表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神速に矢と刃は踊る  作者: 天音時雨
第一章 僅かに変わり行く
6/7

第四話 蟷螂


「な…なんだよ…コイツ!!!」




 一軒家位の大きさを持つ蟷螂の化け物を見て、動揺せざるを得なかった。



「……妖魔…!」


「あれ、が…!?」


 先輩がそれを見て呟く。あれが、数十年前までは比較的多かったと言われている…!?


「どうして、校内に……」


 苦虫を噛み潰したような顔をし、竹刀が入っている袋に手を掛ける。


「って、七海先生!いくらなんだって竹刀じゃ無茶でしょう!!」


 ビシッと妖魔を指差しながら思わず叫ぶ。


 確かに俺はあの妖魔を“()()”と言った。

 けれどそれは、姿形があくまでもそれに近いだけであって。


 昆虫の蟷螂をそのままデカくしたのではなく、形()蟷螂。でも、その身体は明らかに鋼鉄で出来ていて、蟷螂と言うだけあって、その腕には巨大な大鎌がギラリと輝いている。


 あんな腕で攻撃されたら絶対に助からない。嘲笑うかのように鎌がまたギラギラしていた。


「せめて、先生とかが来れば……」


「…先生は宛にしない方がいいわ。」


 冷淡な声がした。

 見れば、先輩が刀を構えている。何処にそんな物を持っていたのか……彼女が手にしている刀は本物だと感じた。

 そして、あの時に感じた殺気を至近距離で体感する。


 鋼鉄の蟷螂ということもあってか、動く度にギギッと耳障りな金属音がする。

 ん…?今ギギッって音が……


「っ!七海先輩!!」


 妙な音がしたと思えば、例の妖魔が片方の鎌を振り上げている所だった。

 しかも狙いは先輩だ。あのままだと…っ!!


 バチン!と身体の中で何かが弾けた様な気がした。だが、気にせず彼女の下へ向かう。ただ走るだけじゃなく……俺が唯一使える“神速”で。


 景色が流れ、すぐに先輩の所に着いた。彼女は驚いていたが、そんなのお構いなしだ。


(兎も角、攻撃が当たらない所へ!)


 先輩を抱え、再び神速を使い、距離を取る。

 火事場の馬鹿力ってヤツか、本来ならここまで力も速さも出ないのに、今なら出来た。多分、一時的なヤツなんだとは思うけれど。


 そう考えていると地面が揺れ、轟音が響く。

 何とか距離は取れたみたいだ。先輩を降ろし、音のした方を見ると案の定、妖魔が鎌を地面に突き刺している所だった。大鎌は地面に深々と刺さり、周りも大きくひび割れている。あんなのに当たったら確実に死ぬ。改めて実感し、俺はゾッとした。


 そうだというのに……何故なんだ。


「せん…ぱ…い…?」


 あの人はまた、妖魔に向かって行こうとしている。


 なんで、どうして。


「あんなの、勝てっこない…!」


 思わず叫んだ。


 けれど、先輩は一度俺を見て、返す。


「最初からそう思っていたら、勝てるモノも勝てなくなるよ、トウヤ君!」


 そう答えた先輩の表情は、強い自信に溢れていた。“絶対に負けない”という、決意に似た意志が。



 ああ、やっぱり。


 そういう所も、羨ましいな。






 彼女は蟷螂の1メートルくらいまで近づくと跳躍して、大きく袈裟懸けに切り裂く。


 きっと傷なんて付けられないだろうと思ったその身体に、意外と傷が付いた。それはもう、バックリというような表現が合いそうで、先輩が切り裂いた跡が残っている。

 見掛けによらず、案外ヤワなのかもしれない。

 そんな風に考えながらも、俺はどこかもどかしく思い始めた。なんせ、目の前で先輩が戦っていて、俺は何も出来なくて、ただ見ているだけだなんて。


 どうにか俺でも出来ることはないのかと考え始めた時、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。


「無事か!?」


 来たのは教師達で、俺を見て安堵した。だが、すぐ向こうで七海先輩が戦っているのを見て、顔をひきつらせた。


「な、何をしているんだ!早く避難しなさい!」


「もうすぐ特殊機動隊も来る!だから早く!」


 と、皆口々に七海先輩に向かって叫ぶ。けれど先輩はこちらを一瞥しただけで、戦いの手を止めることはなかった。


 それに痺れを切らしたのか、武器であろう刀を手にした一人の男性教師がそちらに向かっていく。が、向かって来るのに気づいたのか妖魔が鎌を降り下ろし、衝撃波を作り出す。先輩は気づいていたらしく、即座にかわす。だが、先生の方は少し遅れて気づき、咄嗟に刀で防御の構えを取ったが不完全だったらしく、その身体と刀が弾き飛ばされた。

