第4章 パートナー 4
「何だよ? 暫く放課後は忙しいって」
夕食のカツ丼を掻き込みながら、将人が訝しげな視線を恭平に向けてきた。
今は、寮の夕食時だった。そこかしこから喧噪が騒々しく聞こえてくる。学校も終え、開放感が生徒たちを満たしている。寝るまで、自由に時間を使える。若さもあり、どことなく皆はしゃいでいるように見える。恭平は、それが嫌いではなかった。
ホッとする。ここは、世界政府直属のサモンポリス養成校聖鈴学園だ。一般校とは、感覚がまるきり違う。エリート意識とまではいかないが、将来の自分たちをしっかり見据えた者たちが集まっている。自ずと、皆大人びているのだ。
「ほら、俺、全然戦闘が駄目じゃないか。だから、少しでもみんなに追い付くために、自習をしようと思ってさ。幸い、指導してくれる人を見付けたんだ」
恭平は、指導してくれるのが亜美だとは言わなかった。亜美が他人を、しかも転校したての恭平を指導する理由がない。まだ、将人や伸行にも、亜美と組んだことは話していない。あまりにも技量差がありすぎていかにもミスマッチであり、必然性に欠けた。いらぬ心配をさせてしまうかも知れない。
「そうか……それは、おいおい、僕たちでどうにかしようと思っていたんだけど。君塚君は、転校したてだから時間を置いてから――慣れてからの方がいいと思っていたんだ」
少し残念そうな顔を、伸行はした。
「ゴメン。二人には――」
恭平の言葉が途切れた。そのとき、MCIデバイスにメールの着信があったのだ。相手は、妙高博士からだった。
「また、呼び出しだ。すぐ来いって」
「おいおい、またかよ」
将人が、うえーと嫌そうな声を漏らした。
急いで恭平は夕食を平らげ、寮監に許可を取り外へ出た。妙高博士の呼び出しに心当たりがある。昨日コピーしたナイトアーマーを召喚するためのデータ、オーバーライドプロトコルの調整がきっと終えたのだろう。
暗くなった学園を大学棟へ向かって、恭平は急いだ。こんな時間に、教職員とは言っても妙齢な年上の女性からの呼び出しに、少々緊張した。妙高博士は、容姿に優れた女性なのだ。しかも、おっとりしていて押しに弱いタイプに思える。この前、魔術回路同士を接続したとき感じた、博士の雰囲気を思い出してしまう。馬鹿なことを考えるなと、恭平は自分に言い聞かせた。
大学棟には、ぽつりぽつりと明かりが点いていた。まだ、残っている者が大勢いるらしかった。守衛に理由を話し来客用のIDを発行してもらい、研究室へと向かう。研究室には、妙高博士一人が待っていた。
「夕食時ですので迷ったのですが、早い方がいいと思いましたの」
相変わらずおっとりした妙高博士は、優しい口調だ。
「いいえ。俺のために時間を割いてもらっているんですから、構いません」
「では、早速、調整したオーバーライドプロトコルの受け渡しをしますの」
そう言うと妙高博士はARデスクトップを立ち上げた。恭平の目の前に、魔術回路を接続するための深部接続要求ダイアログボックスが開く。YESを選択する。たちまち、この前感じたのと同様なやんわりとした春の陽射しを浴びてでもいるような、心地よい感覚に恭平は包まれる。それも、すぐに止む。コピーインストールが完了したのだ。
「では、ナイトアーマーを召喚してですの」
「はい。サモンアーマメント」
円形のアイアンブルー色をした量子観測機の上に立つと、恭平は音声コマンドを口にした。恭平の身体が青い光に包まれる。その光が収束すると、恭平は青いナイトアーマーを装着していた。それは以前までのものとはまるきり別物だった。ぎゅっと収束し先進的でありながら古の鎧を彷彿とさせるもので、まさにナイトアーマーと呼べる代物だった。それまでのものは、ずんぐりとしていてどこか頼りなげだった。軽装で、今のそれは身体の重要箇所だけ覆っているのも特徴的だった。
武装は、右側の背のラックに片手剣。左腕には盾。その裏側には、魔弾速射砲がクラディウスに準じて装備されている。チェストアーマーの背後へ両側から突き出た空制機は、大型だった。恭平は、腕を持ち上げたり胴の上部だけを覆ったブレストアーマーに触れたりして、ナイトアーマーをしげしげと眺めた。調整をするとこうまで変わるものなのかと、感動していた。右側に展開したホログラムウィンドウの以前は〝Unknown〟だった表示が、〝Cancelation〟に変わっていた。
「妙高博士って凄いんですね。あの出来損ないを、ちゃんとしたナイトアーマーにしてしまうんですから」
恭平の声には、嬉しさが滲み出ていた。
「ふふふ。以前のものは未調整だったからですの。それから、君塚君のナイトアーマーの名称が決まりましたの。送ったデータから、強襲兵と世界政府は命名しましたの。これからは、サモンアーマメントの後に名称を付けて呼び出してください。名前が示すとおり強襲型ですの。君塚君は戦闘がまだまだのようですから、このようなセッティングにしましたの。危なくなったら逃げられるように、細かな制御には向きませんが一撃離脱に向いてますの」
「アサルトアーマー……」
「はい。それから、アサルトアーマーが有するエクストリームアタックの名称は、その性質から魔道攻撃無効化と名前をわたしが付けさせてもらいましたの。それにしても、君塚君のナイトアーマーのエクストリームアタックは凄いのですの。それこそ、神話級や伝説級と呼ばれる戦神のナイトアーマーに匹敵するかもなのですの」
妙高博士は、興味ありげな視線を恭平とアサルトアーマーに注いだ。
「前から疑問だったんですが、神話級とか伝説級とかって何なんですか? 耳にはしていたんですけど、ただ凄いんだろうなって思っていただけで、それが何なのか知らないんです」
恭平は、メディアに顔を出していた亜美が、神話級ブリュンヒルデアーマーを有していることは知っていた。だが、その意味を知ろうともしなかったのだ。
「戦神のナイトアーマーと呼ばれるものが存在しますの。神話級とか伝説級とか呼ばれていますの。神話や伝説をなぞる能力を持ったナイトアーマーをそう呼びますの。それぞれが、通常のナイトアーマーよりも強力ですの。これは仮説なのですが、人間の潜在意識下に神話や伝説が共通して存在しているためと考えられていますの。かつて、本当に神代の時代が存在したと言う者もおりますが、真偽は定かではありませんの。そもそも、召喚を可能とする量子理論ですら、全てが分かっているわけではないのですから。魂ですら、未だに定義されていないのですの。そもそも、人間と量子接続をして召喚する機動装甲が上書きされる現象も、全てが解明されているわけではないのが現状ですの」
妙高博士は、のほほんとそう言うと、柔らかな美貌に笑みを浮かべた。
お茶を勧められ、恭平は妙高博士と少し話して、研究室を辞した。




