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Boundary world  作者: 里宮祐
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第2章 聖鈴学園 3

 昼休みも終わりに近づき、恭平は再びスタジアムに戻った。消失した機動装甲は、破壊された魔力組織が三〇分ほどで回復するため再召喚が可能となる。

 転校早々、色々なことがあった。恭平も転校生の例に漏れず期待と緊張に胸を高ぶらせていた。だが、それは無残な結果となった。ロシアからの交換留学生であるマリーナに模擬戦を挑まれ惨敗し、八名家の一つ八幡家の子女とは対立してしまった感がある。前者ではクラスメイトに冷ややかに見られ、後者では恭平の今後を考えれば色々とまずい。

 闘技場のGエリアに集まった一年B組の集団へ、恭平は向かった。何人かが恭平に気付き、侮蔑の眼差しを向けてくる。正直、回れ右をしたくなるような非友好的な視線が、次々と突き刺さってくる。気にしないように、少なくとも表面上は気付いていないふうを装い、集団の後方に隠れるように入り込む。

「はーい、みんな」

 その声に、恭平はおやと思った。

 担任の五月雨先生が、いつの間にか前に立っていた。スカートスーツの上からでも、その成熟した大人の女性的起伏が余すことなく見て取れる。先生は、B組の面々を見渡し、満足そうに頷いた。全員揃っているか、確認したようだった。銀縁眼鏡をかけ、卵形をした整った顔立ち。いかにも知的に見える。この場にいるのが、場違いに見えてしまう。

「それじゃ、今日の訓練を始めるわよ~♪」

 五月雨先生のハイテンションな声が響く。

 恭平は、五月雨先生の担当教科を知らなかった。先生の言葉で、戦闘訓練が担当なのだと、今知った。かなり意表を突かれた。文系なら古文、理数系なら数学教師が似合いそうなイメージがある。一見知的に見える五月雨先生は、およそ戦士育成校での厳しい戦闘訓練を受け持つ教官には見えない。

「今日から、君塚君も一緒だから、みんなも仲良くしてね」

 陽気な声で、五月雨先生が告げる。

 その言葉に、恭平の身体がぎゅっと固くなる。昼休みあったマリーナとの模擬戦で、もうとっくに恭平は皆に見放されている。恭平に接してくれる者は、ごく一部だ。

「で、君塚君の訓練プランなんだけど、みんなの訓練に参加するのは少し待って。君塚君は、クラディウスの基本的な操作をマスターして」

 にこりと、五月雨先生は後ろにいる恭平に微笑んだ。

 朗らかな先生の言葉と雰囲気を壊すような声が、そのとき響いた。

「あーら、お一人で自習だなんて、お可哀想ですわね。五月雨先生にも見放されて」

 皆に聞こえるよう言葉を発しながら、涼子が恭平の方に自然な歩調で歩み寄ってきた。臈長けた美貌には、冷ややかさが浮かんでいる。清楚な容姿を持ちながらも、涼子から発せられる品格が他者を圧倒していく。その歩みは、何者にも自分を遮ることはできないと、承知しているかのようだった。いかにも、八幡家のお嬢様といった感じだ。

 クラスメイトたちから嘲笑が湧く。

 恭平は、その言葉にうなだれる。涼子が言ったことは、本当だと思えたからだ。

「くれぐれも、皆さんの足を引っ張ったりしないように、お願いしますわ」

 ――さっきの仕返しがこれか……。

 明らかに、涼子は皆を扇動していた。恭平を敵と見定めたのは、確かだ。クラスメイトたちも、涼子に同調している。

「涼子」

 鈴をころがすような、静かな声が響く。決して大音声ではないのに、聞かなければならないといった気にさせられる。あくまでも、それは自然なものであるというのに。

「別に、五月雨先生は君塚君を見放したわけじゃない。ただ、わたしたちの訓練に参加するのは、まだ早いと言っただけ」

 亜美の口調は、淡々としていた。なのに、不思議な重みがある。眼差しは涼やかだ。

 ――味方してくれるの?

 感謝と憧憬が混ぜになった視線を、恭平は亜美に向ける。

「随分、彼を庇いますのね」

 涼子の瞳に、鋭さが宿った。昼休みの話から、恭平は、涼子が亜美に敵意を抱いていると知っている。家同士がうまくいっていないらしい。

「……そんなつもりはない。ただ、事実を言っただけ。涼子が変な受け取り方をしてる」

「何ですって?」

 涼子の瞳が、険しさを一瞬で帯びた。それを、亜美は受け流す。

「はいはい、そこまで。八幡さんも、おかしなことを言わないで」

 パンパンと手を叩き、五月雨先生が二人を制した。


 恭平は一人皆から離れ、クラディウスで空中を飛び回っていた。腰部から突き出た可変ウィングを有した空制機だけでなく脚部の補助噴出器からも燐火粒フライアルを噴出させ、感覚を掴もうとあるときはデタラメに飛翔した。正直、一人で自習をするよう言い渡されたときはかなりショックを受けたが、今こうして誰の干渉も受けず自由に飛び回れることは、ありがたかった。飛んでいれば、自ずとコツを掴める。

