番外編_病気になった涼羽
本編の考えがなかなかまとまらないので、息抜きも兼ねて番外編を書いてみました。
久しぶりに高宮家三人でのお話です。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「涼羽、大丈夫か?」
平日の午前という時間帯の高宮家。
その中の一区画となる、涼羽の部屋。
だが、平日の午前中であるにも関わらず、なぜか翔羽も羽月もこの高宮家にいる。
それも、翔羽は会社に行く用のスーツではなく、普段から愛用している部屋着のジャージ。
羽月も学校の制服ではなく、部屋着兼外出用としているトレーナーとオーバーオール。
「…だ、だいじょう…!ごほっ!…」
そして、この部屋の主である涼羽は、寝間着がわりにしているジャージに身を包んだまま、布団の中で横になっている。
いつもは色素の薄さを感じさせる肌はうっすらと赤みを帯びており、それを聞く側からすれば聞き心地のいい声もかすれていて、あきらかに体調が悪いというのがわかってしまう。
昨日、学校からアルバイト先である秋月保育園に着いたところで、涼羽の体調が急激に悪化。
いつも健康的でそんな様子を見せたこともない涼羽であるがゆえに、園長である省吾も、先輩保育士である珠江も慌てて涼羽のそばにかけよって、立っているのも辛そうな涼羽を省吾が抱えてその足で病院に駆け込む、ということがあったのだ。
急を要するため保険証などは後程ということに(強引に)して、とにかくまずは診察をと、省吾はまるで自分が本当の父親であるかのように涼羽に付き添うことに。
そして、そう待つこともなく診察室に入って医師の診察を受けた結果、インフルエンザに感染していると診断された。
ここ最近、日々の家事や羽月の世話、学業はもちろんアルバイトに、幸助や誠一の頼まれごとに加え、美鈴のおねだり的な頼まれごとやほかの友達の頼まれごとなど、まさに多忙を極めたような状況だった涼羽。
そんな涼羽の近況を聞かされた医師は、そのために本人の自覚がないところで疲労が溜まっており、それが免疫力の低下につながったのではないかという見解を含めて伝える。
そうして今後の対応を聞いて処方箋をもらい、診察室を出たところで診察の待ち時間の間に省吾が連絡を入れていた翔羽が到着。
そして、翔羽は省吾から涼羽の診断結果、そして今後の対応を聞いて処方箋を渡される。
会計の時に事前に聞いていたため一度家に帰ってから持ってきた保険証を提示し、料金を払って薬をもらい、病院を後にする。
翔羽は業務中であるにも関わらず、親身になって涼羽に付き添ってくれた省吾に丁寧にお礼をいい、そこで省吾と別れて涼羽を抱えながら自宅へと帰っていった。
四十度近い高熱とそれからくる全身の倦怠感と節々の痛みのため、身体もろくに動かせない涼羽は翔羽の手で自室の布団に寝かされる。
もちろん、その時来ていた学校の制服は翔羽の手で脱がされ、部屋着であるジャージに着替えさせられることとなる。
いつもの涼羽なら小さい子供がされるような世話の焼かれ方を恥ずかしがって拒もうとするのだが、この時ばかりはとてもそんな気力がなかったのか、何も言わず、否、何も言えずに翔羽にされるがままとなっていた。
着替える際に少し汗ばんでいた涼羽の身体を翔羽が軽く濡らしたタオルで綺麗にふいて清め、着替えを終えてから布団に涼羽の身体を横たえると、よほどの疲労感があったのか、すぐにその目を閉じて眠りについてしまった。
涼羽が眠ったのを見届けると翔羽はすぐに涼羽の部屋を出て、最も信頼できる上司である幸助に涼羽がインルフエンザにかかったという旨と、そのためしばらく会社を休まなければならなくなったという旨を電話で連絡。
涼羽のことを本当の孫のように可愛がっている幸助がそんなことを聞かされて、非常に心配そうな声でありながらも会社のことは心配いらないから涼羽の看病を、という言葉を返す。
そして、幸助への連絡を終えるとその足ですぐに冷蔵庫の中身を確認、今日もいつも通り涼羽が夕食の仕込みをしていたため、それを使って食事を作ることにする。
もちろん、病人である涼羽にはそれとは別にお粥を作ることにして。
それから間もなく羽月が帰ってくると、涼羽がインフルエンザにかかったことを父である翔羽に聞かされることに。
それを聞いた羽月は慌てて涼羽の自室に飛び込むように入り、日々溜まった疲れを癒すように静かに眠っている兄、涼羽の姿を目の当たりにする。
家族である涼羽がインフルエンザと診断されたため、羽月も翌日からしばらく学校を休むことになる。
その連絡をすでに翔羽が済ませていたため、事後報告という形で羽月は聞かされることになる。
