第2章 聖鈴学園 2
天高く聳え立つ巨大なスタジアムは、空に向けての開放感に満ちていた。
空は快晴。そのため、ドームは開け放たれていた。蒼穹が心地よく広がり、ぐるりと周囲を取り巻く壁も遠い。広々とした空間だった。壁に沿って円周状となった観戦用の席が囲む。その一角には、数十人の生徒たちがいた。
それらが、恭平からは遙か下に見えた。
今、恭平はサモンスーツ・クラディウスを装着し、背後へ腰の両側から突き出た空制機により噴出される燐火粒で浮遊していた。今朝のショートホームルーム時に模擬戦を挑まれ、昼休みとなった今、同じくクラディウスを装着したマリーナを目の前にしている。
「〈浮いてるくらいはできるみたいね〉」
恭平の頭に思考通信と耳に生の声の両方で、マリーナの声が届く。
肩上で切り揃えられた灰色の髪を二本三つ編みにし後ろで縛り、静謐な美貌にきりりとした表情を浮かべ、マリーナはヘーゼルの瞳で恭平を見ていた。その声音は、どこか面白がるようなものがあった。
恭平もマリーナも、学園指定の青丹色をした戦闘服をクラディウスの下に着用している。男女用どちらも身体のラインが分かりやすく、女子用のものは露出度が高い。
「〈それくらい誰だってできるだろう?〉」
マリーナの言葉に幾分気を悪くしながら、恭平は機動装甲装着時自動で繋がる共用帯域回線の思考通信と生の声の両方で答える。いかにも、馬鹿にしていると思えたからだ。そもそも、それくらい自分ができないと思うなら、模擬戦など挑んでくるなと言いたかった。
「〈そうかも知れないわね。一般校にいたんじゃ、戦闘なんてできないでしょう? よくここに来る気が起きたわね〉」
思考通信と生で聞こえるマリーナの声は綺麗な発音の日本語だが、その言葉と口調には挑発が滲み出ていた。
「〈こいつっ?〉」
思わず、恭平はカッとなる。
それが口火となった。
クラディウスを装着した二人が、空中で入り乱れる。恭平が、滞空するマリーナに突進し、それを彼女が躱す。恭平の動きはいかにも直線的だったが、マリーナは巧みに燐火粒を噴出し空制機の可変ウィングを使い淀みのない動きをする。
燐火粒はこの時代普及している高エネルギー粒子だ。空間エネルギーであり、製造回路さえあれば無限に作り出せる。本来データである機動装甲にはもってこいなのだ。推進用としてのみでなく、機動装甲のエネルギーとしても使用されている。
マリーナは背のラックからサーベルを抜剣し、切っ先を恭平に向ける。抜けということらしい。恭平は、まだメインウェポンである片手剣を右側の背のラックに預けたままだ。右手を持っていき柄を握る。ウェポン装備の有無をシステムに問われ、YESと答える。機動装甲は、量子接続端末であるMCIデバイスと同調している。身体の一部として、体感上機動装甲を認識している。背のラックから、標準装備の片手剣が外れる。
「〈おおっ!〉」
短い気合いの雄叫びを上げ、恭平は初めて手にする剣を繰り出す。恭平自身は、きちんと振るっているつもりだったが、その剣筋は素人そのものだった。
「〈胴ががら空き〉」
そう一言口にして、マリーナはさっと恭平が纏うクラディウスの胸部装甲と腰部装甲の継ぎ目に、シールドフィールドを破りサーベルの一撃を加えてくる。
身体を覆う最終防御である超硬度シールドが防ぐ。左側に表示されているホズミから一新されたホログラムウィンドウがしたたかにダメージを表示した。
慌て恭平は、マリーナから距離を取る。が、これまで使用してきたアシストスーツとサモンスーツでは違いすぎた。考えなしの動きだったので、空制機から噴出される燐火粒が、恭平の制御を超えた出力で吐き出されてしまった。
「〈おわっと〉」
空中で、恭平はよたよたとたこ踊りを演じてしまう。そのとき、観戦席にいるクラスメイトたちの笑い声が聞こえてきた。それは、決して好意的なものではなく、嘲笑するものだった。自分の無様さが理解させられる。
「何だよ、あれ」
「酷すぎ」
「ふざけてるのか?」
そのようなののしり声が聞こえてくる。
