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…あの時以来、ですね…

つい最近、久しぶりにバッティングセンターに行ってきました。


100kmまでは、とりあえず打ち返すことができました。

次に行くときは、110km~120kmに挑戦してみようと思います。

「!あ~!ぱぱ~!!」

「ただいま、香澄」


翔羽と修介の二人が会社を出てすぐに向かったのは、翔羽の宣言していた通り修介の自宅。


修介の自宅は、翔羽と修介の会社のオフィスビルから、徒歩十分くらいのところにあるマンション。

かつて、修介が今は亡き妻である香織と共に暮らしていたところでもある。


マンション自体は五階建てとなっており、北側に玄関、南側にベランダという構造で、各フロアに五部屋ずつ、横並びで配置されている。

東西に階段と、エレベーターが一つずつとなっていて、フロアの移動は、マンションの東西どちらからでも行えるようになっている。

最下階の一階から部屋が設置されていて、一階から五階まで五部屋ずつの、合計二十五部屋が存在している。


そのため、メインのエントランスというものが存在せず、郵便物などは全て各部屋に配って回らなければならないため、配達の業者にとっては非常に手間のかかる構造となっている。


部屋の間取りは2LDKとなっており、北側にある玄関から南につながる廊下を挟むように、六畳間の洋室が東西に一部屋ずつ。

そこからさらに南に進むと、西側にバスルーム、東側にトイレとなり…

さらにトイレを挟んで奥には、押入れなどの収納スペースが存在している。


そして、廊下の突き当たりのドアの先にダイニングキッチンがあり、その東側にさらに、六畳間の和室が一部屋、存在している。


そして、さらに南側にはベランダがあり、キッチン、和室のどちらからでもベランダに出入りできるようになっている。


近年の例に漏れず、インターネット設備も完備で、ドアはオートロックを採用している。

その反面、バスルームは風呂炊きの機能はついてはいるが、浴室乾燥などの機能はなく…

トイレも、ウオッシュレットや便座の温暖といったものはない、普通のもの。

加えて、室内の添え付け家具といったものは一切なし。


マンションの敷地内では、駐輪場と部屋数分の駐車場があるのみ。

後は、専用のゴミ捨て場が、大分類ごとにあるくらいか。


交通の便も、駅やバス停からはやや遠く…

最寄でも徒歩十五分はかかってしまう。

代わりに、涼羽が御用達としている商店街…

それと、この日から涼羽がアルバイトとして働き始めた秋月保育園…

といった場所の方には、徒歩でも五分ほどで到着できる位置にある。

そのため、買い物や子供の送迎は、結構楽ではあると言える。


部屋そのものはそれなりの広さを持ってはいるものの…

それ以外の設備や構造が、最近のマンションと比べると割と見劣りしてしまう。


その代わり、敷金礼金共に無料で、家賃は月に四万五千円となっている。

部屋が2LDKということを考えると、かなり安い値段だ。


最初は、このちぐはぐな狙いの設備や構造に戸惑いを覚える人間も多いのだが…

住めば都、とはよくいったもの。

思いのほか、一度住んでしまうとそのまま…

なんて入居者が多いのだ。


やはり、初期コストと家賃の安さというものは大きいらしい。


ただし、当然のことながら、下見の時点でここを選択肢から除外してしまう人間も少なくはないのだが。


修介と香織の夫妻も、恋人同士だったころから、ここで同棲を始めていた。

当時から修介が香織を扶養する形になっていたこともあり、家賃の安さでここを選んだのだ。


香織がこの世を去った今では、その香織との思い出が強く残っているここを出たくない…

という修介の想いから、別の住居を探すと言う選択肢を除外してしまっている。


「こんばんは。初めまして」


修介親子の微笑ましい触れ合いを見て、自然と顔が綻んでしまう翔羽。

穏やかな笑顔を、部下の娘である香澄に向けて挨拶をする。


「?だあれ?」


そんな翔羽に、この日初めて顔を合わせた香澄は思わずきょとんとした顔となってしまう。

それでも、変に警戒することも、怯えて逃げてしまうこともなく…

あまり人見知りしない、笑顔よしの子供ではあるようだ。


「香澄。この人は、パパと同じ会社の人で、パパがいつもお世話になってる人なんだよ」

「ぱぱと、おにゃじかいちゃのひと?」

「そうだよ。それと、香澄が大好きな涼羽お姉ちゃんの、パパなんだよ」

「!!りょうおねえたんの、ぱぱ~!?」


修介が香澄に告げた名前…

それは、やはり香澄にとって効果は抜群だったらしく…