久しぶりに翔羽と羽月の二人で食事を作り、涼羽のためにお粥を別に作っておいたが、この日は涼羽は全く目を覚ます様子もなかったため、二人で夕食を摂り、後片付けをして風呂に入り、涼羽の様子を一目見てから就寝することにした。
それが、昨日のこと。
今は、この高宮家ではまずないだろう、翔羽と羽月の二人が涼羽よりも先に目を覚ますという光景が生まれ、二人で先に朝食を摂ってから涼羽の看病をしていた。
そして、朝と昼の間くらいの時間になって、ようやく涼羽が目を覚ましたのだ。
そして、今に至る。
「涼羽…心配しなくても、お父さんと羽月がそばにいるからな。そのためにお父さん、会社から休みをもらったんだから」
「お兄ちゃん…心配しないでね。わたしもお兄ちゃんの看病するために、学校お休みしたからね」
自分がいつから眠っていたかも覚えていないほど深い眠りについていた涼羽。
起きてから慌てて朝の家事をしようとするも、翔羽から自分がインフルエンザにかかっているから安静にしているようにと伝えられる。
そして、そんな涼羽の看病をするために翔羽が会社を、羽月が学校を休んだという風にも伝えられる。
「…ご…!げほっ!…」
「ああ、ほらほら無理するな涼羽」
「そうだよ、お兄ちゃん。無理しちゃだめだよ」
そんな二人の言葉に思うことがあったのか、涼羽は言葉を発しようとするも、のどにも病状が表れているため、言葉の途中で咳が飛び出してうまく言葉にできない。
そんな涼羽を見て無理をしないようにと翔羽も羽月も優しく伝えてくる。
そんな二人を見て、涼羽は何を思ったのか、うっすらとその目に涙を浮かばせてしまう。
「!りょ、涼羽!?どうした!?お父さん、何か悪いことでも言ったか!?」
「!お、お兄ちゃん!?わたし、何かお兄ちゃんの気に入らないことでも言ったの!?」
静かにほろほろと流れ出てくる涙をぬぐうこともできずにいる涼羽を見て、翔羽も羽月も思わずぎょっとした表情になってしまい、慌てて涼羽に問いただすように言葉を発してしまう。
「…!ごほっ!…ご…ごめんね…」
「?え?」
「?お兄ちゃん?」
「!げほっ…俺が…こんなことになったせいで…お父さんが会社を休むことになっちゃって…」
「!!りょ…涼羽…」
「ご…ごめんね…羽月…!けほっ…俺が…こんなことになったせいで…学校…休むことになっちゃって…」
「!!お…お兄ちゃん…」
普段から家族のために家事に勤しんでいる涼羽。
そうして、父、翔羽が何も心配することなく会社で仕事ができるように。
そうして、妹、羽月が何も気にすることなく学校で勉強、そして友達と遊ぶことができるように。
それが自分の喜びであるかのように、ただただ一人で家事に勤しんでいた。
そんな自分が今こうして病気になって、家事ができないどころか翔羽に会社を、羽月に学校を休ませてしまうことになっている。
それが申し訳なくて、悲しくてたまらない。
そんな思いが、涼羽の目から涙となって溢れてきてしまった。
そんな思いから発せられた涼羽の言葉。
家族のことを看病するなんて当然のことなのに、それをこんなにも申し訳なく思ってしまうだなんて。
そんな健気な涼羽が、翔羽も羽月もいつもよりもさらに愛おしく思えてしまう。
同時に、なんて可愛すぎるおバカさんなんだろうとも。
翔羽はその涼羽に対する愛おしさを伝えるかのように、涼羽の頭を優しくなで始める。
羽月はその涼羽に対する愛おしさを伝えるかのように、涼羽の手を優しく握る。
「涼羽…お前は本当にいい子で…本当におバカさんだなあ…」
「ほんとだよ、お兄ちゃん!なんでこんなにおバカで、こんなに可愛いの~?」
「な…なに?…いきなり…!ごほっ…お…おバカって…」
「むしろ俺は、涼羽と一緒にいられる時間が増えて…涼羽のお世話をできる時間が取れて嬉しいくらいなんだからな!!」
「!!…お…お父さん…」
「そうだよ!!お兄ちゃんと一緒にいられる時間が増えて、お兄ちゃんのお世話できる時間までできて本当に嬉しい!!」
「!!…は…羽月…」
「そして涼羽…ごめんなさいなのは俺の方だよ。考えてみればすぐに分かることなのにな」
「お兄ちゃん、本当にごめんね。お兄ちゃんがどれだけ忙しいのか知ってるんだから、考えればすぐに分かったはずなのにね…」
「え?…」
「涼羽は保育園のアルバイトだけじゃなくて、今は専務や柊社長からも個人的に仕事含めた頼み事もされてるんだろ?それだけでも並みの社員ならギブアップしてしまいそうなほどの仕事量だそうじゃないか」
「それに、わたしに美鈴ちゃんに香奈ちゃんに香澄ちゃん…いっつもお兄ちゃんが面倒見てるようなものじゃない。なのに他の人とか友達の頼まれごとまでしてるんでしょ?疲れない方がおかしいよ?」
