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お婆ちゃんで無理なら、僕でも無理だと思うんですけど…

今の職場も残りあと三日の勤務となりました。

十年在籍していた会社なだけに、残りわずかとなると妙に感慨深くなってしまいます。


新天地でも、頑張っていきたいと思います。

「おいし~!」

「もう、本当に美味しい!涼羽ちゃんのお料理って、こんなに美味しかったのね!」


時刻はちょうど、昼食時と言える正午過ぎ。

ちょうど、涼羽が永蓮指導の下に作っていた昼食が、この水神家のリビングに運ばれる。


そして、その見た目からして美味しそうな昼食が並べられていくだけで、水蓮と香奈の顔が、まるで本当に美味しいものを食べたかのような、ほっこりとした幸せそうな笑顔に変わっていっていた。


さらに、実際に食べてみると、本当に美味しくて、すぐにご満悦の表情が浮かんでくる。


決して高級感に溢れているとか、高級食材ならではの美味しさなどがあるわけではないのだが…

涼羽が常日頃意識している、食べる人のことを思って作る、ということ。


その思いが、本当に最高の調味料として料理にのっているかのような感覚まで味わうこととなる。


本当に家庭的で、親身な味付けで、いくらでも食べたくなるかのような涼羽の手料理。


一度、涼羽の手料理を食べたことのある香奈は、永蓮の教えもあって、その時よりも一層美味しくなっている今回の料理に、非常にご満悦な状態。

まさに、食べることを楽しむかのように、天真爛漫な笑顔を崩すことなく、ひたすらに食べている。


水蓮の方は、今回初めて涼羽の手料理を食べることとなるため、その美味しさに驚きながらも、非常に幸せそうな笑顔で食べている。

学校で、涼羽が非常に料理上手だということは聞いていたものの、実際にそれを見ることも食べることもなかったからだ。


料理上手とは聞いてはいたものの、まさかこれほどとは思っていなかったこともあり、水蓮の箸が止まることなく、ひたすら動き続けている。

普段から料理上手な母、永蓮の手料理をずっと食べていたこともあり、結構舌は肥えているはずの水蓮が、これほどまでに美味しいといいながら食べ続けているのだから、この段階で涼羽の手料理が他所でも十分すぎるほどに通用する、という太鼓判を押してもらえたようなものと、なっている。


「うん…本当に美味しいわ、涼羽ちゃん」

「あ、ありがとうございます…お婆ちゃん…お婆ちゃんのおかげです」

「?何を言ってるの?涼羽ちゃん?」

「僕、お婆ちゃんに教えてもらって、こんなにも自分が知らないことってあったんだなあって、ずっと思ってたんです…その知らないことを、お婆ちゃんがいっぱい教えてくれたから、こんなにも美味しく作ることができたんだって、思ってます」

「!もお!涼羽ちゃん本当に可愛い!」

「!わ!お、お婆ちゃん…」

「そんなに謙遜しなくていいの!もともと涼羽ちゃんは本当にお料理上手なんだから!」

「そ、そうですか?」

「そうなの!むしろ、教えてくれる人がほぼいない中で、これだけ自分一人でお料理上手になれるなんて…本当に凄いって、お婆ちゃん思っちゃったもの」

「そ、そんなこと…」

「教えてくれる人がいなかったから、知らないことも多かったんでしょう…だから、お婆ちゃんは今まで涼羽ちゃんが教えてもらえなかった分を、ちょっと穴埋めするように教えてるだけ」

「………」

「お婆ちゃん、本当に嬉しかったわ~…こんなにも真面目で、自分一人で努力してここまで頑張れる子に、お料理教えることなんてできて」

「そ、そんな…」

「お婆ちゃんが太鼓判を押してあげる。涼羽ちゃんのお料理は、本当にどこに出しても恥ずかしくない、本当に美味しくて、いいものなの」

「…あ、ありがとうございます」


今回の講師役である永蓮からも美味しい、という言葉を引き出すことができた涼羽の手料理。

しかし、そんな永蓮の言葉に対しても、やや自虐的とも取れるくらいに謙遜した言葉が、涼羽の口から音となっていく。


涼羽にとっては、永蓮がこんなにも自分の知らないことを教えてくれたおかげで、こんなにも美味しく作ることができたのだと、純粋に思っているから。

ここまで独学で積み重ねてきて、教えを請う前から永蓮は太鼓判を押していたようなものだのだが、それでも涼羽は、自分の知らないことが本当に多くあって、それを教えてくれた永蓮が、本当に凄く思えて、自分はまだまだ全然足りないと、思ったのだ。


