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Boundary world  作者: 里宮祐
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第4章 パートナー 5

「君、騎士なんでしょう?」

 いきなりそう尋ねられた。

 個室にバスルームはあるがせっかくだからと使ってみた大浴場を出て、ラウンジで恭平はフリードリンク片手に一人寛いでいた。いささか、相手に恭平は意表を突かれた。肩上で灰色の髪を切り揃え、二房後ろで結んでいる。ヘーゼルの瞳が、興味深げな色を宿していた。マリーナ・アンブラジェーネだ。ロシアからの交換留学生でもある。静謐さを纏った美貌に、日本人離れしたすらりとしながら起伏のある全身。

 そんなマリーナが、いつの間にか恭平の傍にいた。

「……えーと……」

 恭平は、突然のことなので答えかねた。それに、マリーナは一昨日恭平に恥を掻かせた相手でもある。最初、虚を衝かれた恭平だったが、まざまざと模擬戦の記憶が蘇る。無様な醜態、皆の嘲笑……。あれがなければ、と恭平は思う。クラスにおける今の恭平の現状を作った一人でもある。

 扱ったこともないサモンスーツ、それも第七世代。空制機による慣れない飛行に翻弄されただけだ。恭平は、何もできなかった。今でも、マリーナへの怒りはある。せめて戦闘訓練の授業を受けた後だったらと、悔しく思う。尤もマリーナは、クラスで五本の指に入る実力者だ。あの亜美も認めていた。たとえクラディウスをうまく扱えたとしても、恭平が勝てるはずもない。それでも、と恭平は思う。

 ――最新鋭サモンスーツでたこ踊りをすることはなかった。

 恭平は、ヘーゼルの瞳を睨んだ。ヘーゼルの瞳が軽く笑む。

「怖い目だわ」

 敵意に満ちた視線に晒されても、マリーナは動ずることもない。それどころか、どこか楽しげだった。

「……そう?」

「わたしの質問に答えていないけど」

「答える必要はないと思うけど」

 つっけんどんに恭平は、マリーナに接してしまう。簡単に許せる相手ではない。

 それに、覚醒し騎士となったことは亜美に口止めされている。徒に知られていいことではない。今の恭平では、よけい立場が悪くなる。

「ふ、いい答だわ」

 ますます、マリーナは楽しげだった。冴えた笑みが生彩を帯びる。

 嫌な相手と思っても、ついつい恭平は見とれてしまう。それだけ、マリーナは魅力的な女の子なのだ。

「わたしの所見を聞かせてあげる。怒らないでね」

 そうマリーナは、前置きした。

「ここに転入してくる人だから実力を見たかったの。だから、模擬戦を申し込んだ。あの模擬戦で理由が分かった。別段優れた戦闘力を有しているわけでもない。なのに、ここに来た。理由は君が騎士である以外あり得ない。どう? 合ってる?」

 流暢な日本語で、マリーナは述べた。ヘーゼルの瞳で恭平のそれを覗き込んできた。

 ――確かに腹が立つことは、言っているよな。

 だが、好感は持てた。正直な子だとは思う。見た目の印象と中身にギャップがない。

 恭平は、周囲を見回した。他人の耳がないことを確認して答える。

「マリーナの考えているとおりだよ」

「やっぱり……それって、凄いことよ。君塚君、才能があるのね」

 満足そうにマリーナは頷き、ヘーゼルの瞳を輝かせた。

「マリーナに惨敗したのに? それもあんなあり得ないような負け方で」

 自分に才能があるだなどと、恭平はこれまで思ったことはない。少なくとも、ここ聖鈴学園では、最低クラスだ。いや、そもそも恭平のような低レベルな者はいない。

「そういうことを言っているんじゃないの。技量は修練次第で身につくけれど、ナイトアーマーだけはそうはいかない。持って生まれた天賦の才よ。とても特別なことなの」

 つと、マリーナは恭平に身を寄せてきた。

 香水のが、恭平の嗅覚を刺激した。ラベンダーの薫りだった。思わず吸い寄せられてしまいそうな。

「そ、そうかな?」

 ポリポリ、恭平は鼻の頭を掻いた。マリーナの魅力に魅入られてしまった。

「わたしのパーティーに入らない? 色々と指導もしてあげられると思うの」

 にこやかに、そして密やかにマリーナは提案してきた。

 マリーナの表情と声は、恭平の中に染み入ってくる。思わず、「はい」と返事をしそうになった。が、途端、亜美の屈託のない精緻な美貌が思い浮かんだ。

「ゴメン。俺、三島さんと組むように五月雨先生から言われてるんだ」

「そう……残念だわ」

 その言葉が本当であるというように、マリーナは心底落胆を滲ませた。

 恭平も、少し残念に思いはした。憧れの亜美と組むことになったが、彼女は決してそれを快く思ってはいない。正直お荷物と思われているのだろうと、また落ち込んでしまいそうになった。

「誘ってくれて、ありがとう。嬉しかったよ」

 頭の中を占め始めた懊悩を取り敢えず追い出し、恭平は笑顔を作った。

「分からないことがあったら、何でも訊いてね」

 素敵な微笑を残して、マリーナは去って行った。

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