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異世界研究備忘録  作者: 10pyo
第1章 魔法の杖を作ろう
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魔法の杖を作ろう 幕間

 全身緑の鱗に覆われたワイバーンが空を舞う市街地、そこは空から襲い来る火球による火災による火の海と化していた。

 多くの兵士は既に息が絶え絶えで、倒れたまま起き上がらない者もいる。


「連中相手に剣や槍は無駄だ! 矢を放て! 腕の筋が千切れるまで打ち続けろ!!」


 神殿を後ろに兵士たちの隊長は叫ぶ。彼の声に応じ、部下達は一斉に弓矢を放つ。

 幾らかは命中したようだが、しかしワイバーンの身体にぶつかった矢は刺さることなく地上に落下していく。


「クソッ! 奴に攻撃は通らないってのか!」


 部隊長はこの世の終わりに直面したかのように嘆く。

 しかし、そんな彼をよそ目に麻袋を抱えたローブ姿の男性が彼の横を通る。


「《土槍》!!」


 黄色のラインが入ったローブを纏った青年は魔術の名を叫ぶ。

 するといつの間にか彼の側に置かれていた麻袋は破れ、中から鉄のような強度を持った土の塊が勢い良く飛び出す。

 矢を弾いて油断したのか、動きが緩慢になっていたワイバーンに土塊は直撃、急に力を失った緑の翼竜は地に降下し絶命した。


「あなたは、まさか!」


 兵士は青年を見て驚きの声を上げた。


「そう、この私がルクス神国最高峰の魔術師、アウインさ! 奴らワイバーンに魔術以外は通用しない、ここは私に任せて諸君らは市民の避難誘導に専念し給え!」


「おお、アウイン様だ、彼が来たのか!」

「お調子者のアウイン様か、彼が来たなら安心だ!」

「性格はともかく魔術の腕は確かに最高だからな! あの人ならあのクソ翼竜共も蹴散らしてくれるだろうよ!」


 ……散々な言われようであるが、彼の魔術の才は真実、ルクス神国のみならず、他国でも稀に見る力を持っていた。通常この世界の魔法はせいぜいが日々の生活に役立てる程度で、彼のように武力としての運用は余程の魔力を持った人間以外は不可能である。

 彼はその溢れ出る魔術の才を持って若干18歳にして神殿の高位司祭階級まで上り詰めたのであった。


「よし、ここは任せましたよ、アウイン様。私達は市民の避難誘導に行ってまいります」


 兵士たちはそう言い残し、街中へと駆け出していった。跡に残されるのはアウインただ一人。


「……さて、ワイバーンの連中はさっきの一撃で警戒したのか《土槍》の射程圏外まで散ってしまったか。皆の前で大見得切っといて情けないけど、これじゃあワイバーンの一匹も倒せそうにないかな」


 空には未だ多くのワイバーンが飛んでいる。しかしその高度は彼の言うとおり、先程までよりも高い位置にあった。


「まあ、1匹、2匹、いや3匹くらいなら倒せるかな。ただそれで終わりかな。これをやったら他のワイバーンに対処できないし。……今までお調子者を演じてきたけれど、流石に死ぬのは怖いかな」


 彼の脳裏に浮かぶのは今まで切磋琢磨してきた同僚の神官や兵士、学者の道を歩むこととなった親友の姿。そして一人だけの家族である妹。大切な人達の姿を思い浮かべながら、彼は震えた声で呟く。


「でも、やるしかないか」


 そして、彼は再び麻袋を肩に抱え、叫ぶ。その姿は悲壮に満ちながらも世界に希望を託す勇者のようであった。


「《土柱》!!」


 再び魔術の名を叫ぶ。

 アウインの足元から叫んだ魔術の名の通り、2メートル四方程の土の柱が突然突き出てきた。その勢いは神殿の尖塔を超えても止まらず、気が付くとアウインを乗せた柱はワイバーンたちが飛ぶ高さと同じ高度まで達していた。


「ギャー! ギャー!」


「何を言っているのかわからないな。だけど君たちの命は私が貰うよ」


 代わりに私の命は奴らに渡るのだろうけどね。と心の中で呟きながら抱えていた麻袋を柱に下ろし叫ぶ。


「《土槍》!」


 地上での出来事と同じく、麻袋の中から土の槍が飛び出し、ワイバーンへと直撃する。

 地に落下していく仲間を見たワイバーンは自らもやられぬ内にと言わんばかりにアウインへと一斉に襲撃する。


「《土槍》!!」


 2匹目。心の中で数えながらアウインは魔力を集中する。

 残る7匹のワイバーンは既に目の前であった。


「《土槍》!!!」


 今までにない魔力を込め、《土槍》の魔術を解き放った。

 3匹目のワイバーンを土の槍が貫くと同時、6匹のワイバーンがアウインへと衝突した。


(これで一人でも多くの命が助かればいいんだけど、ルクス神国はもう終わり、かな。それとも現人神様が文字通り救い主になるのかな)


 祈りながら、彼の身体は地面へと墜落した。




「アウイン様!?」


 兵士は叫ぶ。尊敬していた人間が死に瀕している、そのような気がしたようだ。

 大きな衝突音が聞こえた時、それは不安から確信へと変わった


「まさか! 彼に限ってそんなはずが……」

「やはりいくらアウイン様でもあれだけのワイバーンは……」

「俺達も残って戦うべきだったんだ!! そうすれば……!」


 残された兵士たちは初めてワイバーンの群れを目の当たりにした時と同じく絶望した。

 ルクス神国最高峰の魔術師の力を持ってしてもワイバーンは倒しきれず、そればかりかその魔術師の命まで失われてしまったのである。無理もないのだろう。


「狼狽えるな!」


 しかし、このような状況下にあってしても、彼らの隊長は心を折らなかった。

 いや、折ることができなかったのだろう。彼よりも若くして死んでしまった司祭、アウインの覚悟を思えば如何に絶望を抱えたとしても諦めることだけは彼の心が許さなかったのである。


「アウイン様は最後に何と言った! 避難誘導をしろ、そう言っていただろう! 私達がここで嘆き悲しみ、それで何が解決する、ただ無辜の市民達が死んでいくだけだろう!! 私達が今やるべきことは一人でも多くの人を助けることだ、それこそがアウイン様への追悼となる!!」


「そうだ、俺達はこんなところで立ち止まってちゃ駄目なんだ」

「歩こう、そして少しでも命を救わないと……!」


そして彼らは歩き出す。一人の若者の死を背負い、守られるべき人たちをワイバーンの牙から救い出すために。






「市民の避難は終わったか!?」


「ああ、この辺りの住民は皆避難場所に集合した!」


「それは良かった、これでアウイン様に顔向けできる。……と言ってもこの数のワイバーン相手に避難なんてどんな意味があるんだろうな」


「10匹だもんな。1匹落とすのでさえ大変、空の様子を見るにアウイン様は最後に4匹倒してくれたみたいだがそれでも後5匹居るんだぜ。アウイン様には申し訳ないがこりゃそれこそルクス神様でも現れなきゃこの国はお終いだな……」


「おい、急いで逃げろ! ワイバーンが襲って来るぞ!」


 その言葉を最後に避難所の前で警備してていた兵士は死を覚悟した。

 最後に温かいシチューを食べたかった、そんなことを考えながら永遠の闇を待っていた。

 しかし、そのようなものが来ることはなかった。


「ッラアー!!」


 彼に訪れたのは死ではなく、可愛らしい声でチンピラのような叫び声をあげる赤髪の幼女、この国の現人神が悍ましい程の筋骨隆々な姿でワイバーンに殴りかかる姿であった。


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