第二話 始業式とハプニング
――始業式の日
俺は学校からは自宅で通っている。距離はまあまあ離れてるから、時間を考えて登校している。
まあ…遅刻はしたことない。なんというか、皆勤賞狙いだ。
後は、能力学が上手くいかない為、その代わりになる為の出席日数稼ぎくらいか。
(…ヤバい、悲しくなってきた)
始業式の日だというのに、新しい学年の始まりをこの低テンションで迎えるのは何か嫌だ。
ええい!しっかりしろ、俺!
「あら、トウヤじゃないの。おはよう」
「あ……鈴音。おはよう」
自分に喝を入れていると後ろから鈴音が挨拶してきた。彼女は狐耳と尾を一つ揺らすと微笑んだ。
「さては…またヘコんでたわね?」
「へっ…ヘコんでねーし!」
というか、何故ばれた!?
「ホント、アンタはわかりやすいわねー…。全部顔に出てるもの」
「なッ……!?」
俺…そんなに出てたか?
「本当、わかりやすい程単純な野郎だよな、トウヤは」
今度は聞き覚えのある声と憎まれ口が聞こえてきた。というか、こんな事言うのはアイツしかいねぇ!
「何だと!? ってか毎回いい加減にしろよな!凪兎って……は?」
「あら…」
俺は勢いよく振り返り、憎まれ口を言ってきた相手、水色髪の少年――凪兎に言い返そうとしたが……あまりに予想外過ぎて言えなかった。
何故なら、凪兎は長い黒髪の少女に肩を貸していたからだ。
その人は困ったように微笑んでいたが…どことなく顔色が良くなさそうだ。あと、制服からして高等部、リボンの色を見れば俺達より上の学年…三年生だとわかった。
ってか何で凪兎が…?
「どういうことだ、凪兎。」
「…勘違いすんなよ? この人が急にブッ倒れたから、高等部の保健室に連れていこうとしただけだからな?」
「ああ…そうだったのね」
俺と鈴音が納得したように頷くと、凪兎は溜め息を吐く。そして少女の方は力なく微笑んだ。
「あの…ごめんなさいね。迷惑かけちゃって……」
「いや…あのままだと騒ぎが大きくなっただろうし、別に…」
少し赤らめ、顔を逸らしながら凪兎は言う。…なんだコイツ、相変わらず素直じゃないな。
「…七海先輩…またですか。」
「鈴音……ちょっと緊張しちゃって…」
七海先輩と鈴音が彼女を呼んだ。…と言うか知り合いだったのかよ、と思ったが同時に何か思い出した。
確か、この学校には異様に病弱な先輩がいるって噂だ。
もしかして、この人がそうなのか?
「おい鈴音、この人は…」
恐る恐るという感じで鈴音に聞いてみると、彼女はあっさりと答えた。
「うん?ああ、この人が学園一病弱な伝説の先輩よ」
…本当にあっさりだ。と言うか、何の否定すらなしかよ!先輩でも容赦ねぇなコイツは!
で、鈴音にそう言われた七海先輩はというと「あう…」と申し訳なさそうに眉を下げた。
そんな七海先輩を支えていた凪兎も「マジかよ」とでも言いたげな感じで彼女を見ていた。
……おい、フォローは一切なしかよ!!
「およ?どーした?お揃いでー」
頭を抱えていると、今度は淡い緑の髪の少女が俺の顔を覗き込んできた。
と言うか近い近い!くっつきそうだ!!
その少女はお構い無しと言わんばかりに近づき、お互いの鼻がくっつきそうになる。そのせいで心臓がバクバクと脈打つ。変な汗までかきそうだ。
そんな俺の様子を見て、彼女は一度悪戯っぽい笑みを浮かべ、パッと離れて俺を指差す。
「なになに?緊張したの?」
「う、うるせぇ!元はと言えばお前がやってきたんだろ、羽音!!」
羽音はニヤニヤと笑っていたが、とうとう吹き出し、腹を抱えて笑い転げた。
「あっはっはっは!純情だねぇ、トウヤは!」
くっ…言われっぱなしとか嫌なんだが言い返せねえ…!
マジで悔しいんだけど!!
「うるさい。というかもうやめなさい、羽音」
「あうっ」
内心そう悔しがっていると、鈴音が羽音の頭を軽くチョップして止めた。
「……はぁ…」
何かもう…始業式すら始まってないのに疲れた…そんな気がする。
◆
あの後、七海先輩は凪兎の肩を借りながら保健室に行き、俺達は高等部の校舎の昇降口に向かう。
そこにはクラス分けの紙が貼られていたせいか、人だかりが出来ていた。
その中に、制服のブレザーの下にパーカーを着ている見慣れた親友の姿もあった。
「おーい、湊!」
「あ、トウヤ!おはよう!」
「トウヤ遅いよーっ!」
声を掛ければ笑いながら挨拶を返してくる湊。その隣には高等部の制服を着た凛花もいた。
「あ、そっか。お前も高等部入りか!」
「そうだよーっと!これなら同じ校舎にいるから、いつでも突撃出来るね!」
「突撃すんな!」
俺が突っ込めば凛花はニシシと笑う。それを湊はどこか困ったように、それでいて面白そうに微笑んでいた。
「っと…そうだ、俺のクラスはっと…」
クラス分けの紙が貼られた所を見、自分の名前を探す。
[2年3組 風雅燈夜]
「3組か…去年も3組だったな、俺…」
「ボクも3組だよ。…というか、殆ど持ち上がり状態だね」
「あー…本当だ。」
湊の言う通り、改めて見てみると一年の時で一緒だったクラスメイトの名前をいくつも見つけられた。
…つまり、羽音や鈴音も同じ、という訳だ。
大丈夫だろうか、これから一年間…
「あはは…ま、今年もよろしくね、トウヤ」
色々憂鬱になりかけた所を湊が俺の肩を叩いた事により、我に返った。
見ると、湊はまた微笑んでいた。
それに釣られる様に俺も笑う。
「……ああ!よろしくな!」
◆
―体育館
で、今は始業式。このタイミングで担任の先生も明かされるのだが…多分、去年と同じだろう。
校長先生の式辞が長く、思わず欠伸を噛みしめる。
早く終わらないかなー、なんて呑気に考えていたその時。
ドタン!
誰かが倒れたような音がし、一斉にざわつき始める。場所からして三年生の誰かみたいだ。
「な、なんだ?」
「誰か貧血でも起こしたのかな…」
俺と湊がそう話していると、誰かが悲鳴に近い声をあげた。
「七海!しっかりして!」
その名前を聞き、俺は思わずずっこけそうになった。
ていうか……
(具合悪いなら保健室で休んだままでいりゃよかったのに、なんで始業式に参加してんの!?)
本当、それだけが疑問だった。
結局、あの後は救急車を呼ぶ騒ぎにまで発展し、始業式は中途半端で終了。
んで…担任の先生だが…案の定、去年と同じ人だった。
そして放課後、七海先輩が運ばれた病院に行ってみたが…あの先輩は朝と同じ様にまた、困ったように笑っていた。
…もうこれがこの人にとっては普通なんだろうと、心のメモにそう書き込んだ。