鍾乳洞の怪7
魔王城の場所を聞いて宿に宿泊した翌朝、僕たちは早速魔王の城へ向かった。
魔王の城といっても、それにはイメージしていたような禍々しさはなく、寧ろ物語の勇者が初めに訪れる城のような荘厳とした佇まいだった。
城に入ると、エントランスには赤いカーペットが敷かれ、入り口正面にはフロントテーブルのような長机に受付が二人おり(当然彼等も魔族である)、まるでホテルのロビーを思わせる様相であった。
そこには、僕が勝手に危惧していた、RPGのラストダンジョンの要素は欠片も無い。
「あの、ここが魔王……様の城でよろしいのでしょうか」
僕は恐る恐る受付……フロント嬢? に尋ねる。
「はい、ここが魔王様の城で合っていますよ。何かご用件がおありでしょうか」
どうやら合っていたようだが、どことなく拍子抜けした気分である。
「実は魔王様にお伝えしなければならないことがあります」
「どのようなご用件でしょうか。簡単な内容でしたら私共でお伝えしておきます」
それは、と言いかけたところでネオンちゃんが割って入った。
『今すぐ伝えなくちゃいけない事なんだけどいいかな?』
「貴女は人界の妖精の方ですね? もしかして、門に何かあったのでしょうか」
どうやら、妖精と魔王の間にはパイプがあったようだ。割って入ったのも話をスムーズに進める為だったのだろう。
『門に異常、というよりは門番だね。どうにも門番が勝手にどこかに行っちゃって、それで門が閉められなくて困っているの』
「それは本当ですか? でしたら今すぐ魔王様と会談できるように連絡を入れます。今しばらくお待ちください」
そういうと、フロント嬢の内の一人は早足でエントランス脇の階段を昇り始めた。
数十分程待っていると、階段から先程のフロント嬢が戻ってきた。しかし、今度は魔王に連絡を入れに行った時とは異なり、二人である。もっと言えば、もう一人はフロント嬢よりも先を歩いていた。
「妖精殿、わざわざそちらに来て頂いて申し訳ない! 本当はこちらから出向き会談の場を作るべきであった!」
結局フロント嬢よりも先にエントランスに到着した男性は、豪快な声でネオンちゃんに話しかけた。
『ソティスのおじさん、お久しぶり!』
「おお、その声にその魔力の波動はネオンか、元気そうで何よりである!」
緑のマントを羽織り、立派な角をもったソティスという褐色の男性、ネオンちゃんと知り合いなのか。ネオンちゃんが何年生きているのかにもよるが、以外と人界と魔界は交流があるのだろうか。
「あの、ソティス……さん? 貴方は一体?」
「ああ、すまぬ。紹介が遅れてしまったな。儂はこの魔界を二分する派閥の内、ハト派と呼ばれる派閥の魔王をさせて貰っているソティスというものだ。そちらのネオン嬢とは、彼女が産まれた時からの付き合いだな」
もっともネオンが産まれたのはほんの8年前だがな、と続けて言葉を切る。
ネオンちゃんの年齢とか、魔界と人界の交流とか、突っ込みたいことは沢山あるが、まず第一に突っ込みたいものはこれである。
「魔王様直々にお越しになったのですか!?」
「うむ。普段は執務室で話すのだがな、事は急を要するので儂の方から来たのだ。それで、門番が不在という話だったか」
「係の魔族は確かに派遣されておりますが、皆どこかへと去っていくそうです」
キャシテさんが補足する。
「うむう、定期連絡が入らぬから調査に新たな部下も向かわせたのだが、調査班からも連絡はなしという有様である。流石に怪しいから儂自ら調査に向かおうと思っとるのだが……」
「何か困ったことでも?」
正直、嫌な予感がする。
「うむ、儂らハト派と対立するタカ派の魔王軍の動きが最近活発でな。この城から離れられぬのよ」
「門は近場ですが、やはり調査にかかる時間を考えると厳しいですか」
「そうだな、儂には自慢の四天王がいる。しかしその内の一人、鈍のカズラは5年前に人界に旅行に行ったきり何故か帰ってこない。恐怖のマーキュリーは育児休暇中で、直ぐに動ける人材はあまりいない」
人界旅行に育児休暇、それでいいのか魔王軍。
「ちなみに、タカ派の動きとはどういったものでしょうか。僕たちにできることなら協力させていただきますが」
「心苦しいのだが、そう言ってくれるならば有り難く助力を願おうか。ただ、これはひたすら耐えるか、タカ派の魔王軍に大打撃を与えなければならぬのが辛いところだな」
「一体どのような自体ですか?」
「ワイバーンを用いた翼龍隊がこの街を襲撃してきおる。それも10や20ではない、100のワイバーンが挙ってやって来るのだ」
またワイバーンか! しかし100となると簡単には撃退できないな。
「今は儂や妻、残った四天王で対抗できておるがそれもいつまで持つのか……。知恵があるなら貸していただきたい。もしかしたら人界の住人だからこそ思いつく策があるやもしれぬ」
「……わかりました、微力を尽くして策を見つけてみましょう」
相手はワイバーン、それなら上手くやれば結界みたいなものも作れるかもしれない。問題は材料があるか、実現可能な素材があるのか、といったところだが……。




