鍾乳洞の怪1
旧ルビー王国宰相の罠によって巻き起こされたワイバーン騒動から7年。半不老不死である僕の身体も14歳へと成長していた。(もっとも、成長したのは身長だけで胸は全く変わらなかったが)
成長しない胸とは対称的に、炎の様に真っ赤な僕の髪の毛は、女性であることを象徴するかの様に長く伸びてしまった。長くなる度に切るのも大変であるため、フィールドワークをする上であまり邪魔にならないよう、頭の後ろで髪を纏める――いわゆるポニーテールの形である――ようにした。
そして、この7年間で起きた大きな変化は僕に部下が付いたことである。
「マギナ様、頼まれていた資料、こちらに置いておきますよ」
青いラインの入ったローブを着用した男性が声をかける。過去のワイバーン騒動で僕が使用したアーティファクト、魔法の杖――僕はまだあれを魔法の杖だとは認めていないが――が頑健なワイバーンの鱗をいとも容易く砕いた様子が話題となり、人工的なアーティファクトの研究開発を行う部門が2年前から神殿内に新設されたのである。
様々な発明品を作りたい僕としてもこの状況は非常にありがたく、自分をリーダーとして参加させて欲しいと言ったら、初めは危険だからと断られたが、魔法の杖の開発者であることを告げたら(悩んだ様子はあったものの)是非とも開発部の指揮をとって欲しい、という結論に至った。
……余談だが、ワイバーン騒動で僕の戦いを見た兵士達を中心に、現人神ならぬ現ゴリ神である。といった声が国中に広がったようだ。その(いらない)名声はとどまることを知らず、現ゴリ神とワイバーンの戦いをもとにした物語が吟遊詩人の手により語られた。
それは国内のみならず、キャシテさんによると隣国のアレクサンドリア共和国にまで広がっているそうだ。
……一人でワイバーンを4匹撃退したアウインさんを憐れに思う。
「集めた資料の中に魔法の杖を作るのに役立ちそうなものはありましたか?」
数年前までは紛いなりにも子供の姿だったので、僕はかなり砕けた口調で喋っていたが、流石に14歳になってあの喋り方は失礼だろうと思い、ある時から余程親しい人以外には丁寧語で話すようにしている。親しい人とは例えばメイさんやキャシテさんである。
……他の人? 僕は人間である前にこの国の象徴たる現人神である。よって、公平に接する為にも滅多なことでは友人など作ってはいけないのである。街に出れば、今では《筋力強化》を制御し全く外見が変わらないようにできたにもかかわらず「現ゴリ神」という言葉を耳にするが、きっと関係ないだろう。
……痩せ我慢ではない、痩せ我慢ではないのである。
「魔法の杖? ……『マギナッツ式魔法の杖』を改良する為の資料ということでしょうか。それでしたら先程机の上に置いておきましたよ」
『マギナッツ式魔法の杖』とは、僕が対ワイバーン戦で使用したマジカルショットガン……もとい、魔法の杖のことである。
開発部を設立するにあたって、アーティファクトの正式な名称がないと困るだろうと考え命名した。
(僕があれを魔法の杖として認めていないのに、魔法の杖と正式名称にしているのは、魔法の杖として作ったのに別のものになったからといって魔法の杖であることを公式に否定するのは、作った道具を否定することだと思ってしまったからだ)
「すみません、MA―No.1ではなく、No.2の方です」
「そちらでしたか……申し訳ありません、まだ魔術の模倣を行う素材は見つかっておりません」
MA-No.1とは、『マギナッツ式魔法の杖』のことである。開発部としてアーティファクトのデータを纏める際に分かりやすくする為、開発者名と開発された順番といった法則で型番を振っている。
例えばMAはMagina’s Artifactの略で、No.1は初めに開発されたアーティファクトであることを指す。
型番に開発者名を入れた理由は、そうした方が後世に名前を残せると思ったからである。
尚、開発部として大々的にアーティファクトを開発した場合は、Lx’s Artifactの略でLAとする予定である。
先程僕が口にしたMA-No.2とは、誰かの魔術を模倣する素材――鉱石や魔物の身体など――をマギナッツの代わりにゴム棒に挿入し、誰でも様々な魔術が使えるようにするアーティファクトである。
これが最も魔法の杖らしいと考えている為、僕は専らこちらを魔法の杖と呼んでいる。その為、偶に研究員との間ですれ違いが発生する。
……因みに、あまりに紛らわしい為開発部ではMA-No.1の通称として魔法の杖以外の名称を公募している。現在の筆頭は、炸裂音が落雷の音に似ている事から『轟雷の杖』が挙げられている。
他の候補は、『炸裂の杖』『ゴリラロッド』『ワイバーンのマギナッツ和え~南国風密林果実を載せて~』『花火棒』などである。僕も『マジカルショットガン』で応募しているが、芳しくない。……この世界にショットガンが無い以上当然かもしれないが。
昔、ファンタジー世界なのに花火が存在することに驚いたが、数百年前ルクス神国に流れ着いた旅人が齎した文化としてルクス神国でも神事の際に行われるという。僕がこの神殿に祀られた際も打ち上げられたらしい。(製作にコストも時間もかかるので滅多に行われないが)
なので、今回候補に『花火棒』が挙げられたときもあまり以外には思わなかった。
しかし、花火の存在で僕の心の中に疑問が生まれた。
【何故、花火があって銃や大砲が無いのだろうか】
花火があり、今も伝統が引き継がれている以上、この国の住民は火薬について知識がある筈だ。にもかかわらず銃がない。これは何か裏がある、特に僕がこの世界に転生した理由に直結する様な何かが。




