表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Boundary world  作者: 里宮祐
3/23

第2章 聖鈴学園 1

 約一週間入院した。怪我は三日ほどで治り後半は様子見だった。一昨日退院したばかりだ。今日は、休み明けで切りもよいということで、転校初日となった。海が広がっていた。聖鈴学園は、海を望む立地だった。広大な敷地を有する世界政府直属の聖鈴学園は、恭平に緊張感を与えてきた。これまで通っていた高校が、一体いくつ入るだろうとぼんやり考えてしまう。正直、場違いと思わなくもない。

 国防軍のお誘いと父の反対を押し切っての、聖鈴学園への転入だった。サモンポリスは、今現在、最も危険な職業である。選んだ理由は、一人の女の子だ。三島亜美――彼女が、恭平に強烈な憧憬を刻み込んだ。いつの日か、恭平は、亜美に並び立てる存在となり、認められたいと願いここにやって来た。

 だが、亜美を抜きにしても年若い恭平は、サモンポリスに漠然とした憧れを抱いていた。妹にも羨ましがられた。真新しいブレザーに身を包み、恭平は守衛がいる校門をくぐった。

 三島亜美と再び会うために。


「ヤッホー、君塚君。ちゃんと来たわね」

 職員室の五月雨先生の席へ行くと、フランクな挨拶を彼女は恭平に送ってきた。

 ここに来るまで、なかなか大変だった。守衛から受け取った学園のマップをナビアプリで表示させ、AR環境のガイドカーソルに従って辿り着いた。そうでなければ、広大な敷地の中で迷子になっていたに違いない。

「ど、どうも」

 初めての転校に緊張し、恭平は答える。

 席に座る五月雨先生と会うのは二度目だ。卵形の整った顔立ち。スーツの上からでも、はっきりと分かる起伏。恭平はドキリとしてしまう。五月雨先生は、美人でスタイル抜群なのだ。年上の女性の魅力に溢れている。

「君が、ここを選んでくれて嬉しいわ」

「取り敢えず、俺はここしか行くところがありませんから」

 ぶっきらぼうに、恭平は答える。

 五月雨先生を前にして、抱いてしまった情念を追い払う。今日は、転校初日の大切な日なのだ。あらぬ思いを抱いて、間抜け面を晒すわけにはいかない。気を引き締めた。

「その言い方、素直じゃないわね。君のたっての希望に押し切られたって、ご両親から聞いたけど。ここに来ることが決まったとき、君塚君のご両親と面談したのは、わたしなの。君は、自分の意思でここに来た」

 恭平の態度に、五月雨先生は意地の悪い言い方をした。

「……そ、それは……そうですけど……俺は……もう、普通の生活は許されないみたいでしたから、どうせなら自分の能力ちからを一番活かせるところを選んだだけです」

 どうやら、家庭の事情を知られているらしいと悟った恭平は、サモンポリスを選んだ下心だけは知られまいと、消極的に答えた。用心した理由は、五月雨先生の茶色がかった瞳から、そこはかとない底意地の悪さを感じるからだ。

「……いい答えね」

 観察する目を、五月雨先生は恭平に向ける。

 その目が、恭平は嫌だった。気さくに感じる五月雨先生の瞳にはある種の鋭さがあり、見透かされているようで落ち着かないのだ。つと、恭平は目を逸らす。ここを選んだ理由は、女の子だ。以前から憧れていて、実物を見て魅せられてしまった。三島亜美が、恭平に己の存在を刻み込んだ。まるで、伝説の中に登場する戦乙女の英雄のような彼女を。

 五月雨先生のクラスになれたことは、恭平にとって実は幸運だった。亜美も先生のクラスなのだ。今日からクラスメイトになれるのかと思うと、恭平の心は浮き立つ。それを押さえ込むのに、実のところ四苦八苦している。早く、亜美の姿を見たい、会いたいと思ってしまう。亜美は、恭平に待っていると言ってくれた。期待してしまうのは、健全な男子なら仕方のないことだった。

「それが本心なら、凄いとは思うけどね」

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、五月雨先生は恭平に片目を瞑ってみせた。

 その態度に恭平は、ぎくりとしてしまう。五月雨先生の言葉も、ちくちく刺さる。まるで、恭平の邪な本心を見抜いているみたいで。

「本心です!」

 思わず大声で、恭平は答えた。

「そういうことにしておいてあげる」

 にんまりとした五月雨先生からは、おちゃらけた雰囲気が漂っていた。

「君が来てくれて、わたしも嬉しいから、理由なんてどうだっていいんだけど」

「なら、変な言い方をしないでください」

 軽く恭平は五月雨先生を睨んだ。軽薄を装っているが、鋭く手強いと思えてしまう。

「今日から世界政府直属の聖鈴学園の生徒となるわけだけど、心構えを言っておきます」

 五月雨先生は、居住まいを正した。表情も真面目なものとなる。そうすると、できる知的な女性の雰囲気が漂う。

「はい」

「ここ聖鈴学園は、小中高大院とあるサモンポリスの養成校です。頻発する機動装甲を用いた犯罪を取り締まる者を、育成しています。高校生以上の者は、研修として実地で任務に当たります。学校を卒業した後は、サモンポリスのエキスパートとなってもらいます」