 第七世代サモンスーツ・ASー一七型クラディウスは、実に魅力的なものだと分かった。これまで、第六世代に属するアシストスーツ・Hー〇二型ホズミしか使ったことがなかった恭平にとって、飛ぶというのは新鮮だった。昼休みの模擬戦では、訳も分からず飛んだ。急ということもあり、自分が飛んでいることへの感慨に思いを馳せる余裕がなかった。無意味に飛んでみて、燐火粒フライアルを噴出する度合いが分かってくる。

 改めて、恭平は第七世代サモンスーツを実感した。今の時代、飛ぶという発想は、斬新そのものなのだ。さながら、自分が重力の井戸から解放されたような錯覚を覚える。そう感じてしまうのは今日転校してきて、いきなり様々なしがらみに囚われてしまったからだろう。三島亜美と八幡涼子の対立――恭平が見る限り敵視しているのは涼子だけのようだが――や、クラスでの自分の立場。そのような嫌なものが、この一時だけは忘れられるような気がした。

 ――八幡さんのことも、クラスに居場所がないっていうのもきついな……。

 だが、気を緩めれば、不安は再び襲ってくる。それを振り切るように、将人や伸行といった者たちもいると思い直す。昼休み、少し話しただけだが、彼らとはうまくやっていけそうな気がした。これまで良くも悪くも、恭平は目立ったという経験はなかった。凡庸な一般学生をやって来られた。それが、ここに転入して疎外感を感じている。悪い意味で、恭平は一年B組の平凡な一人にはなれなかった。劣等生の肩書きを付けられてしまったようなものだ。

 涼子は、昼休みのことを根に持っているようで執拗に恭平を嘲ってきた。これには、注意が必要だった。何しろ、涼子は八名家の一つ八幡家の子女。対立されれば、世界政府直属の学園では、色々とやりづらい。

「〈ハアァ――〉」

 思わず恭平は、溜息を吐いた。

 ここに恭平が来たのは、三島亜美の存在のためだ。ただの偶像だった亜美が、騎士となった恭平の中で憧れるだけの対象ではなく、現実に触れられる女の子となった。そのことが、若い恭平を亜美の元へと駆り立てた。

 だというのに、亜美の目の前で、恭平は不甲斐なさをさらけ出している。朝のショートホームルームのとき、それから特に昼休み行ったマリーナとの模擬戦で。確かに不純な動機で、恭平は聖鈴学園にやって来た。憧憬の対象となった亜美に少しでも近づきたくて。罰でも当たったのだろうかと、恭平は思ってしまう。悪いことが、連鎖的に起こった。

「〈全く、あのマリーナって子、せめて俺が第七世代――クラディウスに慣れるまで模擬戦とか挑むのは止めて欲しかったよ〉」

 機動装甲装着時自動的に繋がる共用帯域回線による思考通信にはっきり乗らないように、恭平はこっそり口にした。ノイズと処理される範囲で。

 煩悶が恭平の中に渦巻く。この授業の後であれば、あのような無様を演じることはなかっただろうと思える。少しは、増しな戦闘ができたはずだ。恨めしく思えてしまう。

 ――止めだ!

 しばし、恭平は浮かんでくる様々な思いを振り切り、飛ぶことに集中した。

 別カリキュラムを行っているクラスメイトたちを見た。皆、自在に飛び回っている。あのような動きは、恭平にはまだまだ無理だ。その上、戦闘を行っているのだ。魔弾が飛び交い、剣と剣が打ち合わされる。

 それらを見ていて気付くことがあった。同じクラディウスを用いながらも、動きや剣の運びが格段に違う者たちがいた。

 当然、一人は白き乙女の二つ名を持つ三島亜美。クラディウスの空制機に備えられた可変ウィングが急激に角度を変え、脚部の補助噴出器から青白い光の粒子を撒き散らせ、実にアクロバティックな動きをしている。皆と同様、クラディウスの下に青丹色の戦闘服を着用していた。

 そして、昼休み対戦したマリーナ・アンブラジェーネ。オーソドックスな剣と盾を用いた剣術ではあるが、堅実で隙のない戦い方をしている。金剛の女帝とのご大層な二つ名を持つマリーナの実力はこんなものではあるまいと、恭平は思う。亜美は、一人でアマルガムという名の第七世代サモンスーツを装着した戦士六人と騎士一人を相手取ったというのだ。果たして、亜美のブリュンヒルデアーマー同様神話級や伝説級に属するアルマースアーマーがいかなるものか、恭平も興味があった。

