僕…ここに来たらいけなかったのかなって思えて…
今年ももう11月…
本当に1年が早く感じます。
執筆の方はまだまだリハビリ段階なので、のらりくらりな投稿ペースになりますが…
のんびりとお読み頂ければ、幸いです。
「この度は…愚息が高宮様の御子息にとんでもない言葉を浴びせてしまい…さらには…当人である涼羽様に至っては筆舌に尽くしがたい心痛を味わわせることとなってしまい…誠に!!誠に申し訳ございません!!」
言いたいことを嵐のように言うだけ言って、その嵐が終わるとそのまま去っていってしまった進吾。
あまりにいきなりな展開に羽月は完全に怯えて涼羽の胸に顔を埋めたまま、どうすることもできなかった。
父、翔羽に至っては自分にとっては自慢以外の何者でもないはずの涼羽が、ここまでの暴言を浴びせられていることにまるで意識が追いつかず、ようやくそれを認識できた頃には当の暴言の主である進吾はすでにその場を立ち去ってしまっていた。
そして、進吾に言いたい放題言われてしまった当の本人である涼羽は、完全に自分の存在意義を否定されてしまって何が悪いのかも分からず、しかし暴言の主である進吾に憤りを覚えるかといえばそうでもなく、ただただ、自分が悪いのなら一体何が悪いんだろうと、いくら考えても出ない答えを求めて負の思考の悪循環に陥ってしまっている。
さらには、答えが出ない自分に対する嫌悪感まで出てきてしまい、せっかくの家族水いらずの旅行なのにそれどころではない状態となってしまっている。
自分は何も悪くないはずの涼羽がそこまで思いつめて、しゅんと落ち込んでしまっている姿を見て、父である翔羽は最愛の息子である涼羽を護ってあげられなかったことを激しく後悔することとなる。
それと同時に、その涼羽をここまでなじるような真似をした進吾に対して激しい憤りを覚えてしまう。
もちろん、妹である羽月も最愛の兄である涼羽が本来言われるはずもない暴言を浴びせられたことに憤りを感じないはずもなく、今更ながらではあるものの進吾に対しての怒りが収まらない。
そんな二人の感情を嫌でも感じることとなり、それよりも当の被害者である涼羽の落ち込む様子があまりにも痛々しくてたまらず、健吾は自分だけでは足りないということは分かってはいても、今できる精一杯の謝罪をせずにはいられなかった。
文字通り、高宮家の面々に、特に涼羽に対して正面を向くように床にその頭を擦りつけ、恥も外聞もなくとにかく少しでもせっかくの家族旅行には必要がないはずの三人の悪感情を晴らそうと、懸命に謝罪の声をあげ続ける。
「涼羽様!!この老いぼれだけではまるで足りないのは重々ご承知しております!!必ず、必ずあの愚息にも頭を下げさせます!!ですから、今は何とぞご容赦を!!せっかくのご旅行ですのに、そんなお顔をしてしまうほどの思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません!!」
元々、進吾に対して怒っていたわけでもない涼羽は、健吾が懸命に頭を床に擦り付けてまで謝罪をする姿にいたたまれない思いになってしまう。
「あ…あの…頭を上げてください…僕なんかにそんな…」
必死に頭を下げ続ける健吾の元へしゃがみこむと、涼羽はその健吾の顔を上げさせるべく、健吾の手をとって立ち上がらせようとする。
しかし、それでは自分の気が収まらない、とでも言わんばかりに涼羽が自分を立ち上がらせようとするのを拒む。
「涼羽様…涼羽様が本当にお優しい方だと言うのが痛いほどに伝わってまいります…涼羽様のような方にうちの愚息はなんとひどいことを…」
「だ、大丈夫です…僕…」
「いいえ…せっかくここに旅行をしにきてくださった方に喜んでいただくどころか、このような思いをさせてしまうなど、せっかくこちらの管理人を任せてくださった藤堂様にも顔向けができません…」
「そ、そんな…」
「何より…お客様に喜んで頂くことこそ私の使命…ですのにこんな有様では、私の気がすみません」
自分を立ち上がらせようとする涼羽の手から、本当に自分を思いやる気持ちが伝わってきてしまう健吾。
そのおかげで、涼羽がどれほどに優しく、できた子なのかを嫌というほどに感じてしまう。
同時に、こんな優しい子供に自分の息子はなんとひどいことをしてしまったのだろうと、より罪悪の念が心に溢れかえってくる。
健吾はもはや自分の気がすまないという思いから、頑なに土下座の姿勢を崩さずにいる。
「…青山さん」
「!!は、はい!!」
そんな健吾に、じっと涼羽と健吾のやりとりを見ていた翔羽が静かに声をかける。
その翔羽の声に過敏に反応してしまう健吾。
「お客様に尽くすのが、使命だとおっしゃいましたね?」
「は、はい!!」
「でしたら、頭を上げていただけませんか?」
「!!し、しかしそれでは…涼羽様へのお詫びが…」
