鍾乳洞の怪5
人界と魔界を繋ぐ門をくぐると、そこから見えた見えた光景はまさに魔界、というような光景というわけでもなく、意外なほどに平凡でありふれた場所であった。
僕たちが魔界に降り立った場所は新緑に包まれた草原で、「実は魔界というのは嘘でここは人界です」、と言われても信じてしまうだろう。
……それも、目の前で繰り広げられる戦いを見なければ、だが。
僕たちの目の前では、7年前にルクス神国を襲ったものと同種の、緑色の鱗に覆われたワイバーンと、青い鱗に覆われた若干細身のワイバーンがお互いに争い合っていた。
緑のワイバーンが火を吐けば青いワイバーンも対抗するように火球をぶつけ、青いワイバーンが突進すれば緑のワイバーンはそれを交わし逆に尻尾を叩きつける。
ワイバーン同士の肉体的接触は互いにダメージには至っていないが、彼らの争いはそんなもの構うものか、と言わんばかりに理性を失っていた。
そのような光景が繰り広げられていた。
……開幕ワイバーンかあ。
「ワイバーンって種族同士で争ったりするの?」
僕は思わず疑問を口にした。
「申し訳ありませんが私はそのような事は聞いた事がありません。そもそもワイバーン自体7年前までは人前に現れませんでしたので。キャシテさんはいかがでしょうか」
「私もありません。アレクサンドリア共和国の付近にワイバーンの巣はありますが、ワイバーンという種族は獰猛ですが、縄張りを荒らされない限り襲ってきませんので」
『ワイバーンには大きく分けて2種類に分類されているんだよ』
ネオンちゃんは声を響かせる。
『緑色のワイバーンはワイルドワイバーン、人界でも見かけることがあるワイバーンで、獰猛な性格だよ』
「青いワイバーンは? そっちは見たことがないし、神殿の図鑑にも載っていなかったけれど」
『そっちはスマートワイバーン、ワイルドワイバーンと比べて大人しいし人の言葉も理解できるけれど少しだけ身体が弱いみたい。普段ならワイバーン同士の争いなんてしないはずなんだけど……』
……あえて戦うような何かがあった、ってことかな。
「そう、私達は本来争いは避けるべきだと考え今まで生きてきました」
どこからか低い男性の声が聞こえる。しかし、この場には自分たち4人以外人影は見当たらない(ネオンちゃんを人影に数えていいのかわからないが)。もしかして、例の人語を理解するというスマートワイバーンだろうか。
戸惑っていると、僕たちの前に青いワイバーンが空からやってきた。
「私はこのスマートワイバーンのミラという者です。この群れはある日を境に私を除く全ての者が人が変わったかのように、まるでワイルドワイバーンのような好戦的な性格になってしまいました」
「……人語を理解するとは聞いておりましたが、話すこともできるのですね」
メイさんが呟く。とりあえず、思い当たる節がないか聞いてみようか。
「何か思い当たるような原因は分かりますか?」
「アセンションワイバーン、というワイバーンをご存知でしょうか」
「アセンションワイバーン?」
『わたしも初めて聞いたよ』
ネオンちゃんも知らないのか。アセンション、確かスピリチュアルとかそういうので聞いたことがあるような。なんか進化とかそういうニュアンスだっけ。高次元存在になる、とか。
「アセンションワイバーンとは、魔界にて突然変異したワイバーンのことです。全能力が従来のワイバーンから大きく上昇し、魔族の特徴である邪視を身につけます」
「邪視? まず魔族についてよくわからないのだけれど……」
人界では魔族の情報が出回ってないからなあ。魔界とか天界とかの本はほとんどオカルト本みたいな扱いだし。
『邪視っていうのは魔族の眼が持つ特別な力のことで、魔族一人ひとりが違った力を持っているよ』
能力バトルものの超能力みたいなものかな。
『それで、その邪視がどうしたの? ミラさん』
「邪視を身につけたアセンションワイバーン――もとがワイルドワイバーンだったのか緑色の鱗でした――が私たちの群れにやってきて、全員に邪視の力を使ったのです。それからというもの、この群れのワイバーンは出会うものに対して襲いかかる凶暴な集団となってしまったのです。……どういうわけか私だけは無事でしたが」
一匹だけ無事、か。何か理由がありそうだけれど。
「そのことについて心当たりは?」