どこまでも控えめでいじらしい涼羽が本当に可愛すぎて、食事中であるにも関わらず、永蓮が隣に座っている涼羽のことをぎゅうっと抱きしめてしまう。


そして、涼羽はもともと料理上手である、ということ。

そして、本当に真面目で努力家で、目一杯頑張ってきたから、これだけの料理を作ることができるようになったのだ、ということ。


そんな涼羽に料理を教えることができて、本当に嬉しかった、ということも併せて伝えてくる永蓮。

それも、その言葉が示す通りの本当に幸せそうな嬉しそうな笑顔で、


実際に教えることの出来た永蓮が、この日改めて太鼓判を押す。

涼羽の手料理は、どこに出しても恥ずかしくない、本当に素晴らしいものなのだ、と。


そんな嘘偽りのない、まっすぐな永蓮のお墨付きの言葉が本当に嬉しくて、だけど照れくさくて、恥ずかしそうにはにかみながら、感謝の言葉を永蓮に贈る涼羽。


どこまでも可愛い涼羽を見て、ますます永蓮の顔がゆるゆるになってしまう。


「あ~もう!涼羽ちゃん本当に可愛い~!」


そんな涼羽を可愛いと思っていたのは当然永蓮だけではなく、水蓮もだった。

そして、もう我慢ができないのか、食事中であるにも関わらず、涼羽のことをぎゅうっと抱きしめてしまう。


「!…す…水蓮…お姉ちゃん…」

「涼羽ちゃんはあたしの可愛い弟兼妹なんだから!もうぜ~ったいにこの家の子なの!」

「ち、違います…」

「だめ!涼羽ちゃんぜ~ったいに離さないから!」


もうとことんまで、涼羽のことをこの家の子だと主張し、何が何でも離さないという意思表示を見せる、水蓮のべったりな抱擁。


そんな水蓮の言葉に、当然涼羽は儚い抵抗を見せるものの、そんな抵抗をものともせんとばかりに拒絶する水蓮。


「ねえ、涼羽ちゃん」

「な、なんですか?…」

「あたしにお料理教えて?」

「え、え?」

「あたし、涼羽ちゃんが教えてくれたら、お料理好きになれると思うの」

「そ、それは…」

「ね~、お願い、涼羽ちゃん」


そして、先ほどから自分の母である永蓮と涼羽が、非常に楽しそうに嬉しそうに二人で料理をしていたのがよほど羨ましくなっていたのか…

涼羽に対して、自分に料理を教えて欲しい、とまで言い出す水蓮。


外交的且つ活動的で、家庭的なことに向かない性格の水蓮であるがゆえに、妥協のない永蓮との料理教室がなかなかに苦痛だった。

今でも、家事全般がだめだめな点を、永蓮にダメ出しされているため、余計に嫌気がさしていたということもある。


だが、こんなにも可愛らしくて、非常に優しく料理を教えてくれそうな涼羽となら、自分ももっと料理を好きになることができるのではないか。

そう思い、涼羽に甘えておねだりをするかのように、料理を教えて欲しいと懇願してくる水蓮。


「で、でも…僕よりもお婆ちゃんの方が…」


だが、自分よりも料理に詳しく、教わっていて非常に楽しく料理をすることのできた永蓮の方が、自分に教わるよりもずっといいはず。

そう思う涼羽から、自分よりも実の母、永蓮に、という声があがってくる。


「え~、だって母さんキツいし鬼だし、ぜ~んぜん優しくないし」


これまで、とにかく永蓮に押し付けがましく料理教室を強要され、しかもできなければ容赦なくダメ出し、という悪循環の繰り返しだった水蓮からすれば、永蓮だけは絶対にない、と言わんばかりに吐き捨ててしまう。