「当の涼羽が、今の青山さんの状態を望んでいないのですよ…正直、私と娘の羽月はあなたの息子さんに対して非常に怒りを覚えてしまっているのですが…」
「!!それはもう、当然のことでございます!!悪いのは私の愚息であり…そしてその愚息をとめることの出来なかった私です!!」
「…涼羽は、その息子さんに対してこれっぽっちも怒っていないのですよ…それどころか、自分の何が悪いんだろうと、ずっと思い悩んでいました」
「!!な、なんと…」
「一番嫌な思いをしているのは涼羽本人のはずなんですけどね…そして、その涼羽が望むことは、青山さんが顔を上げて自分の方を見てくれることなんですよ…」
「!!………」
「もし、涼羽に対してそこまで申し訳ないと思ってくださるのでしたら…そろそろ顔を上げてもらえませんでしょうか?」
「おお……なんと……」
今はすっかり落ち込んで、自分の存在意義なんてものを考え込んでしまっていてうまく言葉の出ない涼羽をフォローするかのように翔羽が健吾に対して言葉を紡ぐ。
それこそ、涼羽の思いを代弁するかのように。
最愛の息子である涼羽の思いをそのまま言葉にしているかのような翔羽の言葉に、健吾はその頑なだった姿勢を少しずつではあるが崩し始め…
気がつけば、未だ床に座り込んだままではあるものの、顔はしっかりと涼羽の方へと向くこととなっている。
「…………」
「ああ……」
そして、ここに来た当初は本当に天使のような笑顔を浮かべていて、この旅行を非常に楽しみにしていた様子の涼羽が、まるで体調を崩してしまったかのような苦しそうで、切なそうな表情を浮かべているのを健吾は目の当たりにしてしまう。
ここで管理人をしている健吾自身、この場所を非常に気に入っていており、ここを終の棲家にしようとさえ思っているほど。
それほどに気に入っている場所に来てくれた人を精一杯おもてなしし、喜んでもらうのが自分の使命だと自覚しており、そのためならその老骨に鞭打ってでも事をなしていく所存。
なのに、せっかくこの素敵な場所に来てくれた人にこんな顔をさせてしまっていることが、直接は自分が原因ではないとはいえ、本当に申し訳なくてたまらなくなってしまう。
「…あの…」
「!は、はい!なんでしょうか?涼羽様?」
「…僕…そんなに紛らわしい見た目なんでしょうか?…僕…そんなにこの見た目なだけで、迷惑な存在なんでしょうか?…」
「!!りょ、涼羽様…」
「…そうだとしたら…僕…ここに来たらいけなかったのかなって思えて…なんだか…すごく悲しくなって…」
いわれのない誹謗中傷を受けた被害者であるはずの涼羽から、あまりにも自虐的な言葉が飛び出してしまう。
まるで罪人がその罪を悔い改めようと懺悔するかのように、ぽつりぽつりと儚さに満ち溢れた声が、その場に響く。
そんな涼羽の声を聞いて、そんな涼羽のあまりに後ろ向きな考えを全力で否定しようと翔羽も羽月も声を出そうとしたが、それよりも先に…
「涼羽様が迷惑な存在などと、決してございません!」
今のこの場で誰よりも近くで涼羽の様子を伺い、言葉を聞いていた健吾が全身全霊で涼羽の言葉を否定する言葉を響かせる。
そんな健吾の声に、まさに出鼻をくじかれた形となった翔羽と羽月は涼羽に対して向けようとした声をやり場を失うこととなり、二人揃って事の成り行きを見守る形となってしまう。
「!……」
「こんなにも、こんなにもお優しく、こんなにも人のことを考えられる涼羽様が迷惑な存在などと、誰も思いません!」
「………」
「全ては私の愚息が好き勝手に言い放っただけのこと…涼羽様には何の関係もございません!」
「…青山さん…」
「涼羽様…涼羽様が決して迷惑な存在でないことはこの私が保証させていただけます…それに、何よりもお父上である翔羽様、妹である羽月様がどれほどに涼羽様のことを大切にされているのか、見ているだけで伝わってきます…それほどまでに愛される方が迷惑なはずなどないと、私は断言させていただけます!」
悲痛な表情のままの涼羽に対して、全力で涼羽が迷惑な存在であるはずがないと断言し、力説する健吾。
実際、この容姿で男子だということにはさすがに健吾も驚きを隠せなかったのは確かだが。
しかし、それでもそんな悲痛な表情を浮かべてしまうほどの心痛を浴びせた相手の身内である自分に対して、怒るどころか逆に本当に気遣うように接してくる涼羽の姿に、健吾は涼羽が本当に誰にも愛される、そしてなくてはならない存在だということを痛感させられた。
何より、父親である翔羽に妹である羽月が本当に涼羽のことが大好きで、常に涼羽のそばで涼羽を愛そうとする姿がこれでもかというほどに見えてしまっていたのだから。
それほどまでに愛される涼羽が人にとって迷惑な存在になることなどないと、健吾はこの日初めて顔を合わせただけの高宮 涼羽という人物に対して確信を持ててしまう。