「実は群れのワイバーンたちが邪視に掛けられた瞬間、私は立ち会っていなかったのです。群れから戻ってきた際にアセンションワイバーンに邪視を掛けられた――眼が輝いたのでそれで邪視に気づきました――のですが、何も変化はありませんでした」
集団に対する邪視、一人だけ無事、能力バトルもの……もしかして。
「もしかして貴方、アセンションワイバーンなのでは?」
「私がアセンションワイバーン、ですか? ……そんな馬鹿な、私に邪視などありませんよ。能力も群れのワイバーンの中では最も強いですがその程度ですし」
「アセンションワイバーンとはいえ個体差はあるでしょう。それに、貴方だけ邪視が効かなかったというなら何かはあるはず。その何かが貴方の邪視なのでしょう」
「そういうもの、なのでしょうか。……どうにも実感が湧きませんが」
案外進化とはそういうものなのだろう。
『それで、わたしたちに話しかけてきたってことは何か頼みたい事があるってことだよね』
「その通りです。私の群れがこのようになったのは間違いなくあのアセンションワイバーンが原因でしょう。ですのでそのアセンションワイバーンを見つけていただきたいのです。それからは私がなんとかします」
『でも、見つけるまでに貴方たちが全滅したりは?』
「敵方に増援が来ない限りは大丈夫でしょう。スマートワイバーンがワイルドワイバーンより弱いとはいえ、それも決定的なほどではありません。こちら側の方が数が勝っていますので、千日手でしょう」
うーん、正直あまり時間はかけたくないんだよな……。でも放っておくのもな。
「ワイルドワイバーンは倒してしまってもいいのでしょうか」
普段は仲がいい、っていうなら駄目だよな……。
「我らとワイルドワイバーンは積極的な争いこそないものの互いに敵対していました。勿論倒しても問題は起きませんが……敵方のワイバーンは25匹、とても倒し切ることはできないでしょう」
『そうだよマギナちゃん、ワイバーンなんて1匹倒すのでさえ普通の人には無理だよ。マギナちゃんがすごく強いってことは聞いているけれどそれでも25匹なんて……』
まあ、直接見聞きしていないならそんなものだよね。
「大丈夫、ミラさんが協力してくれればすぐにできるだろうから」
「私が協力すればすぐ、ですか」
疑っているようだが、協力して貰えれば間違いなくすぐに片付く。なにせワイバーンの背に乗ってマギナッツ式魔法の杖を撃っていればいいのだから。
「わかりました、協力しましょう。それで、何をすればよいのですか?」
「ミラさんの背に僕を乗せて下さい。それで、ワイルドワイバーンに接近して下さい。そうすれば後は僕が倒します」
「それでいいのですね? わかりました、では私の背に乗って下さい。鞍がないので乗り心地は悪いと思いますが我慢して下さいね」
「大丈夫です、貴方は飛んで近づくだけで結構ですので」
さて、僕は乗馬経験なんて一切ない。気合いでしがみつこう。
そして、僕を乗せたミラさんは空高く飛翔した。……正直、Gについては《肉体硬化》で問題ないのだが、早すぎる飛行速度に目が追いつかない。これについては慣れるしかないか。
「ぅおおおおおお!!」
ワイルドワイバーンに接近すると同時、僕は左手と両脚で身体を固定し、右手に持った魔法の杖に魔力を流し、銃弾であるマギナッツを炸裂させる。
「ッグ! ギャース!」
銃弾が直撃したワイバーンは断末魔をあげ、地へと墜落する。地上からは『すごい、ワイバーンが一瞬で!』という、ネオンちゃんの歓声が聞こえてくる。
だが、ゆっくりと余韻に浸る余裕など僕にはない。すぐに次の標的に向け、魔法の杖にマギナッツを詰め直す。標的はすぐにやってくる。
「2匹目!!」
標的たるワイバーンを撃ち落とし、再びマギナッツを詰め直す。詰め直す間に再び標的が近づく。
「3匹目!!」
繰り返していると、空に残るワイバーンは青いワイバーンとミラさんのみ、反対に地上には緑のワイバーンが山の様に積み重なる。
「これで……終わった……!」
交戦前は強がりを言ったが、正直辛い。気を抜いたら吐いてしまいそうだ。空を飛ぶことがこんなに大変だとは今まで意識したことがなかった。元の世界でパイロットをやっている人は毎日こんな感じなのだろうか。航空自衛隊には頭が下がる思いである。