その幼く可愛らしい顔に、キラキラとした笑顔を貼り付けて、翔羽の方をじっと見つめてくる。


「香澄ちゃん…だね?」

「うん!!りょうおねえたんのぱぱって、ほんと~?」

「お、おねえ…ははは、そうだよ。その涼羽お姉ちゃんのパパだよ」

「わ~…りょうおねえたんの、ぱぱ~…」


幼く小さな身体を二本の足で立たせて、じっと翔羽を見つめてくる香澄。

そんな香澄に視線を合わせるようにしゃがみこみ…

目を輝かせて自分を見つめる香澄が可愛らしくて、思わずその頭を優しく撫でてしまう翔羽。


さすがに自分の息子を『お姉ちゃん』と呼ばれたことに対しては、思わず苦笑が漏れ出てしまうが。


初対面の男であるにも関わらず、涼羽の父親というだけで全てがよかったのか…

まるで、されるがままに撫でられている香澄。

こんな風に優しく撫でられるのはやはり嬉しいのか…

香澄の顔に、嬉しそうな可愛らしい笑顔が、浮かんでくる。


「今日はね、香澄ちゃんと香澄ちゃんのパパに、おじさんのお家に来てもらおうと思ってるんだ」

「?ふえ?」

「香澄ちゃんのパパは、いっつもお仕事い~っぱいしてくれてるから、そのご褒美にね」

「!わ~…ぱぱすご~い!」

「で、おじさんのお家で、香澄ちゃんの大好きな涼羽お姉ちゃんが作ってくれるご飯をごちそうするんだよ」

「!!りょうおねえたんのごはん!!」


香澄にとって、大好きで大好きでたまらないお姉ちゃんである涼羽。

その涼羽が作ってくれる晩御飯…

そう聞いただけで、早く行きたそうにそわそわとし始めている香澄。


「そうだよ、香澄。今日は、涼羽お姉ちゃんのパパのお家で、涼羽お姉ちゃんが作ってくれるご飯を食べさせてもらえるんだ」

「!!わ~い!!りょうおねえたんのおうち~!!」

「じゃあ、今からパパと、涼羽お姉ちゃんのパパと一緒に行くから、おいで」

「!!は~い!!」


もう嬉しさのあまり、小さな身体を目一杯動かしてはしゃいでいる娘を見て、自然と頬が緩んでしまう修介。

そんな娘に、自分のところにおいで、と促し…

膝を折って、娘を抱える体勢を取る。


「えへへ~♪ぱぱのらっこ~♪」


ぱたぱたと、可愛らしい足音を響かせて、父である修介の懐に飛び込み…

そのまま、べったりと抱きつく香澄。


香澄にとって、いつも優しい大好きなパパである修介。

その修介に抱っこされるのは、いつでも嬉しいようだ。


「ぱぱ!!はやく!!はやくりょうおねえたんのおうち、いこ!!」


そして、よほど早く涼羽に会いたいのか…

早く早くと、父、修介を急かす香澄。


「ハハハ…分かった分かった」


そんな娘に思わず苦笑が漏れ出てしまうも、可愛い娘に頬が緩みっぱなしの修介。

自身の腕で抱きかかえている小さな娘の頭を優しく撫でながら、その小さな身体を優しく抱きしめる。


「すみません、お待たせしました」

「いやいや。じゃあ、行こうか」

「はい!!」


そうして、修介と、その娘である香澄を迎え…

面子も揃ったことで、目の前の上司である翔羽の自宅…

高宮家に、三人でその足を向け始めるのだった。




――――




「部長…ひとつ、お聞きしたいんですが…」

「ん?なんだ?」

「涼羽君は、料理上手なんですか?」


娘である香澄を自宅から迎え、今は高宮家へと香澄を抱えながら翔羽と二人、歩を進める修介。

もう、その目的地である高宮家も近いところで、何気なしに、修介の口から出た言葉。


目の前の子煩悩な上司が断言しているくらいだから、料理上手なのは予想はできる。

ただ、それでもなんとなく聞いておきたかった、というのが本音。


「ああ、料理上手だぞ!涼羽の作る料理が美味くて、正直外食とかしたくなくなってくるんだよな!」


そんな部下の問いかけに、嬉々として答える翔羽。

息子の料理、そして料理している姿を思い出すだけで、幸せそうな笑顔が浮かんできてしまっている。


「そうですか…」


そんな上司を見て、言いようのない期待感が盛り上がってくる修介。

修介自身はそれなりに家事はできるものの…

あくまでほどほど、といったレベルなのだ。


料理の方も、まあまあ作れるといった程度のもの。

だからこそ、たまには娘に自分の微妙な料理じゃなく、美味しい料理を食べさせてもらえる…

そんな想いが、修介の胸中を満たしてくる。


「実のところ、料理含む家事全般、全部涼羽がやってくれててな」

「!え…そうなんですか?」

「ああ。しかも、どれも驚くほどに手際がよくて、きちんとしてくれるからな」

「へえ~…」

「仕事着一式や靴下なんかも、常に洗いたてで綺麗なものを出してくれるし…忘れ物とかないようにしっかりと確認してくれるし…昼食にと、持たせてくれる弁当は本当に美味いし…」