そして、近くで見れば見るほどにその可愛らしい容姿ばかりでなく、雰囲気も儚げで護ってあげたくなるようなものであり、そんな涼羽の心痛を少しでも癒してあげようという思いのままに、ついつい健吾は涼羽のことを我が子を抱くかのようにぎゅうっと抱きしめ、その頭を撫で始めてしまう。
「!…あ、あの…」
「ああ…涼羽様…こんなにも可愛らしく、純粋でいい子な涼羽様にうちの愚息はなんとひどいことを…」
「ぼ、僕…そんな小さな子じゃ…」
「申し訳ございません…涼羽様…本当に申し訳ございません…」
父、翔羽ほどでないとはいえ、長身で見かけよりもがっしりとした体格の健吾に、自分の小柄で華奢な身体を包み込むように抱きしめられ、さらには小さな子供をあやすかのように頭を撫でられて、涼羽は戸惑いを隠せない。
しかも、いつも翔羽にされているように今日初めて会ったばかりの健吾にされてしまい、恥ずかしくなってその顔を真っ赤に染めてしまう。
そんな涼羽がますます可愛らしく、健気に見えてしまい、健吾はますます涼羽のことをあやすように抱きしめ、その頭を優しくなで続けてしまう。
「あ、あの…僕、大丈夫ですから…」
「涼羽様…なんと健気な…」
「そ、それはもういいですから…それよりも…」
「?なんでございましょう?涼羽様?」
「それよりも、どうしてあの…進吾さんでしょうか?進吾さんは、僕のことをあんなにも毛嫌いして、あんなにもひどいことを言ってきたんでしょうか?」
「!そ、それは…」
「おじいさん…健吾さんは、進吾さんがなんで僕をあそこまで毛嫌いしたのかを、知ってるんですよね?」
「!う……」
「お願いです…僕に、その理由を教えてもらえませんか?なんだか僕…それを知らないといけないような気がしてて…」
「!し、しかし…あれは私の愚息の一方的な言い分で…涼羽様には何も落ち度は…」
自分のことをひたすら慰めるように抱きしめてくる健吾に、涼羽は進吾がなぜ自分のことをあそこまで毛嫌いしていたのか、その理由の説明を求める声を向ける。
青山親子のやりとりを見て、進吾がなぜあんな行為をしてきたのか、健吾は知っているように見えたこともあり、涼羽はそれを教えて欲しいと健吾の腕の中から真っ直ぐに見上げて健吾の顔を見ながら懇願してくる。
進吾にあれほどひどいことを言われても、涼羽は決して進吾のことを悪く思うことが出来ず、それどころかそれにも進吾個人にしか分からない理由があるのではないかと思い、それを知らなければいけない、知らないと、翔羽も羽月も進吾のことを見たままの悪い人間に思ってしまうと、それが非常に気がかりになってしまっている。
それゆえに、せめてその理由を知らないことには何も解決しない、進吾が一方的に悪い者にされて終わってしまうと、涼羽は思っている。
実際、そうされても仕方のないことを進吾はしでかしてしまっており、その父である健吾も進吾がそうなってしまうのは当然のことだと思っている。
だからこそ、涼羽がこんなことを言い出してきたことに健吾は驚きと戸惑いを隠せないでいる。
そのやりとりをすぐ近くで見ている翔羽と羽月さえも、涼羽がそんなことを言い出してきたことに驚きを隠せず、ただただそのやりとりを見守ることしかできないでいる状態だ。
「お願いします…僕、理由も知らないで進吾さんのことを悪く思いたくないし、お父さんと羽月にもそんな風に思って欲しくないんです…」
「!!なんと…」
「それに、進吾さんには進吾さんなりの理由があったと思うんです…だからどうしても、その理由を知りたいんです…」
「…涼羽様…」
この場にいる誰にも、嫌な思いを持って欲しくない。
たとえどんなひどいことをされたとしても、理由も知らずにその相手を悪く思いたくはない。
そんな涼羽の、純粋な思い。
それを聞かされた健吾は、またしても涼羽が本当によくできた子であり、本当に愛されるべき存在だと痛感させられる。
「…分かりました…」
「!…」
「他でもない被害者のはずの涼羽様に、そこまで言われてしまっては…話さないわけにはいきませんね…」
「!それじゃあ…」
「…聞いていて本当に気分の悪くなるお話になりますが、よろしいでしょうか?」
「はい!お願いします!」
涼羽の純粋な思いに負けた健吾は、進吾の抱えている事情を涼羽に話すことを決意する。
それは決して聞いていて気分のよくなるものではなく、むしろ気分を害するものにしかならないと念を押して。
それでも、それまでの花が萎れるかのように沈んでいた表情がぱあっと花が咲き開かんばかりに明るくなった涼羽を見て、その念押しも無意味だということを健吾は悟る。
健吾は、一度高宮家の三人を泊める予定の部屋に案内し、そこで自分の息子である進吾のことについて話すことにするのだった。