 確認をするように、五月雨先生は一度言葉を切った。

「日本にも機動装甲――特にサモンスーツ使用者である戦士を育成する機関があります。これは、将来的に国防軍や警察機構の仕事に従事するためです。ですが、サモンポリスはそれらと根本的に異なります。世界政府直属の、国の枠を超えた組織です。当然、生まれ育った日本のためにも働きますが、基本的には世界のために働いてもらいます。その心構えを持つように」

「は、はい」

 少々いかめしい五月雨先生の雰囲気にのまれ、かしこまって恭平は返事をする。

「それで、今知っておいて欲しいサモンポリスの立ち位置なんだけど、各国の警察機構より上で軍とは立場的に対等です。有事の際には、世界政府の軍隊としても機能することを忘れないでね。学費は免除。OK?」

 そこで、五月雨先生は表情を緩めた。

「分かりました」

「宜しい。それじゃ、クラディウスをインストールするわ」

 そう言うと、五月雨先生は可視モードでARデスクトップを立ち上げた。恭平の前に接続要求のダイアログボックスが開く。YESをタップする。恭平の方もARデスクトップが立ち上がった。五月雨先生は、ARデスクトップを操作し、インストールはほんの数秒で終わった。

「それと、これが寮の部屋とその他の鍵」

 五月雨先生は、認証キーを恭平のMCIデバイスに送った。


 一ーBと表札がかけられた扉の前で、五月雨先生は立ち止まった。

「ま、色々あると思うけど、めげないでね」

 片目を瞑り、五月雨先生は教室の扉を開き、さっさと中へ入っていく。恭平は、前置きなしで先へ行ってしまった先生の後を、慌てて付いていく。

「みんな、お早う」

 陽気に、席に座る一年B組の生徒たちに、そう呼びかけた。

「オーッス、ゆかりちゃん」

「お早うございます」

「先生、お早う」

 統一感のない挨拶が、ばらばらに返される。

 いかにも、この先生が担任を務めているクラスだといったムードが、伝わってくる。五月雨先生のおちゃらけた空気が、クラスに感染している。

「前にも言ったと思うけど、今日からみんなの仲間が一人増えます。まぁ、転入生には慣れてるとは思うけど、仲良くしてあげてね」

 よく言えばフランクな感じを崩さず、さらりと五月雨先生は恭平の転入を告げた。

 それに対して、クラスメイトたちの反応はどことなく冷ややかに恭平は感じる。皆、測るような視線を、恭平に向けてくるのだ。さすがに、居心地が悪かった。大勢の者に見られているという感覚は、どうにも嫌なものだ。

 非友好的な視線が多いのは、恭平の気のせいではあるまい。皆、とても歓迎している雰囲気はない。最初にあるべきはずの、好奇の視線をクラスメイトたちから向けられることもない。

「オッホン」

 一つ、五月雨先生は咳払いをした。何となく、皆の反応を予期していた感じだ。

「えー、彼、君塚恭平君は、様々な事情でここに来ることになりました。前にも言った通り、彼は一般校に通っていました。よって、サモンスーツの扱いや戦闘に関して素人です。みんなも、そのことを考慮するように」

 五月雨先生の言葉に、クラスの者たちの目が白んだように恭平は感じた。何となく、居心地が悪い。取り敢えず、自分が歓迎されていないことは、よく分かる。

「さ、君塚君。みんなに自己紹介して」

 そんなクラスの雰囲気を全く気にせず、五月雨先生が促してきた。

 恭平は、冷めた視線を送ってくるクラスメイトたちをぐるりと見渡した。その中に、三島亜美の姿があった。相変わらず、屈託を感じさせない精緻な美貌だった。その面には、特に感情らしきものは浮かんでいなかった。尤も、亜美は普段から淡々とした物腰で、各種メディアでは有名だった。だから、別段不思議でもない。だがその瞳には、どことなく憂いのようなものが浮かんでいるようにも見える。

 恭平と亜美の視線が合った。何となく、つと恭平は視線を逸らした。瞬間的に、引け目のようなものを感じたからだ。

「君塚恭平です。ご紹介の通り、一般校からここに来ることになりました。どうぞ、よろしくお願いします」

 型どおりの自己紹介を、恭平はする。

 お世辞のように、ぱらぱらと拍手が湧いた。

 愉快ではなかったが、これで一応恭平はやるべきことを終えた。後はなるようになれだと、半ば投げ遣りに思った。憧れの亜美には、こんな情けないところを見られている、後ろめたさを感じながら。