恭平の顔がカーッと紅潮した。皆に、情けないところを見せてしまった。どうにか、立て直そうと恭平は焦る。が、焦れば焦るほど、滑稽な動きを演じてしまう。空制機と脚部に内蔵されたホバリング用の補助噴出器からデタラメに燐火粒が噴出される。可変ウィングが激しく角度を変える。最初、マリーナに答えた言葉が、いかに身の程知らずだったか分かる。
第七世代サモンスーツが得た飛行能力が、自分にとって未知のものだったと、はっきり恭平は悟った。それまでホバリングでしか使用したことがなかった機動装甲で空を飛ぶということが、いかに難しいか。
「〈無様ね〉」
冴え冴えとしたマリーナの声が、頭に響く。
もう、恭平はマリーナの相手どころではない。手の付けられなくなったクラディウスの制御で精一杯だ。失笑が、観戦席から湧いている。空中でぐるぐる回りながら、恭平は亜美の姿を視界に捉えた。亜美は、嘲るような顔はしていなかった。感情を浮かべぬ顔で、ただ恭平を見ているだけだ。
――三島さん!
恥ずかしさで、恭平は一杯になった。憧れの亜美にも、このような無様な姿を見せてしまった。涙ぐみたくなるのを、恭平は必死で堪えた。甘く考えていたとしか、言いようがない。初めて扱うクラディウスは、決して恭平の思い通りには制御できなかった。
冷ややかな声が響いた。
「〈あなたの実力はよく分かった。終わらせてあげる〉」
マリーナが動いた。ぱっと背後に青白い光の粒子が散った。
【一撃目】
シールドフィールドを切り裂きサーベルが、クラディウスに入る。恭平の左側に展開したホログラムウィンドウが、被ダメージを表示した。損傷は大きかった。
【二撃目】
脚部装甲の一部が砕け散る。補助噴出器が破損した。
【三撃目】
サーベルが、胸部装甲を大きく砕いた。
【四撃目】
深々とサーベルが突き立てられた。身体を覆う超硬度シールドが、最大限に防御する。が、そこで限界だった。量子物質全体に張り巡らされた魔力組織が限界まで破損し、形状維持不能となったため霧散して消えた。
恭平は為す術がなかった。
「うっわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ドップラー効果をきかせながら、落下していく。
地面に激突する寸前、緊急シールドが展開し恭平の身体が弾み衝撃を吸収した。
これは、飛行能力を得た第七世代機動装甲から実装されるようになったものだ。機動装甲を喪失すれば、地面に叩きつけられ命を落としてしまう。それを防ぐためだ。恭平は、それを今日身をもって体験した。
模擬戦で惨敗した恭平は、昼食を取ろうとナビアプリを立ち上げ、一人とぼとぼスタジアムの廊下を歩いていた。戦闘服は、クラディウスが消失したとき制服に変わっている。
主要な場所にはマップ上タグが表示されているので、カフェテリアをタップしようとした。そのとき、突然声をかけられ恭平の手が止まる。
「場所が分からなくてお困りですか?」
と。そちらを振り返ると、長く伸ばした艶やかな黒髪をした一人の女生徒が立っていた。臈長けた美貌と清楚な全身が目を惹く。誰だろうと恭平は思わず見とれてしまった。脚は爽やかにスリークォーターソックス。その女生徒は、素敵な笑みを顔に浮かべていた。
「う、うん。今日、転校してきたから」
マップを他人からの可視モードで表示させていたから彼女はそのように尋ねてきたのだろうと、恭平はそう答えた。どこに何があるのか、きょろきょろしていれば不審がられる。
「存じておりますわ」
その女生徒は、心底可笑しそうに笑った。
「え?」
「今朝、そう仰っていたじゃありませんか」
悪戯っぽい笑みを、その女生徒は浮かべた。まるで、なぞなぞを出しているみたいだった。
恭平は、目の前の女生徒を知らない。今朝、自己紹介をしたとき、見知らぬ者たちと初めて会って数に圧倒され、一人一人のことなどよく見ていない。
「あの……もしかして、同じクラスなの?」
申し訳なさそうに、恭平は尋ねた。
「わたくし、一年B組のクラス委員長をしている八幡涼子と申します」
にこやかに彼女――涼子は自己紹介した。あくまで、丁寧な態度で楚々とした魅力を放っていた。そのような態度で接されて、恭平は当然悪い気がしない。
「お、俺は、君塚恭平……よ、宜しく」
「今朝、そう自己紹介されていましたわ」