翔羽は涼羽がインフルエンザにかかったことを幸助に伝える際に、幸助から聞かされた。
幸助と誠一が個人的に涼羽に仕事を依頼したり、頼み事をしたりしていたことを。
それも、話を聞いている限り一介の高校生に頼むような内容ではないほどの、質も量もハイレベルなものを。
羽月も、普段から自分が面倒を見られているように美鈴や香奈や香澄の面倒を見るような立場に涼羽がなってしまっていることを知っていた。
加えて、最近は涼羽のクラスメイトも涼羽に頼み事をすることが多くなっていることも。
そんな中でも高宮家の家事はずっと自分ひとりでやってきた涼羽。
本当なら、家族である自分たちが手伝ってあげないといけないのに。
なのに、涼羽の方が自分が病気になったことでその家事ができない責任を感じてしまうなんて…
だからこそ、この機会は翔羽にとっても羽月にとっても絶好の機会。
涼羽に普段からの恩返しができる絶好の機会だと。
加えて、病気になっている涼羽の面倒をいっぱい見てあげられる最高の機会だと。
「だからな、涼羽。涼羽の病気が治るまでお父さんがい~っぱい面倒みてやるからな?」
「わたしも、お兄ちゃんの病気が治るまでい~っぱい面倒見てあげるからね?」
少し意地の悪さが混じった笑顔を浮かべながら、二人は涼羽に宣言する。
涼羽の病気が治るまでは、自分たちが涼羽の面倒を見ると。
そんな二人の言葉に病気の影響もあってか少し呆けた状態の涼羽だったが、自分が幼い子供のように面倒を見られると思ったのか、その顔を羞恥と言う名の朱色に染めてそっぽを向いてしまう。
「けほっ…な、なに言ってるの?…俺は…自分のことは…自分で…」
「だめだぞ、涼羽。病気は早く治さないと。だから、お前の面倒はお父さんがい~っぱい見てあげるからな?」
「えへへ、お兄ちゃんったらほんとに可愛い♪お兄ちゃんの面倒は、わたしがい~っぱい見てあげるからね?」
「だ…大丈夫…だから…」
人に甘えることが非常に苦手で嫌いな涼羽であるがゆえに、どうしてもこんな態度になってしまう。
しかし、涼羽がそんな態度をとってもその可愛らしさを増長させることにしかならず、翔羽も羽月もそんな涼羽の姿を見てデレデレと締まりのない笑顔を浮かべてしまっている。
「涼羽!!お前は本当に可愛いな!!お父さん幸せだ~!!大好きだぞ~!!」
「お兄ちゃんったら、ほんとに可愛すぎ!!だあい好き!!」
そしてもう我慢ができなくなってしまったのか、病人であるにも関わらず布団の上で横たわっている涼羽の身体を上半身だけ起こして、両サイドからサンドイッチにするかのように翔羽も羽月も涼羽のことをぎゅうっと抱きしめる。
「!ちょ…だめ…だって…俺今…病気…なんだから…」
「いやだ!!お父さんは涼羽が可愛すぎてたまらない!!こんなにも可愛い涼羽のことを抱きしめてあげないなんて、絶対にありえない!!」
「いや!!お兄ちゃんが可愛すぎるからわたしもぎゅ~ってしたくなっちゃうの!!こんなにも可愛いお兄ちゃんにぎゅ~ってしないなんて、ありえない!!」
いつも通り、涼羽のことが可愛くて可愛くてたまらない翔羽と羽月が涼羽をぎゅうっと抱きしめて可愛がる体勢になってしまっている。
涼羽の方も今の自分は病気だからと儚い抵抗を見せるのだが、そんな抵抗も翔羽と羽月の涼羽大好きな心をくすぐるだけにすぎなくなっている。
結局、この日から一週間涼羽は家事も仕事も何もさせてもらえず、ただただ翔羽と羽月の二人に甲斐甲斐しく看病されることとなってしまう。
それがあまりにも落ち着かなくて二人の目を盗んで家事をしようとすると、目ざとく二人がそれを見つけて強制的に布団に帰されるばかりか、その場で汗のにじんだ身体を露わにされてふかれることとなってしまう。
特に妹である羽月の手でそれをされるのが本当に恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。
それがあまりにも可愛すぎて、羽月が我慢できずに涼羽にべったりと抱き着いてしまったりもあった。
ただ、今回の件で自分たちがあまりにも普段から涼羽に対して負担をかけすぎていたことに改めて気づき、これからは家事も自分たちでできる範囲はしていこうと、翔羽と羽月は心に決める。
また、涼羽に度を越えた頼み事をしていた幸助と誠一の二人も反省し、あくまで涼羽の負担にならない程度の頼み事にとどめることにしようと心に決める。
美鈴や他のクラスメイトも涼羽が学校を一週間も休んだことにより、涼羽に極力負担をかけないように、これまでとは逆に涼羽のしてほしいことをするようにしていくので、あった。