第3章 白き乙女 2
昨日、散々な学園デビューを飾った恭平だったが、めげずに教室へ顔を出した。
将人と伸行の姿を探したが見当たらなかった。そう言えば、今朝も食堂で見かけなかった。どうしたのだろう、と恭平は首を傾げた。あの二人は、恭平に当たり前に接してくる数少ないクラスメイトだ。こういう手持ちぶさたなとき、話し相手としてちょうどよかったのだ。その二人がいないとなると、話す相手もいない。
一人ぽつねんと、恭平は自分の席に座っていた。
自然、皆の話し声が耳に入ってくる。昨日、特にマリーナとの模擬戦で散々な醜態を晒した恭平は、皆に見放されてしまっている。情けないがじっとしているしかない。楽しそうな話し声が、聞くとはなしに聞こえてくるのに耳を傾ける。聞こえてくる会話は、恭平には何の関係もないことだった。恭平のことは、話題にすら上っていない。
もう既に自分は、皆の中では空気として消化されたのだろうかと、悲しくなる。
小説やドラマなどでは、転校生というものは珍しがられクラスメイトの興味関心をさらうものだと、恭平は思い込んでいた。こうして、一人でいれば人が寄ってくる、と。
だが、現実は違った。
昨日、五月雨先生が言っていたが、ここの生徒は転入生には慣れているらしい。そのため、恭平には淡泊に感じてしまう。皆の関心を惹くには、騎士――戦士としての実力が必要であるらしかった。つまり、恭平などは問題外。だからか、相手にされない。そう思うと、かなり惨めな心境になってくる。自分の居場所は、ここにはないと思えてくる。
二日目ともなると、多少冷静に物事を考えられる。サモンポリスは、凶悪なサモンスーツを用いた犯罪を取り締まる。つまり、戦闘のスペシャリストの集団だ。今の世界で、実際に戦闘を行う者たちの集まり。それは、実力を要求されるということだ。
恭平は、ついこないだまで一般校へ通っていて、機動装甲の扱いは最低限しか身に付いていない。その上、ここでは戦闘力が必要だ。武道などと、恭平は無縁だった。昨日、マリーナと模擬戦をし戦闘訓練を見て、ここの生徒たちは、何かしらの武術に心得があるように感じた。
想像していた、いや想像以上にここでやっていくことは、難しそうだった。恭平は、偶然機動装甲を用いた戦闘に巻き込まれ、偶然覚醒し騎士となった。その偶然が、重なった結果が聖鈴学園への転入だ。尤も、それには恭平の強い意志が関与しているが。そのきっかけを作った三島亜美の姿を、自然恭平の目が捉える。
細すぎない全身は、聖鈴学園の制服の上からもその起伏がはっきりと分かる。清らかさと一緒に自然な色香が漂っている。伝説の彫り師が精魂込めて作り込んだような美貌は、屈託がなく精緻そのものだった。特に感情を浮かべることもなく、亜美らしい淡々とした表情だ。メディアなどで、見せている顔。
――?
おや、と恭平は思った。
彼女、三島亜美は、恭平と同じように一人席でじっとしている。周りには誰もいない。まるで、空気のように亜美はそこに存在している。近くで、女子同士が話をしているが、亜美の方を見ようともしない。まるきり恭平と同様の扱いだ。
亜美も、周囲に何の関心も払っていないように、視線は前の方を見ているだけだ。
どういうことだろうと、恭平は思う。世間で亜美は、一種のアイドル扱いで人気が高いというのに、クラスでの扱いに違和感を覚える。特に、ここは世界政府直属のサモンポリス養成校聖鈴学園だ。八名家の子女でもある亜美を無視する周囲が理解できない。影響力は、かなりのものだろうと思う。
だが、実際に亜美は、一人席に座っている。
転校したての恭平には、このクラスの人間関係はよく分からない。
恭平は、亜美のことが気になりだした。昨日からのことを、思い出してみる。果たして亜美が、このクラスの誰かと話していたか疑問だ。特に親しい者もいないように感じる。今は、朝のショートホームルーム前で、一人の生徒もそれなりにいたが。
それでも、亜美が一人ということに、どうしても恭平は違和感を覚える。それは、メディアによる過剰な演出を交えた押し出しによる印象操作を、恭平が受けていたためかも知れない。が、やはりしっくりしない。
白き乙女――その二つ名を知らぬ日本人などいないだろうと、恭平は思う。
決して、騎士としての亜美は、作られた虚像などではない。確かな実力を有している。そのことは、恭平が覚醒した日に知っている。直接見たわけではないが、一人の騎士と六人の戦士を一人で退けた。恭平としては、とても考えられないことだった。そのような者は、現実には存在しないと思っていた。英雄などは。
世界に一四種しか存在しないヴァルキューレアーマーの一つブリュンヒルデアーマーを装着した亜美の騎士姿は凜々しかった。まるで、英雄譚から抜け出てきたような白き戦乙女。実力が重視されるこの学園ではきっと評価も高かろうと思うのだが、亜美は恭平同様一人だった。
そんなことを考えていると、八幡涼子と昨日の昼休みに遣り取りした会話を恭平は思い出した。そこで涼子は、亜美に関わるなと言っていた。その涼子の姿を探すと、席に座り二人の女生徒に囲まれていた。一人はショートカットの細身な女の子。もう一人は、ロングの豊かな体付きをした女の子だ。
その二人は、まるでクラスの女王様のように臈長けた美貌で静かに端座する涼子を、仕切りと持ち上げているようだった。昨日亜美が言っていた取り巻きといったところか、と恭平は思う。二人が何か言う度に、涼子は上品に返している。それを見て、恭平は厄介だと思った。昨日で恭平は、涼子の不興を買ってしまっている。この先、やりづらいだろうと思う。
涼子は、このB組の委員長だ。当然、発言力もある。恭平に対するクラスメイトの態度も、涼子の影響が大きいのも確かだ。昨日の戦闘訓練の授業で、涼子が恭平に取った態度は、暗に疎外せよと言っているようなものだ。涼子も、亜美同様八名家の子女でもあり、八幡ソフトウェア社CEO令嬢。迂闊に、逆らえる存在ではない。
では、亜美の状況は一体どうしたことだろうと、疑問だった。涼子のように取り巻きがいてもおかしくない容姿に家格だ。だが、誰も亜美に近づこうとしない。疑問符が、恭平の頭の中に増えていく。
涼子が言葉を濁していたことが、引っかかる。中学時代、何かあったようなことを言っていた。昨日転校してきた恭平には、昔あったことなど分かりもしない。
クラスでの亜美の立ち位置は、恭平にとって謎だらけだった。
――やっぱり、八幡さんが三島さんを敵視しているのが一番の原因かな……。
涼子は、亜美の祖父を罵っていた。八名家同士であるが、意見対立があるらしい。その性格から、涼子はリーダーシップを取りやすい。亜美の立場に、涼子が大きな影響を及ぼしていると考えるのが自然だった。
――八幡さんはやり手って感じだけど、三島さんは少し天然だから対人関係とかには、疎そうっていうか関心が薄いのかも。
だから、自然と今のような状況なのだろうかとも思える。
ふと、そのとき、恭平と涼子の視線が合った。ぞっと冷たいものが、恭平の背筋を走った。涼子の黒目がちな瞳には、明らかな敵意じみたものが浮かんでいた。それは、誰でもなく恭平に注がれたものだ。恭平は、さっと視線を逸らした。