 もう一人は八幡ソフトウェア社CEO令嬢でありクラス委員長の八幡涼子だ。なんと弓をメインウェポンとして戦っている。確か、八幡ソフトウェア社が開発に成功した、量子力場誘導弓だと恭平は思い出した。二つの量子力場で光子の矢を作り出すとか。何ともロマンティックな武器だ。それを用いて流麗にクラディウスで飛翔し、相手と距離をとり的確に隙を突き攻撃をする。動きに無駄がない。

 それから、昼休み話をした片桐将人と羽鳥伸行だ。将人は標準装備ではないバスターソードを豪快に振るい、伸行は片手剣で外連味のない戦い方をしている。

 この五人は、他者とは次元が違った。恭平の素人目でも分かるほどに。

「〈いいみんな、君塚君もそのまま聞いていて〉」

 五月雨先生が、パンパンと手を叩いて、皆の注意を惹いた。

 先生の声が、思考通信で頭と小さな生の声で耳に聞こえてくる。

「〈今、世界はとても緊張した状態にありま~す〉」

 真面目な話をしているというのに、五月雨先生が言うと全く緊張感が生まれない。先生は、クラディウスを装着しており下は露出度が高く身体のラインがはっきりと分かる群青色をした戦闘服だ。嫌でも、そのプロポーションの良さが分かる。

「〈追跡システムの進歩で、人工衛星からのレーザー攻撃の精度が増し、事実上、ミサイルを含む航空戦力は無力化しました。地上一〇〇メートル、海上五〇メートル。それが、今のわたしたちに与えられている空です。この高さを超えれば、容赦のない攻撃衛星からのレーザーが降り注ぎま~す。なので、建物も、地上一〇〇メートルを超えたものは、建てられません〉」

 その五月雨先生の言葉で、恭平は今の世界を再び思い起こされた。あまりにも当たり前なことなので、普段意識することがない。

 五月雨先生の言うとおり追跡システムが進歩しすぎてしまい、それまで戦争の主力だった航空戦力は無力化した。ミサイルなども例外ではない。弾道ミサイルなどもはや過去の遺物だ。戦争の様式が、ここ七〇年ほどで変化していた。

「〈結果、陸戦兵器が主力となりました〉」

 五月雨先生の言葉が続く。

「〈そこに登場したのが拡張現実《AR》の発展したものである召喚技術です。量子理論が進化し空間の原子に干渉することで、本来仮想のものとして存在するホログラムを物質化させることが可能となりました。あっという間に、この技術は軍事転用され、サモンスーツが生まれた。人の精神の殻を核としたシールドフィールド技術により、サモンスーツは最強の地上戦兵器となりました。通常兵器は全くではありませんが殆ど通用しません。手こずらされていた無人機《UAV》も、第七世代機動装甲から飛行能力を得、より楽に対処が可能となりました。現在、飛行能力を有するものは、リミッターがあり地上一〇〇メートル、海上五〇メートルより上は飛べなくなっているので、安心です〉」

 少しだけ、五月雨先生の陽気な口調が改まった。

 このことは、子供でも知っている。今現在戦争をするならば、決戦兵器はサモンスーツに他ならない。つまり、限られた空の下で勝敗が決まる。一昔前の戦争スタイルとは、あからさまに違う。技術の進歩で時代が逆行し、質と量で制空権を奪い合う戦いは終わりを告げたのだ。騎士なども登場し、個人の能力が顕著に現れやすくなっていた。

「〈サモンスーツを倒せるのは、同じくサモンスーツだけ。君たちサモンポリスが有する義務は、実に大きなものです。最近、世界政府を転覆させようとする大がかりな組織が出来上がりつつあります。メンフィスとその者たちは、称しています。今後、君たちはこれまでにない世界的に起こるであろう渦に、立ち向かわなければならないかも知れません〉」

 そこで一旦言葉を切り、五月雨先生は皆を見回した。

 メンフィスという名を聞いたとき、皆に緊張が走ったのを思考通信に乗ったざわつきで恭平は感じた。

「〈攻撃衛星のレーザー攻撃が制限されているのは、わたしたちの破滅を防ぐためです。八〇年以上前、追跡技術を利用した攻撃衛星が作られました。各国もこぞって研究をし多数のレーザー攻撃衛星が打ち上げられた結果、世界は破滅の一歩手前までいったのです〉」

 口調が熱を帯びてくる。銀縁眼鏡がきらりと光る。

「〈緊張状態にあった当時作られたのが、世界政府。自分たちの破滅を防ぐためにね。攻撃衛星には、世界政府が作った攻撃制御回路を組み込むことが、義務づけられました。それが行われていない攻撃衛星は、全て破棄されました。これにより、地上を攻撃しようともできなくなった。これは、世界政府が有する大きな権限です。もう一つ世界政府の力は騎士や戦士。全騎士の二割が世界政府の所属です。そして、十分な訓練を積んだ戦士たち。君たちはそこに所属をしている。そのことをよく考えるように〉」

 そう五月雨先生は、締めくくった。

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