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…麗香のやつ、大丈夫かな…

ここまでずっとほのぼの路線で書いてきた自分としては、今の展開はなかなか書きにくいものがありますね…


でも、これを考えている間に他のエピソードも浮かんできて、書きたいものが増えていっているのは嬉しいところです。

まずは定期投稿を復活させていきたいと思います。

「はい、もしもし?」

「………」

「?もしもし?」

「………(ぷつっ)」

「…また…」


進吾が見知らぬモデル風の美女を助けた翌日。

その日から、麗香のスマホに番号不明の無言電話がかかってくるようになった。

怖くなって番号不明の電話に出ないようにしたのだが、そうすると電話を受けるまで着信音が鳴り響くという、あからさまな状態になってしまう。


それも、図ったかのように進吾が麗香のそばにいない時を見計らってかかってくる。


「なんなの…これ…」


かかってくる無言電話に着信拒否をかけたりもしているのだが、それでも無言電話が途絶えることはなく…

あまりにも執拗なかかりっぷりにとうとう自身の電話番号を変えたりもしたのだが、それもほんの少しの間しか効果がなく、すぐにまた無言電話がかかってくる始末。


元々はおおらかで穏やかであり、誰に対しても笑顔で優しい麗香だったが、この無言電話が始まってからは見るからに変わっていってしまう。

精神的な余裕もなくなっていき、ちょっとしたことでイライラしてしまう。

見る人をほうっとさせる笑顔もまるで浮かばなくなってしまう。

無言電話の恐怖に眠れなくなってしまったのか、日頃から憔悴しきった顔立ちになってしまい、目の下のクマが睡眠不足を露骨に表現するようになり、化粧にもより気を遣うこととなってしまう。


「いったい…私に…なんの恨みがあるってのよ…」


この日から進吾が出張でおらず、麗香は進吾との愛の巣とも言えるこの部屋に一人で過ごすこととなっている。

それが分かっているかのように、朝から無言電話が絶えず続くようになっており、麗香は今この部屋に一人ということもあってほとほとまいってしまっている。


この無言電話が始まってもう三ヶ月近くも経っている。

その間に余裕がなくイラついた様子を隠しきれなかったこともあり、進吾とも細かい諍いが目立つようになってきている。

無言電話のことを相談して、進吾に一日そばについていてもらったこともあったのだが、まるでそのことを把握しているかのようにその日は無言電話がかかることはなかった。

そのおかげで進吾とのやりとりもよりぎこちなさが目立つようになり、進吾の方も、いつもなら徹底拒否の姿勢を取るはずの出張の話も今回は二つ返事で受けることとなってしまっている。


無言電話について警察にも訴えを出しに行ったのだが、やはり事が起こっていないと動いてくれない上に現行犯逮捕が絶対条件となるため、全く当てにならない状態。

麗香の職場でも、麗香のあまりの変わり様に心配になり、わざわざ休暇を取ってみてはと進言してくれたほど。

この日から二週間ほどの休暇を申請し、仕事のことも気にしなくていいと言われているため、朝からけたたましくかかってくる無言電話の着信音に嫌気がさして携帯の電源を落としてしまっている。

部屋に固定電話をひいていないため、唯一の通信手段を放棄する形にはなってしまっているが、逆にこれで相手も無言電話をかけてくることなどできないだろうと、麗香は思っている。


「……はあ……」


だが、こうして外界から一切を遮断した状態で一人でいると、途端に最愛の人である進吾がいない現実を痛感することとなってしまう。

そして、思い返せば返すほど、本当につまらないことで進吾に八つ当たりまでしてしまっていたことまで脳裏に浮かんでくる。

それがとても悲しくて、みじめで…

普段から常にそばにいてくれた人がいない孤独感に、その疲弊しきった心が蝕まれていくかのような感覚まで覚えてしまう。


まるで、この世界にたった一人、置き去りにされてしまったかのような疎外感。

まるで、この世界にたった一人、捨て置かれてしまったかのような孤独感。


進吾の出張はこの日から一週間。

次にここに帰って来るのは来週の週明け。


外に出る気力もなく、化粧する気も起こらない麗香の顔はあきらかにやつれており、その目の下にはこれでもかというほどにはっきりとしたクマが出ている。

無言電話の影響による睡眠不足のせいで思考能力も低下してしまっており、もう午後の一時を迎えようとしている時間帯になるが、麗香は起床してから水の一滴すらも口にしていない。


