よっぽど、あなたに懐いちゃったんですね~…
自宅のベッドが経年劣化でへこんできたりしているため、寝ても疲れ取れない状態です…
もう買い換えなきゃ…
「や~!!おねえたんはぼくといっちょにかえりゅの~!!」
「き、きみ…それは…困るの…」
「らめ~!!いっちゃや~!!」
初めての家族旅行の道中。
そこで立ち寄ったサービスエリア。
家族水入らずの夕食も済ませ、目的地となる温泉旅館に向かおうと、車の方に三人揃って歩いていたところに、涼羽がたまたま見かけたのは、何かを探すように周囲をおろおろと見ながら泣いている、幼い男の子。
まだ二歳になったばかりの、本当に周囲が知らないものだらけの幼児。
そんな子供が、たった一人でぽつんと立っているところを異常に思い、涼羽が即座にその子のところまで歩み寄り、その優しい笑顔を向けながら、優しい声をかける。
その声に、男の子はびくりとしてしまうものの、そのあまりにも優しい雰囲気と声が、男の子の警戒心を不思議と解いてしまっていた。
よく分からないけど、目の前のこの人は自分に絶対に悪いことをしない、という思いが芽生えてきて、自分がよく分からないうちに親とはぐれてしまったことを、その舌足らずな口調と幼い声で、一生懸命につたなくも話していく。
とにかく不安で、何も分からなくてその大きな目に涙を浮かべている男の子が可愛くて、そしてかわいそうで、少しでも安心させてあげようと、涼羽は普段から保育園の園児達にしてあげているように、男の子の頭を優しくなでながら、ぎゅうっと包み込むように抱きしめてあげる。
そんな涼羽の抱擁が本当に温かくて、そして優しくて、何もかもが心地よくて男の子はすぐさま、涼羽に懐いてしまい、逆に自分の方から涼羽にべったりと抱きついて離れないようになってしまう。
そうこうしているうちに、ようやくといった感じで男の子の両親がその場に姿を現し、最初は見知らぬ美少女が自分の子供を抱きしめている光景を見て、怪訝に思ってしまうも、涼羽が丁寧に説明をするとその警戒心も解けて、幼い息子のことを優しく護ってくれてありがとうと、お礼の言葉まで出てくることとなった。
男の子の両親は、サービスエリアで買い物に没頭していたために息子がどこかに行ってしまったことに気づくのが遅れてしまったと話し、勝手に離れていった息子に対して叩きつけるようなお叱りの言葉をぶつけてしまう。
が、それを聞いていた翔羽が、右も左も分からない状態の幼い子供のことをしっかりと見ていなかった両親の方に問題があると、静かに、それでいて毅然とした声で指摘する。
決して声を荒げているものではないが、その静かさに秘められた言いようのない迫力に、若い父親と母親は何も言い返せず、そのまま押し黙ってしまうこととなる。
その光景を、羽月はいつものように大好きなお兄ちゃんを知らない男の子にとられてしまったような面白くない表情で見ることとなってしまっていたのだが、それはご愛嬌。
だが、涼羽にべったりと懐いてしまい、ずっと自分のそばにいて欲しいとまで、純粋な気持ちが芽生えてしまった男の子が、『このおねえたんもぼくといっちょにいくの!!』と言い出し、涼羽の胸の中にべったりと抱きついて離れず、高宮家と同じようにたまたま家族旅行の道中で、そろそろこのサービスエリアを出ようとしていた男の子の両親もほとほと手を焼く状態と、なってしまっている。
「あ、あの…なんだかすみません…こんなことになってしまって…」
「いえ、そんな…しかし、人見知りなこいつがこんなにもべったりして離れないなんて…」
「よっぽど、あなたに懐いちゃったんですね~…」
人見知りな我が子が、これでもかというほどに他人に懐いている姿を見て、両親も驚きを隠せず、珍しいものを見る顔でその光景を見ている。
おっとりとして、それでいて礼儀正しく、見た目は見ているだけで目の保養になると言える美少女な容姿の涼羽には、この両親もすぐにいい印象しか持たなくなっており、今となっては敬語ではあるものの、かなり気安く話をするようになっている。
だが、これではいつまで経ってもどちらも出発することができないため、さすがに困っている表情を隠せない。
「…………」
べったりと自分に抱きついて甘えてくる男の子が可愛いのだが、いつまでもこのままではいけないと思う涼羽。
仕方がない、と一度首を振ると、涼羽は意を決した表情で、男の子に向き直り、諭すような口調で話を始める。
「ねえ」
「?なあに?おねえたん?」
「きみのお父さんとお母さんは、ここにいるどの人かな?」
「?ぼくのぱぱはあっち、ままはこっち」
「そうだね、じゃあ、きみのパパとママは、きみのお家の人だよね?」
「?うん、そう」
「いい子だね。…じゃあ、私は、きみのお家の人なのかな?」
「?……ちあう……」
「そう、いい子だね。私は、きみのお家の人じゃないの、分かるよね?」
「うん………」
「私がこのままきみのお家に行っちゃったら、パパとママが知らない人がお家に来てどうしよう、どうしようって、なっちゃうよ?」
「!!そう…なの?」
「それに、パパとママが、きみが私にこんな風にべったりしてるから、寂しい寂しいって、なっちゃってるよ?」
「!!…」
「もしかしたら、きみがパパとママのこと、嫌いなのかも、って思っちゃってるよ?」
「!!ち、ちあう…」
「そうだよね?きみは、パパとママのこと、大好きだよね?」
「うん、だいちゅき」
「うん、いい子いい子…じゃあ、きみがこんな風にぎゅ~って、べったりするのって、ここにいるどの人になるかな?」
