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Boundary world  作者: 里宮祐
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第4章 パートナー 3


「さっきはゴメンね、酷いこと言って」

 本心からそう言っていると分かるように、亜美の口調には申し訳なさが滲み出ていて、普段は屈託のない精緻な美貌には陰りがあった。

「それは、別に……俺もそうだと思うし」

 そう言葉を発するのが、恭平には苦しかった。正直、かなり傷ついている。憧憬を抱く相手に、自分は役に立たないと言われたのだ。恭平は、彼女の――三島亜美の言葉でここに来た。その相手に否定されれば、辛い。

 恭平たちは、五月雨先生に呼び出された後、亜美に誘われ空中庭園を囲むビルの中にある喫茶店に来ていた。一階と二階が店となっていて、二階席は壁際に席が並びちょうど吹き抜けとなっていた。一階席で夕方のひとときを楽しむ客たちを見下ろせた。

 亜美は、今後のことを話し合っておきたいと言った。曲がりなりにも、恭平と亜美は、パーティーを組むこととなった。お互い何も知らないでは、困ることになる。恭平は、亜美のことを、少しは知っていた。それは、メディアが周知していたことではなく、学園の者でなければ知らないことだ。中学時代にあった出来事。だが、それ以上のことは知らない。亜美と直接出会ったのは、この空中庭園だ。それだけと言ってしまえば、それだけの出会いだ。聖鈴学園に転入してまだ数日。内面を読み取りづらい亜美のことは、よく知らない。

「だけど、言ったことは本当のこと」

 先ほどまでの済まなそうな表情を消し去り、亜美は表情を普段のものに戻した。あまり、感情の起伏を表には出さない。精緻に整った屈託のない美貌からは、どう恭平を思っているのか察することはできない。

「分かってる」

 恭平は短く返事した。恭平を傷つけるようなことを言ったが、それ自体は本当のことだと亜美は言ったのだ。かなり堪えるが、逃げ出すわけにはいかない。亜美への憧れとは関係なく、恭平は彼女と組んで今後任務に当たらなければならないのだ。単位も関係している。恭平も亜美も、単位を落とせば留年なのだ。今は、亜美への憧れを押し殺さなければならない。亜美の厳しい一面を恭平は知った。

 現状、恭平は戦力として役に立たない。それを前提とした話し合いだ。たとえ亜美相手でなかったとしても、恭平にとって楽しい話ではない。それでも今は、亜美への慕情を念頭から外し、話さなければならない。

 とは言え、憧れの女の子相手に己の無力をさらけ出さなければならないというのは、心を抉られるようだ。そう恭平が考えていると、ウェイトレスが傍らに立ち注文を取りに来た。おやと、恭平は思う。注文なら、MCIデバイスを通して行える。それを、わざわざ人がやって来て尋ねるとは、新鮮だった。そう言えば、席に座ったとき注文の選択画面が浮かばなかった。これがこの店のサービスであると恭平は、少しして理解した。亜美はカプチーノを、恭平はホットコーヒーをそれぞれ注文する。

「君塚君は、覚醒して騎士になった。だから、戦い方を知らないことは仕方がない。だけど、君自身が努力しなければ駄目。授業でただ自習しているだけじゃ、いつまで経ってもみんなの訓練に加えてもらえない」

 普段と変わらぬ淡々とした口調で、白いイヤリングを弄りながら亜美は指摘してくる。

「だけど、五月雨先生から、自習しているように言われているから」

「五月雨先生は、他の教官のように決して親切じゃない。とても、厳しい。日本に数人しかいない第一級サモンポリスだから、騎士の育成には特に。君塚君自身が実力を付けなければ、いつまでもこのまま」

「そんな……それじゃ、どうしようもないんじゃ……。サモンポリスにならないかって誘ったのは五月雨先生なのに」

 少しだけ、恭平はむくれた。戦闘訓練の授業に加えてもらえないのは、恭平が皆に付いていけないから。このまま一人自習をさせられていたのでは、向上は望めない。確かに、第七世代サモンスーツ・クラディウスでの飛行には慣れたが、根本的な剣の扱いだとか、魔弾砲を使用した戦闘だとかに慣れることはない。