「……疲れた……」


そのあまりの疲労感のため、食事を摂ることすらおっくうに感じてしまっている今の麗香。

しかし、度重なる精神への苦痛のため神経が昂ってしまい、眠ることもできない。

実際に自分一人の時にしか無言電話がかかってこないため、相談することすらできない。

その状況が、いっそう麗香を孤独に追い込んでいく。


何を恨めばいいのかも分からないまま、麗香はこの日ただ一人、ずっとうずくまって眠ることができるのを、待つこととなってしまう。




――――




「…麗香のやつ、大丈夫かな…」


出張先での一日目の仕事を終え、ちょうど現場を出た直後の進吾。

出張先は少し田舎の方となるため、周辺には特に遊びに行けるような施設もなく…

かといって観光に行きたくなるような物珍しい風景などもなく…

えらいところに来てしまった、こんな出張、受けるんじゃなかったと後悔しながら、とぼとぼと宿泊先のホテルにまっすぐ足を進めている。


そんな中、自宅に残してきた麗香のことが非常に気になっている。


麗香から無言電話のことを聞かされて、一日そばにいたこともあったのだが、その日はまるで麗香のスマホから着信音が鳴ることすらなかった。

そのせいでついからかうようなことを言ってしまったのだが、そんな進吾の言葉に麗香が過剰に反応し、激昂してしまう。

それ以降、麗香とのやりとり自体がぎくしゃくすることとなってしまい、同じ家に住んでいるのも手伝って余計に息苦しくなってしまう。

一度そんな状況を断ち切ろうと思い、今回の出張を受けたのだが…

やはり、いざ離れてみると麗香のことが心配になってしまう。


確かに、あの時はちょっと場を和まそうと思っておちゃらけたことを言ってしまった。

それがお互いのためになると思ったから。

だが、今思い返してみればただでさえ心無い無言電話攻撃で精神が非常にまいっていた麗香に対してあまりにも無神経すぎた行為だったと、進吾は今更ながらに思う。

あれでは、どう考えても麗香をより追い詰めてしまうようなものだったと。

進吾自身が、その無言電話を麗香が受けている場面に遭遇していなかったのは確か。

それゆえに、自身の目で見てもいないことにいちいち気を遣うなど、無駄以外の何者でもないと、進吾は常日頃、そう思って生きている。

だが、あの時ほどそんな自分の性格を呪ったことなどなかった。


気になって何度か電話を入れてみたものの、ずっと携帯の電源を切っているようで全くつながらない。

ここ最近の麗香が非常に憔悴しきっていて、進吾の電話の着信音にすら過剰に反応するような状態だったため、余計に気になってしまう。

そして、そんなことをしてしまうほどに麗香が追い詰められていることに、今更といった感じで気づくこととなった。


「…何やってんだ…俺…」


麗香がこんなにも苦しんでいるのに。

麗香があんなにも助けを求めていたのに。

麗香があんなにも電話に怯えていたのに。


自分の出張開始となるこの日から二週間、麗香は休暇の申請をしたことを進吾は聞いていた。

それが、自分を避けられているみたいで歯がゆい思いもあった。

でも、今思えばそうされても仕方がない自分だったと、また今更ながらに思えてくる。


とぼとぼと、人工の建造物があまり目に入ってこないような自然物が多い風景の中を歩いていく。

現場の最寄り駅前付近にこの日宿泊するホテルがあるため、少し距離がある。

すでに辺りは暗くなっていて、もともとが寂れた町並みであることも手伝って、人が通っている様子すらない。

まさに、進吾だけがこの世界に取り残されたかのような状態。

今の麗香の思いをその一旦でも味わえるような状況に進吾がその身を置いている中、ふと人影が正面を見て歩いていた進吾の視界の端に映る。


しかも、その人影は自分のところに近づいている様子。


「?………」


普段なら旅行でも来ることなどないような田舎の風景。

当然、来るのは初めての地であるため、知り合いなどいる由もない。

思わず足を止め、寄る辺のない自分に寄り添おうとするかのように近づいてくる人影をじっと見入ってしまう。


だんだん、人影がはっきりとした人の形になっていく。

