第6章 激闘 3
五月雨先生に連絡を入れ、サモンポリスがやって来てマリーナは捕まった。
機動装甲を消失させたマリーナは、おとなしかった。他のメンバーは、彼女と恭平たちが戦っている間に、逃げ出してしまった。あのときは、マリーナとの戦いが優先だった。だから、仕方がないと言えば仕方がなかった。
「それで、一体どうしてこういうことになったのかしら? 期待のホープ三人+転入生が門限破りをしたから、結構騒ぎになっていたのよ?」
しかつめらしく五月雨先生が、注意を与えてくる。先生は、マリーナがメンフィスのメンバーだったことに、大して驚いた様子を見せなかった。こういうことは、よくあることだと言っていた。決して、世界政府も一枚岩ではない、と。
「わたくしたちは、マリーナがメンフィスのメンバーと接触してるのを知って、彼女を見張っていたんです。他のメンバーには逃げられてしまいましたが、彼女は捕まえることができました。徒に騒ぎ立て、彼女に警戒されるわけにはいきませんでした。サモンポリスは自主性が重んじられています。ですので、わたくしたちは、秘密裏に行動しました」
いけしゃあしゃあと、涼子がいかにも優等生らしい答えを返した。その臈長けた美貌には、そつのない笑みを浮かべている。彼女の本性を知っている恭平は、それを見て猫かぶりと思ってしまう。
「そう。それじゃ、これは何なのかしら? これ三島さんのよね。マリーナは、黙ってわたしに差し出したけど」
五月雨先生は、マリーナから押収した亜美の白いイヤリングを掲げてみせた。
「それは……」
「ただのイヤリングです」
言いあぐねた涼子に代わり、亜美が素っ気なく答えた。
「あのね、三島さん。あのマリーナが、どうしてこんなことをしたのかって訊いたとき、これを差し出して後は何も答えなかったのよ。それなりのメンフィスの構成員が動いたのは、これが目的でしょう」
亜美の目の前で、五月雨先生はイヤリングをぶらぶら揺らしてみせる。
「これから、マリーナを尋問するのよ。彼女はこれが何なのか黙った。それって、これの中身が問題のあるものだっていうことになるんじゃないかしら。彼女からそれが漏れて、広まるとまずいことになるんじゃないの」
五月雨先生は、勘がかなり鋭いらしく、核心を衝いてくる。
「担任として命じます。三島さん、これが何なのか言いなさい。今の段階で、これが何なのか分かれば、わたしの権限で情報が漏れないようにできます。それは、マリーナのためになることでもあるわ。彼女は、簡単に喋らないでしょうし」
普段はおちゃらけた雰囲気のある五月雨先生には珍しく、厳格な口調だった。そして、第一級サモンポリスでもある彼女は、その力が分かるようなことをさらりと口にした。
亜美の精緻な美貌に迷いが生じる。
確かに、五月雨先生の言うことにも一理あると、恭平は思う。あれが何なのか、知れてしまうことの方が、隠蔽した世界政府にとっては困ることになる。
「絶対に情報が漏れないようにお願いします。できれば、マリーナにこのことを尋問しないでください」
「分かったわ」
亜美の言葉に、五月雨先生は一つ頷く。
「その中には、あるサモンポリスが押収した攻撃衛星の攻撃制御回路破壊プログラムが入っています。世界政府は、中身の情報流出を恐れています。これを取り扱う準備が整うまで、怪しまれる恐れの少ない一学生でしかないわたしに、経緯を知っていたこともあり預けました」
「……それは……」
亜美の話に、五月雨先生もすぐにどう反応していいのか分からない様子だった。
「とんでもない物を預かったわね。三島さんやマリーナの口が堅いわけだ。マリーナは、さすが潔いわね。負ければ、これが何なのか騒いだりしないんだから。分かったわ。わたしが、うまくマリーナとメンフィスの繋がりをでっち上げておくわ」
銀縁眼鏡のヒンジに指をやり、さらりと確約してくれた。
「ありがとうございます、五月雨先生」
素直に、亜美は礼を言った。
「でも、よくマリーナ――金剛の女帝を倒せたわね。あなたたちでは、正直、まだ無理だと思うけど」
「君塚君が、倒しましたわ」
涼子が、さらりと言った。そこには、これまでの嫌みは全くない。
「君塚君が……へー、世の中不思議なこともあるものね。でも、あのナイトアーマーならそんな偶然もあり得るか」
頤に指を当て思案顔をし、五月雨先生はちょっと見直したように恭平を見た。
「今夜の事件解決で、三島さんと君塚君の今月の任務における単位は補充されたことと見なします。もう残りの日数もあまりないしね」
思案を吹っ切り、五月雨先生は軽い調子でウィンクした。
「気になることがあるんだ、八幡さん」
後に残った五月雨先生と別れ聖鈴学園への帰路に就きながら、恭平は切り出した。
「どうして、さっきあんな質問をしたの? 空に境がなくなれば、この世界はどうなるのかしらねって?」
色々と尋ねたいことが、山ほどあった。そもそも、そのような思わせぶりなことを言ったため、恭平は彼女を疑った。何故そのような質問ができたのか? 何故、涼子は恭平と亜美の窮地に駆けつけることができたのか?