そんな娘、水蓮の言葉に、思わずゆるゆるに緩んでいた永蓮の顔にピキリと青筋が入ってしまう。


「涼羽ちゃんだったら、ぜ~ったいにあたしに優しく、しかも楽しく教えてくれると思うの。だから、あたしは涼羽ちゃんがいいの」


自分の言葉にお怒りの母、永蓮にまるで目もくれず、とにかく料理を教わるなら涼羽がいいとの一点張り。

そんな娘の言葉に、永蓮のこめかみにピキピキと、怒りを表す青筋がさらに浮かんでくる。


「(こんのバカ娘、私があんたにどんなに苦労して、料理を教えてたと思ってるの!)」


興味のないことにはまるで無関心な水蓮。

そんな水蓮に、とにかく料理を教えておこうと、非常に苦労していた時のことを思い出し、またしても怒りがこみ上げてくる永蓮。


手早く料理を終わらせて、夕飯の支度をしなければならない時でも、娘にどうにか料理を教えようと、夫に文句を言われながら懸命に取り組んでいた永蓮。

せめて簡単なところからでもと思い、眠い目を擦って朝早くから仕込みまでして、本当に簡単なところだけでも教えておこうと、日々奮闘していた永蓮。


最初は、無理にやらせていることにならないように、非常に気を使いながら教えていたのだが。

それでも、そんなことにまるで興味を持てない水蓮は、とにかく料理そっちのけで、あっちこっちへと自分の興味を惹くもののところへばかり行っていた。


来る日も来る日も水蓮に料理を教えたくて、ずっと頑張っていた永蓮だったが、結局は水蓮がごねにごねて、嫌だ嫌だと泣き喚いてしまったこともあり、もはやどうすることもできなくなってしまったのだ。


当時は、自分からすすんで料理のお手伝いをしている、水蓮の友達を見ていると、本当にその子の母親が羨ましくなってしまっていた。


自分にも、あんな風に家庭的で一緒に料理をしてくれる娘がいてくれたら。

そんなことを、ずっと思い続けていた。


だからこそ、この日涼羽に料理を教えながら、一緒に料理に取り組むことができたことが、本当に嬉しくて嬉しくて、楽しくて楽しくてたまらなかったのだ。


だが、せっかくのそんな幸せな気分も、実の娘である水蓮の一言で台無しとなってしまい、非常に気分の悪い思い出を無理やり思い出させられることとなってしまう永蓮なのであった。


「で、でも…」

「なあに?涼羽ちゃん?」

「こ、こんなこと言ったらどうかと思うんですけど…」

「なあに?」


だが、今度は、水蓮が涼羽の次の一言で、大きくへこまされることとなってしまう。




「あ、あんなに親身になって、分かりやすく教えてくれて、しかもベテランで料理上手なお婆ちゃんでちゃんと教えられなかったのなら…僕だとなおさら無理だと思うんですけど…」




自分にとっては、本当に分かりやすくて、すごく丁寧に教えてくれる永蓮。

その永蓮で無理なのなら、今の自分ではなおさら無理ではないか、と…

はっきりとそう告げてしまう涼羽。


本人からすれば、ちょっとした疑問をそのまま声に出しただけなのだが…

当の告げられた側の水蓮からすれば…


「!!!!う………」


思わず、何も言い返せなくなってしまい、そのまま口をつぐんでしまうこととなる。


永蓮の場合は、単純に嫌なことを自分に強要してくるのが本当に嫌だった、というのと、教え方こそ上手だったものの、料理に関してはとことん妥協を許さない厳しい姿勢が輪にかけて嫌だった、というのがあった。


だが、こんなにも可愛らしく、しかも大人しくて、優しい涼羽ならば、料理が苦手な自分でも、楽しく料理を学ぶことができると、確信めいたものがあったのだ。


それだけに、この涼羽の何気ない一言が、水蓮の精神に大きなダメージを与えてしまうこととなる。


「ぷっ……」


先ほどまで、煮え湯を飲ませてくるかのような態度と発言の連発だった娘、水蓮のそんな姿に、永蓮はそれまでの怒りがまるで嘘のように痛快に気分となり、思わず軽く吹き出してしまっている。