おたおた答える恭平に、優しげな笑みで涼子は答えた。そんな涼子の目が笑っていないことに、恭平は軽く違和感を抱いたが、たまたまだろうと思った。
「場所がお分かりにならないのでしょう。わたくしが案内いたしますわ」
さあ、と涼子は恭平を促してきた。
恭平は、素直に後を付いていくことにした。
カフェテリアに足を踏み入れたとき、やたらと視線が集まった。涼子に対しては、一種の憧れのような視線。恭平に対しては、どこか敵意に満ちたものが。確かに、涼子は年の割に臈長けたすっきりと目鼻が通った美貌と楚々とした全身を持つ女の子だが、恭平は皆の反応を大げさに感じてしまう。
案内されたカフェテリアは、明るい白が基調となっていて雰囲気がよかった。模擬戦をした後なので、昼食を済ませた者も多いらしく、恭平の予想に反して席はぽつぽつと空いていた。恭平と涼子はブースの一つに座った。
「転入したてで大変ですわね。どこに何があるのかも、不慣れで分かりませんものね。遠慮せずに分からないことは訊いてくださいね」
涼子は、丁寧な口調で恭平を慰めてくる。
「ありがとう、八幡さん」
心から恭平は礼を言う。言って欲しかった言葉だ。今朝、時任先生からクラスの皆に紹介されたとき、思っていた以上に皆の反応が冷ややかなのに驚いた。そして、先ほどのマリーナ・アンブラジェーネと行った模擬戦。クラスメイトの恭平を見る目は、完全に冷め切っていた。
地上に落ちた恭平を慰めてくれる者など、誰一人としていなかった。浴びせられたのは罵声のみ。亜美の姿を探したが、もう既にいなかった。
そんな中で、涼子は当たり前に接してくれる。委員長といった立場もあるのだろうが、早くも孤立してしまっている恭平に普通に声をかけてきてくれた。
「マリーナも大人げないですわね。転入したばかりの君塚君に模擬戦を申し込むんですから。サモンスーツを装着するのも初めてだったのでしょう? それも第七世代」
薄く微笑みを浮かべながら、涼子が確認してくる。
「先週、第七世代サモンスーツ同士の戦闘は見たんだけどね。見ると扱うでは、偉い違いだったよ。飛ぶって、あんなに難しいだなんて」
恭平は、心が緩み愚痴をこぼした。空制機が実装されていないアシストスーツしか使用したことがない恭平にとって、第七世代サモンスーツは未知の代物だった。空中で制御などしたことがない恭平では、まともに使用できない。
「戦闘を? ……そうでしたの」
涼子は、少し不思議そうな顔をしながら小首を傾げ、
「ですが、初めて扱うのでしたら、みんなああですわよ。これまでになかったことを行っていますから。コツを掴むまでは時間がかかりますもの」
そう、慰めを口にする。
「ありがとう。そう言ってもらえるだけで、気が楽になるよ」
完全に恭平は涼子に気を許した。涼子の言葉は、恭平に聞き心地がいい。
湯気を立てるラザニアに、恭平は手を伸ばす。
「ところで」
恭平の様子を満足そうな目で眺め、涼子は切り出した。
「三島亜美がクラスにいるのを、ご存じですか?」
「もちろん。凄いよね。あんな、国民的アイドルのような女の子と同じクラスだなんて。前の学校でも、ファンが多かった。八名家の令嬢だし」
素直に、恭平は亜美への憧れを口にする。但し、亜美と個人的に接触があったことは、言わなかった。ナイトスーツを召喚できることは、内緒にしておくように言われている。
「何も知らなければ、そうですわね」
微かに、涼子の顔に険が表れた。口調もどこかしら冷たい。
「あの八幡さん?」
「ごめんなさい」
訝しむ恭平の不審げな眼差しを察してか、表情を元の笑みが浮かんだものに戻す。
「わたくしも、彼女と同じ八名家の一つ八幡家の娘ですの」
そう、少々誇らしげに口にした。
「え? それじゃ、八幡さんって、あの八幡ソフトウェア社の」
恭平は、驚いた。八幡ソフトウェアは、日本のサモンスーツ開発を主導している主要三社の一つだ。八名家でもある。その令嬢だと、涼子は言ったのだ。
世界政府が樹立されたとき、日本の参加に貢献した八つの家。それぞれが強力な騎士の家系であり、現在の日本で有力な家だ。世界会議への参加権も有している。そもそも、世界政府樹立の背景には、緊張した世界情勢に迫られたからといった理由があった。科学技術の進歩が、世界そのものを崩壊させかねなかったのだ。各国は、国連に代わる強力な世界的な組織を作ることを迫られた。
