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Boundary world  作者: 里宮祐
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第4章 パートナー 6

 ずらりと並ぶ部屋の照明は落とされていた。霧のような雨が降り注ぐ。

 部屋数の多い寮の窓全て、真っ暗だった。誰もが寝静まる深夜、ARデスクトップを操作して、一人起きている者がいた。画像データを表示させ少し見入ったと思うと指で送り、別の画像を表示させた。

 可視モードで表示されたARデスクトップには女の子が映っていた。それも同一人物。三島亜美だ。一つ一つの画像を食い入るように見ていた。

「何か見落としがあるはず」

 その声は、女のものだった。

 暗闇での表示は僅かな輝度でしか照射しないため、女の顔は判然としない。それでも、暗がりに浮かび上がった女性として充溢したシルエットから、顔もそれに見合ったものであると、期待させるものがある。

 物音一つせぬ寂とした闇の空間。女は椅子に座り亜美を見ている。

 不気味な光景だった。何かしら猟奇的な事柄が連想されてくる。そんな異様な一齣だ。

 亜美が映し出された画像一つ一つを長い時間眺め、指で送る。このようなことをしている者がいると本人が知ったら、どう思うことだろう? それほど不気味な執着ぶりだ。

 映し出された亜美の顔や全身は、どれもこれも精妙な美を放っていた。伝説の彫刻師が持ちうる全霊――魂を込めて彫り込んだような精緻な顔立ち。そこには、清楚さと華麗さといった似て非なるものが同居している。細すぎぬ全身は、女性的起伏を余すことなく有している。

 制服姿、私服姿、春、夏、秋、冬……。

 そこには、様々な格好をした亜美がいた。

 女は、それらを一つ一つ丹念に見ていった。さながら、思い人に執着するストーカーであるかのように。そう一見すれば感じる。微かに浮かび上がる表情を見るまでは。

 その微かに分かる表情からは、そのような雰囲気は伝わってこない。ただ、冷厳に、亜美を見ていた。観察していると言ってもいい。

「三島亜美……一体、あなたはどこにあれを隠しているの?」

 大写しにされた亜美の顔を、細い綺麗な指先でついと女はなぞる。

 その指の動きは、大切なものに触れるようでもあり、扇情的でもあった。

 女の問いかけに、画像データの亜美は沈黙をもって答える。涼やかな瞳が、女を見詰めている。色彩を映し出し色の分からぬ女の冷厳な瞳が、見詰め返す。

 無言で女は、画像データでしかない亜美と語り合っている。

 一種のプロファイリングだ。女は、亜美になりきろうとしている。静かに、ただひっそりと亜美を見ている。目だけではなく、その頭脳を用いて。

 また、女の指が亜美を送る。

 今度は、全身が映し出されている。中学生のときのものだ。今より、少し幼い。夏のものであるようで、亜美はシンプルなアイボリーのワンピースを着ている。

「確かこの頃だったわね。二つ名を与えられたのは……」

 女は、どんどん亜美の中に入っていく。

 二つ名は、誰かが適当に付けるものではない。サモンポリスやより上の世界政府。各国の組織が、実力ある者に与える名誉ある称号だ。

「白き乙女――その二つ名で白が好きになったみたいね。彼女は、感情が表に出づらいから、分かりにくいけど」

 亜美の顔は無表情ながらも、静かな自信を窺わせる。

 確たる実力を持ち、それが認められた。亜美にも心境の変化はあったのだ。

「今とは、違う」

 当然かと、女は思った。

 中学時代のことが、確実に尾を引いている。そして、サモンポリスとしての研修で、任務に就くようになってから、特に。亜美は、誰とも組んでいない。実績を示せていないのだ。中学時代の出来事――後輩の自殺未遂が、大きな影響を与えている。

 平均的な実力の者は亜美に遠慮をしてしまったり、中学時代の出来事を咎めていたり。亜美は、積極的に誰かと組もうとしなかった。亜美に遠慮のない実力者は、パーティーのリーダーになっていて、組むことは難しい。

 亜美が誰かの下につくということは、家格や実力から不自然だ。亜美が積極的にならなければ、誰とも組めない。高校生になってから、今一つぱっとしないのはそのせいだ。ど素人の恭平と組まされた。

 亜美の表情は、過去と現在で僅かだが違うのだ。そう考えたとき、女は過去と今の亜美に興味を抱いた。中学時代と、高校生になってからの亜美を並べて表示させる。涼やかな瞳は一見同じに見えるが、表情に明暗があった。

 確かにどちらの亜美も美しいが、纏っているオーラが違う。

 中学時代の亜美は、今より遙かに屈託がない。だが、直近のものは、どこかに陰りがあるのだ。何枚か比較するように亜美の画像を並べているとき、ふと女の指が止まった。

「そう、違うわ」

 女の目が見開かれた。その声は歓喜に満ちている。指をピンチさせ画像を拡大する。

「どうして、見落としたのかしら? こんなにはっきり、堂々と身に付けているのに」

 そう言いながらも、女の声には抑えがたい愉悦があった。

 指が、亜美の右の耳をなぞる。そこに下がった、象牙のように映えるイヤリングを。

「彼女は、むやみにアクセサリーなんて身に付けない。しかも片耳だけ。ぱっと見には、慎ましいお洒落をしているようにしか見えない」

 ゆっくりと女は、椅子にもたれかかった。それから、優雅に脚を組む。

「灯台もと暗し。こうも堂々と身に付けられていたから、気づけなかった。強くて賢いのね。三島亜美」

 女は、満足そうだった。

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