 数メートルくらい飛ばされ、先生は踞る。なんとか生きてはいるみたいだ。そして刀は空中を回転しながら、丁度俺と妖魔のいる中間地点くらいの地面に突き刺さった。




 刀を見て、俺の身体は考えるより先に勝手に動き出した。


 刺さった刀を引き抜き、構える。



 何処からか放ったのか、妖魔に矢が数本突き刺さる。見ると、湊の術で浮遊している凛花が弓を構えている姿が見えた。術の為に湊も隣にいて、何やら唱えているようだ。



 再び矢が飛び、蟷螂の首の節の隙間に刺さる。とたん、動きが鈍くなる。


 今なら、行けるかもしれない…!



 俺みたいな落ちこぼれが、本物の妖魔相手にどれだけダメージを与えられるかなんてわからない。

 僅かなものかもしれない。でも、このままずっと見ているより、逃げているよりは……マシだ!



「はあああああああああああっ!!」


 神速で加速し、蟷螂との距離を詰め、袈裟懸けに切り即座に一閃を引くように横に薙ぐ。


「トウヤっ!!」


 凛花の声が響く。ハッとして見上げると、蟷螂が軋んだ音をたてながら鎌を振り上げているところだった。


「…っ!」


 また身体が勝手に動き、神速を利用して跳躍する。鎌より上の所までの高さに到達する。そのまま、落下の勢いを利用しながらその腕と鎌の節の隙間に刀を降り下ろす。


 手応えを感じたが、それはすぐになくなり、同時にバキンッと何かが折れる音が聞こえた。



 それは、蟷螂の鎌が腕から切り離された音だった。


 自分でも今の音はヒヤッとした。刀が折れたんじゃないのかと思ったから…でもよかった。


 鎌は派手に音をたてながら地面に落下し、俺は何とか着地した。軟着陸とまではいかなかったが、少し膝が痛くなる程度だった。


 七海先輩を見ると、また蟷螂に向かっていく所だった。今度は刀を鞘に仕舞い、ソイツの首元に跳ぶ。そしてあの授業の時に見た構えをし、腰を落とし、それから抜刀した。

 そこから飛び降り、俺と違って綺麗に着地する。少し遅れてから、蟷螂の頭が地面に叩きつけられ、動きが止まった。


「トウヤ!大丈夫だった!?」


「おごぉっ!?」


 いきなり凛花に突撃される。けど、その顔はいつもと違って強張っていた。


「…あー、多分な。」


「トウヤも七海先輩も…無事みたいだね」


 湊が困った様に微笑みながら言う。七海先輩はというと、少しだけ表情を緩ませた。


「みたいね。あ……トウヤ君、さっきはありがとうね」


「え?」


「ほら、あの時助けてくれたでしょ?」


 ああ、最初の方のアレか…。


「いえ……それは、その…危ない!って思ったんで…」


「それにしても…トウヤ凄いっ!あんな風に戦うこと出来たんだ!」


「えっ」


「…どうかしたの?」


 俺の戸惑いに気づかずニコニコしている凛花と対照的に、湊は首を傾げる。


「いや…その、…無我夢中だったのはある。でも…何か……」


 妙な感じはある。何というか身体が勝手に動いた、というのが俺の感覚だった。

 普段の俺ならあんな動きはしない。というか、思い付いた所で完璧に実行出来ない。

 なのに出来た。…多分、火事場の馬鹿力的なヤツなんだと思う。事実、あんなのは……()()なことだし…。

 そこまで思ったが、口に出すことは出来なかった。「なんでもない」と返せば、湊は困った様な表情をする。


 その時、ギギギッという音が聞こえた。


 ハッとして頭を失った蟷螂を見ると、軋んだ音をたてながら残った鎌を振り上げている所だった。


「なっ…!?」


「頭は切り落としたのに、何で…!?」


「……っ!!」


 先輩が動くが間に合わない。そういう俺も、先程みたいに動けなかった。


 くそっ…万事休すか…!?