主権の一部を委譲し、生み出された。世界政府とはご大層な名称だが、強力な支配権を有しているわけではない。役割は、世界の維持。各国ともそれ以上の力を持つことを、よしとはしなかった。決して世界が統一されたわけではない。
「はい。だからどうのと言うことは、ありませんが。同じクラスですし、君塚君には知っておいてもらいたくて」
「何だか、うちのクラスって凄いね。三島さんだけじゃなくて、八幡さんも八名家の一族だなんて」
「そんな大したものじゃありません。そこで、お話ししておきたいことがあるのです。亜美のことです。何やら、先ほど話をしていたようですが、彼女と親しくなるのはあまりお勧めできません。中学生で二つ名を与えられ世間では誉めそやされていますが、現実の彼女は恐らく君塚君が想像しているような人間ではありません」
「え?」
予想していなかった涼子の言葉に、恭平は戸惑った。八名家の令嬢同士、仲がよいのかと勝手に思っていたのだ。
「作られた虚像でない実際の彼女は、あまり人を近づけず己以外の人間を認めていません。中学時代何があったかはわたくしから言えませんが、関わらないことです」
「そんなことないと思うけど……」
少々、恭平は鼻白んだ。涼子の言葉からは、亜美に対する敵意じみたものを感じる。
「君塚君は分かっていないのですわ。ここでうまくやっていきたいなら、亜美に関わりになるのはおよしになった方が宜しいですわよ」
涼子の顔には、相変わらず吸い込まれそうな笑みが浮かんだままだ。
「……言ってることがよく分からない」
恭平の中で、涼子に対する負の感情――怒りのようなものが湧き上がってくる。
「わたくしが、ここでうまくやっていけるように、取りはからってあげても宜しいですわよ」
ちょっとそこまで行きませんかというような気軽な口調で、涼子が言った。
「…………」
何かが、恭平の中でプツリと音を立てた。
「今のままでは、君塚君はここで孤立してしまいます。亜美と今後関わらないと約束をしていただけたら、わたくしがクラスの皆に口をきいて差し上げますわ」
俄に、涼子の笑みの浮かんだ顔が真剣さを帯びた。じっと、涼子の瞳が恭平のそれを見る。
「話したいことは、それだけ?」
恭平の口調は、自分でも驚くほど冷たくなっていた。そこには、不愉快さが滲み出ていた。相手にも伝わるほどに。
「……どうも、わたくしの話をご理解いただけないようですわね。三島重之――彼女の祖父がどれほど愚かかも、分からないでしょうに」
不愉快げな表情が、涼子の顔に浮かび上がる。
「俺、三島さんのことを尊敬してるんだ。メディアとかで取り上げられているようなものじゃない。実際に、どれだけ凄いことをやれるのかも、知ってる」
恭平は、自分が知る亜美のことを、話した。
「つまり、わたくしの言うことを聞く気がない、と。それでは、わたくしもあなたの味方はできませんわね。わたくしは知りませんわよ。今後の学園生活を送っていけるか、保証できかねます」
一瞬で、涼子の表情は消え去り、氷のように冷え切ったものに豹変する。
「構わないよ」
残った食事を掻き込むと、恭平は席を立った。
「さっきのは、まずかったかな」
中庭を歩きながら、恭平は独りごちた。腹が立って、涼子を一人残してさっさと恭平は去ってしまった。さすがに、八幡家に睨まれるのは、色々と面倒だ。だが、あの亜美に対する態度はいただけなかった。
「どうして、八幡さんは三島さんをああも嫌っているんだろう?」
何故だか、亜美の祖父に腹を立てている様子だった。それから、中学時代に何かあったようなことを言っていた。涼子は、亜美を自己中心的なように言っていたが、恭平にはそう思えない。中学時代、亜美がどうだったのかは、知りはしないが。
対立している八名家の令嬢。それが同じクラスにいる。これは、とても厄介なことだった。涼子は、確実に亜美を敵視している。既に、恭平は亜美と知り合ってしまっていた。そして、憧れた。今、恭平がここにいるのも、亜美の存在のためだ。
――全く!
