プロローグ
僕の鼓膜に爆発音が響く。
僕の身体が吹き飛ばされる。
僕の目は冬の青空を眺め、そのまま後方のビルまでスクロールしていく。
死んでしまうのだろうか。
僕を跳ね飛ばしたダンプカーの運転手は慌てて病院に電話を掛けるが、無駄だ。
身体がどんどんと冷えていく。
冬の寒さだけではない、生命力が失われていく寒さだ。
僕はただ、高校から帰っていただけだというのに。
「貴方にもう一度生きるチャンスを差し上げましょう」
どうやら幻聴まで聞こえてきたようだ。
「幻聴ではありません。私は転生の女神サンサラ、貴方をこことは違う世界に転生させる為にきました。貴方にはそこで文字通り第二の生を送り、世界の文明の発展に役立っていただきます」
何故僕なのですか。
「答えは単純です」
僕は息を呑む。既に身体は死んでいるのかもしれないが、意識は明確だ。
「抽選で選ばれたからです」
あ、妖精さんが飛んでる。
「先程ダンプカーが貴方を襲いましたね」
ああ、現実からは逃げられなかった。
「あれは、運命の女神がそのように仕向けたのです」
ダンプカーのおっちゃんも災難だな。
「彼にも何らかの補填をしますので、ご心配なさらず。……話を戻します。私たち天界の神々は、ある世界の文明を憂いています」
ある世界?
「貴方方風にいうところの剣と魔法の世界です。その世界は、なまじ魔法があるおかげで文明が遅れているのです」
文明が遅れている位なら構わないのでは?
「魔法は決して万能ではなく、また、魔法だけではいずれ来る大災厄に対応できないのです」
それで?
「私たちは力があり過ぎる身故、滅多に地上に対して直接的な干渉は行えないのです。そこで、好奇心旺盛な方に頑張って貰おうと企画したのです。直接文明開化を起こさなくても構いません。きっと貴方の行動は異世界に新たな風を巻き起こしますから」
ダンプカーである意味は?
「私が力を振るうには、何らかの迷惑行為を伴わなければならない決まり、いえ、そういう誓いなのです」
決して趣味ではないと。
「勿論です」
……まあ、異世界ってところにも興味はあるし、頑張ってみるよ。
「本当ですか! 良かった、もし断られたら貴方をカバにしてマダガスカル島に転生させる予定だったので、そんな残酷なことをせずに済みました」
(うわ、危なかった)
「それでは、貴方に特別な力を差し上げますので頑張って下さい。なお、この会話は、貴方が生まれ変わった際には夢として忘れてしまいますのでご容赦を」
「貴方のお子さんは……いる」
微かに声が聞こえてくる。
「嫌よ! 何で……ならないの」
こちらは新たな母の声だろうか。
夢の内容はよく覚えていないが、これが転生ということなのだろう。
何やら様子がおかしいが。
「それが……の為です」
大切な話をしているようだが、上手く聞き取れない。
「聞き入れよう、それがこの子の為なんだ」
父らしき男性の声と共に、僕の身体は母と口論していた女性の元へ運ばれた。
「ああ、どうして……」
これが、僕が最後に聞いた母の声だった。
これ以降は、はっきり言ってよく覚えていない。