「だから、君塚君の指導はわたしがする。サモンスーツやナイトアーマーを使用した戦闘で最も重要になるのは、剣の使い方。人間の精神殻を元に形成されるシールドフィールドを最も効率的に破れるのは、シールドフィールドキャンセラーを有する剣。涼子は、試作品の量子力場誘導弓を使っているけど、あれはかなり難易度が高い。涼子は、中学時代弓道の全国大会で優勝するほどの腕前だから、平気だけど。月光の射手って異名もある」

「シールドフィールドキャンセラー?」

「君塚君は、それも知らないか。一般的に魔道と呼ばれるものに属するシールドフィールドを破るには、魔力を用いた攻撃が効果的。それを最も効率的に行えるのは、人間の他者と関わろうとする意思を具現化させること。ある程度の大きさのある武器に、それを実装させられる。通常は剣に。魔弾砲は便利だけれど、必殺の武器ではないの」

「なるほど。だから、戦闘訓練の授業では、魔弾砲よりも剣の使いに重きが置かれるわけか」

 恭平は、端的な亜美の説明に納得する。確かにただの魔力を用いた魔弾砲よりも、シールドフィールドを破るのは容易い。

「魔弾砲の使用は簡単。照準はAR環境で目視で行えるから、今の君塚君でも使えるよ。だけど、決定的な攻撃力が足りない。この前、サモンスーツに比べて格段に劣るシールドフィールドしか有していないアシストスーツで魔弾砲の攻撃をある程度凌げたのは、そのお陰なの。だから、わたしは、君塚君にこれから剣を教えていく」

 亜美は、確認するように恭平の目をじっと見詰めた。

 そうされると、今は忘れようとしていた、亜美への憧れの気持ちが再び湧き上がってくる。頬が勝手に紅潮してしまう。亜美と面と向かって座っていて、彼女の美貌が嫌でも目に付く。自然な感じの色気が、亜美からは発散されている。それは、当たり前のように恭平の中へと入ってくる。このまま、呑まれてはいけないと、恭平は気を取り直した。

「三島さんには余計な手間をかけさせて悪いとは思うけど、お願いするよ」

「うん」

 亜美は一つ頷く。

「ところで、第一級サモンポリスって何?」

 恭平は、亜美の話の中に出てきた聞き慣れない言葉が気になり、尋ねた。会話を途切れさせないようにとの、思惑もある。

「かなりの独断を許されたサモンポリスのことよ。一種の司令官的な役割も持つ。五月雨先生は、凄腕のサモンポリス。日本には、五人といないと思う。今は、一時的に教官をやっているけど……。君塚君は、五月雨先生のクラスになれて幸運。それは、わたしもだけど」

 微かに、亜美の口調に敬意が混じる。

 それほど凄い人なのかと、恭平はかなり意外に感じた。見た目は知的な美女であり、中身はかなりおちゃらけた人物である五月雨先生。なかなか、そのようなことを感じさせてこない。だが、時折見せる意地の悪さや余裕に、先生の持ちうるものが垣間見られた。

「でも、指導してくれないんじゃ、あまり意味はないよ」

 戦闘訓練の授業で一人自習を言い渡されている恭平は、少々面白くない。

「それは、君塚君の甘えだと、わたしは思う」

 亜美の口調は、少し素っ気ない。冷たいとも言える。

「先生ほどの実力者が、そう簡単に直接指導なんてしてくれない。自分で鍛えてみたいって思わせるだけの実力を示さないといけない。でも、先生とわたしたちとではレベルが違いすぎるから、無意味かも知れないけど」

 ちょうど、注文の品が運ばれてきた。何となく会話が途切れ、お互いホットコーヒーとカプチーノを一飲みする。砂糖を少量だけ入れたコーヒーの苦みが、恭平の口の中に広がった。それは、今の気持ちを代弁するように。

「放課後は、空けておいて。わたしが、剣の指導をしていくから。君塚君が、戦闘訓練の授業に参加させてもらえるようにならないといけない」

「ゴメン」

 特に感情を乗せることなく発せられた亜美の言葉に、恭平は自分の立場を嫌というほど思い知らされた。ここで、最低ラインにも達していない、自分の立場を。


 亜美と喫茶店で話をして、そのまま別れた。

 終始、亜美は恭平に厳しかった。慰めめいたことは、一言も口にしてはくれなかった。最初に、恭平を傷つけただろうことは謝りはしたが。一日も早く恭平が、皆のレベルに追い付けるかが話の焦点となった。