「………」

「本当に、甲斐甲斐しく家庭的で…どこに出しても恥ずかしくない、自慢の息子なんだよ」


最愛の、そして自慢の息子である涼羽のことを、本当に嬉しそうに語る翔羽。

そんな翔羽の語りに、いかに翔羽が息子である涼羽のことが大好きなのか…

それが、嫌と言うほどに分かってしまう。


「本当に、いい子なんですね…」

「ああ…」


香澄を優しく包み込んで、目一杯可愛がってくれていた時の涼羽を見ただけでも、本当にいい子だということはすぐに分かった。

そして、今ここで上司である翔羽の話を聞いて、改めて、本当にいい子だということを感じさせられた。


だからこそ、涼羽に香澄の母親になってほしい。

その想いが、より強くなってしまう。


「さて…我が家に着きましたよ、と」


そうして話したりしているうちに、目的地である高宮家に到着した三人。

悪く言えば、古臭い、ではあるが、決してそんな言葉が出てくるものではなく…

いい意味で、懐かしさを感じる…

そんな、いいようのない温かみに満ち溢れた家を、修介はじっと見つめている。


「さあ、入ろうか。これ以上、涼羽を待たせたくはないからな」


ここまで来たら、後は入るだけ。

涼羽に電話してから、今がちょうど三十分後くらいなのだ。


せっかく修介と香澄の分まで追加でご飯を作ってもらい…

さらには、父である翔羽と、お客である修介、香澄が来るまで、晩御飯をお預けにさせてしまっているのだ。


一秒でも早く帰ってきたことを告げて、涼羽と羽月の顔の見たい…

そんな想いで、玄関の扉に手をかける翔羽。


そして、一気にその扉を開く。


「ただいま~!」


そして、帰ってきたことを盛大にアピールする大きな声で、帰宅の挨拶を音にする翔羽。

その声が響き終わる前に、ぱたぱたとした足音が二つ…

リビングの方から近づいてくる。


造詣のはっきりとしないシルエットが、じょじょに形をあらわにしていき…

その姿が、はっきりとしたものになるところまで寄ってきた。


「おかえりなさ~い!」

「おかえりなさい、お父さん」


翔羽にとっては、命よりも大事だと断言できる二人の子供達。


最初にお出迎えの声を出してくれたのは、娘である羽月。

そして、その後におっとりとした声でお出迎えをしてくれたのが、息子である涼羽。


今は二人共、部屋着であるいつものジャージではなく…

お客さんが来る、ということを聞いていたので、それなりに見栄えのいいものにしたのだ。


といっても、涼羽の方はいつもの黒一色のトレーナーにジーンズ。

いつも外出時に着ている、おなじみの一張羅だ。

そして、料理も終えているからなのか、いつもは一つに束ねている長い髪も…

ヘアゴムの拘束から解放されて、自然な感じでさらりと、真っ直ぐに重力に従って、腰の上まで伸びている。


羽月の方は、白の長袖トレーナーに、ジャージ以外の部屋着として使用している紺色のオーバーオール。

肩の辺りまで伸びているショートボブは、自然なままにさらりと伸びている。


兄、涼羽の身体にべったりと抱きついて離れようとしない妹、羽月。

この光景も、この高宮家では普段からの、ごく普通の光景。


そんな妹の頭を優しく撫でながら、好きなようにさせている涼羽の仕草も…

この高宮家では、いたって普通の光景である。


「あ~…いつ見ても可愛いな~…俺の子供達は~」


翔羽にとっては、そんないつもの光景も…

何度見ても飽きない、と断言できるほどに可愛らしい光景。


もうその端正な造詣の顔が、だらしないと言えるほどに緩んでしまっている。


「えへへ~♪」

「お父さん…もう…」


父、翔羽から可愛いと言ってもらえて、ご満悦な状態の羽月。

そんな妹、羽月に対し、恥じらいの色が強く出てしまい…

ついつい、儚い抗議のような声が出てしまう涼羽。


可愛いと言われることに激しい抵抗感を感じてしまう涼羽であるがゆえに…

どうしても、こんな反応になってしまうのだ。


「お父さん…お客さんは?」


それでも、気を取り直して父に問いかける涼羽。

父である翔羽の部下が、まだ小さい子供を連れて、ここに来るという話だったのだ。


まだその人物が姿を見せていないこともあり…

一度、問いかけてみることにした。


「おお!そうだそうだ。お~い!入ってきていいぞ!」


そんな息子、涼羽の言葉に今思い出したかのような反応の翔羽。

そして、そのまま扉が開きっぱなしの玄関の方へと視線を向け…

外にいるであろう人物へと、声をかける。


「お、お邪魔します…」


涼羽にとっては、妙に聞き覚えのある声が響いたと思うと…

すぐに声の主が、玄関にその姿を現す事となる。


「!!あ!!」


そして、その姿を見て、涼羽の顔に驚愕の表情が浮かび上がってくる。


「…こんばんは。あの時以来ですね」


そう、涼羽にとっては、男子高校生である自分にプロポーズ…

などということをしてきた、佐々木 修介その人だったのだ。


そして、その修介の胸に抱かれている幼い子供も、涼羽の知っている顔である。


「りょうおねえたん!!」


その子供――――香澄――――は、涼羽の顔を見た途端にものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべ…