さらには、自分が料理できないのを、こともあろうか自分の親のせいにしてくる我が娘に至極全うな意見をはっきりとぶつけてくれた涼羽に対し、ますますその愛情が膨れ上がってしまう。


もう永蓮も、先ほどまでの水蓮と同じように、涼羽のことをこの家の子にして、ずっと自分のそばに置いておきたいという思いでいっぱいになってしまっている。


「僕からすれば、お婆ちゃん本当にすごくって…」

「!!う!!…」

「しかも、すごく分かりやすく丁寧に教えてくれて…」

「!!うう!!…」

「それに、ちゃんとできてるかを見守ってくれて、本当に優しくて…」

「!!ううう!!…」

「一緒に料理してて、すっごく楽しかったです…」

「!!うううう!!…」

「あんなお婆ちゃんに料理を教えてもらえるなんて、僕本当に嬉しくて、楽しくてたまらなかったです…」

「!!あう!!…」

「そんなお婆ちゃんに教えてもらってだめ、なんて、お婆ちゃんに失礼だと思うし…お婆ちゃんのせいなんかじゃないって、僕思っちゃうんですけど…」

「!!あうう…」


永蓮との料理が本当に楽しくて、本当に学ぶことの多かった涼羽が、永蓮のことを持ち上げながら、弁護までしてくる始末。

最後の一言で、無自覚に水蓮のことを容赦なくディスってしまっている。


そんな天然無自覚な涼羽の一言一言が、容赦なく水蓮の精神をゴリゴリと削っていく。

家事全般に関しては本当にダメだという自覚はあるものの、さすがにこうして言葉で直接伝えられると、精神的ダメージを隠せない。


何より、本当に涼羽が教えてくれたら、苦手な料理も好きになれる、という思いまであったのに…

その涼羽に、無自覚とは言えこんな言い方をされてしまったら、そのダメージもひとしお、というもの。

教わる前からダメ出しをもらってしまって、完全にシュンとしてしまっている水蓮。


そんな水蓮を見て、これまでの溜飲を下げることができたのか、永蓮がまさに勝ち誇っているかのようなドヤ顔を見せる。


「そう!本当にそうなの!もっといってやって!涼羽ちゃん!」


そして、自分の娘に無自覚ながら容赦なく喝を入れてくれる涼羽のことが本当に愛らしくてたまらず、傷心の水蓮から奪い去るかのように抱きしめてしまう。


自分にとっては可愛い可愛い涼羽が母、永蓮に奪われてしまっているにも関わらず、よほど涼羽の一言一言が利いたのか、ず~んと落ち込んだ状態で、沈んでしまっている水蓮。


「え?え?」

「もお~、本当に涼羽ちゃん可愛くていい子いい子」

「お、お婆ちゃん?」

「涼羽ちゃんはやっぱり私の可愛い可愛い孫娘なの!だから、お婆ちゃんにう~んと可愛がられてね」

「や、やめてください…恥ずかしいです…」

「だあめ♪こんなに可愛い涼羽ちゃん離すなんて、できるわけないじゃない」

「お、お婆ちゃん…」

「涼羽ちゃんは私の大好きな孫娘だから、私がい~っぱい可愛がってあげないといけないの」


いきなり永蓮に抱きしめられ、その頭を優しく撫でられて、何が何だか分からない涼羽。

そんな涼羽を、本当の孫娘のように可愛がってしまう永蓮。


永蓮の愛情攻撃が恥ずかしくてたまらず、儚い抵抗を見せるものの、そんな抵抗すらも包み込んで、さらに涼羽のことを可愛がってしまう永蓮。


実の娘である水蓮が、涼羽に指摘されて沈んでいるところに、永蓮は非常に幸せそうな様子で涼羽のことをひたすらに可愛がっている。


そんな三人のやりとりなどそっちのけで、大好きで大好きでたまらないお姉ちゃんである涼羽が作ってくれた美味しいご飯を、幸せそうにぱくぱくと食べ続ける香奈なので、あった。

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