「《氷結陣》!」


 妖魔を囲むように四つの氷が地面に現れる。直後、それは一つの円になり妖魔を氷漬けにする。

 

「湊…!」


 やはり今の術は湊が使った物だった。だが、妖魔は氷漬けにされてもまだ動こうとしている。


「今のうちに…」


 逃げよう。そう湊が言いかけた時、銃声が響いた。


 同時に、氷が砕け崩れ落ちる音。


「よくやった。イルマ」


 いつの間に来たのだろうか、スーツを着た黒髪の女性が、黒いフードを被ったコートの人物に向かってそう言った。黒フードの手には拳銃があり、先程撃ったのがそいつだとすぐに理解した。


 というか、何なんだこの人達は…。



「君達、怪我はないか?」


「え?あ……まぁ、何とか。」


 呆然としていた凛花が慌てて答える。スーツの女性は俺達を見て、少し表情を緩めた。


「到着が遅れてすまない。私は特殊機動隊の指揮者の黒弥(クロヤ)という。先程妖魔を狙撃したのは隊長のイルマだ。」



 イルマと呼ばれた黒のロングコートを纏った人物がペコリと頭を下げる。目深にフードを被っており、まともに顔が見えない。しかも、服装もあってか性別もわからない。名前からして、男でも女でもいけそうだから、余計判断できない。


 その特殊機動隊とかいう人達なのだろう、特殊な防護服や装備をした人達が数十人やって来て、今度こそ動かなくなった妖魔の所に集まる。何か回収や調査をしているように見えるが……よくわからない。

 ボンヤリとその様子を見ていると、クロヤさんに話しかけられた。


「我々が到着するまで、君達が交戦していたようだね。感謝する。だが、あまり関心は出来ないな。」


 彼女の長い黒髪が揺れ、眼鏡をついと上げる。


「確かに君達は能力者養成学校の学生だ。だが、まだまだ発展途上にある。もし、運悪く妖魔の攻撃に当たり、命を落としたりしたら…元も子もないだろう?」


「うっ……確かに…」


「妖魔との戦いはゲームとは違う。これは現実(リアル)なんだよ。

 切れば傷付き血が出る。頭や胸を吹き飛ばされれば死ぬ。残機なんてモノはない、ただ一つだけの体だ。

 いずれこの学校を卒業し、我々の様な険しい道を行くか、戦いとはほぼ無縁な道を行くかは君達次第だが……死ねばその将来の選択すら出来なくなるんだよ。」


 幾つもの厳しい言葉。あの時は無我夢中だったが、確かに危ない場面はいくつもあった。それに、何度か俺も死ぬんじゃないのかと思っていた。


「君達には沢山の可能性に満ちた将来がある。だから、こういった"戦い"にはまだ参加しないで欲しいな。」


「……はい。」


「気を付けます……」


「ごめんなさい…」


「すみませんでした……」


 それぞれ謝り、頭を下げる。それを見て、クロヤさんの表情が緩んだ。


「よろしい。幸い怪我人も出ずに済んだし、今後は気を付けて欲しい。…にしても、よく妖魔を氷漬けにしたもんだな……」


 一体誰が?と首を傾げる。するとおずおずと湊が前に出た。


「あ……えっとボクです」


「ふむ…君は?」


「月ノ宮 湊です。」


「月ノ宮……あの魔術特化の?」


「はい」


「成る程な……だからか…。」


 納得するように何度も頷く。調査が終わったのか、彼女の元に隊員が駆け寄り、何やら話始める。



 その後、俺達は目撃者ということもあり、聞き取りもされた。

 それから帰宅することが出来たが……本当に疲れた。というか、色々ありすぎの一日だった。


「明日は……またいつも通りだろ…」


 きっとまた、俺はいつもの様に落ちこぼれで、だけどそれが日常の日々が戻ってくる。そう思いながら眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