一度父、修介に下に下ろしてもらうと、ぱたぱたと足音を立てて涼羽のところへと向かっていった。


「りょうおねえたん!!」


そして、香澄の背丈に合わせるように膝を折っていた涼羽の胸に、飛び込むように抱きついてきたのだ。


「か、香澄ちゃん…」

「えへへ~♪りょうおねえた~ん♪」


驚きを隠せないままの表情でも、自分にべったりと抱きついてくる香澄をしっかりと抱きしめ…

その頭を、優しく撫で始める涼羽。


それが心地よくてたまらないのか、嬉しそうな表情がより嬉しそうになる香澄。


傍から見ると、涼羽の容姿もあって…

どう見ても、歳の離れた仲良し姉妹にしか見えない光景。


そして、雰囲気としては、若い母と娘のような…

穏やかで、慈愛に満ち溢れた、そんな雰囲気。


「りょうおねえたん、もっとぎゅ~ってちて?なでなでちて?」


心地がよすぎて、天使のような笑顔を惜しげもなく涼羽の方に上目使いで見せながら…

もっと、もっとと、より可愛らしくおねだりして甘えてくる香澄。


そんな香澄が可愛くて、涼羽の顔にも、母性と慈愛に満ちた優しい笑顔が浮かんでくる。


「……ふふ…もっとしてほしいの?」

「うん!」

「じゃあ、香澄ちゃんが可愛いから、もっとしてあげるね?」

「!ほんと~!?」

「うん、本当」

「わ~い!」


自身の胸の中でべったりと甘えてくる香澄が本当に可愛らしくて…

よりいっそうの慈愛を込めて、さらに優しく香澄の幼く小さな身体を抱きしめ…

その小さな頭を、壊れ物を扱うかのように優しく撫でる涼羽。


こんなにも小さく、可愛らしい幼子が自分にべったりと甘えてくれるのが本当に嬉しいのか…

その童顔な美少女顔に、幸せそうな、それでいて優しそうな笑顔が絶えない。


「ああ……」


そんな涼羽と香澄を、修介はじっと見つめる。


娘の、望んでいたものが手に入ったかのような本当に幸せそうな笑顔。

そして、その娘を優しく包み込んでくれる涼羽の、本当に幸せそうな笑顔。


母親というものを知らない不憫な娘に…

まさに母親として接してくれる、美少女な容姿の男子高校生。


娘である香澄の、こんなにも幸せそうな笑顔を見られるのは本当に嬉しくてたまらない。

そして、香澄にこんなにも幸せそうな笑顔を出させてくれる涼羽の存在が、本当にありがたくてたまらない。


修介の顔にも、本当に幸せそうな笑顔が、浮かんでくる。


「……本当に、母と娘、といった感じだな」


修介と同じように、息子である涼羽と、部下の娘である香澄のやりとりを見ていた翔羽の、ぽつりとした一言。


今は亡き妻、水月が生きていたら…

こんな風に子供達に接していたのだろうと、思ってしまう。


涼羽自身、母親である水月との触れ合いが、全くなかったわけではないが…

それでも、物心つく前に水月がこの世を去ってしまったため…

涼羽も、母親というものを明確に知っているわけでは、ないのだ。


にも関わらず、妹である羽月に対する接し方…

そして、今目の前で展開されている、他所の幼い子供への接し方…


ましてや、涼羽は性別で言えば男であるがゆえに、本当に驚いてしまう。


本当に、母親として接しているのだ。


今は亡き最愛の妻、水月が…

まるで最愛の息子に乗り移っているとしか思えないような、その母性。


普段からの羽月との触れ合いを見ていても、そう思えてしまう。

