございます。……それでは、門のある草原まで行きましょうか」
僕たちは城下町から西、つまり門があった草原を目指した。今度は街に来たときとは違い、馬車がある為楽に帰ることができた。
そして草原、僕はここでアセンションワイバーンを打ち倒したミラさんが出迎えてくれるのかと期待していた。しかし、現実は期待とは大きく異なっていた。
「ミラさん、大丈夫ですか!?」
既にミラさんがアセンションワイバーンを倒していたと思っていたが、現実は反対であった。むしろ群れのスマートワイバーンは全滅し、残るはミラさんだけという絶体絶命の事態であった。
「お主は門の守護者であるスマートワイバーンの群れの者、だな。一体これはどういう事だ」
「マギナさん、魔王様、申し訳ありません。アセンションワイバーンには手も足も出ずご覧の有様となってしまいました」
緑の草原は二日前に倒したワイルドワイバーンの山に加え、大量のスマートワイバーンたちの亡骸により、死屍累々の様相となっていた。
そして、空から下卑た笑い声が飛び出す。
「ゲヒャハハハ! 同じワイバーンだというのにざまあないな!! あの数のワイルドワイバーンを全滅させたから期待してたがオレ一匹にこれだけやられるなんてな!」
声の主は緑の鱗に包まれた翼竜、見た目はワイルドワイバーンと違わないが、三下のような汚い喋り口に反しその身体からは強者のオーラのようなものが感じ取れた。
恐らく奴こそがワイバーン同士を戦わせ、また、門番たちをどこかへと向かわせた張本人、すなわちアセンションワイバーンなのだろう。
「どうやらハト派の魔王とやらもここに用事があるようだがそいつは叶わないぜ。なにせこのオレが貴様を焼き殺すんだからな! ゲヒャハハハ!」
『そんな、マギナちゃんもソティスさんもお前なんかにやられないよ!』
「いや、魔王と言えどオレには勝てない。邪視の力は例え神でも抗えないからな! だが、一つだけ質問させろ」
そう言うと、急に真剣な口振りになった。
「貴様の街に向かわせたワイバーン、あれをどうやって退けた。あれだけの数の翼竜隊、貴様が戦ったとて一切の消耗もなしに退けられる筈もないだろう」
「何故翼竜隊のことを知っている? ……貴様、まさかタカ派四天王のザイアか!」
「そう、このオレこそがタカ派四天王の一人、欲望のザイアよ! それで、どうやって翼竜隊を追っ払った。貴様がここで死ぬ前に教えろよ、気になって今夜眠れなくなっからよ!」
「タカ派の四天王に教えられるものなど敗北だけである! マギナよ、今再び力を貸してくれ、奴らタカ派はいずれ人界に侵攻するつもりなのだ。ここで奴は仕留めねばならぬ!!」
「当然です、ワイバーンで街を襲うような、そんな危険な者を人界に入れさせはしません!」
「ッハ! 大した自信だな! だが、オレの邪視を受けてもそう言っていられるか?」
そう言うとアセンションワイバーン、ザイアはその目を赤く輝かせた。ミラさんから聞いた話によると、これこそが邪視の合図のようだ。
今までの状況から判断すると奴の能力は何らかの精神作用系、厳重に注意しなければならないが……何か違和感がある。
いや、違和感が全くないという違和感がある!
「あん? 手前ら、どうして何もしない。魔王にそこの人間、お前ら今にでもオレを倒したいんじゃなかったのか? かかってこいよ、返り討ちにしてやるからよ! 後ろで怯えているエルフの女にフェアリー、そんなに怖いなら逃げればいいじゃねえか、誰も責めねえぜ」
……どうも様子がおかしい。もしかして、誰も邪視にかかっていない?
「……おい、そこの死に損ないのワイバーン、貴様まさかアセンションワイバーンだな!」
「マギナさんにも言われましたが、私はただのスマートワイバーンです。邪視など持ち合わせていませんよ」
ミラさんはそう言うが、正直そう思っているのは本人だけだろう。何故なら……
「嘘を吐くなよ! オレは見たぜ、手前が目を光らせたのをよ! 一体どんな能力だ!!」
ザイアの言うとおり、ミラさんもザイアが目を赤く輝かせたと同時に目を輝かせたのだから。
「何を言っているのか分かりませんが皆さんチャンスです、今こそ攻め込みましょう!」
まあ、訳も分からず自慢の能力を封じられて一斉攻撃を受ける彼には最早同情さえ感じられる訳だが、ここは一切の容赦もなく袋叩きにさせてもらおう。
「《雨槍》!」
魔王様が魔法で槍の様な鋭さをもった高圧の雨をザイアに降らす。いくらアセンションワイバーンといえどやはり魔力への抵抗はないのか、彼の身体は地に堕ちる。
しかし、流石四天王、弱点を突かれたところですぐには息絶えない。少し悶えると、再び飛行体制を整えまた飛び立とうとする。
だが、そうはさせない。
「《肉体強化》!」
僕は身体能力を強化し、ザイアの下へ駆け抜ける。そして、
「ファアイアアアーーー!!」
僕は魔法のショットガンたるアーティファクト、MAーNo.1『マギナッツ式魔法の杖』を発射する。
空に逃げられる前に一撃を与える為に《肉体硬化》を使わなかった為、初めての使用時同様杖を持っていた右手は弾け飛び、今にも僕の意識は飛びそうであるが《生命賦活》で何とか耐える。
「ギ、ギャァアアアア!!」
ショットガンの一撃をもろに喰らったザイアの身体は肉片となり飛び散り、空からは彼の血が降り注いだ。
一悶着あったが、今度こそ魔界での冒険は終わりである。鍾乳洞を探検したい、などと考えていた頃からは予想できない経験であった。