「それは、任務がどうなったのか気になりましたから。もし失敗していたらその責任を亜美に君塚君が押しつけられるんじゃないか心配で様子を見に行ったら、お二人のお話が聞こえてきまして。それで、君塚君を見張っていたんです」
外連味のない笑みを、涼子は臈長けた美貌に浮かべている。
涼子の話を聞きながら、恭平は彼女が自分の心配などするものかと、思ってしまう。これまでがこれまでだったため。今、見せている顔は信用できないと分かる。それでも、助けてもらったことに感謝はしている。任務失敗を知っていた理由も、納得した。
「なるほど。それで助けに来られたんだ」
「はい。それで、君塚君に謝りたいと思いまして。これまで意見の食い違いがありましたでしょう」
涼子は、恭平を呼び捨てにしていない。きちんと君付けだ。
「食い違い、ね……」
恭平としては、色々と言いたいことはあったが、ここは態度を変えた涼子に合わせることにした。敵に回せば、面倒な相手だと知っている。強力なナイトアーマーを有していることも今日知った。亜美にも勝るとも劣らぬ活躍だった。量子力場誘導弓を手に戦う涼子は凜々しかった。月光の射手と二つ名ではなく異名で呼ばれているらしいが、まるで月の巫女ででもあるように彼女は見えた。
臈長けた美貌と楚々としたスレンダーな全身に長い黒髪。彼女の性格を知らなければ、恭平は純粋に憧れたかも知れない容姿の持ち主。純和風美少女だ。その彼女が、クロムイエローの乙女型アーマーを装着した姿は、正直格好良かった。
「ええ。今後は、お互いによく知り合いましょう。何でしたら、わたくしが君塚君のコーチをして差し上げても構わないのですが。あのナイトアーマーは、かなりの物。実力を発揮できないのは勿体ないことです。色々と教えて差し上げられます」
「涼子」
それまで、黙って恭平と涼子の遣り取りを聞いていた亜美が、口を挟んだ。
「君塚君は、わたしとパーティーを組んでる。コーチは、わたしがすることにもう決まっている。涼子がする必要はない」
ちらりと、亜美は涼子を見た。彼女には珍しく、少々剣呑さのある目で。
「それは、よした方がいいんじゃなくて、亜美。ちゃんと、指導できるのかしら? 彼は戦闘自体素人ですのよ。一から教えるなら、わたくしのほうが適役だと思いますけど」
すっと余裕のある流し目を、涼子は亜美に送る。
「大丈夫。手加減はするから、少し怪我をするくらい」
「怪我?」
亜美の言葉を聞いて、少々恭平はぞっとした。憧れを抱く女の子ではあるが、指導はスパルタなのかと警戒してしまう。が、中学時代何があったのか知っている恭平は、亜美の指導を受け入れようと決める。
「ゴメン、八幡さん。これから、放課後、俺は三島さんに訓練を受けることに決まっているんだ。でも、そう言ってもらえて嬉しいよ」
「君塚君が、それでよろしいなら。わたくしも無理にとは言いません」
涼子が折れた。それは、やはり中学時代何があったか知っている彼女も、亜美に気遣う部分があるのだろう。決して、根は悪い人物ではないと、涼子を恭平は見直していた。祖父同士のいざこざで、三島家と八幡家は今現在良好であるとは言えない。涼子も亜美に敵対している。それを抜きにして、助けてくれた。
寮にたどり着いたとき、亜美が恭平の袖を引っ張った。
「何? 三島さん」
「ちょっと、今日のことで話がある。涼子は先に戻って」
「……分かりましたわ、亜美。君塚君お休みなさい。よい夢を」
そう言って、涼子は寮の中へと吸い込まれていった。
「ゴメンね、君塚君」
「どうして、三島さんが謝るのさ」
「わたし、君のこと過小評価していたかも知れない。役には立たないって前に言って謝ったけど、本心からじゃなかった。だから、ごめんなさい」
亜美は、恭平に頭を下げた。ふさりと、茶色がかった髪が前へこぼれる。
「そんな、三島さん、止めてよ」
「ううん。君塚君がいなかったら、マリーナは倒せなかった。君のおかげ」
そう憧憬の対象である亜美に言われ、恭平は照れた。
「これからもわたしのパートナーでいて。きっと君を一人前の騎士にしてみせる。わたしは、君のことが少し分かった。君塚君には才能がある」
亜美の精緻な美貌に、屈託のない笑みが浮かぶ。
そんな亜美に見とれて、少しの間、恭平は何も言えなくなってしまった。
「……そんな、才能なんて、あのエクストリームアタックはたまたま、俺のナイトアーマーにあっただけだし」
「そうじゃないの。わたしは、最初から今まで君を見てきた。君には、騎士としての才能がある。だから、これからはわたしと並んで戦って」
真摯さを虹彩の色が薄い瞳に浮かべ、恭平のそれを亜美はじっと見詰める。
亜美の言葉に恭平はドキリとする。いつか、自分は彼女と並び立てる存在になりたいと願っていた。だが、そんな日は訪れることなどないと、どこかで諦めかけていた。亜美の言葉で、再び恭平の中で強い思いが湧き上がる。
きっと、いつの日か、亜美に相応しい己になりたい、と。
「そうできるよう、頑張るよ」
恭平は強くありったけの意思を込めて、その言葉を口にした。
にこりと、恭平を魅了する素敵な笑みが、亜美の顔に浮かんだ。
彼女との出会いを運命の出会いとしようと、恭平が決意した瞬間だった。