加えて、今は亡き水月の代わりと言えるほど、翔羽に対してまるで妻であるかのように一生懸命…

父親である翔羽のことを目一杯支えてくれている。


赤の他人の子供ですら、これほどに優しく慈しんで、包み込んでくれているその姿。

そんな最愛の息子、涼羽のことが、より一層愛おしくなってしまう。


見てるだけで幸せになれる光景を、展開してくれている息子、涼羽。


そんな息子が、また一段と愛おしくなってしまう翔羽なのであった。


「りょうおねえたん、らあ~いしゅき!!」

「ふふ…ありがとう、香澄ちゃん」

「わたちのこと、い~っぱいぎゅ~ってして、にゃでにゃでちてね♪」

「うん、い~っぱいしてあげるね」


涼羽の胸の中でひたすらご満悦な表情の香澄。

その小さな身体を目一杯使って、涼羽にべったりと抱きつき…

その胸に顔を埋めて、その母性と包容力を目一杯堪能している。


そんな香澄が可愛くて、目一杯の母性と包容力で包み込んで…

香澄の小さな身体を優しく抱きしめ…

その小さな頭を優しく撫でる涼羽。


そんな涼羽と香澄を、もう本当に面白くない、といった感じで見ている視線が一つ。


「む~~~~~~~~~………」


せっかく大好きで大好きでたまらない兄である涼羽のことを独り占めできていたのに…

いきなり現れた、どこの誰とも分からない幼子に涼羽をとられてしまったような想いを抱いてしまっている…

涼羽の実の妹である羽月。


あの甘やかしは、自分だけのものなのに。


まさに、そんな想いが、そのまま表情となって、憮然とした形で現れてしまっている。


それでなくても、今日から保育園のアルバイトに行くようになってしまった兄。

あの兄のことだから、そこにいる園児達を目一杯の優しさと包容力で接しているはず。

それだけでも、面白くないのに。

加えて、そのせいで兄と触れ合える時間が減ってしまっているのだ。


そんなところに、こんな風に兄の関心を向ける幼子の存在。


せっかく兄が自宅に帰ってきたのに、その自宅でも我慢しなくちゃならないなんて。


嫌。

そんなの、絶対に嫌。


「お兄ちゃあ~~~~ん!!」


そんな想いが、羽月に兄、涼羽の身体にべったりと抱きつかせる、という行為をさせてしまう。

他所の子供を抱きかかえていることなど、まるで気にすることも無く。


「!!は、羽月!?」

「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんなの!!」


香澄に視線を合わせるようにしゃがみこんでいた涼羽の背中に、べったりと抱きつく羽月。

その背中に顔を埋めて、もう絶対に離さない、と言わんばかりに兄の身体をぎゅうっと抱きしめる。


「羽月、香澄ちゃんがいるから、危ないよ…」

「や!!お兄ちゃんは、わたしのことぎゅ~ってして、なでなでしてくれなきゃ、やなの!!」

「羽月…」


本当に幼い子供に戻ってしまったかのような、わがまま一杯の妹、羽月。

そんな妹に、思わず苦笑が漏れ出てしまう涼羽。


それでも、そんな羽月も可愛い、などと思ってしまうあたり…

高宮 涼羽という少年は本当に…

本当に、お母さんな性分なんだと、いうことなのだろう。

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