恭平の心はささくれ立っていた。くさくさしていたとき、
「よう、転校生」
いきなりそう呼びかけられた。中庭にいた恭平は、誰だろうと辺りをきょろきょろ見回す。辺りにはそれなりに生徒たちがいたが、転校生と呼ばれるのは自分くらいしかいないだろうと思え、恭平は声の人物を探した。
「こっちだって」
その声と同時に、ポンと恭平は肩をたたかれた。
振り返りそちらを見る。そこには、大柄で男らしい顔立ちをした少年が立っていた。何となく恭平は圧倒されてしまった。彼は、恭平より頭一つ分ほど背が高い。
「……あ、あの……」
どう受け答えしていいのか、恭平には分からない。
少なくとも、恭平は目の前の少年に見覚えがない。
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、どうした?」
少年は、不思議そうに恭平を見ている。
「君……だ、誰?」
「ひでーな。クラスメイトの顔も覚えていないのかよ」
「え? ご、ゴメン。今朝は緊張していて、殆ど誰の顔も覚えていないんだ」
済まないことを言ったと、恭平は後悔した。
「ははは、仕方ないよ片桐。誰だって、いきなり初めての場所に来たらそうなるさ」
今度は、色白の眉目秀麗な少年が、恭平の視界に入る。
申し訳ないが、恭平は、今の今まで二人の顔を知らなかった。多分、もう一人もクラスメイトなのだろうとは思う。
「自己紹介をさせてもらうよ。僕は、羽鳥伸幸。彼は、片桐将人。宜しくね、君塚君」
色白の美男子、羽鳥伸幸は恭平に手を差し出してくる。
「こ、こちらこそ、宜しく。俺は、君塚恭平」
慌てて、恭平は伸幸の手を握る。正直、クラスメイトにこうして普通に話しかけられたのは嬉しかった。同じクラスメイトでも、八幡涼子のような相手は御免だったが。
「知ってるって」
将人が、可笑しそうな笑みをその精悍な顔に浮かべる。
恭平が見たところ、かなり砕けた人物のようだ。話しやすい相手と言えた。
「さっきは、散々だったね」
伸幸が、慰め顔でそう口にした。
「あ、あれは……」
途端、恭平の顔が曇る。あんな無様、誰にも見られたくなどなかった。一年B組の生徒――クラスメイト全員に見られてしまった。
「一般校からここに――聖鈴学園に来ただけでも大変なのに。これから、君塚君はサモンポリスとしての任務もこなさなければならない」
愁いに満ちた顔を、伸幸はした。
見るからに、伸幸は優等生に見える。しかも、男前の。
将人と伸幸は、一見すると全くタイプが違う。ちょっとした、凸凹コンビだ。
「……そうだね」
恭平としては、今はそれ以上言えない。
先ほどのマリーナとの模擬戦で無様を晒し、機動装甲を用いた凶悪な犯罪を取り締まるサモンポリスをやっていけるのか、自信を喪失し始めていたところだ。
「次の授業は戦闘訓練だから、君塚もクラディウスに慣れるって」
恭平の弱気を見透かしてか、将人が豪快に背中を叩いてきた。
前によろめきながら、ゴホゴホと恭平はむせる。
「じゃあ次の授業で、君塚君」
伸幸のその言葉で、二人は去って行った。