 恭平は、覚醒し騎士となって聖鈴学園へとやって来た。その事情を最もよく分かっている者は、その場に居合わせた亜美だ。直に本人と出会う前から、憧れを抱いていた女の子。その亜美が待っていると言ったから、恭平はサモンポリスの道を選んだ。だが、亜美は素っ気ないというか、今日話した感じではかなり厳しい。涼子が言っていた、亜美は自分以外の人間を認めていないとの言葉も思い出される。

 若い男子らしく甘やかな夢想を抱いていた恭平にとっては、かなりショックは大きかった。亜美は、恭平にそれほど興味関心を抱いていなかった。亜美の立場が微妙であるということもあるが、転校初日に少し話しただけで今日まともに話したと思う。恭平も自分のことに精一杯で、亜美との立場の違いもあり話しかけられなかった。

 普段から、感情をあまり表に出すことがない亜美である。メディアでも、その淡々とした態度で、コメンテイターを困らせることもしばしばだった。その天然さは、亜美に魅力を与えていて人気の一つでもあったが、考えていることが今一つ分かりづらい。

 亜美が言った待っているとの言葉は、社交辞令だったのかと思う。正直、ここに来るのではなかったと思わなかったと言えば、嘘になる。感情を読み取りづらい亜美の言葉が聖鈴学園にやってくるきっかけとなった恭平にとって、心のよりどころが崩れ去るような思いだった。

 どうして、あんな言葉だけで自分は舞い上がっていたのか、今となってみれば穴があったら入りたい心境になってしまう。

 白き乙女――世界に一四種のみ存在する神話級ヴァルキューレアーマーの一つ、ブリュンヒルデアーマーを纏った亜美を見たときから、既に恭平は彼女に心の奥底から魅了されてしまったのだ。

 そう思うと、自殺未遂をしたという後輩のことを、恭平は考えてしまう。

 一度抱いてしまった憧憬は、そう簡単に離れはしない。とことんまで、自身を追い詰め苛んでくる。今の恭平は、まさにそんな状態だ。亜美の隣に並ぶことを夢見た。それが、叶わぬ幻想だと知ったときのショックは大きい。

 きっとその後輩は、亜美に認めて欲しかったのだろうと、恭平は思う。だから、真剣に亜美に追い付こうと努力をした。だが、亜美は素人である恭平から見ても、別格の強さを持っている。中学時代に白き乙女の二つ名を与えられたことでも分かるとおり。

 接すれば接するほど、遠くに感じてしまう亜美。

 そんな亜美に恋慕と言っていい憧憬を抱いてしまった恭平は、持て余す思いをどうすればいいのか分からない。その後輩も、そうだったのかも知れないと、恭平は思う。追い付こうとすればするほど、それは無理だと思い知らされる。

 決して隣に並ぶことができないなら、自身の存在価値が喪失してしまう。だから、亜美を慕い師事していた後輩の女の子は、自分を消し去ることを選んだ。そこまで、追い詰めさせてしまう魅力が、亜美にはあるのだ。

 恭平も他人事ではないような気がしてしまう。いつか自分も、抱いている憧憬が粉々に壊れるほどの絶望を味わうのではないか。自分の存在に意味を見出せなくなるのではないか、と。いや、いっそ憎悪へと変化するのでは、と。そこで、恭平は頭を一つ振った。

 あまりにもどす黒い感情が、生まれようとしたからだ。

 今、恭平は、一人セントラルの街を当てもなく歩いている。自失したように。亜美が自分をどのように見ているのか知って。

 だが、と恭平は思う。まだ、亜美は恭平を見放したわけではない。指導してくれると言ってくれた。恭平の実力がお話にならないと思っているのだろうが。これから、無様を晒していかねばならないと考えると憂鬱になる。それでも今はやれることをやっていかなければ、前へは決して進めない。恭平は、学園へと足を向けた。

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