だんだんクリアになっていくその人物の姿。

その姿に、進吾は見覚えがあった。


「…!あ!…」


記憶の中からその人物のことを照合できた瞬間、進吾は思わず声をあげてしまう。

あれからずっと会うこともなかった、あの時の人物。

たまたま道で派手に転んでいたところを助けた、あの時の人物。

そう、あの時のモデル風の美女が、進吾のところへと近づいてくる。


そして、向こうも進吾に気づいたのか、それまでしずしずとただ歩いていたのが突然、嬉々とした表情を浮かべ、軽やかな足取りでぱたぱたと進吾の元へと近づいていく。


「…あんたは…」

「ふふ、こんばんは…あの日は本当にありがとうございました」


心底愛しい人に会えた、というような満面の笑みを浮かべながら進吾のそばまで近づいて前に助けてもらった時のお礼を言葉にする彼女。

女性にしてはハスキーさが目立つ声だが、それでも聞き心地が悪いわけではないその声に、麗香のこともあって沈んでいた進吾の気持ちが軽くなるかのような感覚が芽生える。


「…どうして、こんなところに?…」


今回の出張で自分が来ているところは、到底仕事でもなければ来ることなどないといい切れてしまうほどに何もない、本当に田舎丸出しのところだと進吾は思っている。

仕事でも正直来たくなかった、という思いが来てから大きくなっているのだから。


ましてや、知り合いの一人もいないこの僻地とも言えてしまうような場所で、前に一度会ったきりの人物と再会できるなど、進吾は夢にも思ってはいなかった。


目の前の彼女にしても、わざわざ自分から好んでこんなところに来るはずなどないと進吾は思っていたため、どうして彼女がこんなところにいるのか、思わず聞いてしまっていた。


「…実は、ずっと付き合ってた彼に振られちゃいました」


進吾の問いかけに彼女は咲き開いた花が途端に萎れてしまったかのように憂いと悲しみに満ちた表情を浮かべながら、しかしさらりと理由を述べる。


「!え…信じらんねえな…あんたみたいな美人を振る奴がいるなんて…」

「…ふふ、ありがとうございます」

「い、いや…で、こんなところにいるのはもしかしてそのことと関係があるのか?」

「…はい…五年も付き合ってて…結婚まで考えてた彼に振られて、自暴自棄になっちゃって…もう何もかもが嫌になって家を飛び出しちゃって…」

「!おいおい…マジかよ…」

「…もうどこでもいい、って感じで何も考えずに移動してて…気がついたら、ここまで来てました…」

「…よっぽど辛かったんだな…」

「…ええ……でも、嬉しいこともありました」


ぽつりぽつりと、暗い表情を浮かべながらこれまでの経緯も含めた、今ここにいる理由を話して行く彼女。

むしろ、それを進吾に聞いてほしいと言わんばかりに。


そんな彼女の身の上話を聞いていた進吾は、心底彼女に同情せんと言わんばかりの表情を浮かべながら、その思いを言葉とする。

だが、そんな進吾を見て、彼女は途端に嬉しそうな表情を浮かべて、嬉しいこともあったと述べてくる。


「?え?」

「…まさか、何も考えずに来ちゃった、全然知らない場所で…あなたと会えたから…」

「!!………」


その幸せな気持ちそのまま顔にも声にも乗せた、まるで告白のような彼女の言葉。

呆気にとられていた進吾の顔に、意表をつかれたのが分かる動揺の色が浮かんでくる。


だが、出張に出るまでの麗香との不和もあって、非常に孤独感を感じていた進吾にとっては、彼女との会話も、彼女の言葉もその心を癒してくれるものとなっている。

その思いが進吾の表情にも浮かんでいるのが、彼女にはすぐにわかった。


そして、それを見た彼女の顔に、ほんのわずか――――

正面で向き合っていた進吾にも分からないほどのわずかな間、まるで敵を罠に嵌めたかのような邪悪な笑みが浮かんでいた。

しかしそれも進吾の目には映らず、すぐに彼女の表情は幸福感に満ち溢れた綺麗な笑顔に戻ってしまっていた。


その邪悪な笑みが一体何を意味しているのか、この時の進吾には分かるよしもなかった。

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