「先生」

 そんなとき、一人の女生徒が挙手をし立ち上がった。

 その女生徒は、恭平の興味を惹いた。彼女は、日本人ではなかった。灰色の髪を肩上で切り揃え、二房三つ編みにし後ろで結んでいる。淡褐色ヘーゼルの瞳が、印象的だった。静謐さを感じさせる美貌に、起伏のあるすらりとした全身。

「何かしら、マリーナ?」

 五月雨先生が、マリーナという外国人の女生徒に、疑問の視線を投げかける。

「わたし、彼の実力を見てみたいんです。一般校からここへの転入なんてまずあり得ません。昼休み、模擬戦の許可を要請します」

 マリーナは、ヘーゼルの瞳を恭平に向けた。その視線は、皆のように別段蔑むようなものではなく、あくまでも冷厳なものだった。

「うーん」

 五月雨先生が、思案顔になった。

「そうね……模擬戦は、認められているから反対する理由はないわね。マリーナが君塚君の実力を見てみたいっていうのも分かるし」

「それでは宜しいんですね」

「ええ。模擬戦を許可します」

 教師の顔になった五月雨先生は、マリーナの申し出を認めた。そして、小声で恭平にこう言った。

「さっそく洗礼ね。まぁ、君塚君もここに慣れるには、ちょうどいいかもね」

 皆に分からぬように、五月雨先生は片目を瞑ってみせた。


「いきなり、とんでもない相手と模擬戦をすることになったね」

 休み時間、一人でいる恭平に亜美が話しかけてきた。突然のことで恭平は驚いた。クラスメイトたちもざわついている。

「あっ、み、三島さん」

 恭平はまごついてしまった。憧れの亜美に、話しかけられたのだ。もうクラスで孤立してしまっていると言っていい恭平に。

 亜美は、周囲のざわつきなど、まるで気になっていない様子だった。細すぎず伸びやかでしなやかな全身からは、自然な雰囲気が漂っている。その美貌といい恭平には眩しく映る。そして、メディア等でも知られている通り、亜美は少々天然なことでも有名だった。それが、人気に拍車をかけている面はあるが。

「彼女、マリーナ・アンブラジェーネは、ロシアからの交換留学生なの」

 そんな恭平の様子や周囲を気にせず、亜美は話し出した。

 天然であると言われているのは、本当だと恭平は軽く思ってしまう。それは、亜美の場合悪いことではない。魅力の一つとなっている。

「そ、そうなんだ……」

 マリーナが外国人であることは、見れば分かる。交換留学生だと言われれば、そうかと思うだけだ。今日転校してきた恭平には、マリーナがクラス内でどのような立ち位置なのか、分からない。それよりも、亜美のことが気になってしまう。

「マリーナは、学園でも指折りの実力者。金剛の女帝っていう二つ名を持っている」

 淡々と、亜美はマリーナについて、恭平に知識を与えてくる。

 恭平は、亜美と話しているだけで、ドキドキしている。だから、マリーナがどれほど脅威であるのか気にもしていない。

「金剛の女帝だなんて、ご大層だね」

 二つ名からくる語感から、恭平は歴史で習った昔の王朝を思い起こす。

 正直、亜美を近くに感じていることで、話自体は頭を素通りしている。

「君塚君とは、ミスマッチもいいところ。彼女、何を考えているのか分からない」

 美しい面に、亜美は少々困惑気味な表情を浮かべる。

 恭平も、いきなり模擬戦を申し込まれて少々面食らってはいる。初心者である自分にどうして、と。亜美の様子に、そう指摘されているようで、恭平は少し落ち込んだ。

「俺が、戦闘の素人だっていうのは、分かってる」

 白き乙女の二つ名を持つ実力者である亜美を前にして、恭平はしがない思いをついつい抱いてしまう。亜美との差を、距離を、再認識させられる。

「そういうことを言いたいんじゃない。このクラスでマリーナと渡り合えるのは、四人だけ。他の者では勝負にならない。それを転入したての、一般校にいた素人だって分かっている相手に、挑む理由が分からない」

 亜美は、ほっそりとしたおとがいに指を当て、思案顔をする。

「決して、ナイトアーマーは召喚しないで。彼女も騎士。アルマースアーマーっていう伝説級ナイトアーマーを召喚できる。出してくるかは分からないけど、今は君塚君が騎士だっていうことを知られるのは、よくないから。その能力ちからもね」

 そう、亜美は忠告を与えてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