「…………」
まるでお腹を痛めて生んだ我が子を慈しむかのような笑顔と優しい口調で、それでいてただの聞き分けのない幼児ではなく、一人の人間として男の子と話し合う涼羽。
最初な何を言われているのかよく分からないまま、聞かれたことに答えていた男の子だが、途中から少しずつ、今自分が忘れてしまっていることを思い出させてもらえているかのような感覚を覚える。
自分が本当に大好きなパパとママ。
今、自分がそのどちらでもない人にぎゅうってしてるから、パパとママが寂しがっている。
今、自分がそのどちらでもない人にべったりってしてるから、パパとママが自分に嫌われていると思っている。
そう思うと、なんだか嫌な気持ちになってくる。
自分が、すごく悪いことをしたような気持ちになってくる。
そのせいで、パパとママも寂しくて、怖い思いになっている。
そんなの、嫌だ。
そう思った瞬間、それまでまるで接着剤でひっついていたかのようにべったりとしていた涼羽の身体からするりと離れると、その小さな身体を目一杯動かして、とことこと自分の家族である父親と母親の元へと戻っていく。
「ぱぱ、まま、ごめんね」
「?どうした?」
「?どうしたの?」
「ぼく、しらないおねえたんにぎゅ~ってちてたから、ぱぱとままがさみちいさみちいちてるって、おねえたんがいってた」
「!!……」
「!!……」
「ぼく、ぱぱとままのこと、だいちゅき」
「………」
「………」
「だから、ぱぱとまま、さみちいさみちいならないから」
「……ありがとうなあ…パパも、お前のこと大好きだからなあ…」
「……ありがとうね…ママも、あなたのこと大好きよ…」
まるで何年も離れていて、久しぶりに会ったかのような息子の変化、そしてその変化がもたらす言葉に思わず胸を打たれてしまう両親。
こんなにも小さいのに、こんなにも自分達のことを思う言葉を向けてくれる。
自分達に甘えるようにべったりと抱きついてきているのに、まるで自分達が包まれているかのような感覚さえ覚えてしまう。
そして、こんなにも可愛い、天使のような子が自分達の子供として生まれてきてくれたことに、ほんとうの意味で感謝することが、できた。
そんな子を自分達の都合でほったらかしにしてしまっていたことを、本当にひどいことをしてしまったと思えるようになった。
本当の意味で、家族の絆を深めることができている三人を見て、涼羽の顔にも本当に嬉しいと言わんばかりの優しい笑顔が浮かんでいる。
「…ありがとうございます、この子を見つけて、護っていてくれて…」
「…ありがとうございます、この子をほったらかしにしてしまっていた私達のことを、叱ってくれて…」
可愛い我が子をその胸に抱いて、幸せ一杯と言わんばかりの顔を浮かべながら二人が涼羽と翔羽のそばに来て、心の底からそう思っていることが一目見て分かる感謝の言葉を声にする。
「いえ…本当にたまたまです…」
「私は我が子が本当に大好きでして…我が子のことを放置しておくなんてと思い、つい口に出してしまっただけです…」
二人の感謝の言葉に謙遜の言葉を返しながらも、涼羽も翔羽も本当によかったと思っているのが分かる笑顔を浮かべている。
「おねえたん」
「なあに?」
「ぼく、おねえたんにまたあえりゅかな?」
「うん、会えるよ。きみがパパとママのこと、寂しくさせてないなら、ね?」
「!!うん!!」
母の胸に抱かれたまま、男の子が涼羽にまた会えるかと話しかけてくる。
そんな男の子が可愛くて、涼羽も優しく男の子の頭を撫でながら、優しい答えを返す。
そんな涼羽の答えが嬉しくて、男の子の顔に最高に無邪気な笑顔が浮かんでくる。
涼羽の言うように、パパとママを寂しがらせないようにしていこうと思えてくる。
そして、いつか自分でこの人に会いに行こうと、思えてくる。
この日のこの時、家族の絆をおおいに深めることのできた男の子とその両親が、改めて高宮家にお礼を言って、家族旅行の目的地に向かおうと、車を出し、サービスエリアを後にする。
「よかったな…涼羽」
「うん…あの家族があんなにも仲良くなれて…本当によかった」
「しかし涼羽…お前、本当に子供の扱いがうまいなあ」
「そうかな?俺、そんなに意識してるつもりはないんだけどね…」
あんなにもぐずって、どうしようもなかった幼児に対し、あれほどにしっかりと会話をして、両親の元へと返すことができた涼羽のことを、本当に凄いと思いながら見つめる翔羽。
今までずっと妹の羽月の面倒を見てきたこと、そして今では秋月保育園の非常勤保育士として多くの園児達の面倒を見ていることを考えると、当然だというのはあるのだが、それでもあれだけ本当の母親のように接することができるのは、凄いと思わざるを得ない。
「ん!」
「!は、羽月?」
「お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんなの!」
「…もう、羽月ったら…」
先ほどまで、涼羽が知らない子供ばかり可愛がっていたのが気に食わなかったのか、羽月が涼羽にべったりと抱きついてくる。
そして、涼羽の胸に顔を埋めて、ぎゅうっと涼羽の華奢な身体を抱きしめてくる。
幼子のように兄である自分に対しての独占欲丸出しで、自分にべったりと抱きついて甘えてくる羽月に困ったような表情を見せつつも、それが可愛いのかついつい甘えさせてしまう涼羽。
そんな二人を至福の表情で父、翔羽は見つめている。
そして、そのまま車に三人揃って乗り込み、色々あったそのサービスエリアを後にするので、あった。